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SMAP解散の舞台裏に見る、関ケ原の戦いと女の確執。

世間がリオデジャネイロオリンピックに熱狂している真っ只中、SMAP年内解散が発表されましたね。

まあ、今年の1月の騒動がありましたから、「やっぱりな」といった感じで特に驚くことはなかったのですが、それでも、オリンピック前の27時間TVで中居正広さんが明石家さんまさんから釘を刺されていたのを観てると、どうにかこうにか修復されつつあるのかなあと思っていたんですけどね。

彼らも全員40前後の大人ですから、自分たちがどれだけ大きな存在で、自分たちで飯食ってる人たちが大勢いるということを理解したうえで、感情的にならず、大人としての対応ができているものだと・・・。

残念ですね。

わたしは、とくに彼らのファンと言うわけでありませんが、なんなんでしょう?、この得も言えぬ喪失感は・・・。


そもそもの発端は、事務所内の女性副社長と敏腕女性マネージャーの確執に巻き込まれたかたちで、グループ内に軋轢が生じたということだそうですよね。

ゴシップ誌などの記事がどこまで鵜呑みにできるのかはわかりませんが、関係者サイドが特に否定していないところを見ると、大筋は事実なんでしょう。

そこで不思議に思うのは、なんで、これほどまで裏事情が明かされているのか?・・・ってことです。

過去、グループの解散というのは数多くありますが、大概の場合、「音楽性の違い」とか「次のステップを目指して」とか、もっともらしい理由付けで解散しますよね。

でも、実際にはそのほとんどがグループ内の人間関係が理由で、ファンもそれはわかっていて、あえてそこを突っ込まず、所属事務所も、解散後の個々の活動のためにも、なるべく綺麗な終わり方を演出するんですよね。

それが、普通だと思います。


ところが、今回のこの醜さはどうでしょう?

想像するに、芸能界一力を持つというジャニーズ事務所ですから、その気になれば、裏事情をもみ消すくらい、たやすいことなんじゃないでしょうか?

それが、このたびのこの筒抜け状態

なんか、あえて裏情報を流しているとしか思えないんですが・・・?

事務所的には、この数ヶ月再三彼らを説得したけど、当人たちの意思がつよくて事ここに至ってしまった・・・と。

だから、事務所的には、最善を尽くしており、悪いのは彼らだ・・・と。

それが言いたくて、わざと裏情報をリークしているんじゃないか・・・と。

穿ちすぎですかね?


この間、もし解散を思い留まるよう彼らを説得できた人がいたとしたら、退社したという女性マネージャーしかいなかったのでしょうが、たぶん、それなりに説得はしたんでしょうが、心の底から説得したかといえば、してなかったんじゃないかと・・・。

だって、彼女は追いだされた身でしょう?

今回の解散発表に至って、どこか痛快に思う気持ちがあるんじゃないですかね?

ほら、やっぱりわたしがいなけりゃSMAPはまとまらないでしょ!・・・的な・・・。

これまた穿ちすぎですかね?

でも、人間ですから、そう思って当然だと思いますけどね。


e0158128_17194731.jpg女性同士の確執
に男たちが巻き込まれた例は、歴史のなかにも存在します。

その最も大きなものとしては、慶長5年(1600年)9月15日に起きた、天下分け目の大戦「関ケ原の戦い」でしょうね。

徳川家康を大将とする「東軍」と、石田三成を中心とする反徳川勢力の「西軍」合わせて20万の兵が激突した、言わずと知れた日本史上最大の内戦ですが、この背景には、実は旧豊臣政権を二分する女の確執があったといいます。

その頂点にいたのが、豊臣秀吉の正室・お寧(北政所・高台院)と、同じく秀吉の側室・茶々(淀殿)でした。

子宝に恵まれなかった北政所と、世継ぎを生んだ淀殿は、秀吉の生前から微妙な関係となりますが、秀吉の死後、その確執は表面化し、側室の淀殿が大坂城を実質掌握し、正室であるはずの北政所は、本丸から西の丸へ移り、やがて大坂城を退去して京都の新城に移り住みます。

経営者よりも敏腕マネージャーのほうが影響力を持ってしまったというジャニーズ事務所の関係性と似てますよね。


e0158128_17203474.jpgこの二人の確執に、秀吉子飼いの大名たちが分裂します。

尾張時代から秀吉に仕え、北政所を母のように慕っていたという加藤清正福島正則らは、必然的に北政所側となり、秀吉が近江長浜城主となってから仕えた石田三成小西行長らは、同じく近江の浅井家の血を引く淀殿に接近します。

もともとこの尾張派近江派は折り合いが悪かったのですが、この北政所と淀殿の対立に便乗するかたちで、より関係は悪化していき、やがて、尾張派は東軍に与し、近江派は三成を大将として西軍となります。

家康にしてみれば、この対立を上手く利用して天下を取ったといえます。


結果は周知のとおり東軍の勝利となり、三成、行長ら近江派は斬首されます。

この戦いで分裂した豊臣政権は屋台骨が崩れ、やがて、滅亡の道をたどることになるんですね。

北政所も淀殿も尾張派も近江派も、豊臣家の存続という目的は一致していたはずが、確執による派閥闘争弱体化を招き、結局は、誰も望まない末路となったわけです。

ちなみに、東軍に加担した尾張派も、加藤清正はのちに謎の死を遂げ、福島正則はあらぬ嫌疑をかけられて改易となります。

結局、誰ひとりハッピーエンドになっていません。


副社長と敏腕マネージャーの確執に始まり、それが引きがねとなってグループ内に軋轢が生じ、分裂解散となった今回のSMAP騒動。

結局、誰も得しない結果になるんじゃないでしょうか?

あるいは、ジャニーズの弱体化を虎視眈々と狙っている徳川家康がいるかもしれませんよ。

歴史は教えてくれます。

温故知新です。



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# by sakanoueno-kumo | 2016-08-25 03:07 | 芸能 | Trackback | Comments(0)  

リオデジャネイロオリンピックが閉幕。いざ、2020東京!

リオデジャネイロオリンピックが終わりましたね。

開催前は、工事の遅れ治安問題運営面などを不安視する声があとを絶ちませんでしたが、終わってみれば、それほど大きなトラブルもなかったようで、南米初のオリンピック大成功といえるのではないでしょうか?


今大会、日本代表選手団は史上最高のメダル獲得数だった前回ロンドン大会の38個を上回る、史上最多41個(金12個、銀8個、銅21個)のメダルを獲得しました。

8年前の北京大会が25個だったことを思えば、確実にレベルアップしているといっていいのでではないでしょうか。

この結果は、もちろん、選手一人ひとりのたゆまぬ努力と、指導者やスタッフの尽力の賜物ですが、それとは別に、北京以降に開設されたナショナルトレーニングセンターの果たした役割も小さくはなかったでしょうね。

やはり、個人の力ではどうにもならない環境や設備の問題がありますから、そこは、国を挙げてサポートしていく。

国家ぐるみでアスリートを育てていこうという計画が、いま、少しずつ実を結ぼうとしているんでしょうね。

「2位じゃだめなんですか?」なんて言ってた政権が続いてたら、決して今回のような結果は得られてなかったでしょう。

といっても、国家ぐるみでドーピングをやっちゃあダメですけどね(笑)。


さて、4年後は東京ですね。

閉会式の東京五輪セレモニーは、なかなか見事だったんじゃないでしょうか?

「君が代」のアレンジもシビレましたし、何といっても、マリオに扮して登場した安倍晋三首相にはぶっ飛びましたね。

一国の首相が五輪の閉会式のセレモニーに登場するのは初めてのことだとか。

賛否両論あるとは思いますが、わたしは良かったと思いますけどね。

なんでも、「安倍マリオ」の発案者は森喜朗元首相だったそうで・・・。

あの方が出しゃばるとろくなことがないイメージがあるのですが(ソチ五輪での浅田真央選手に対する配慮にかけた発言や、新国立競技場建設の一連の問題発言など)、今回はいい仕事をしたんじゃないでしょうか?

これを花道に引退されてはどうですか?(笑)


小池百合子
東京都知事も、和服姿はいかにも花があってよかったですね。

やっぱ、舛添さん、辞めてもらってよかったんじゃないでしょうか?


半世紀前の東京五輪をギリギリ知らない世代のわたしとしては、たぶん、人生最初で最後の自国開催オリンピックになるでしょう(冬季五輪は別にして)。

生まれる前のことなのでよくわかりませんが、たぶん、当時の日本は、今回のブラジルと同じくらい、欧米諸国からみれば五輪開催を不安視されるレベルの国だったはずです。

あれから半世紀以上が経ち、今度は世界をリードする先進国としての五輪となります。

ところが、プロジェクト開始早々から、新国立競技場建設の一連の騒動やエンブレム盗作問題など、どうも、成熟した国家のやることとは思えない稚拙さが露呈しています。

大丈夫なんですかね?

オリンピックの主役は競技にありますが、祭典をどう盛り上げるかは、国家の威信がかかっています。

日本にしかできない、これぞ「お・も・て・な・し」・・・といえるオリンピックにしたいですね。

いまから4年後が楽しみでなりません。



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# by sakanoueno-kumo | 2016-08-23 22:11 | 他スポーツ | Trackback | Comments(0)  

真田丸 第33話「動乱」 ~家康襲撃未遂事件~

 太閤亡きあと、五大老筆頭であるはずの徳川家康が、法度に反して諸大名との縁組を次々と行った問題で、慶長4年(1599年)1月19日、家康以外の四大老・五奉行は、伏見の徳川屋敷に詰問使を派遣します。このときの家康は、詰問使を恫喝して追い返したとも、のらりくらりととぼけてあしらったとも伝わりますが、いずれにせよ、家康は私婚の罪を認めようとはしませんでした。これに憤慨した石田三成が、家康に毅然と立ち向かいます。ドラマでは、三成が家康襲撃を企てた設定になっていましたが、別の説では、三成はもうひとりの筆頭大老である前田利家の元に集結し、軍備を整えたともいわれます。


e0158128_23084082.jpg これを受けて、徳川屋敷にも家康を支持する大名たちが集まり、警固が行われます。ここに、情勢は一触即発のムードとなりました。このとき、三成側についたのは、四奉行のほか、宇喜多秀家、毛利輝元、上杉景勝、佐竹義宜、小西行長、長宗我部盛親らで、一方の家康側についた大名は、伊達政宗、福島正則、池田輝政、藤堂高虎、黒田長政、加藤清正、細川忠興、加藤嘉明、浅野幸長等で、ドラマにあったように、大谷吉継も、この時点では徳川方につきます。一般に、三成と吉継は無二の親友だったといわれますが、実際には、二人の友情に関するエピソードは、すべて後世に作られたものだそうで、どこまで心を寄せていたかは定かではありません。この時点での吉継の考えは、家康を支えることで、豊臣政権を盤石なものにするというものでした。ただ、最終的に関ケ原の戦いでは三成方につくわけですから、吉継自身、迷いのなかだったのかもしれませんね。

 で、その吉継との関係もあってか、ドラマのとおり真田昌幸、真田信幸、そして、ドラマでは三成に与していた真田信繁も、実は、このときは徳川屋敷の警固に加わっています。のちに犬伏の別れで敵味方に分かれる真田家ですが、この時点では、まだ一枚岩だったようですね。昌幸にしてみれば、勝負どころはまだ先にあるとみていたのでしょうか?

e0158128_19301095.jpg それと、今回のドラマでの石田三成と加藤清正の間柄は、今までにない微妙な関係ですね。一般に、清正と三成は犬猿の仲で、清正や福島正則武断派の三成に対する憎悪が、関ケ原の戦いの導火線になったと描かれることが多いですが、今回のドラマの清正は、いまの時点では三成を憎んではいないようです。この関係を、このあとどのように関ケ原の対立に持っていくのでしょうか? その前に、次週描かれるであろう「七将襲撃事件」にどう結びつくのか、興味深いです。


 それにしても、三成の不器用さが歯がゆいですね。清正が何度も歩み寄ろうとしているのに拒絶したり、宇喜多秀家を侮辱したような発言をして、「どうにもイラッとさせられる男だ」と言われたり、細川忠興を味方に引き入れようとして、逆に怒らせてしまったりと、人の心を読み取れないというか、デリカシーがないというか、こんなんでよくまあ、秀吉に気に入られたなあ・・・と。見ていて切なくなります。

吉継「徳川内府を殺してそのあとはどうする? おぬしは自分がまつりごとの要となるつもりか?」

三成「ほかにおらぬならば」

吉継「おぬしに人がついてくるのか?」

三成「やってみねばわからぬ!」

吉継「ならば今宵、どれだけの大名がおぬしに従った?」

もし、三成に人を引きつける能力があれば、歴史はどうなっていたでしょうね。

まあ、三成の性格がどうこうというより、家康の老獪さの前では結果は同じだったかもしれませんが。

関ケ原の戦いは、すでに始まっていました。



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# by sakanoueno-kumo | 2016-08-23 00:12 | 真田丸 | Trackback(1) | Comments(0)  

真田丸 第32話「応酬」 ~石田三成の人物像~

 豊臣秀吉は、ただちには発表されませんでした。その理由は、今なお朝鮮10万の将兵が留まったままで、戦場を混乱させないための配慮でした。慶長3年(1598年)8月25日、五大老(老衆)として秀吉亡きあとの豊臣政権を担っていた徳川家康前田利家は二人の使者を朝鮮に遣わし、講和を進めてすみやかに兵を撤退させるよう命じます。そして、石田三成、浅野長政、毛利秀元の三人を筑前博多に派遣し、大陸より兵の撤収に当たらせます。


e0158128_19301095.jpg ドラマでは描かれていませんでしたが、この撤収作業がきわめて困難で、釜山に兵を集めて順次渡海を始めたのが11月初旬。しかし、その頃になると秀吉の死を朝鮮も嗅ぎつけており、朝鮮水軍が退路をはばんで襲撃してきます。しかし、李氏朝鮮の将軍・李舜臣の死によって朝鮮方は軍の統制を欠き、撤退軍はようやく退路の難を打開しました。そして12月10日、殿軍の島津義弘が博多に到着したのを最後に、全軍の撤退を完了します。


 このとき、撤収のための船舶の配置などを統括したのが石田三成でした。このときの三成の采配は見事なもので、実に無駄なく的確な仕置だったと伝わります。三成の手腕がとくに発揮されたエピソードですが、しかし、この慶長の役での三成の采配が、加藤清正福島正則黒田長政武断派といわれる諸将からの反感を買い、それがやがて関ヶ原での勢力図へとつながっていくんですね。


清正「わしらが海の向こうで戦ってるとき、おぬしらはこっちで何をしとった!」

三成「後ろで算段をするのも戦のうちだ!」


 たぶん、実際にもこれに似たやり取りがあったのでしょうね。もっとも、現場と事務方の相容れぬ関係というのは、現代社会でも少なからず存在する問題です。事務方はできるだけ合理的に仕事を進めようとしますが、現場は現場でしかわからない不合理の必要性を主張します。これを解決するには、双方が存在意義を認め合うしかないのですが、これは、なかなかできることじゃないんですよね。ましてや、その現場が命を懸けた戦場となれば、なおさらだったでしょう。


三成「徳川が既に動き出しておる。これからの豊臣は我らにかかっておる。おぬしは案外、城造りもうまいし、領内の仕置きも確かだ。ただの戦ばかではない。われらで秀頼様をお支えし、殿下亡きあとの豊臣家をお守りしていこうではないか!」

清正「お前には言いたい事が山ほどある。・・・が、あえて言わぬ。われらで秀頼様をお支えし、豊臣家をお守りしようではないか!」

三成「だから、それはいま、わたしが言った!」


 思わず笑っちゃいましたが、結局何が言いたいかっていうと、同じ「臣家をお守りしようではないか!」という言葉でも、三成が言うと、どこか上から目線の命令口調に聞こえる・・・。そういうことですよね。実際の三成がどういう人物だったかはわかりませんが、司馬遼太郎の小説『関ヶ原』をはじめ、多くの小説やドラマで、似たような人物像で描かれていますね。ひと言多く、人の心を忖度する能力に欠けていて、したがって無駄に敵を作ってしまう性格。実際の三成も、遠からずのキャラだったんじゃないでしょうか。


 秀吉が死ぬやいなや、徳川家康は次第に勢威を強めて不遜となり、六男の忠輝伊達政宗の娘を娶らせたのをはじめ、福島正則蜂須賀家政などの子とも縁組を進めるなど、あからさまな味方づくりを開始します。この目に余る法度違反に対して三成と利家は、慶長4年(1599年)1月19日、家康以外の四大老・五奉行が、家康の違反行為に対して詰問使を派遣し、五大老の席から外すことも辞さないことを伝達します。ドラマでは、伏見城の評定の場で詰問するという設定でしたね。しかし、このときは家康の老獪な対応であしらわれてしまいます。これに毅然として楯突いたのが、三成だったんですね。ここからしばらくは、三成が主役の物語になりそうです。



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# by sakanoueno-kumo | 2016-08-22 23:59 | 真田丸 | Trackback(1) | Comments(0)  

非ネグロイドの壁を破った陸上男子400mリレーの銀メダル獲得。

この3日間、卓球男子団体の銀メダルやレスリング女子のメダルラッシュなど、クライマックスが近づくリオ五輪は最高潮の盛り上がりを見せてくれていますが、盆休み明け早々から連日深夜まで残業に追われていて、ゆっくり五輪ネタのブログ記事を起稿する時間がありません(4年前のロンドン大会のときは、ほぼ毎日ブログをアップしていたことを思えば、この4年間で少しは景気が回復しているといえるのでしょうか?)。


で、今日も本当はこんなことしてる余裕はないのですが、どうしても記録に残しておきたいと思い、寸暇を惜しんでブログを立ち上げました。

その思いに駆られたのは、山県亮太選手、飯塚翔太選手、桐生祥秀選手、ケンブリッジ飛鳥選手のメンバーで臨んだ陸上男子400mリレー銀メダル獲得です。

これって、ちょっとでも陸上競技を知っている人ならわかると思いますが、とてつもなくスゴイことですよね。

同種目では、北京五輪で日本初の銅メダルを獲得していますが、あのときも感動しましたが、実は、あのときはアメリカが予選でバトンミスを犯し、決勝に出てこなかったという幸運もあったんですよね。

今回は、まぎれもなく実力でもぎ取った銀メダル

トラック競技での日本人選手の銀メダルは史上初

言うまでもありませんが、37秒60日本新記録であり、同時にアジア新記録でもあります。

文句のつけようがありません。


陸上競技の花形
であるスプリント競技で、非ネグロイドが入賞することがいかに難しいことであるかは、陸上競技を知る人なら、誰しも知るところだと思います。

というのも、現在、男子100mで9秒台(電動計時)を出した選手はこれまで116人いますが、その中で、黒人以外の選手は、わずか3人しかいません。

つまり、陸上スプリント競技においては、ネグロイドと非ネグロイドでは、明らかな身体能力の差があるんですよね。

もちろん、それはリレーにも言えることで、ちゃんと調べてないのでわかりませんが、非ネグロイドだけのメンバーでの同種目での銀メダル獲得は、史上初なんじゃないでしょうか?(厳密にいえば、ケンブリッジ飛鳥選手にはジャマイカ人の血が半分入っていますが、メンバー全員で考えると、8分の7が非ネグロイドなわけで、ほぼ、非ネグロイドと言っていいんじゃないかと)


わたしは、高校時代陸上部に所属していましたが(30年以上前になりますが)、その頃の日本の短距離界は、世界大会で決勝に残ること自体、あり得ないことでした。

ところが、今回、世界の第2位

しかも、第3走の桐生選手からケンブリッジ選手にバトンが渡ったとき、あのウサイン・ボルト選手と並んで走るというシーンが見られました。

いや~、もう、大興奮でした。

もちろん、相手は五輪3種目3連覇という歴史に残る偉業を成し遂げたバケモノですから、ゴールまで並走することは不可能でしたが、一瞬でも、決勝であのボルト選手と並んだという事実は、世界に衝撃を与えたんじゃないでしょうか?

なんて言ったらいいのか、見事とか、素晴らしいとか、そんなありきたりの言葉では言い表せない、筆舌に尽くしがたい心境です。

いいものを見せてもらいました。

金と銀の差は大きな差だとは思いますが、4年後の東京五輪が楽しみですね。


それと、ついでのようで申し訳ないですが、男子50キロ競歩銅メダルを獲得した荒井広宙選手も、おめでとうございます。

こちらも、日本人初の快挙だそうですね。

日本の陸上競技は、着実に世界との差を縮めつつあると言えるのではないでしょうか?



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# by sakanoueno-kumo | 2016-08-21 00:42 | 他スポーツ | Trackback | Comments(0)  

リオ五輪、卓球女子団体の銅メダル獲得に思い出す、15歳の愛ちゃん。

リオ五輪、卓球女子団体銅メタルを獲得しましたね。

見事に・・・と言っていいのか、残念ながら・・・と言ったらいいのか難しいですが、でもやっぱり、2大会連続メダル獲得という偉業を成し遂げたわけですから、おめでとうでいいですよね。

歴史に残る大熱戦となった準決勝のドイツ戦に紙一重で敗れ、燃え尽き症候群になってたらヤバいなと思っていたのですが、さすがは一流アスリートですね。


第1ゲームを福原愛選手が落としたときにはどうなるかと思いましたが、第2ゲームの石川佳純選手の気合の入り方はハンパじゃなかったですね。

ドイツ戦のときも、悪い流れを断ち切ったのは、すべて石川選手でしたよね。

たしか、彼女は団体戦負けなしのはずです。

さすがは日本のエースですね。


今回の団体戦を通じて心に残ったのは、最年少15歳の伊藤美誠選手を、ひと回り上の福原愛選手が常に気遣い、労り、励ましながらゲームに臨んでいた姿でした。

きっと、愛ちゃん自身が15歳で初出場したアテネ大会のときの自分と重ね合わせて見ていたのかもしれません。

というのも、愛ちゃんが15歳のときは、決して暖かく見守ってもらえる環境にありませんでした。

それまであまり注目されなかった卓球というスポーツが、愛ちゃんの出現によって脚光を浴びたことは良かったものの、愛ちゃんよりも実力も実績も上のベテラン選手には光が当てられず、愛ちゃんばかりがクローズアップされたことから、少なからず風当たりの強い思いをしていたように思えました。

当時、長く日本女子卓球界の女王として君臨していた小山ちれ選手は、「彼女は人気先行」「愛ちゃんぐらいの選手は中国には1000人はいる」などと発言し、愛ちゃんを特別扱いする日本卓球協会やマスコミを痛烈に批判していました。

15歳の愛ちゃんは、いまの美誠ちゃんのように自由に発言してのびのびプレーさせてもらえる環境になかったと思います。

その意味では、今回、伊藤美誠選手が力を発揮できたは、福原選手や石川選手が、そういう空気を作っていたからともいえるのではないでしょうか。

実にいい雰囲気が伝わってきました。


銅メダル確定直後のインタビューが、三人三様でそれぞれの立場やオリンピックにかける思いがよく伝わってきましたね。

オリンピック初出場の伊藤選手は、純粋に喜びを表した満面の笑顔で、オリンピック2度目の石川選手は、悔しさ半分、でもやり切った感が伝わってくる表情をしていました。

そして、オリンピック4回目の福原選手は、

あの涙には、キャプテンという責任感と、プレッシャーから解放された安堵感と、力が発揮できなかった悔しさと、でも、最低限メダルを獲れた嬉しさと・・・いろんな感情が複雑に絡み合って、自分でも整理がつかない状態だったんじゃないでしょうか。


「とても、本当に苦しい、苦しいオリンピックでした」


あのコメントにすべてが込められているように思います。

銅メダルおめでとうございます。

そして、本当にお疲れさまでした。



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# by sakanoueno-kumo | 2016-08-17 20:12 | 他スポーツ | Trackback | Comments(0)  

ウサイン・ボルト選手の五輪3連覇、錦織圭選手の銅メダルの興奮と、卓球女子団体の惜敗に虚脱感。

やりましたね!・・・ボルト!五輪3連覇!

オリンピックの花形といわれる陸上男子100mですが、ジャマイカ代表で世界記録保持者のウサイン・ボルト選手が9秒81(追い風0.2メートル)で制し、この種目で五輪史上初の3連覇を達成しました。

世界最速の男が出した記録ですから、当然の結果といえるかもしれませんが、「五輪史上初」という事実が示すとおり、これって、そう簡単にできることじゃないんですね。

あのカール・ルイス選手やモーリス・グリーン選手でも成し遂げられなかった快挙ですからね。

このまま200m、4×100mも制すれば、3種目3連覇という不滅の大記録を達成することになります。

そうなると、もはやボルト選手は歴史上の人物になりますね。


日本人3選手は、山縣亮太選手、ケンブリッジ飛鳥選手が準決勝まで駒を進めたものの、ファイナリストにはなれませんでした。

特に山県亮太選手は10秒05という好タイムをマークしたのに、やはり世界の壁は厚かったですね。

夢の9秒台を期待された桐生祥秀選手は、残念ながら本来の力を出せぬまま予選敗退となりした。

でも、彼はまだ若いですから、次の東京大会、そのまた次の大会もあります。

期待したいですね。


テニス男子シングルス
では、錦織圭選手がみごと銅メダルを獲得しました。

同種目での日本人選手のメダル獲得は、大正9年(1920年)のアントワープ大会以来、実に96年ぶりのことだそうですね。

まあ、彼の昨今の活躍を見れば、特に驚くべきことではないのかもしれませんが、オリンピックの舞台は特別ですからね。

この大舞台で普段の力を発揮することがいかに難しいかは、他のアスリートたちの姿を観ていてもよくわかります。

そこでキッチリ結果を出した錦織選手は、やはり“超”がつく一流アスリートですね。


で、卓球女子団体準決勝ですが、なんと言っていいか、虚脱感でいっぱいです。

4時間近い熱戦をすべて観戦して、惜しい・・・とか、悔しい・・・とか、そんなありきたりな言葉では言い表せない、筆舌に尽くしがたい思いでいっぱいです。

もちろん、本人たちがいちばんショックだったでしょうけど。


3人ともよく頑張ったと思いますが、そのなかでも、石川佳純選手のはたらきは特に素晴らしかったですよね(勝敗に関係なく)。

伊藤美誠選手が負けたあとの第2ゲーム、2セット落としたあとの3セット連取は圧巻でした。

あそこをもし落としていたら、日本はそのまま意気消沈してストレート負けしていた可能性が高かったでしょう。

その後、1-2で迎えた第4ゲームでの気合の入り方はすごかったですね。

第2、第4ゲーム共、ビハインドの状態でゲームに臨んだ石川選手。

これって、並の精神力では勝てないプレッシャーだと思います。

それを跳ね返して2回とも五分に持ち込んだ石川選手は、さすが、日本のエースですね。


精神力といえば、最後の福原愛選手。

2-2で迎えた最終セットで、3-7のビハインドから6連続ポイントで逆転したときは、鳥肌モノでした。

昔の愛ちゃんだったら、あのままズルズル簡単に負けてたと思いますが、今回の愛ちゃんの精神力は、あそこで崩れないんですよね。

見事な追い上げ、そして逆転だったわけですが、愛ちゃんもスゴければ、相手のイン・ハン選手も、また一流の精神力を持っていました。

普通の選手なら、6連続ポイントで逆転された時点で心が折れますよ。

でも、イン・ハン選手は巻き返した。

もう、あそこまでいったら、あとは“運”がどちらに向くか・・・だけですよね。

で、あのエッジボール

この勝敗はもう、運不運の結末であって、技術的にどうとか、力的にどうとかの話ではありません。

勝敗は紙一重のところでドイツに風が吹いた、それだけのことだと思います。

・・・と、割りきるまでには時間がかかるでしょうけど。


とにかく、まだ銅メダルが残っています。

気持ちを切り替えて頑張ってほしいですね。



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# by sakanoueno-kumo | 2016-08-15 15:50 | 他スポーツ | Trackback | Comments(0)  

卓球の水谷隼選手、競泳の金藤理絵選手、萩野公介選手、柔道の羽賀龍之介選手、山部佳苗選手、原沢久喜選手のメダル獲得で終えた前半戦。

昨日、一昨日と家族でプチ旅行に行っていたため、リアルタイムでオリンピックを観戦することができなかったのですが、この2日間も日本人選手のメダルラッシュでしたね。

まず、12日の朝(現地は11日夜)飛び込んできたのは、卓球男子シングルスでの水谷隼選手の銅メダル獲得。

これは、出かける前にかろうじて観戦できました。


前夜の準決勝では、女子卓球シングルスの福原愛選手と同じく中国の王者に敗れて3位決定戦に回ることになった水谷選手でしたが、愛ちゃんと違ったのは、その準決勝で王者の馬龍選手に対して、3セット獲られたあとに2セット獲り返す粘りを見せたことでした。

ふつう、格上の選手に3セット連取されたら、意気消沈してそのままストレート負けしちゃいますよね。

あそこからの粘りが、3位決定戦での快勝に繋がったように思います。

3位決定戦では、2-1でリードした4セット目のデュースの接戦を制したことにつきるんじゃないでしょうか?

2セット連取したあとに1セット奪われて、もし、あそこであの接戦を落として2-2の五部に持ち込まれてたら、勝負はいや~な展開に向かっていたかもしれません。

五部といっても、追いつかれた側より追いついた側が勢いに乗る場合が多いですからね。

よく、あそこを死守したなぁと思います。


日本の卓球個人では男女通じて初のメダルですね。

願わくば、同い年の女子卓球・福原愛選手と揃ってメダリストといきたかったですが、それが残念といえば残念でした。

このメダル獲得を追い風にして、団体では男女ともにメダル獲得といきたいですね。


競泳では、女子平泳ぎ200m金藤理絵選手が金メダル男子200m個人メドレーでは萩野公介銀メダルを獲得しましたね。

荻野選手は400m個人メドレーの金メダルに続いての個人メダル獲得で、800メートルリレーでの銅メダルも合わせれば、今大会3個目のメダル獲得となりました。

若干21歳。

引退した北島康介選手に変わって競泳界の顔になるのは、荻野選手かもしれませんね。

一方の金藤理絵選手は北京大会以来の2大会ぶりの五輪返り咲き出場のベテランで、みごとに金メダル獲得。

同種目での金メダルは、バルセロナ大会の岩崎恭子選手以来、24年ぶりだそうです。

当時の岩崎選手は14歳、今回の金藤選手は27歳、ほぼ倍ですね(笑)。

みごとな復活劇、おめでとうございます。


柔道では男子100キロ級羽賀龍之介選手が銅メダル女子78キロ級山部佳苗選手が銅メダル男子100キロ超級では原沢久喜選手が銀メダルという結果でしたね。

今回、柔道は4年前のロンドン大会より飛躍的にいい結果を残していますが、とりわけ男子に至っては、全階級メダル獲得を達成しました。

お家芸復活の狼煙といっていいんじゃないでしょうか?

4年後の東京大会に向けて、更なる飛躍を期待したいところです。


そんなこんなで、リオデジャネイロオリンピックは前半戦を終えました。

昨日からはオリンピックの花形陸上競技も始まりましたね。

まだまだ、眠れない日々が続きます。



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# by sakanoueno-kumo | 2016-08-14 11:37 | 他スポーツ | Trackback | Comments(0)  

内村航平選手、田知本遥選手、ベイカー茉秋選手の金メダル獲得と、福原愛選手の惜敗に三喜一憂の朝。

今日からお盆休みという人が多いと思いますが、その初日の朝からいきなり大忙しですね。

まず、朝起きてTVをつけたら、柔道女子70キロ級で田知本遥選手と男子柔道90キロ級ではベイカー茉秋選手が、男女そろって金メダル獲得という嬉しいニュースが飛び込んできました。

いや~・・・もうちょっと早く起きればよかった!

これで今大会、柔道は金メダル3個ですね。

4年前のロンドン大会では、女子57キロ級の松本薫選手の金メダル1個だけで、男子にいたっては史上初の「金ゼロ」という惨敗でしたから、現時点での金3個は立派です。

そのほかの階級でも、今大会メダルを逃したのはいまのところ女子63キロ級だけですよね。

お家芸復活の狼煙といえるでしょうか?

まだ、男女ともあと2階級ずつ残っていますから、明日以降も続いてほしいですね。


その次に飛び込んできたのが、体操男子個人総合内村航平選手が金メダルを獲得したというニュース。

これは、かろうじて最後の鉄棒だけ観ました。

完璧な演技でしたね。

鉄棒までの経緯をリアルタイムで観戦していなかったのですが、最終の鉄棒演技前は0.901点差の2位で、この点差は決して小さいものではなかったそうですね。

しかし、終わってみれば内村選手の大逆転Vで、その点差はわずか0.099点差

やっぱ、持ってる人っていうのは、こういうドラマティックな結末を作れるんですよね。

お見事です。


で、その勢いに乗って観戦したのが、卓球女子シングルスの3位決定戦に臨んだ福原愛選手でしたが、結果は1‐4で敗れ、日本勢初の個人戦メダル獲得は果たせませんでした。

実はわたしは卓球には少し詳しくて、今朝の早起きのいちばんの目的は愛ちゃんだったのですが、いや~、悔しいですね。

今大会の愛ちゃんの調子だと、メダルは夢じゃないと思っていたのですが・・・。

振り返ると、準決勝までは1セットも落とすことなく完璧な勝ち上がり方を見せてきた愛ちゃんでしたが、昨夜(リオでは朝ですか)の準決勝では、逆に1セットの奪えずの完敗でした。

でも、あれは仕方がないというか、中国の李暁霞選手(ロンドン大会どう金メダリスト)とは完璧に実力差があったと思いますし、李選手に負けての3位決定戦は、ある意味想定内だったと思います。

でも、今日の北朝鮮のキム・ソンイ選手は、勝てない相手ではなかったかな・・・と。

もちろん、キム選手は3回戦で石川佳純選手を破って勝ち上がってきている選手ですから、決して侮れない相手ではありますが、1セット目を見る限り、李選手との対戦のような実力差は感じられませんでした。

ただ、もともと愛ちゃんはカットマンがあまり得意でないことと、やはり、前半すこしミスが続いちゃったのが致命傷になっちゃいましたね。

セットカウント0-3で迎えた崖っぷちの4セット目をデュースに持ち込んで何とか1セット獲りましたが、あれがもし1セット目だったら、その後の展開はずいぶん変わったんじゃないでしょうか。


というのも、準々決勝で戦ったシンガポールの馮天薇選手も、愛ちゃんからみれば格上の選手(ロンドン大会銅メダリスト)でしたが、デュースとなった1セット目の接戦をものにしてから、2セット目以降、愛ちゃんはどんどん勢いを増し、逆に馮選手は意気消沈してミスが目立ち始め、結果は4-0で愛ちゃんが圧勝しました。

愛ちゃんにとっては完璧なゲームでしたが、それほどの実力差があったわけもなく、すべては1セット目の接戦を制したことにつきると思います。

そうして見ると、トップレベルでの戦いというのは、つくづくメンタル勝負なんだなぁ・・・と思わずにはいられません。

勝負ごとに「もしも」はナンセンスですが、今日の試合、もし4セット目の接戦が1セット目だったら・・・ちょっとした勝負の綾で、結果はまるっきり逆になっていたように思います。

残念ですね。


福原愛
選手が石川佳純選手や伊藤美誠選手と比べて特別強いというわけではありませんが、日本の卓球の人気をここまで盛り上げてきたのは、まぎれもなく愛ちゃんの功績といっていいでしょう。

その意味では、日本人初の個人戦メダリストに最も相応しいのは彼女だと思っていたのですが、残念ながらあと1歩及びませんでした。

次は団体戦。

2大会連続のメダル獲得に向けて頑張ってほしいですね。



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# by sakanoueno-kumo | 2016-08-11 11:58 | 他スポーツ | Trackback | Comments(0)  

リオデジャネイロオリンピック開幕から4日、“あっぱれ”な日本人選手たち。

リオデジャネイロオリンピックが始まってから4日が経ちますが、日本人選手は快調な滑り出しですね。

最初に飛び込んできたのは、競泳400m個人メドレーで萩野公介選手が金メダル瀬戸大也選手が銅メダルという速報でした。

競泳の日本選手が同一種目で複数表彰台に上がるのは、昭和31年(1956年)のメルボルン大会以来、60年ぶりのことだそうですね。

荻野選手は同種目の世界ランク1位でしたから、終わってみれば当然の結果といえるかもしれませんが、期待されたなかで結果を残すというのは、並大抵のことではありません。

某TV番組風にいえば、実に“あっぱれ”ですね。

ウエイトリフティングでは、女子48キロ級の三宅宏実選手がロンドン大会の銀メダルに続いて今回も銅メダルを獲得しましたね。

銀から金といえば、なんかランクダウンしたような気がしますが、2大会連続メダル獲得というのは、なかなか出来ることではありません。

そもそも、同競技で日本人女子がメダルを獲得したこと自体、ロンドン大会の三宅選手が初めてのことで、当然、2大会連続メダル獲得も日本人女子初の快挙です。

これも“あっぱれ”と言っていいんじゃないでしょうか?

そのロンドン大会では史上初の「金ゼロ」だった男子柔道ですが、今朝、73キロ級の大野将平選手がみごと金メダルを獲得しましたね。

いや~、良かった良かった。

やっぱ、お家芸の柔道で勝たないと、盛り上がらないですからね。

今のところ、男子60キロ級の髙藤直寿選手、男子66キロ級の海老沼匡選手、女子49キロ級の近藤亜美選手、女子52キロ級の中村美里選手、そしてロンドン大会で金メダルだった女子57キロ級の松本薫選手と、惜しくも準決勝で負けたものの、何とか全員メダルは死守しています。

柔道は金でなければならないという厳しい意見もありますが、このまま全階級メダル獲得を狙ってほしいものです。

そして何といっても興奮したのが、体操男子団体の金メダル獲得ですね。

「団体での金」というのは、彼ら全員の悲願でしたが、ミスが相次いで予選4位となったときは、正直、金は厳しいんじゃないかと思ってしまいました。

いや~、よく巻き返しましたよね。

とくに、すべての種目にエントリーしたエース・内村航平選手の安定感は抜群でした。

彼も、競泳の荻野選手同様、期待されたなかで結果を出せる選手で、実に“あっぱれ”だと思います。

このまま、個人でも2大会連続の「金」を達成してほしいですね。

とまあ、4日間のメダリストを矢継ぎ早に振り返りましたが、実はわたし、これらすべてをリアルタイムで観れていません。

やっぱ、12時間の時差は厳しいですね。

毎晩3時頃までは頑張って起きてるのですが、いつの間にかソファーで眠ってしまい、気がつけば朝で、結果が出てしまっています。

今朝も、大野将平選手の試合が終わった直後に目を覚ましました(苦笑)。

体操も同じく。

大失敗です(泣)。

当ブログでは、バンクーバー大会、ロンドン大会、ソチ大会と、ほとんど毎日オリンピック観戦記を起稿していましたが、今回は無理そうですね。

まあ、翌日の仕事に支障をきたさないよう、無理のない程度に追っかけようと思っています。



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# by sakanoueno-kumo | 2016-08-09 21:06 | 他スポーツ | Trackback | Comments(0)