人気ブログランキング | 話題のタグを見る

天地人 第23話「愛の兜」

 上洛への迷いが生じた景勝を、故郷上田庄に連れ出し、そして雲洞庵に訪れた兼続とお船。無口な景勝がいつになく多弁だった今話。幼き日の思い出の場所というのは、心を和やかにさせてくれるものである。兼続の粋な計らいで、昔よく籠った納戸に入った景勝は、悩みや不安でいっぱいだった少年時代の自分に遭遇する。
 「あの頃のわしも今と同じ、先が見えずひたすら不安じゃった。」
 
 考えてみれば私も少年時代、悩みや不安は自分が未熟であるが故で、大人になれば不安など無くなると思っていた。しかし大人になってみても不安はいつも側にある。若い頃、40歳の人を見るとものすごく大人に見えたものだが、40歳を過ぎた今、想像していた大人には程遠い自分がいる。
 「不安とは己の心が勝手に作る幻でござる。」
全祝和尚が景勝に言った言葉だが、そのとおりかもしれない。「恐怖」であれば、その対象があるはずで、恐い対象さえ取り除くことが出来れば解消することが出来るもの。しかし「不安」とは、対象のないもので、得体の知れないものだからたちが悪い。しかし対象がないということは、和尚の言葉どおり「心が作る幻」なのかもしれない。要は「気持ちの持ちよう」ということなのだろう。
 「所詮人生は一時の夢じゃ。叶わなければ、それまでじゃ。」
景勝の言葉は、決して開き直りの心ではなく、「心が作る幻」と戦う決意の言葉であろう。

 ようやく登場した、兼続の象徴「愛」の文字。愛染明王や愛宕神社など由来は諸説あるが、俗説の「仁愛」や「愛民」の精神という最もわかりやすい説を採用。その方が物語らしいしね。しかし、他の由来の説もちゃんと天地人紀行では紹介してくれていたのでGood!
 「友を案じる心も、夫が妻を、妻が夫をいたわる心も、親が子を慈しみ、子が親を思う心も、全てこの愛から始まります故。」
 お船が兼続に「愛」の字を勧めるために言った言葉。当り前のことなのだが、親が子を殺したり、子が親に暴力を振るったり、好きな異性にストーカー行為をしたりと、自己愛に執着した事件が多発する現代、今一度この言葉の本当の意味を、感じてみる必要があるのかもしれない。



ブログ村ランキングに参加しています。
下記バナーをクリック頂けると嬉しく思います。
     ↓↓↓
にほんブログ村 テレビブログ 大河ドラマ・時代劇へ
にほんブログ村

by sakanoueno-kumo | 2009-06-08 03:01 | 天地人 | Trackback | Comments(2)  

Commented by marquetry at 2009-06-10 19:17
愛という言葉を初めに作った人はスゴいと思います。形も無く、証明も出来ない..ただただ心で感じえるだけのものを文字で表現するなんて...。
愛は実体がなく、いつでも不安にかられてしまうけど、本来は一番不変な存在なのかも知れませんね...だから、それを信じる人間は美しいのかも?
Commented by sakanoueno-kumo at 2009-06-10 23:18
私はこのブログを通して、人の「心」をテーマにしています。この大河ドラマの感想も、時事ネタも、スポーツネタも、「心」を感じる、「心」に問いかけるものを好んで選んでいます。
「心」は人間だけに与えられた特殊技能で、使い方次第では美しいものにも醜いものにもなる、取扱注意の難しいもの。
「愛」という感情は、その中で最も美しい「心」だと思います。
中年オヤジがこんなこと言ったら滑稽かな・・・。(笑)
とにかく、私はこれからも「心」のこもった言葉を書いていきたいと思っています。

<< 無実の「自供」。 <足利事件、... イチローたる所以。 >>