坂本龍馬が日本史のスターになった理由。

 大河ドラマ「龍馬伝」が始まった。今更ながら坂本龍馬について少しふれてみたいと思う。彼の経歴や功績については誰もが知るところで、紹介するまでもないだろう。歴史上の偉人たちの中でとりわけ人気の高い人物で、尊敬する人物ナンバーワンだとか、企業が欲しい人物ナンバーワンだとか、とにかくファンが多い。それほどメジャーな人物なのだが、中高生の歴史の教科書を見てみると、薩長同盟の尽力者としてほんの数行載っているだけで、とりたてて重要視されていない。思い出してみても、学校で坂本龍馬のことを詳しく習った記憶はない。では何故これほどまでに坂本龍馬という人物が、歴史上のスター的存在になったのだろう。ここではその経緯について少し紹介してみたい。

 維新後、激動の明治新国家の中で、生者は栄え、死者は忘れられた。龍馬の名も例外ではなく、人々の記憶から消えかけていた。ただ土佐人や土佐系の浪士出身者たちは、薩長政府に憤懣を感ずるごとに、「龍馬がこんにち生きてあれば」という思いは募っていたという。龍馬の名が再び世に出てくるのは、1883年(明治16年)に高知の土陽新聞に、坂本龍馬を初めて題材として取り上げた小説「汗血千里の駒(かんけつせんりのこま)」が連載されたことによる。著者は自由民権運動家で小説家の坂崎紫瀾(しらん)。政治色の強い小説で、当時自由民権運動がにわかにさけばれ初めていた土佐において、「自由民権の元祖は、坂本龍馬だった。」という、いわば宣伝のような作品だったともいわれている。同作品で姉・乙女や妻・お龍ら龍馬の周辺にいた人物が丁寧に描かれており、強い女性に守られながら育った龍馬の柔らかいイメージは、この作品によって作られたといわれている。

 次に龍馬のブームが起きるのは、1904年(明治37年)の日露戦争の日本海海戦直前、皇后の夢枕に立ったという話が新聞に報じられたことによる。当時、どうみてもロシアの陸海軍に勝てるはずがないという観測が誰の胸中にもあり、憂色が一国を覆っていた。そんなおり、皇后の夢に白装の武士があらわれ、「微臣は維新前、国事のために身を致したる南海の坂本龍馬と申す者に候。」と言い、「海軍のことは当時より熱心に心掛けたるところにござれば、このたび露国とのこと、身は亡き数に入り候えども魂魄は御国の海軍にとどまり、いささかの力を尽すべく候。勝敗のことご安堵あらまほしく。」と語ったという。皇后は龍馬という人物を知らなかった。当時の宮内大臣で往年の陸援隊副隊長だった田中光顕が龍馬の写真を見せたところ、「この人である。」と言ったという。この話は「皇后の奇夢」としてすべての新聞に載り、世間はその話題でもちきりになった。

 この奇夢は真実かどうかわからない。当時、そのこのろ流行語であった「恐露病」にかかっていた国民の士気をこういうかたちで変えようとしたとも言われているし、また当時、宮内関係の顕職についていた者は土佐系の人物が多く、彼らは薩長閥の外にあって冷遇されており、土佐株を上げるためにこういう話を作ったのではないかとも言われている。ともあれ、この話によって坂本龍馬の名は世間にとどろき、これ以後大正期に入って伝記が多く刊行され、芝居などにも登場するようになったという。この「奇夢」の、あるいは作者だったかもしれない田中光顕は、生涯この話は事実だと言い続けていたそうである。

 そして時代は進み、なんといっても龍馬の人気を不動のものにしたのは、1963年(昭和38年)に連載が始まった、司馬遼太郎の長編小説「竜馬がゆく」だろう。現代の人が持っている坂本龍馬のイメージはこの作品によって作られたものと言っても過言ではなく、私もこの作品に感化されたひとりである。以後、龍馬を題材にした物語はすべてこの作品をベースにしており、学者さんまでもが崇拝しているということを思えは、この作品がもたらした影響ははかりしれない。しかし、著者の司馬氏はあくまでこの小説はフィクションだと語っており、「龍」を「竜」としたところにもその意図がうかがえる。物語中に出てくる「竜馬」は、司馬氏が作り出した「竜馬像」だという。しかし、司馬氏はこの作品を書くにあたって何年もの準備期間と、きめ細やかな取材を重ねており、そうして作られた「司馬・竜馬像」は、真実とは言わないまでも、まったくの虚像とも言えない気もする。

 龍馬のもつ、自由で、濶達で、壮大な愛すべき人物像はこうして確立された。不思議なのは龍馬のキャラクターは、どの物語においても一定であること。例えば、同じ時代に生きた英雄・西郷隆盛などは、志士側の視点で書かれた物語では情に厚い古武士として描かれ、幕府側の視点で書かれた物語では、裏工作の得意な政治家・西郷の部分が強調されることが多い。しかし、龍馬という人はどの角度から描かれても、そのキャラクターは常に変わらない。どんな物語でも龍馬は龍馬なのである。それだけ龍馬のイメージというのは確立されており、その変わらない、変えようがない人物像が、彼を歴史のスターにさせた理由かもしれない。

 坂本龍馬に魅力を感じる人たちの多くは、小説、ドラマ、映画など虚実とり混ぜた物語の中からその「龍馬像」をもらっている。坂本龍馬という人は、日本史の中よりもはるかに物語の中で輝いてきた人物だと言えるだろう。


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by sakanoueno-kumo | 2010-01-08 14:03 | 歴史考察 | Trackback | Comments(2)  

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Commented by japan-current at 2010-01-10 17:15
コメントありがとうございました。
今日は日曜、龍馬の日ですね。
歴史小説をたくさんお読みであるようで、羨ましい限りです。

Commented by sakanoueno-kumo at 2010-01-11 18:43
< japan-currentさん。
コメントありがとうございます。
日本史が大好きで、大河ドラマネタを毎週書いてます。
素人の稚文で恥ずかしいかぎりですが、コメントいただいて嬉しく思います。

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