龍馬伝 第9話「命の値段」
このエピソードで誰もが感じるのは、情に厚く懐の深い龍馬に対して、融通の利かない冷徹な半平太となってしまうのだが、果たして真相はどうだったのだろう。龍馬は半平太の了解なしで琢磨を逃亡させたのだろうか。半平太は琢磨に切腹を命じた後、龍馬を呼び出し相談している。半平太が龍馬に琢磨を逃亡させるよう依頼したとは考えられないだろうか。半平太の了解なしで逃亡させたとすれば、後の龍馬と半平太の関係にヒビが入ってもおかしくない話だが、そのような形跡はない。このとき半平太は、江戸での郷士たちの統率役を藩から命じられており、立場上切腹を命じざるをえず、そのフォローを龍馬に頼んだか、もしくは龍馬が逃亡させるであろうことを承知したうえで黙認していた・・・というふうにもとれなくもない。
山本琢磨は半平太の妻・富の従兄妹にあたるが、龍馬から見ても遠い親戚にあたる。龍馬と半平太を引き合わせたのも、この琢磨だったという説もある。いわば二人の共通の親戚でもあり、この山本琢磨逃亡劇は、龍馬と半平太の二人が画策したものだったと考えても十分にあり得る話だ。
坂本龍馬と武市半平太。「陽」と「陰」、もしくは「動」と「静」とも言える、まったく違うタイプのこの二人が、不思議なことにお互いを深く理解し合い、認め合う関係だった。後に半平太が結成した土佐勤皇党においても、192名の署名血判の中で龍馬は9番目に署名している。上位8人は半平太を筆頭に彼の同門側近の者ばかりで、部外者の筆頭が龍馬だったわけである。半平太には、この破天荒で自分とはまったく違う考えを持つ龍馬を認める包容力があった。ドラマで描かれているような、狭量な人物ではないと私は思っている。
逃亡した山本琢磨は、大正2年(1913年)、80歳まで天寿を全うしている。琢磨は生涯、龍馬のことを口にするたび涙を流したという。
ブログ村ランキングに参加しています。
下記、応援クリック頂けると嬉しく思います。
↓↓↓
by sakanoueno-kumo | 2010-02-28 23:47 | 龍馬伝 | Trackback(6) | Comments(4)
TSUNAMI、これはこのままで世界中通用しますね。 この現象に「龍馬伝」放送中も見舞われました。 非難なさった方もこの経験に「津波」の威力のこと、新たになさったことでしょう。 2010年2月の脅威、チり(海底大)地震、余波現象。 いよいよ二月末に待ちの涙は一説には老化... more
個人的な感想のみ書いてます。苦手な方はバックプリーズ今回は山本琢磨を逃がす話が中心でしたね。拾った時計を金に換えた事で切腹を言いつけられる山本琢磨を龍馬が助ける・・・命の値段・・・・なんて今でこそ当たり前のように命には価値があると思われてますがそれこそ...... more
「攘夷のためじゃ」と仲間の命を奪おうとする半平太 しかし、こやつの本当の目的は攘夷なのではない。 いや、こんな近視眼的な男に 「尊王攘夷」の本来の意味など判ってなど居ない。 「攘夷」を唱える事によって山内容堂に気に入られ 土佐藩の中で成り上がろうという野望があるだけである。 山内容堂の本当の姿、 郷士なんぞ、人とも思っていないその腹の内 尊王攘夷や、開国佐幕などどうでもよく 隙あらば、日本を操ってやろうという 単なる俗物である事、 そんな容堂と土佐藩をいち早く見限って脱藩してしまう龍馬と そんな容...... more
「攘夷のためじゃ」と仲間の命を奪おうとする半平太 しかし、こやつの本当の目的は攘夷なのではない。 いや、こんな近視眼的な男に 「尊王攘夷」の本来の意味など判ってなど居ない。 「攘夷」を唱える事によって山内容堂に気に入られ 土佐藩の中で成り上がろうという野望があ... more
龍馬伝、中々面白いですね{/fuki_osusume/} 実像の龍馬ってもしかしてこういう人だったのでは?? と思わせてくれます。 僕の中で坂本龍馬は司馬遼太郎の「龍馬がゆく」からブレイク した様な感じがしていたのですが、ドラマを見ていると何故か わくわくしてきます。 尤も、実像はかなり謎の多い人物だったようですが… 武市半平太と龍馬、結局二人とも切腹・暗殺で亡くなってしま いますが、この二人遠戚でもありお互いを『あご』と『あざ』 の呼び合うくらいかなり仲が良かったと言われています{/kaeru_l...... more
半平太の焦りや苛立ち、苦悩が表現された回でしたね。【今回のまとめ】・2年4カ月ぶりに江戸へ戻ってきた龍馬。 待たせ過ぎた佐那からは、つれない態度をとられてしまう。 佐那の想いを知る重太郎の計らいで、ふたりきりになる龍馬と佐那。 龍馬は佐那の想いに応えられ...... more
立場を越えて認め合うが伝わってきました。
現代の私たちの社会でも、置かれている立場によって自分の意に反する行動をせねばならないときがありますよね。企業の中間管理職の人などは皆、そんな思いに悩んでいるのではないでしょうか。そんなとき、自分の立場を理解してフォローしてくれる参謀がいれば、どんなに心強いことでしょう。
龍馬と半平太がそのような関係だったかどうかはわかりませんが、半平太が龍馬という人物を高く評価していたことは、残されているいろいろな史料で感じ取れるようです。
ちょっと半平太を過大評価しすぎですかね。
でも、どうしても私には武市半平太という人が狭量な人物だったとは思えないんですね。多くの郷士たちが彼のもとに集って生死を共にしたわけですから、それは単にイデオロギーだけではなかったと思うんです。人間的魅力がなければ人は集まってきませんから・・・。
武市半平太のダーティーなイメージは、後の「天誅」という名の暗殺を繰り返した首謀者というただ1点の側面から出来たものだと思います。