龍馬伝 第16話「勝麟太郎」
坂本龍馬の生涯に最も大きな影響を与えたのが、この勝麟太郎(勝海舟)との出会いだったというのは誰もが知るところだろう。もっと大袈裟にいえば、この二人の出会いが、後の日本の運命にも大きな影響を与えたといっても言い過ぎではないかもしれない。幕末の風雲児・坂本龍馬は、この軍艦奉行並・勝麟太郎の知遇を得たことによって作られた。この運命的な出会いは、いつ、どのようにして実現したのだろう。
最も馴染み深い話は、龍馬と千葉重太郎の二人で、開国論者であった勝麟太郎を斬るつもりで訪ねたものの、麟太郎に世界情勢を説かれ、逆に弟子入りしてしまったというエピソード。司馬遼太郎著「竜馬がゆく」を始め、多くの物語でこの話は使われている。しかし今回のドラマではこの話は採用されていなかった。この説の根拠は、明治中期になって麟太郎自身が著した「追賛一話」や「氷川清話」に詳しく、ほぼ通説のようになっているが、実はこの話は麟太郎の創作した法螺話という見方が正しいようだ。というのも、自分を斬りに来たというほどインパクトのある来訪者のことを、同時期の麟太郎の日記にはまったく記されていない。勝海舟と名乗った晩年の麟太郎には法螺癖があり、そこがまた勝海舟という人の味のある一面なのだが、それゆえ彼の語るエピソードは話半分で考えなければならないようだ。
それでは何故、龍馬が麟太郎に出会えたのか。ドラマでは、まず越前藩前藩主であり幕府政治総裁職でもある松平春嶽と会見し、そこで麟太郎に自分を紹介してくれるよう懇願していた。何の名声もない一脱藩浪人の龍馬が、幕府のお偉方である春嶽にそう簡単に会えるはずがない・・・と思いがちだが、実はこの話は本当のようで、春嶽自身が書き残したいくつかの記録に出ている。ドラマのように千葉定吉の口利きがあったという史料は残っておらず、どういうコネがあったかは定かではないが、とにかく龍馬は春嶽に会っていた。同行者は近藤長次郎と間崎哲馬の二人だったようだ。どういう目的で春嶽と会見したかはわからないが、彼らにとって雲の上の人物とも言える春嶽に会おうという発想と行動力に驚かされる。龍馬の大器の片りんが垣間見れるエピソードだ。
龍馬が春嶽と会見したのは文久2年(1862年)12月5日。この4日後の12月9日の「海舟日記」の中に、「此夜、有志、両三輩来訪。形勢の議論あり。」という記述がある。これこそが、龍馬と間崎哲馬、そして近藤長次郎の三人ではないかと考えられている。であれば、春嶽との会見によって麟太郎への紹介状をもらい、その4日後に来訪したという考え方が最も自然だ。龍馬が麟太郎への紹介を望んだのか、春嶽が麟太郎に引き合せようと考えたのかはわからないが、こうして坂本龍馬と勝海舟の運命的な出会いは実現した。今話のドラマの設定は、極めて史実に近いかたちだと思う。
春嶽からの紹介とあって仕方なく会見したものの、龍馬の器を見抜けず×××の評価で追い返してしまった麟太郎。勝麟太郎の人柄といえば、せっかちで癇癪持ちの性格だったというのは有名なところ。一目会って運命を感じた・・・なんてベタな設定よりも、この方が実に麟太郎らしくていい。博多弁ならぬ、べらんめぇ口調の武田鉄也さんも新鮮だった。次週からの龍馬と麟太郎のかけ合いが楽しみだ。
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最も馴染み深い話は、龍馬と千葉重太郎の二人で、開国論者であった勝麟太郎を斬るつもりで訪ねたものの、麟太郎に世界情勢を説かれ、逆に弟子入りしてしまったというエピソード。司馬遼太郎著「竜馬がゆく」を始め、多くの物語でこの話は使われている。しかし今回のドラマではこの話は採用されていなかった。この説の根拠は、明治中期になって麟太郎自身が著した「追賛一話」や「氷川清話」に詳しく、ほぼ通説のようになっているが、実はこの話は麟太郎の創作した法螺話という見方が正しいようだ。というのも、自分を斬りに来たというほどインパクトのある来訪者のことを、同時期の麟太郎の日記にはまったく記されていない。勝海舟と名乗った晩年の麟太郎には法螺癖があり、そこがまた勝海舟という人の味のある一面なのだが、それゆえ彼の語るエピソードは話半分で考えなければならないようだ。
それでは何故、龍馬が麟太郎に出会えたのか。ドラマでは、まず越前藩前藩主であり幕府政治総裁職でもある松平春嶽と会見し、そこで麟太郎に自分を紹介してくれるよう懇願していた。何の名声もない一脱藩浪人の龍馬が、幕府のお偉方である春嶽にそう簡単に会えるはずがない・・・と思いがちだが、実はこの話は本当のようで、春嶽自身が書き残したいくつかの記録に出ている。ドラマのように千葉定吉の口利きがあったという史料は残っておらず、どういうコネがあったかは定かではないが、とにかく龍馬は春嶽に会っていた。同行者は近藤長次郎と間崎哲馬の二人だったようだ。どういう目的で春嶽と会見したかはわからないが、彼らにとって雲の上の人物とも言える春嶽に会おうという発想と行動力に驚かされる。龍馬の大器の片りんが垣間見れるエピソードだ。
龍馬が春嶽と会見したのは文久2年(1862年)12月5日。この4日後の12月9日の「海舟日記」の中に、「此夜、有志、両三輩来訪。形勢の議論あり。」という記述がある。これこそが、龍馬と間崎哲馬、そして近藤長次郎の三人ではないかと考えられている。であれば、春嶽との会見によって麟太郎への紹介状をもらい、その4日後に来訪したという考え方が最も自然だ。龍馬が麟太郎への紹介を望んだのか、春嶽が麟太郎に引き合せようと考えたのかはわからないが、こうして坂本龍馬と勝海舟の運命的な出会いは実現した。今話のドラマの設定は、極めて史実に近いかたちだと思う。
春嶽からの紹介とあって仕方なく会見したものの、龍馬の器を見抜けず×××の評価で追い返してしまった麟太郎。勝麟太郎の人柄といえば、せっかちで癇癪持ちの性格だったというのは有名なところ。一目会って運命を感じた・・・なんてベタな設定よりも、この方が実に麟太郎らしくていい。博多弁ならぬ、べらんめぇ口調の武田鉄也さんも新鮮だった。次週からの龍馬と麟太郎のかけ合いが楽しみだ。
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by sakanoueno-kumo | 2010-04-19 00:50 | 龍馬伝 | Trackback(7) | Comments(6)
タイトル : 【大河ドラマ】龍馬伝第16回:勝麟太郎
明快かつ躍動感のある内容で、観ていて気持ちが良い回でした♪【今回の流れ】・龍馬が千葉道場へ姿を現す 佐那は喜ぶも、勝に会うのが目的だと知ってショボーン(´・ω・`) 千葉定......more
明快かつ躍動感のある内容で、観ていて気持ちが良い回でした♪【今回の流れ】・龍馬が千葉道場へ姿を現す 佐那は喜ぶも、勝に会うのが目的だと知ってショボーン(´・ω・`) 千葉定......more
タイトル : 【龍馬伝】第16回感想と視聴率「勝麟太郎」
第16回の視聴率は、久々に20%台に乗って、21.9%でした♪良かった良かった♪やはり、佐那&重太郎コンビ、面白いですね♪今回は、久々に武市さんの出番が少なかったので、良かった......more
第16回の視聴率は、久々に20%台に乗って、21.9%でした♪良かった良かった♪やはり、佐那&重太郎コンビ、面白いですね♪今回は、久々に武市さんの出番が少なかったので、良かった......more
タイトル : 大河ドラマ「龍馬伝」第16回『勝麟太郎』...
ネタバレ記事を含みますので未視聴の方はご注意ください。個人の感想レポですのでご了承下さい。江戸に到着した龍馬は千葉道場に寄宿佐那と兄・重太郎が舞い上がっているんだけれど......more
ネタバレ記事を含みますので未視聴の方はご注意ください。個人の感想レポですのでご了承下さい。江戸に到着した龍馬は千葉道場に寄宿佐那と兄・重太郎が舞い上がっているんだけれど......more
タイトル : 龍馬伝「勝 麟太郎」 浪漫のヒーロー
さあ、明るい龍馬が戻ってまいりました。 こうでなきゃ、こうでなきゃ!!歓喜。上気。 一番龍馬の幸せな時に思えます。 べらんべぇ勝さん、閻魔帳には「×××××××BATSU」 長次郎さんを弟子にしているあたり、身分や格式にはとらわれないらしい・・ 「負けるが勝」なん...more
さあ、明るい龍馬が戻ってまいりました。 こうでなきゃ、こうでなきゃ!!歓喜。上気。 一番龍馬の幸せな時に思えます。 べらんべぇ勝さん、閻魔帳には「×××××××BATSU」 長次郎さんを弟子にしているあたり、身分や格式にはとらわれないらしい・・ 「負けるが勝」なん...more
タイトル : 大河ドラマ 龍馬伝 第16回 「勝麟太郎」
よく、ドラマや映画や漫画の中で描かれる有名な場面として千葉重太郎と勝海舟を斬りに行った龍馬が海舟の話を聞いている内に反対に「弟子にして下さい」と頭を下げている、アレは海舟本人が明治23年に「追賛一話」で語ったものが出典でまあ海舟が面白おかしく述べた作り話で、本日の放送のような流れが史実により近いらしい。ただ松平春嶽の紹介状を持って幕府軍艦奉行並・勝麟太郎を訪れたのは門田為之助、近藤長次郎と3人でである、つまり饅頭屋・長次郎とは同期生となる。それより土佐の名も無い浪人風情が、よくもま......more
よく、ドラマや映画や漫画の中で描かれる有名な場面として千葉重太郎と勝海舟を斬りに行った龍馬が海舟の話を聞いている内に反対に「弟子にして下さい」と頭を下げている、アレは海舟本人が明治23年に「追賛一話」で語ったものが出典でまあ海舟が面白おかしく述べた作り話で、本日の放送のような流れが史実により近いらしい。ただ松平春嶽の紹介状を持って幕府軍艦奉行並・勝麟太郎を訪れたのは門田為之助、近藤長次郎と3人でである、つまり饅頭屋・長次郎とは同期生となる。それより土佐の名も無い浪人風情が、よくもま......more
タイトル : 大河ドラマ 龍馬伝 第16回 「勝麟太郎」
よく、ドラマや映画や漫画の中で描かれる有名な場面として 千葉重太郎と勝海舟を斬りに行った龍馬が 海舟の話を聞いている内に反対に「弟子にして下さい」と頭を下げている、 アレは海舟本人が明治23年に「追賛一話」で語ったものが出典で まあ海舟が面白おかしく述べた作...more
よく、ドラマや映画や漫画の中で描かれる有名な場面として 千葉重太郎と勝海舟を斬りに行った龍馬が 海舟の話を聞いている内に反対に「弟子にして下さい」と頭を下げている、 アレは海舟本人が明治23年に「追賛一話」で語ったものが出典で まあ海舟が面白おかしく述べた作...more
タイトル : 竜馬伝16話(勝麟太郎)の感想
竜馬伝16話(勝麟太郎)を見ました。土佐藩を脱藩した龍馬は、千葉道場を訪ねます。喜ぶ佐那(貫地谷しほり)をよそに、龍馬は、勝鱗太郎に会うことばかり考えています。これでは、佐那がかわいそすぎますよね。......more
竜馬伝16話(勝麟太郎)を見ました。土佐藩を脱藩した龍馬は、千葉道場を訪ねます。喜ぶ佐那(貫地谷しほり)をよそに、龍馬は、勝鱗太郎に会うことばかり考えています。これでは、佐那がかわいそすぎますよね。......more
こんにちは
なるほど、今回はエピソードも性格もじつは史実に近い、というわけだったんですね。 オーソドックスな出会いをどう描くのか?と思ってみていたので あらららら?と目が離せませんでした。
×をつける麟太郎なんてきっと初めてですね。
なるほど、今回はエピソードも性格もじつは史実に近い、というわけだったんですね。 オーソドックスな出会いをどう描くのか?と思ってみていたので あらららら?と目が離せませんでした。
×をつける麟太郎なんてきっと初めてですね。
<おりょうさん。
千葉重太郎と二人で勝を斬りに来たという話は、勝海舟の作り話というのはわりと知られていますが、松平春嶽の紹介だったという話はあまり知られていないようです。
こののち、海舟が兵庫滞在中に龍馬と千葉重太郎の二人で海舟のもとに訪れたという記録が、「海舟日記」に記されているそうです。海舟の法螺話は、このときの記憶と混同されたものという考えが正しいようです。
千葉重太郎と二人で勝を斬りに来たという話は、勝海舟の作り話というのはわりと知られていますが、松平春嶽の紹介だったという話はあまり知られていないようです。
こののち、海舟が兵庫滞在中に龍馬と千葉重太郎の二人で海舟のもとに訪れたという記録が、「海舟日記」に記されているそうです。海舟の法螺話は、このときの記憶と混同されたものという考えが正しいようです。
はじめまして。福岡県在住の湛と申します。
大河ドラマ『龍馬伝』を欠かさず観ている者ですが、史実・顕彰の文献等一切読んだ事の無い素人です。
多くの龍馬ファンのブログ、ドラマの感想等を検索してsakanoueno-kumo様にたどり着きました。
当然かも知れませんが、龍馬ファンには残念なドラマという批判を多く目にしました。
こちらでは、史実を整理して解説された上できちんと感想を書いておられ鷹揚にドラマも受け止めていらっしゃるので、拝読して大変爽やかな印象を受けました。
(素人の癖に批評めいた表現をご容赦ください。)
ドラマの進行と共に、sakanoueno-kumo様のブログから勉強させて頂きたく思っております。宜しくお願い致します。
今回の「海舟と龍馬の邂逅」は『竜馬がゆく』をはじめ、これまでのドラマで繰り返し登場する場面なので非常に楽しみでした。
「海舟を斬りに行った龍馬が調伏される」図は史実ではなかったのですね。
今回のエピソードは新鮮で面白かったです。これからの展開も楽しみです。
長いコメントで失礼致しました。
大河ドラマ『龍馬伝』を欠かさず観ている者ですが、史実・顕彰の文献等一切読んだ事の無い素人です。
多くの龍馬ファンのブログ、ドラマの感想等を検索してsakanoueno-kumo様にたどり着きました。
当然かも知れませんが、龍馬ファンには残念なドラマという批判を多く目にしました。
こちらでは、史実を整理して解説された上できちんと感想を書いておられ鷹揚にドラマも受け止めていらっしゃるので、拝読して大変爽やかな印象を受けました。
(素人の癖に批評めいた表現をご容赦ください。)
ドラマの進行と共に、sakanoueno-kumo様のブログから勉強させて頂きたく思っております。宜しくお願い致します。
今回の「海舟と龍馬の邂逅」は『竜馬がゆく』をはじめ、これまでのドラマで繰り返し登場する場面なので非常に楽しみでした。
「海舟を斬りに行った龍馬が調伏される」図は史実ではなかったのですね。
今回のエピソードは新鮮で面白かったです。これからの展開も楽しみです。
長いコメントで失礼致しました。
< 湛さん。
過分なお言葉ありがとうございます。
ひとつ申し上げますと、私も素人ですよ(苦笑)。
そうですね。
おっしゃるように、史実と照らし合わせて批判するブログをよく見かけますが、私はその種の声はあまり好きではありません。
私は結構詳しい方だと自分でも思っているのですが、とはいえ学者ではなくただの歴史好きの素人ですから、史料文献の原文を自分で読解できるはずもなく、誰かが解釈して書いたものを読んだ受け売りに過ぎません。
多くのブロガーの方々はたぶん私と同じレベルで、そんな受け売り知識を使って声高に批判する類のブログは、あまり読まないようにしています。
史実とは歴史の断片に過ぎません。
その断片の中から、作家さんたちがイメージして作られた虚構で、楽しませてもらっていると私は思っています。
物語である以上、面白い・面白くないの批評はいいと思うんですけどね。
というワケで、歴史好きの素人としては、毎週知ってるだけの受け売り知識を紹介した上で、あくまでドラマはドラマとして感想を述べさせていただいてます。
今後とも宜しくお願いします。
過分なお言葉ありがとうございます。
ひとつ申し上げますと、私も素人ですよ(苦笑)。
そうですね。
おっしゃるように、史実と照らし合わせて批判するブログをよく見かけますが、私はその種の声はあまり好きではありません。
私は結構詳しい方だと自分でも思っているのですが、とはいえ学者ではなくただの歴史好きの素人ですから、史料文献の原文を自分で読解できるはずもなく、誰かが解釈して書いたものを読んだ受け売りに過ぎません。
多くのブロガーの方々はたぶん私と同じレベルで、そんな受け売り知識を使って声高に批判する類のブログは、あまり読まないようにしています。
史実とは歴史の断片に過ぎません。
その断片の中から、作家さんたちがイメージして作られた虚構で、楽しませてもらっていると私は思っています。
物語である以上、面白い・面白くないの批評はいいと思うんですけどね。
というワケで、歴史好きの素人としては、毎週知ってるだけの受け売り知識を紹介した上で、あくまでドラマはドラマとして感想を述べさせていただいてます。
今後とも宜しくお願いします。
本当にお詳しいですね。
感心してます。
斬りに来たかどうかはともかく、龍馬は千葉重太郎と一緒に訪問したのだろうとばかり思っておりました。
ただ、龍馬が勝海舟に会うことが目的であれば、いくら幕臣とはいえ、何も、松平しゅんがくにまで会う必要はなかったんじゃないですか?
また、しゅんがくのほうも土佐を脱藩した者と会ったとなれば、山内ようどうの手前、ちと、憚られるものがあったのではないかと思うのですが。
勝海舟の敷居はそれほど高くなかったようですしね。
感心してます。
斬りに来たかどうかはともかく、龍馬は千葉重太郎と一緒に訪問したのだろうとばかり思っておりました。
ただ、龍馬が勝海舟に会うことが目的であれば、いくら幕臣とはいえ、何も、松平しゅんがくにまで会う必要はなかったんじゃないですか?
また、しゅんがくのほうも土佐を脱藩した者と会ったとなれば、山内ようどうの手前、ちと、憚られるものがあったのではないかと思うのですが。
勝海舟の敷居はそれほど高くなかったようですしね。
< heitarohさん。
無駄に詳しいとよく言われます(苦笑)。
龍馬が誰と海舟に会いに行ったかなんて、知っててもなんの役にも立ちません(笑)。
ほとんどオタク状態です。
そうですね。
そう考えれば、当初から海舟に合うのが目的ではなく、春嶽に会うのが目的で、そこで海舟を紹介されたと考える方が筋が通りそうです。
で、なぜ春嶽が龍馬と会ったかといえば、一緒に会いに行った間崎哲馬という人は土佐勤王党ではありますが、党の中では武市一派とは少し距離がある存在で、身分も一応上士で容堂とも通じていたといわれる人物だったと思います。(スミマセン・・・このあたり、ちとうろ覚えです。)
土佐勤王党といっても一枚岩ではなかったんですね。
そんな間崎となら、春嶽も合うに憚られず、その間崎に龍馬はくっついていったんじゃないでしょうか。
以上、オタクネタでした(笑)。
無駄に詳しいとよく言われます(苦笑)。
龍馬が誰と海舟に会いに行ったかなんて、知っててもなんの役にも立ちません(笑)。
ほとんどオタク状態です。
そうですね。
そう考えれば、当初から海舟に合うのが目的ではなく、春嶽に会うのが目的で、そこで海舟を紹介されたと考える方が筋が通りそうです。
で、なぜ春嶽が龍馬と会ったかといえば、一緒に会いに行った間崎哲馬という人は土佐勤王党ではありますが、党の中では武市一派とは少し距離がある存在で、身分も一応上士で容堂とも通じていたといわれる人物だったと思います。(スミマセン・・・このあたり、ちとうろ覚えです。)
土佐勤王党といっても一枚岩ではなかったんですね。
そんな間崎となら、春嶽も合うに憚られず、その間崎に龍馬はくっついていったんじゃないでしょうか。
以上、オタクネタでした(笑)。















