伊良部秀輝投手の訃報に思う、暗い記憶に残る選手。

 プロ野球のロッテ、阪神、米大リーグのヤンキースなどで活躍した伊良部秀輝さんが27日、 自宅のあるカリフォルニア州ロサンゼルス近郊で亡くなったそうです。報道では、自宅で首をつった状態で見つかったと伝えられており、、おそらく自殺とみていいのでしょう。 驚きました・・・。

 伊良部投手といえば、日本プロ野球史上最速の投手は誰か・・・といった議論の際には必ず名前があがる剛速球投手。1993年に記録した158km/hの自己最速の球速記録は、2010年にヤクルトスワローズの由規投手が161km/hを記録するまで、日本人プロ野球最速記録でした。ロッテ在籍時代には最多勝最多奪三振のタイトルも獲得し、西武ライオンズの清原和博選手との対戦は「平成の名勝負」ともうたわれました。ヤンキース移籍初年度は13勝を挙げてチームの世界一に貢献し、日本人選手として初のチャンピオンリングを獲得。まさに、日本プロ野球史を代表する剛腕投手のひとりです。

  

 しかし、そんな輝かしい実績を“明”とすれば、伊良部投手には常に“暗”のイメージが付きまとう人物でもありました。球団フロントとの確執などから突如、FA権のないままメジャー移籍を直訴し、パドレスを巻き込んだ三角トレードの末、ヤンキースに移籍。いってみれば、立つ鳥あとを濁しまくっての移籍でした。念願叶って入団したヤンキースでは、観客から大ブーイングを受けた際にスタンドへ向けてツバを吐くなどの徹底したヒールぶりで、米メディアからは「太ったヒキガエル」と酷評され、日本人ファンからは「日本プロ野球の恥さらし」と呆れられました。他にも、興奮剤を使用したドーピングの疑いや全身にほどこしたといわれる刺青の話題など、野球での実績よりも“負”の面の印象のほうが強いといった観は否めません。

 2003年に阪神ターガースに入団し、6年ぶりに日本球界に復帰。13勝をあげ、阪神の18年ぶりのリーグ優勝に大きく貢献しました。私たち阪神ファンは当時、伊良部投手より1歳年上で同時期に阪神に来た金本知憲選手、下柳剛投手とともに、優勝請負人と評して喝采を送りました。全盛期ほどの球速はなかったものの、若い頃の伊良部投手には見られなかったクレバーなピッチングを見せてくれましたね。しかし、残念ながら翌年以降は振るわず2005年に引退。その後、アメリカ独立リーグ四国アイランドリーグに入団したという話題もありましたが、それよりも大きく聞こえてくるのは、事業の失敗や酒場での暴力事件の報道、飲酒運転で逮捕されたという報道など、やはり“負”の面の話題ばかり。金本選手や下柳投手が今も阪神で活躍していることを思えば、「伊良部はいったい何やってんねん!」といった怒声が、阪神ファンの間で起こったのも無理もないでしょう。

 そんな“悪童”ともいえる彼の生き方は、彼の“暗い生い立ち”からくるものもあったでしょう。彼は父親が沖縄駐留のアメリカ人で、しかも幼少期に父親から捨てられるという経験をしており、ヤンキースでの数々の奇行は、アメリカに住む父親に向けてのパフォーマンスだったと当時語っていました。そんな幼少期の経験が、世の中に背を向けた彼の喧嘩腰のスタイルを作っていたのかもしれません。他人に対して、強い不信感を常に持って生きていたのかもしれませんね。しかし、似たような境遇でいえば、同じく沖縄県出身で元・阪神タイガースの仲田幸司投手も同じで、彼の場合はそんな理由で小学校を留年したため虐めにあうなど、もっと暗い幼少期を過ごしたといいます。しかし、仲田投手はそんな自身の境遇に腐ることなく、プロ野球入団後は持ち前の明るさでチームメイトから親しまれ、阪神ファンからも愛されました。伊良部投手の生い立ちには同情はできるものの、だからといって、その後の生き方を理解できるものではありません。今から思えば、伊良部投手の数々の奇行、愚行は、“心の弱さ”からくるものだったのでしょうね。

 その“心の弱さ”からか、42歳という若さで自らこの世を去った伊良部秀輝さん。よく、「記録より記憶に残る選手になれ!」などといわれますが、ある意味、記憶に残る選手ではあったと思います。ただ、このような最後の暗い記憶の残り方は、彼としても本意ではなかったでしょうね。

 謹んで、ご冥福をお祈りします。



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by sakanoueno-kumo | 2011-07-29 20:25 | プロ野球 | Trackback | Comments(6)  

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Commented by なかはなあかゆねか at 2011-07-30 02:44 x
またプロ野球界の英雄が一人いなくなってしまった。
Commented by sakanoueno-kumo at 2011-07-30 18:29
< なかはなあかゆねか さん。
英雄・・・とは思いませんけどね。
亡くなった方のことを悪くはいいたくありませんが・・・。
まあ、印象深い投手ではあります。
Commented by heitaroh at 2011-08-06 10:37
私は大沢親分が高校時代の伊良部を採りに行ってやめた・・・という話を思い出しました。
目つきがよくなかった・・・と言ってましたが、でも、大沢親分と言えば自ら豪傑で親分肌で知られた人であり、江夏だって使いこなしていたわけで、ほかの人ならともかく、この人が真っ先に使いこなすようにと思っただけに、この人でもそんなこと言うんだ・・・と。
Commented by sakanoueno-kumo at 2011-08-07 00:18
< heitarohさん。
大沢親分といえば、「イラブクラゲ」のニックネームの名付け親だったと記憶していますが、プロ入り前のそんなエピソードは知りませんでした。
たしかに、江夏の危なさとはまた違った不気味さがありましたよね。

最近では、日ハムの4番に成長した中田翔選手は、中学時代からその才能の非凡さは轟いていたものの、札付きのワルとしても名が轟いていたため、暴力沙汰での出場停止を恐れて地元広島の高校はどこも手を付けなかったところ、それを知らなかった大阪桐蔭が手をつけてしまった・・・なんて話を当時耳にしました。
まあ、あくまで噂話ですけど、のちに彼が甲子園に出てきたとき、彼の眼つきを見て思いました。
なるほど・・・と。
ちょっと、話がそれちゃいましたが(苦笑)。
Commented by たまゆら at 2014-10-17 09:36 x
大沢さんのコメントは読んだことあります。
彼の目付きをみて私は指名しなかった。この男はチームに入れると必ず問題をおこすだろう…長年選手を見てきて、それはわかります。と高校生相手によくそんなコメントするなあと思いました。けど、やはり大沢さんの言う通りでしたね。
Commented by sakanoueno-kumo at 2014-10-21 00:27
< たまゆらさん

わたしは大沢さんのコメントはまったく知りませんでしたが、なんとなく、彼が危ない目をしているというのは、当時、多くの人が思っていたんじゃないでしょうかね。
それを公然と口にする親分はスゴイですけどね。

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