江~姫たちの戦国~ 第30話「愛しき人よ」

 「夫婦になることを望んだほうが負け」
 という、よくわからない意地の張り合いで始まったお江徳川秀忠の新婚生活。その我慢比べは、結局1年近くにも及んだそうな。二人が結婚したのは文禄4年(1595年)9月のことで、こののち二人の間に最初の子・千姫が生まれるのが、慶長2年(1597年)4月のことだから、設定としてはギリギリない話ではない。いうまでもなく二人の結婚は、豊臣家徳川家の関係をより強固にするための縁組だっただろうが、当の本人たちは本意であったかといえば、ドラマのとおり二人とも乗り気ではなかったかもしれない。前夫・豊臣秀勝との死別から3年しか経っておらず、しかも愛娘・完子を豊臣に残してまで嫁いできたお江にしてみれば、6歳年下の秀忠は頼りなく思えただろうし、秀忠にしてみれば、初婚の相手がバツ2子持ち年増(23歳だが)となれば、妻として素直に受け入れ難い思いもあっただろう。そんな二人がお互いを理解しあって本当の意味での夫婦になるまでには、1年近くの月日を要した・・・ということが描きたかった今話だったのだろうと、鷹揚に受け止めることにしよう(笑)。

 夫である京極高次側室の間に子供が生まれていたことを知り、嘆くお初。高次とお初が結婚したのは天正15年(1587年)で、側室が世継ぎ(のちの京極忠高)を産んだのは文禄2年(1593年)のこと。6年間も子宝に恵まれなければ、側室に向かうのは当然のことで、むしろ妻の側から側室を推めるべきことであった。しかし、そうはいっても、その側室がスンナリと懐妊したと聞けば、子を授からない原因が妻にあることが立証されることになり、正室の立場としては心穏やかではなかっただろう。このときお初24歳。まだまだ出産を諦める年齢ではなく、お茶々の懐妊を知ったときの北政所のようにはいかなかっただろう。しかし、こののちもお初と高次の間に子が出来ることはなかった。

 「どんどん子を産んでひとり私にくれ!」
 お初がお江に言ったメチャメチャ単刀直入な台詞だが、実際にこの言葉は現実のものとなる。お江はこののち秀忠との間に二男五女の子宝を授かることになるが、この時期より7年後の慶長7年(1602年)に生まれたお江の四女・初姫を、お初の養女として京極家に迎え入れ、側室の産んだ継嗣・忠高と娶せた。一説には、お江が伏見で女児を出産すると、祝いに訪れたお初がその場でこの女児を養女に欲しいと懇願し、お江が同意するとお初はそのままこの子を連れて帰ってしまったとも伝えられる。初姫という名前からみても、生まれた子が女児ならお初の養女として譲ることが、出産前からの約束だったのかもしれない。お初にしてみれば、京極家での自身の立場を守るためにも、姪にあたるお江の娘がどうしても欲しかったのだろう。出産というのは、女性にとってはであった。

 お号と秀忠の結婚から1年近くが過ぎた頃、二人の居所・伏見徳川屋敷火事が起こり、そのことをきっかけにお江は秀忠の心根を知ることとなり、二人の意地の張り合いは終わったという今話。先週の予告編を観たとき、この火事はおそらく、慶長元年閏7月13日に近畿地方で起きた、「慶長伏見地震」と呼ばれるマグニチュード7以上の大地震が原因だと思っていた。この地震で指月伏見城は天守閣が倒壊し、城内だけで500人もの死者が出たという。2006年の大河ドラマ『功名が辻』山内一豊千代の娘が死んだ、あの地震である。震源は淡路島断層地帯といわれ、1995年に起きたあの「阪神・淡路大震災」に非常によく似た地震だったとか。この地震がちょうどドラマのこの時期であり、おそらくそれが原因の火事だろうと思った視聴者は、私だけではなかったのではないだろうか。

 ところが、設定では「単なる不始末による火事」だったようである。なんともシックリ来ない設定だが、私が思うに、元々は「慶長伏見地震」を絡ませる設定だったところが、今年3月11日に「東日本大震災」が起きたため、被災地の視聴者への配慮から、このような設定に変えたのではないだろうか(私は原作小説を読んでいないので、間違っていたらゴメンナサイ)。だとすれば、この唐突な火事騒動の設定も納得できなくもないが、しかし残念でもある。ドラマで歴史的事実である地震を描かないことが、被災者のためになるとも思えないし、描くことが不謹慎だとも思えない。むしろ、戦国時代にもこのような大地震があって、その苦境を乗り越えてきた人たちを描くほうが、逆に今必要な気がする。ドラマに限らず、どうも震災以降、的外れな“自粛”が蔓延しているように思えてならない。

 さて、次週はいよいよ豊臣秀吉の死が描かれる。


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by sakanoueno-kumo | 2011-08-08 20:43 | 江~姫たちの戦国~ | Trackback(2) | Comments(4)  

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Tracked from ショコラの日記帳 at 2011-08-09 13:01
タイトル : 【江】第30回と視聴率「愛しき人よ」
第30回の視聴率は、前回の17.4%より少し上がって、17.6%でした。予想通り、屋敷が火事になって、江を秀忠が助けてくれました。予想外だったのは、助けた後、秀勝の形見の短剣と手紙...... more
Tracked from 早乙女乱子とSPIRIT.. at 2011-08-13 03:09
タイトル : 対立から和解へ 〜江・愛しき人よ〜
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Commented by オオコシ at 2011-08-09 13:31 x
こんにちは 通りすがりで失礼いたします。

江の原作小説を読んだものです。
原作では徳川の伏見屋敷で地震に巻き込まれた江が瓦か何かに下敷きになりそれを秀忠に救出されるという描写でした。作中でもその大地震についてちゃんと記述があります。
昨年に読んだ時は「史実とうまく絡めたエピソードだな」という感想を持ちました。

もちろん歴史的事実を描かないことが被災者の為になるとは思えませんが、私は今年の大河に限っていえば描かなくてよかったとも思えます。
今回のお話の要は意地をはっていた2人が結ばれるきっかけなのですが、被災がきっかけで2人は真の夫婦になりました、だと流石にNHKに批判が殺到していたと思います。
ただでさえ世間の評判があまりよろしくない今年の大河ですからNHKとしても怖くて原作そのままで採用できなかったのでは?

あくまでこれは私の個人的な見解ですので、本当のところはわかりませんが…。

秀吉の死、何だか寂しいです。1話からずっと出ていただけに彼がいなくなった物語はぽっかり穴があいたように感じることでしょう。
Commented by へいたらう at 2011-08-09 17:53 x
なかなか、興味深い考察ですね。
Commented by sakanoueno-kumo at 2011-08-09 21:21
< オオコシさん
コメントありがとうございます。
やはり原作ではそうでしたか。

おっしゃられることはわかりますし、この度の設定変更については賛否両論だと思います。
実際に未だ地震のトラウマから脱せられずに、報道番組なども極力観ないようにしている方もおられるでしょうし、そういう観点からいえば、地震の描写をなくしたのは正解かもしれません。

>ただでさえ世間の評判があまりよろしくない今年の大河

おっしゃるとおりですが、その論でいえば、であればこそ原作のまま描いて欲しかったとも思います。
放送されたのは先日ですが、撮影されたのはおそらく2〜3ヵ月前のことでしょうから、当時は今以上に日本中が“自粛ムード”の最中で、考えてみれば、その温度差もやむを得なかったかもしれません。

この度の秀吉についても、世間の評判はあまりよくなかったようですが、私はこの岸谷秀吉を結構気に入ってました。
秀吉の死がどのように描かれるか楽しみですね。
Commented by sakanoueno-kumo at 2011-08-09 21:23
< へいたらうさん
慶長伏見地震の設定変更についてでしょうか?
といっても、今年の大河は貴兄はおそらく観られてないのでは?

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