坂の上の雲 第3部まとめ

 第3部の舞台は旅順攻囲戦から日本海海戦までで、ほとんど日露戦争そのものが舞台である。第2部のまとめの稿でも述べたが、原作は文庫本にして全8巻という長編のこの物語で、第1部から2部にかけての全9話では文庫本の第3巻の途中までしか描かれておらず、この第3部の4話で、残りの5巻分を描かねばならず、果たしてどのような仕上がりになるのか大変興味深かった。たった4話ですべて描ききれるのだろうか・・・と。しかも、その5巻分というのが、ほぼ日露戦争における陸・海軍の作戦、戦術、攻防の叙述、そして作者の主観をまじえた語りが主要な柱で展開されており、もしそのまま原作どおりに描くとなると、ナレーションだらけになってしまうような内容。そこをどう上手く描くかが、この第3部のポイントで、どこをどう割愛するかも興味深かった。

 で、第3部の全4話を観終えての感想をいえば、お見事!の一言である。全4話360分という限られた時間の中で、あれだけ盛りだくさんの内容を描きながら、全く詰め込み過ぎ感はなく、このドラマを制作したスタッフのクオリティの高さに感服した。第10話、11話では、日露戦争の核といってもいい旅順要塞総攻撃から二百三高地の攻略までを、余すことなくきめ細やかに描き込んでいた。公式HPによれば、旅順要塞に向けて「肉弾」となった兵隊たちを演じていた方々は、ただのエキストラではなく、しっかりとオーディションを受け、自衛隊に体験入隊し、当時の軍事についても勉強した人たちだとか。名もなき兵隊たちとはいえ、旅順総攻撃の本来の主役は屍となっていった兵隊たち。それをしっかりふまえた制作サイドの意気込み。だからこそ、
 「旅順攻撃は、維新後近代化をいそいだ日本人にとって、初めて『近代』というもののおそろしさに接した最初の体験であったかもしれない。要塞そのものが『近代』を象徴していた。それを知ることを、日本人は血であがなった。」
 という渡辺謙さんのナレーションが胸に響く。たった数分間のシーンで、しかも主役たちが出てこないシーンに、それだけこだわりをもって臨んでいる姿勢にただただ脱帽である。原作では、乃木希典伊地知幸介の無能ぶりを執拗に語っているが、ドラマでは、そこまで極端な描き方ではなかった。これについては、司馬遼太郎氏の見方に否定的な声も少なくなく、ドラマではできるだけ客観的に描こうという趣旨だったのだろう。私もそれでよかったと思う。

 圧巻だったのは第12話。旅順攻囲戦で2話分も使ってしまい、残り2話しかない。しかも、第12話のタイトルは「敵艦見ゆ」で、最終回のタイトルが「日本海海戦」となっている。私の予想では、おそらく陸戦は旅順攻囲戦のみをクローズアップして、あとはナレーションのみで大幅に割愛されるのだろうと思っていた。ところが、この1話で沙河会戦から黒溝台会戦、そして奉天会戦まですべて描き、更に海戦の「本日天気晴朗ナレドモ浪高シ」まで描き切ってしまった。文庫本でいえば、第5巻の途中から第8巻の途中までである。しかも、決して適当な描写ではなく、ちゃんと原作に則った構成でしっかりとまとまっていた。もちろん、原作小説ではきめ細やかすぎるほどに説明、描写しており、それと比べれば物足りなさを感じざるを得ないが、しかし、映像で観る場合、戦闘シーンが必要以上に長くなるとダレてくる。日露戦争を舞台にしているが、この物語は戦争ドラマではなく、あくまで明治の日本人たちを描いた物語である。そんな作者の意図をしっかりと制作者が理解した上で、どこをどう割愛していけばよいかが充分に考えぬかれたストーリー展開は、お見事!としかいいようがない。

 強いて不満をあげるならば、戦場シーンに重点をおいたため、その舞台裏にスポットが当たらなかったところ。例えば、ロシア帝政を内部から崩壊させるための大諜報活動を行った明石元二郎や、アメリカで日本の広報活動をして世論を動かし、ルーズベルト大統領に常に接触して戦争遂行を有利に進めるべく日本の広報外交を展開した金子堅太郎などの活躍である。金子が表世界の広報担当とすれば、明石は裏世界の広報担当だった。戦争は戦場だけで行われているのではない。原作小説では、この二人の働きにかなりの頁数を使っており、ドラマではナレーションだけで片付けられていたのが少々残念だった。

 あと、ロシア軍とその司令官たちの描写も少なかった。原作小説では、陸戦ではステッセルクロパトキン、海戦ではロジェストヴェンスキーネボガトフの性格や心理状態を詳しく分析し、それによって、ロシア軍の行動の理由や敗因などをわかりやすく見ることができたが、ドラマでは、ほぼ日本軍の苦悩のみにスポットを当てた。この辺りも少し残念である。しかし、それら全てを満足させるものを作ろうと思ったら、あと数話必要になってくるのだろう。この限られた時間内の構成でいえば、充分すぎる仕上がりだと思う。

 そして最終回。この日本海海戦のシーンは、日本軍が圧勝の戦いであるにもかかわらず、それを感じさせない描かれ方だったように思う。これはおそらく、「戦争賛美」的な批判の声に配慮したものだろう。司馬氏がこの作品の映像化を拒み続けていた、「ミリタリズム(軍国主義)を鼓吹しているように誤解される。」という理由を考え、できるだけ勝ち負けを感じないように配慮したのではないだろうか。これも、私もそれでよかったと思う。日本が勝ったということは、この場合さほど重要なことではない。なぜ戦わなければならなかったのか・・・が、重要なのである。その意味で印象的だったのが、エピローグのシーン。ここで、原作小説にはないドラマオリジナルのシーンが挿入されていた。正岡家に高浜虚子夏目漱石が集う場面である。この会話の中で漱石は「大和魂」を茶化し、しかし現実はその「大和魂」に頼らなければならない自分を嘆く。そしてこういう。
 「もし、バルチック艦隊に負けたら、日本はロシアの植民地になる。『吾輩は猫である』も正岡の『一昨日のへちまの水も取らざりき』も、日本語で読めなくなる。落語も歌舞伎も能も狂言もおしまいだ。吾輩はかつて、文学を捨てて軍人になった秋山真之を軽蔑した。しかし、今、頼れるのはその秋山だ。それが悔しいんだ。」
 このシーンを観て、このドラマは原作を超えたと思った。この台詞で、全てを語ってしまったからである。なぜ、ロシアという大国を相手に途方もない戦争をしなければならなかったか・・・。司馬氏はいう。
 「日本史をどのように解釈したり論じたりすることもできるが、ただ日本海を守ろうとするこの海戦において日本側がやぶれた場合の結果の想像ばかりは一種類しかないということだけはたしかであった。日本のその後も、こんにちもこのようには存在しなかったであろうということである。そのまぎれもない蓋然性は、まず満州において善戦しつつもしかし結果においては戦力を衰耗させつつある日本陸軍が、一挙に孤軍の運命におちいり、半年を経ずして全滅するであろうということである。
当然、日本国は降伏する。この当時、日本政府は日本の歴史のなかでもっとも外交能力に富んだ政府であったために、おそらく列強の均衡力学を利用してかならずしも全土がロシア領にならないにしても、最小限に考えて対馬島と艦隊基地の佐世保はロシアの租借地になり、そして北海道全土と千島列島はロシア領になるであろうことは、この当時の国際政治の慣例からみてもきわめて高い確率をもっていた。」


 司馬氏のこの言葉を、漱石の台詞で全て語ってしまった。ナレーションで語るのではなく、登場人物の台詞で、しかも軍人ではなく夏目漱石の台詞として語らせたところがいい。日露戦争は侵略戦争ではなく祖国防衛戦争であったというのが、この物語の立場であり、司馬史観である。異論はあろうが、それが「坂の上の雲」なのである。安っぽい「反戦史観」を押し込まず、あくまで原作の立場を守りきった制作者の姿勢を高く評価すると共に、これほどまでにクオリティの高いドラマを提供してくれたことを感謝したい。
 全てを観終えて、まぎれもなくこのドラマは、私が好きな「坂の上の雲」だった。

近日中に、総括したいと思います。


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by sakanoueno-kumo | 2011-12-29 23:50 | 坂の上の雲 | Trackback(1) | Comments(4)  

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Tracked from 早乙女乱子とSPIRIT.. at 2011-12-31 14:29
タイトル : 明治のオプティミズム 〜坂の上の雲・日本海海戦〜
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Commented by みや at 2011-12-30 10:51 x
三年の長きにわたり、非常に分かりやすい解説をありがとうございました。ドラマの後、こちらを拝見するのを毎回楽しみにしていました。ここを見た後に、再度また録画を見直したことも何度かあります。

総括も楽しみにしています。
Commented by sakanoueno-kumo at 2011-12-31 05:02
< みやさん。
過分なお言葉ありがとうございます。

みやさんって、以前龍馬伝のときに何度かコメントいただいてたみやさんですか?
間違ってたらスミマセン。

『坂の上の雲』は素晴らしいドラマでしたね。
私もこの12月はこれ一色でしたので、この正月は腑抜けになりそうです(笑)。
Commented by みや at 2012-01-01 12:17 x
あ、そうです。
龍馬伝の時にこちらを初めて知りまして…。
それから、向学の為お邪魔させてもらってます。
Commented by sakanoueno-kumo at 2012-01-02 19:09
< みやさん。
向学だなんて、ちょっと気恥ずかしいです(苦笑)。
私はただの素人ですから・・・。
ただ、こうしてコメントいただけるのは嬉しい限りです。
今年もよろしくお願いします。

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