江~姫たちの戦国~ 総評

 2011年のNHK大河ドラマ『江〜姫たちの戦国〜』が終わって1ヵ月以上が過ぎてしまいました。毎年、最終回のあとに締めくくりとして“総評”のレビューを起稿していたのですが、昨年の11月から12月にかけて例年になく多忙を極めていたため時間がとれず、そうこうしているうちにNHKスペシャルドラマ『坂の上の雲』が始まってそちらのレビューに追われる12月となり、気がつけば最終回から随分と時間が経ってしまっていて、「もう、いいっか!」と思っていたのですが、先日、今年の大河ドラマ『平清盛』の第1話のレビューを投稿したあと、そのまま放置状態になっている『江』ことが気になりはじめ、やはりちゃんと落とし前は着けておこうと思い至りました。今さら、ではありますが、少しばかりお付き合いください。

 大河ドラマ50作目の節目として臨んだ作品でしたが、巷では放送開始早々からかなりの酷評が飛び交っていましたよね。史実云々という毎年お決まりの批判はもちろん、主人公・お江の幼少期を上野樹里さんが演じたことによる矛盾や、大河ドラマらしからぬ台詞や演出などについて、「ファンタジー大河」などと揶揄する声も少なくありませんでした。そんな中、私はそういった声に惑わされないように幼稚な酷評ブログなどは読まないようにし、当ブログではできるだけ肯定的なレビューに徹してきました。大河ドラマファンや歴史フリークを自称する人たちにとって、批判するのは簡単なことです。しかし、一旦批判に走りだすと、批判するための粗探しでしかドラマを観れなくなります。自分で自分に先入観を与えて、無理に面白くなくなるよう視聴しているようなもので、ただでさえ忙しい日曜日の夜を、そんなくだらない時間に使いたくはない。せっかく観るんだから楽しみたいじゃないですか。でも、大河は1年間という長丁場で、楽しむには観る側にもそれなりの根気が必要です。途中で、「このドラマ面白くない」と思ってしまったらもう続きません。だから、私はできるだけ途中での批判はしたくはないんです。ただ、全てを観終えた今なら、正直な感想を言ってもいいだろう、というわけで、ここからは言いたいことをいわせていただきます。

 まず、今までも何度か申し上げてきましたが、私は史実との相違云々について批判するのは好きではありません。そもそも史実とは歴史の断片に過ぎません。その断片を繋ぎあわせて見えてくるのが「史観」であり、そこには当然、見る人の主観が入りますから様々な解釈が生まれます。さらに、そこに想像の世界を肉付けしたものが、小説であったりドラマであったりするわけで、いろんな視点の物語があって当然でしょう。それを、重箱の隅をつつくように「史実と違う!」と揚げ足を取る批判にはウンザリしますし、そういった声を発する人というのは、大概は浅薄な知識をひけらかしたいだけの人で、本当に歴史が好きな人ではないと思っています。それでは、節操無く創作してかまわないのか、という意見になりますが、そこは一般通常人としての常識の範囲内か否か、ということになるでしょう。作り手のセンスが問われるところでもありますね。私は、この『江』がこれまでの大河ドラマに比べて特に創作範囲が多かったとは思いません。過去、名作といわれる作品でも、フィクション性の強いものもあります。史実との相違云々については、どの作品も大同小異ではないでしょうか。

 次に、現代の価値観で歴史ドラマを描くな、という意見があります。これも、今回の作品に限らず聞こえてくる声ですが、とりわけこの『江』に対してはこの批判の声が多かったように思います。たしかに、戦国時代の女性らしからぬ言動や行動が多々見られ、私も少々眉をしかめる場面もありましたが、では、戦国女性の価値観とはどのようなものでしょう。おそらく、正確に答えられる人はいないんじゃないでしょうか。よく、昔の大河ドラマファンの人で、「戦国武将とはこうだ!」などと言い切る人がいますが、大きな勘違いだと私は思います。それは結局、昭和の時代に描かれた昭和の価値観の戦国武将の姿に過ぎません。歴史とは、その歴史を見る時代の価値観によって、いかようにも変わるものだと思います。たとえば、豊臣秀吉像を例にいえば、戦前と戦後、昭和と平成でもずいぶんと描かれ方が変わってきてますよね。昔は、「今太閤」なんて言葉もあったように、立身出世の象徴として英雄のように描かれることが多かった秀吉ですが、現代ではどちらかと言えばダーティーな部分が強調されることが多くなりました。これはまさに、昭和と平成の時代背景の違いからくる価値観の違いといえるでしょう。

 イギリスの歴史家E.H.カーの言葉に、「歴史とは歴史家と事実との間の相互作用の不断の過程であり、現在と過去との間の尽きることを知らぬ対話である」というものがあります。歴史を書いたのは後世の歴史家であり、ゆえに、歴史は歴史家を離れては存在しない。その歴史家の生きた時代背景、思想、宗教などにすべからく影響している、ということ。つまり歴史解釈とは、後世の価値観によって変わるもので、歴史ドラマや小説などは尚更でしょう。あとは、その価値観に共感できるか否かで、「これこそが戦国の価値観だ!」などと断定できるような不変の歴史など存在しないと私は思います。

 あと、女性目線のドラマという声もありますが、これについては私も否定はしません。2002年の『利家とまつ』のヒット以降、どうも、女性ファンを意識した作品が増えた観は否めませんね。ひと昔前までは、朝のNHK連続テレビ小説が女性向けのドラマで、大河ドラマはわれわれオッサン向けのものだったと思うのですが、この辺りは世の流れには逆らえないといったところでしょうか。ただ、それ以前に女性目線の作品がまったくなかったかといえば、そうでもないんですね。先日、大河ドラマアーカイブで放送していたのをたまたま観たのですが、大河創成期の1967年に製作された『三姉妹』という作品は、幕末の時代を女性目線で描いた作品で、しかも主人公の三姉妹は架空の人物だそうです。そんな昔に女性目線の大河作品があったというのも意外でしたし、主人公が架空の人物という設定にも驚きました。女性目線となると、どうしても戦のシーンが少なくなりますし、色恋話が多くなります。しかし、それでも私は、2008年の『篤姫』などは名作だと思っていますし、女性目線の作品だからダメという意見は違うように思います。要は、好むか好まざるかではないでしょうか。

 では、私にとって『江〜姫たちの戦国〜』はどうだったか・・・。残念ながら失敗作だと思っています。その理由は、ファンタジー大河だからでも現代価値観だからでも女性目線だからでもありません。単純に、ストーリーが面白くなかった・・・理由はそれだけです。一生懸命、いいところを見つけようと頑張りましたが、最後まで見つけることができませんでした。1話1話でいえば、面白い回もあったのですが、全体で見れば何も印象に残っていない・・・というのが正直な感想です。上述したように、私は2008年の『篤姫』を高く評価しています。その『篤姫』と同じ田渕久美子さんの作品ということで期待していたのですが、見事に期待を裏切られましたね。同じ作者とはとても思えない内容でした。

 まず、お江という女性を通して、何が描きたかったのかさっぱり伝わってきませんでした。『姫たちの戦国』というサブタイトルですから、彼女たち三姉妹を通して通常の戦国史とは違った女たちの戦国物語が描かれるのかと思っていたのですが、結局は既成の秀吉、家康の物語に過ぎず、お江という女性を主役にした意味もわかりませんでした。『篤姫』では、天璋院篤姫という女性に「大奥を閉じる役割を与えられた女性」という意味を見出し、物語全体を通して「歴史上の役割」というテーマを描き、それが最後までブレませんでした。見事な設定だったと思います。だから、創作部分も多く史実歪曲といった批判の声を受けながらも、『篤姫』は多くの人に支持されたのでしょう。

 『江』のテーマとは、いったい何だったんでしょう。父の顔を知らずに育ったお江は、幼少期に叔父である織田信長を父のように慕い、その後の人生に大きな影響を受けた・・・この部分も「そんな事実はない!」といった無粋な批判が多かったようですが、私はこの発想は良かったと思います。問題はその後。信長から受け継いだ思想は「思うがままに生きよ!」・・・正直???ですよね。『篤姫』の「歴史上の役割」という、非常に具体的でしかも深いテーマとは違い、なんとも具体性に乏しく浅いテーマ。別に信長である必要性も感じられません。事実、その後の物語とこのテーマがさほどリンクしません。作者はいったい何が描きたかったのでしょう。

 二度の落城により父と母を失った浅井三姉妹は、時の権力者たちに人生を翻弄され、波乱に満ちた生涯を送る。そんな中、天下人の想い人となり、その子を生みながらも歴史の中に葬り去られてしまった長女・お茶々と、三度の結婚を重ねながらも最後は将軍家御台所となり、浅井家織田家の血脈を将軍家のみならず天皇家にまで繋げ、歴史上に大きな存在感を残した三女・お江。同じ境遇にありながら両極に対峙してしまった姉妹の運命。こうして考えてみても、もっと面白いストーリーがいかようにも作れたんじゃないでしょうか。これだけいい素材でありながら、テーマも浅ければストーリーも軽薄で意味不明、何度もいいますが、『篤姫』と同じ作者だとはとても思えない作品でした。

 なぜそうなってしまったか・・・と考えたときに、私は作者である田渕さんの歴史に対する知識不足が要因だと思いました。詳しくは知りませんが、おそらくこの方は戦国時代にも、というか歴史そのものをあまり知らず、執筆依頼があってからにわか知識を放り込み、その程度の知識で作品を書かれたんじゃないでしょうか。だとしたら、依頼したNHKも依頼を受けた田渕さんも大失態ですし、重罪ですね。歴史ドラマを嘗めていたとしか思えません。上述したように、私は史実云々を批判するのは嫌いですし、物語である以上、フィクションは当然だと思っています。ですがそれは、作り手のセンスが問われるところだとも言いました。歴史に不勉強な人が歴史ドラマを書くと、フィクションも的外れでトンチンカンなものになると私は思います。ピカソは、写実画を極めた上であの画風に行き着いたのです。デッサン力のない者が抽象画を書いても、ただの下手な絵でしかありません。歴史をしっかりと勉強した人にしかフィクションの歴史は書けないのではないでしょうか。

 『篤姫』が成功したのは、宮尾登美子さんの原作小説がちゃんとあって、田渕さんはあくまで脚本家としての執筆だったからではないでしょうか。私はその原作を読んでないのでわかりませんが、読んだ人にいわせれば、原型を留めてなかったとも聞きます。ですが、それでもベースとなる原作はあった。ここ数年、ドラマのための書き下ろし作品がずっと続いてますよね。しかし残念ながら、そのどれもが良い作品だとは言い難いものばかりです。私は物書きのシステムがよくわかりませんが、想像するに、おそらくドラマのための書き下ろし作品というのは、主人公となる人物が先に決まっていて、そのあと作家さんに依頼するものなんじゃないでしょうか。しかも、最初からドラマの尺を意識して物語が構成される。それに対して小説の場合は、そういう縛りが一切ない。小説家が書きたい題材を十分な準備のもとに執筆するものだと思います。逆にいえば、その小説をドラマに作りなおす脚本家さんというのは、ある意味小説家以上の職人技とも言えるように思えますが、脚本家が原作を書き下ろすというのは、歴史ドラマの場合難しいんじゃないでしょうか。やっぱり餅は餅屋です。『篤姫』と『江~姫たちの戦国〜』という田渕さんの2作品のあまりの出来の違いから見て、そういう結論に落ち着かざるを得ません。

 NHKも田渕さんも、おそらく今回の作品が名作だとは思っていないでしょうし、駄作を作ってしまったことに気がついているはずです(気づいていなければ救いようのないKYです)。この失敗を教訓に、今後の作品に生かしていって欲しいと切に願います。最後の最後に、かなり辛口のレビューとなってしまいました。このレビューを読んで気分を害した方がおられましたら、お許しください。最後まで真剣にいいところを見つけようと努力して視聴していた者だからこそ、発言する権利がある言葉だと受け止めていただければ嬉しく思います。こんなことを言いながらも、私は大河ドラマが好きですし、これからも観続けると思います。11ヶ月間、ありがとうございました。

●1年間の主要参考書籍
『お江と徳川秀忠101」の謎』 川口素生
『日本の歴史11~戦国大名』 杉山博
『日本の歴史12~天下一統』 林屋辰三郎



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by sakanoueno-kumo | 2012-01-12 02:08 | 江~姫たちの戦国~ | Trackback | Comments(14)  

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Commented by heitaroh at 2012-01-13 13:40
まあ、仰ることはわからないでもないのですが、大河ドラマにはもう少し骨太であってほしいと思います。
しがない昭和男の嘆きでしょうが・・・。
Commented by sakanoueno-kumo at 2012-01-13 17:23
< heitarohさん
お忙しいのにこのような長い駄文を読んでいただき、ありがとうございます(笑)。
私も昭和男ですから、骨太の大河が観たいという思いは同じですよ(苦笑)。
ただ、それは好みの問題であって、そうじゃない作品もあって然りだとも思います。
それを、自分の思うかたち以外は認められず、放送開始早々から重箱の隅をつつくように批判する人の声を聞くと、その狭量具合に無性に腹が立ってくるんですね。
「オマエら、なんぼのもんやねん!」と。
Commented by なままな at 2012-01-15 11:37 x
拝読させていただきました。
私も、『江』を1年なんとか見続けた一人です。
総評、ほぼ同感です。また、見事な文章力で納得感がありました。
私も、良きにつけ、悪きにつけ、色々書きますが、やっぱりそれは大河が好きだから。
次回作以降、製作関係者自らが大河ドラマを「嘗める」ことがないよう祈っています。
Commented by sakanoueno-kumo at 2012-01-16 01:56
< なままなさん
コメントありがとうございます。
また、共感していただき嬉しく思います。

本当は酷評したくはなかったんですけどね。
で、最終回が終わってそのままにしていたのですが、やっぱりちゃんと記録に残しておこうと・・・。
ただ、巷に氾濫していた低俗な批判とは、自分では違うつもりで起稿しました。
同じだと言われるかもしれませんが・・・。
Commented by とうもろこし at 2012-01-17 14:36 x
こんにちは。
いやぁ、共感させて頂きました。
私も、偉い学者さんだって「歴史の正解」なんて分からないと思いますし大河ドラマだって娯楽なんだから面白く創作していいと思います。
史実(現段階での)に則って描いた場合に得られる演出効果以上のものが作れるのであれば、ぜひ。
史実(と思われている物事)の持つ重みや世界観って、主人公の人生を描くのに、素晴らしい演出効果だと思うんですよね。
それに匹敵する舞台を創出するのって、まんまやるより手間ひまかかるしセンスも問われるし知識も必要だし、大変なこと。
それを安易にやって欲しくないですね。
嘗めてる、って思われても仕方が無いと思います。

「江」には歴史的な視点で見出したテーマが無かったことが致命的だった、というのにも同感です。
このテーマが無かったから創作部分の基軸が失われて荒唐無稽に映っちゃったんでしょうね。
勿体無いことです。

もしよろしければ、リンクさせて頂いてもいいですか?
うちは全然ジャンル違いの宝塚ブログで、たま~に大河の記事も書くのですが、あんまり言い得て下さって、もう書くことが無いです(笑)
愛ある辛口だと、私も思います。
Commented by sakanoueno-kumo at 2012-01-17 22:40
< とうもろこしさん
コメントありがとうございます。
また、過分なお言葉をいただき、恐懼に堪えません。

おっしゃるとおりですね。
「事実は小説より奇なり」ですから、史実・通説を超えたフィクションを作るというのは並大抵のことではないでしょうね。
ですが、お江のような歴史的一次史料がほぼ皆無といっていい人物を描くには、フィクションは避けて通れません。
史料が少ないからどうにでも描けるという考えは大間違いで、史料が少ない人物だからこそ、心してかからねばならないでしょう。
このドラマが、その人物のその後のイメージを作ってしまう可能性があるわけですからね。

リンクの件、こちらこそ宜しくお願いします。
中年オヤジの戯れ言ブログですが、良ければまたコメントください(笑)。
Commented by jam at 2012-01-22 22:59 x
はじめてコメントします。
江の時から見させていただいています。
素晴らしく説得力のある文章に感服しています。もちろん全くの同感で、感じていた事を言い当てて下さったようでスッキリとしています。
本当に、面白い時代、面白い題材、時々面白いやりとりがあったりはしましたが、そのポリシーのなさに、終わった後に何も残らず、と言った感じです。その辺のもやもや感をうまく言い得て下さっています。
ただ親しみやすかった事だけは確からしく、周りでも、普段見ない人がみていたりしますし、私もその一人です。歴史への興味も深まりました。ここは大河ドラマのジレンマ的な部分なのでしょうか。。
Commented by sakanoueno-kumo at 2012-01-23 21:11
< jamさん。
コメントありがとうございます。
おっしゃるように、とっつきやすさも必要かもしれませんね。
玄人好みの作品になると、歴史にそれほど詳しくない人は入りづらいですもんね。
実際、年末の『坂の上の雲』は、私にとっては素晴らしい作品でしたが、妻や子供は「難しい」といって途中で観るのをやめてしまいました。
どちらにも好まれる作品というのは難しいかもしれません。
ドラマが歴史への入口という役割も担っているとすれば、ある程度はわかりやすさも必要かもしれません。
ですが、それでも最低限、高校生レベルぐらいではあってほしいと思います。
『江』は、我が家の高2の息子は興味を示さず、小4の娘が楽しみにしてましたから(笑)。
今のところ『平清盛』は、妻と息子は食いついていますが、娘は興味を示しません。
この差じゃないでしょうか・・・。

過分なお言葉ありがとうございます。
またいつでもコメントくださいね。
Commented by いち大河ファン at 2012-01-25 23:13 x
はじめまして。
ネット上で、初めて品位ある「江」批評を目にしました。
長年の穏当な大河ファンでしたが、江は初回を拝見したときに、いやあな予感がし、本能寺を見て、さすがに黙っておれず、生まれて初めてテレビ局にご意見してしまいました。なんとか、立て直してもらいたかったですが、悪い予感が的中し残念な一年でした。
それでも、ネット上のエキセントリックな「一億総批判」的状況もまた不快でした。
 『江』放映前、田渕氏書き下ろしの「原作本」を拝読。正直、まったく面白くありませんでした。しかし、「小説では面白くなくても、脚本化されればきっと面白くなるだろう」と期待。
しかし、結果はあの通り。
その意味で、貴殿の分析に全面的に賛同いたします。
長く大河を応援してきたものとしては、面白いものは単純に面白いのだ!という視点で、楽しみたいと思います。
今年の大河は、制作側が昨年の不評を挽回すべく、精いっぱい頑張っており、その結果とても面白い!!と私は高く評価しています。今年1年がとても楽しみです。
突然のコメント失礼いたしました。
Commented by sakanoueno-kumo at 2012-01-26 10:42
< いち大河ファンさん
コメントありがとうございます。
また、過分なお言葉をいただき恐縮です。

おっしゃるとおり、「一億総批判」的状況は不快でしたね。
ネットという世界は基本的に匿名の世界であるがゆえ、言いたい放題が横行する世界で、政治批判などもそうですが、過激な意見ほどウケる傾向にあるため、さらに言いたい放題がエスカレートする世界だと思います。
そういった匿名性を利用した吐き捨て的なコメントは、いってみれば「便所の落書き」のようなもので、それがたとえ的を射た批評であったとしても、不快以外の何ものでもありません。
かくいう私も、本名を名乗らずこうしてハンドルネームを使って発言しているわけですが、でも、仮に本名を明かしたとしても、困るような発言はしないでおこうと考えながら起稿しています。
1日何百人程度の方の目にしか触れない当ブログですが、それでも、公に向けて発言しているわけですから、最低限のマナーは守るべき・・・と、思う次第です。
そういった意味で、本稿は「愛ある批判」のつもりで起稿しました。
読んでいただき、ありがとうございます。
Commented by akiko at 2013-05-14 22:15 x
私は江を五話まで拝見させていただいてそれ以降見ておりません正直上野さんを見ていると役の方から離れていったように思いました
生意気言って申し訳ございません

Commented by sakanoueno-kumo at 2013-05-15 20:06
< akikoさん

コメントありがとうございます。
私は、上野さんの演技云々は悪くなかったと思うんですけどね。
脚本、演出に問題があったわけで。
主役の役者さんというのは、作品の出来不出来まで責任を負わされますから、むしろ気の毒なくらいかと・・・。
Commented by もじゅ at 2013-06-16 12:22 x
初めまして。
総評、何度も頷きながら拝見しました。
普段ドラマもろくに見ない私ですが、『江』は全て観ました。(もともと上野さん目的だったのと途中参入した向井さんに魅了されて最後まで見続けられたのかもしれませんが…。)
この大河ドラマをきっかけに歴史に興味を持ち、学ぶ楽しみも増えたので、私にとっては結構ありがたい作品です。
ただもっとぶれない軸のある作品にして欲しかったし、江の人生を考えれば無理矢理な展開を作らずとも面白い作品を作ることが出来たのではと今でも思います。
仮にも過去に生きた人々を扱うのですから、余り知識のない半端な状態で話を作りあげるというのは如何なものでしょうね。俳優さん達も熱演されていましたし、面白い所もあっただけに、非常に勿体無かったよなぁと思います。

大変共感出来る記事でしたので嬉しくてコメント致しました。
長々と失礼しました。
Commented by sakanoueno-kumo at 2013-06-17 20:49
< もじゅさん

過分なお言葉ありがとうございます。
この稿を書いてから1年半が過ぎましたが、その後、私としては高く評価したい「平清盛」や「八重の桜」が視聴率的にイマイチなのを見て、持論にお少々自信をなくしています。
もじゅさんのように、ドラマをきっかけに歴史に興味を持つ方のためには、もうちょっと取っ付きやすい物語構成も必要なのかもしれませんね。
ただ、だからといって、面白ければ何をしてもいいというわけでもありませんし、ドラマをきっかけに歴史に興味を持つ方のためにも、正しい見識をベースに描かれた物語であるべきだと思います。
これって、背中合わせなのかなぁ・・・。
難しいですね。

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