朝ドラ『カーネーション』に見る、“叱って伸ばす”子育て法。

恥ずかしながら、NHKの連続テレビ小説『カーネーション』にハマっています。
私が朝ドラにハマったのは、あのマナカナちゃんの『ふたりっ子』以来、十数年ぶりのことです。
『カーネーション』の舞台は大阪府岸和田市で、この辺りで使われている泉州弁(岸和田弁)は関西弁の中でも特に乱暴で柄の悪い言葉とされていることから、「朝ドラ史上最もきたない言葉づかいの作品」と言われているようですね。
考えてみれば、『ふたりっ子』の舞台も大阪は西成区という、柄の悪さでは今作品に勝るとも劣らない作品で、どうやら神戸人の私にとっては、この言葉のきたなさがどうにも心地よく、視聴意欲をそそる理由のようです(神戸は関西の中でも上品でオシャレな町というイメージがあるかもしれませんが、もともと播州弁の流れをくむ神戸弁は、岸和田弁河内弁と並んで関西弁の中でも“きたない言葉”と言われています)。
e0158128_9365021.jpg「ほんまけ?」
「わりゃ、なめとんか!」
「ウチが承知せえへんど!」

いや〜、とにかく朝から威勢がよくて気持ちがいい(笑)。
それに、関西人が聞いても違和感がまったくないんですよね。
関西出身の役者さんを多く起用しているにしても、岸和田弁をこれほど見事に使いこなすのは、さぞや難儀なことだったでしょう(その昔、映画『極道の妻たち』の中での女優さんのとって付けたような関西弁は、関西人にとっては聞くに耐えないものがありましたからねぇ・・笑)。
役者さんの技量はもとより、方言指導をされている方の手腕が感じられます。

さて、ドラマは世界的デザイナーとして活躍するヒロコジュンコミチコ“コシノ三姉妹”を育てた故・小篠綾子さんをモデルとした物語ですが、物語はそろそろ終盤を迎えています。
今朝の話では、母・糸子が三女の聡子に看板を譲ろうと決心したものの、聡子は自分なりに将来を考えてロンドン行きを決意していた・・・という話でした。
もともと長女・優子に継がせるつもりだったのに当てが外れ、次女・直子はもとより自分の道を歩んでいるため眼中になく、最も頼りないと思っていた三女・聡子までもが“親離れ”しようとする姿に驚きを隠せない母・糸子。
まさしく、子は親の思うようには生きてくれないものです。
おそらく実際のコシノ三姉妹も、母・綾子さんから見れば理解に苦しむ娘たちだったのでしょうね。
親からみて文句のつけようのない子供というのは、所詮は親の理解の範疇にあるということで、親を超えることは絶対ないでしょう。
親の手に負えない子供というのは、裏を返せば、親には考え及ばない可能性を秘めているということかもしれず、むしろ親としては喜ぶべきことなのかもしれません。
親は、子供は理解出来ないものだということを理解しなければなりませんね。

あと、昨今の子育ては“褒めて伸ばす”というのが主流で、教育評論家と言われる方々は挙ってその論を主張しますが、私は予てから懐疑的でした。
たしかに、人間褒められると気分のいいもので、もっと褒めてもらおうと努力するかもしれませんが、おだてられないと木に登らない豚では社会の荒波を乗り越えていけるとは思えませんし、人間、慢心ほど成長の妨げとなるものはありません。
で、このドラマでの糸子と三人の娘たちの親子関係や、若き日の糸子と父・善作とのエピソードなどを見ていると、あらためて“褒めて伸ばす”論を否定したくなりますね。
厳しく叱っても親の思うようにならないのが子供ですが、それでも親は子供を叱るべきで、そんなわからず屋の親に反抗しながら子供は成長していくものだと思います。
少なくとも、父か母のどちらかひとりは、子供から見て煙たい存在でなければならないと私は思ってわが子とも接しています。
ものわかりの良い親なんて、ろくなもんじゃないですよ。
昔はこの善作さんのような厳格な父親がたくさんいて、母親は家事に忙しくていちいち子供の生活を干渉する暇もなく、教育評論家の方々も、そういった戦前生まれの親に育てられて立派な大人になっておられるのに、なぜ自分たちの生い立ちを否定するような論を唱えるのでしょうね。
要は真心をこめて叱っているかどうか・・・ではないでしょうか。

とはいっても、叱られてばかりでは心が萎えてしまうのもたしかで、多少の逃げ道は必要でしょう。
ドラマでは、麻生祐未さん演じるお祖母ちゃんがその役目を担っていますね。
実際の小篠家もそうだったようで、三姉妹とも口を揃えて「お祖母ちゃんに救われた」と語っておられました。
誰かがになれば、誰かがになる。
昔はそうやって、各家庭の中で上手く子育てシステムが機能していたのでしょう。
昨今、社会に出たばかりの使えない若者を「ゆとり世代」などと蔑んで呼ぶ声を耳にしますが、「今どきの若者は・・・」という年寄りの定番文句は使いたくありませんが、もし今どきの若者が世間で言われているような軟弱者が増えているとするならば、それは「ゆとり教育」の所為というよりも、「褒める教育」に原因があるんじゃないでしょうかね。
とすれば、その責任は私たち親にあるといっていいでしょう。
今一度、小篠家に倣って“叱って伸ばす”子育て法を見直してみる必要があるんじゃないでしょうか。

後年、世界的なデザイナーに育った三人の娘たちに感化された綾子さんは、75才にして「コシノアヤコ」ブランドを立ち上げたそうですが、その商品の中には娘のヒロコさんやジュンコさんのデザインに酷似したものがしばしばあったそうで、それを娘たちに指摘されると、「あんたらを産んだのはウチや!自分の産んだ娘のデザインを盗って何が悪いねん!親の特権や!」と、悪びれることもなく言い切って娘たちを閉口させたとか。
ドラマを見るかぎり、想像できすぎて笑っちゃいます。
さすが、昭和の母は強し・・・ですね(笑)。


ブログ村ランキングに参加しています。
よろしければ、応援クリック頂けると励みになります。
     ↓↓↓
にほんブログ村 テレビブログ 大河ドラマ・時代劇へ
にほんブログ村
[PR]

by sakanoueno-kumo | 2012-03-01 02:31 | その他ドラマ | Trackback(1) | Comments(2)  

トラックバックURL : http://signboard.exblog.jp/tb/17446261
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
Tracked from 平太郎独白録 親愛なるア.. at 2012-03-01 14:39
タイトル : 恥ずかしながら良い年こいて朝ドラ「カーネーション」に感銘
親愛なるアッティクスへ 今、朝ドラで「カーネーション」というのをやってますよね。 私は普段、こういうのはあまり見ない人ですので、これまでまったく見てなかったのですが、少し前から録画してまで見ています(笑)。 このドラマは、コシノヒロコ・ジュンコ・ミチコの「コシノ3姉妹」の母の生涯を描いた物・・・だそうですが、私が「朝ドラ」なんぞを録画してまで見るというのは後にも先にも「ゲゲゲの女房」とこれだけですよ。 (ある程度、実在の人物の泣き笑いに肉付けしたモノでないとどうにも・・・。) で、こ...... more
Commented by heitaroh at 2012-03-01 14:45
私は前半はまったく見てないのですが、小原家の三代は我が家の三代にも通じるものがありますよ。

ちなみに、昨日、仕事サボって、三丁目の夕日を見てきましたが、昔の親は今の親みたいに甘くなかったですよ。
私も、子供たちにはずいぶん厳しくしているつもりですが、父や祖父から見れば、オオアマのアマちゃん以外の何物でもありません。
まったく、面目ない…次第です。
Commented by sakanoueno-kumo at 2012-03-02 15:57
< heitarohさん

私も前半は観たり観なかったりです。
はじめは、妻が観ていたので横で観るともなしに観ていたら、いつの間にか夢中になってしまいました(笑)。

>昔の親は今の親みたいに甘くなかったですよ。

そうですよね。
で、その厳しい親に育てられて皆さん立派な大人になってるのに、なんで今はその厳しい教育を否定するようになったのでしょうね。
という私も、息子には厳しいつもりですが娘にはアマアマで・・・(苦笑)。
まったく私も、面目ない・・・次第です(笑)。

<< 平清盛 第9話「ふたりのはみだし者」 平清盛 第8話「宋銭と内大臣」 >>