八重の桜 第35話「襄のプロポーズ」 ~斎藤一と高木時尾~

 八重の幼なじみの高木時尾と元新選組斎藤一が、いつの間にか結婚していましたね。二人が結婚したのは明治7年(1874年)頃だったようで、斎藤30歳、時尾28歳のときでした。ここで、少し二人の人となりについて簡単にふれてみたいと思います。

 会津藩大目付の高木小十郎の長女として生まれた時尾は、八重よりひとつ年下で、山本家とは隣家であったらしく、おそらく、ドラマの設定どおり幼なじみだったのでしょうね。第27話で会津藩士がいよいよ籠城戦に入るとき、八重が時尾に髪を切り落としてもらうシーンがありましたが、あの話は実話だそうですから、二人がいかに信頼し合った関係だったかが伺えます。ただ、八重とは正反対で、たいへんお淑やかな女性だったようですけどね。照姫祐筆を務めていたということからも、教養高い才女だったのかもしれません。まさしく、ドラマのとおりのキャラだったのかもしれませんね。

 剣客集団の新選組のなかでも最強の剣豪といわれた斎藤一ですが、その出自は、播磨国・明石藩出身とも会津藩出身ともいわれており、明確な史料は残ってないそうです。まあ、出自が曖昧なところから見ても、おそらく低い身分の出だったと見て間違いんじゃないでしょうか。新選組ではその前身である壬生浪士組からのメンバーで、年若でありながらで副長助勤、三番隊組長、撃剣師範などを務めた重役だったわけですが、新選組に入隊した経緯などはまったくわかっていません。そんな、なんとなく謎めいた部分が、後世の新選組ファンに人気の高いポイントでしょうね。

 新選組が自然消滅してからも会津藩と運命を共にした斎藤は、謹慎生活を経て、斗南藩士として下北半島に移住します。斗南では倉沢平治右衛門という人物のもとに寄宿していた斎藤でしたが、この倉沢は時尾の義父にもなっていたようで、その縁で二人は知り合ったのでしょう。もっとも、斎藤は時尾と結ばれる前に、同じく倉沢家に同居していた篠田やそという女性と結婚しています。つまり、時尾とは再婚だったんですね。最初の妻である篠田家は会津藩士としては大身に属する名家だったそうで、時代は明治になっていたとはいえ、斎藤から見れば分不相応なお相手でした。それが理由だったかどうかはわかりませんが、しばらくして二人は離縁したようです。その後、時尾と再婚するんですね。もっとも、時尾も家柄でいえば、決して低くはありません。どうも斎藤は、お嬢様キラーだったのでしょうか(笑)。

 かくして夫婦となった斎藤と時尾ですが、二人の結婚に際しては、元会津藩主の松平容保が上仲人を、そして佐川官兵衛山川浩(大蔵)が下仲人を務めています。これも、世が世なら考えられないことですね。いくら旧とはいえ、一国のお殿様だった人が、一介の元浪人剣客の仲人を務めるなど、異例中の異例だったのではないでしょうか。たいへん興味深いエピソードです。

 その後、斎藤は警視庁に採用され、二人は東京に移住しました。ドラマでも言っていましたが、おそらく、西郷隆盛の下野によって元薩摩藩士の警官が挙って東京を離れたため、警官が不足していたからでしょうね。その後、斎藤は明治24年(1891年)まで警視庁に努めます。時代が時代とはいえ、過去に何人もの人を斬った経験のある警官ですから、きっと凄みがあったことでしょうね。時尾との間には3人の男子をもうけ、夫婦仲も良かったそうです。そして、斎藤は大正4年(1915年)71歳で、時尾は大正14年(1925年)75歳まで天寿をまっとうします。新選組、会津戦争と、波乱に満ちた前半生の二人でしたが、夫婦となった後半生の二人は、穏やかな日々だったようですね。いい出会いだったといえるでしょうか。

 さて、次週は八重が幸せになる番のようです。


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by sakanoueno-kumo | 2013-09-04 22:50 | 八重の桜 | Trackback | Comments(0)  

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