天空の城・洲本城 探訪記 その1 〜日本最大級の石垣と日本最古の模擬天守〜

過日、淡路島洲本市にある洲本城を訪れました。
洲本市は、淡路島の中核を担うまちで、小泉政権時代の「平成の大合併」で淡路市と南あわじ市が誕生するまでは、島内唯一の市だったところです。
淡路島東海岸に面する市の中心部は、大阪湾に流れる洲本川を中心に平野が広がり、古くから栄えてきました。
その市街地の南に位置する三熊山山頂に、まちを見下ろすように建っているのが、洲本城です。

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洲本城は、室町時代末期の大永6年(1526年)に、三好氏の家臣で紀州熊野水軍安宅治興が、この地に築城したことに始まります。
といっても、当時の安宅氏は同じ洲本市内にあった由良城を本拠としており、洲本城は島内8ヶ所に築いた支城のひとつに過ぎず、山頂の砦のようなものだったようです。

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それから約半世紀後の天正9年(1581年)、羽柴(豊臣)秀吉淡路討伐の際、安宅氏はあっけなく討ち滅ぼされて、城は仙石秀久に与えられました。
その後、高松城に転封となった仙石秀久に代わって、賤ヶ岳七本槍のひとりとして知られる脇坂安治が洲本城に入り、本格的な天守を築いたとされています。
脇坂安治は、先日紹介した龍野城の城主である脇坂家の始祖にあたる人物です(参照:播磨の小京都、龍野をたずねて その1「龍野城」)。
洲本城主となった脇坂安治は、淡路水軍を吸収し、24年間ここに在城しました。
その間、何度も城の増改築を実施したとか。

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ここ洲本城の見どころは広大な石垣で、同じ兵庫県内で今話題の竹田城に匹敵するほど状態のいい石垣が現存しています。

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東西800m、南北600mに及ぶ総石垣造りの曲輪は日本最大級とも言われ、400年前の姿をそのまま残す遺構は全国でも貴重な存在だそうです。

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写真は、本丸へと続く大石段
斜面に築かれた階段状の登り石垣は希少で、他には、松山城彦根城にしか現存していないそうです。

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大小の自然石を積む穴太積が特徴です。

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現在の天守は模擬天守で、当時の天守よりはスケールダウンしたものだそうです。
もっとも、この模擬天守が建てられたのは、昭和天皇即位式を記念した昭和3年(1928年)のことで、模擬天守としては日本最古のものだそうです。
模擬といっても、年代を重ねれば、それはそれで価値が出るもので・・・。
プレミアのついたプラモデルのようなものでしょうか。

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長くなりそうなので、後日、その2に続きます。

天空の城・洲本城 探訪記 その2 〜黒田官兵衛の武勇伝ゆかりの地〜

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by sakanoueno-kumo | 2014-07-30 22:33 | 兵庫の史跡・観光 | Comments(0)  

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