雨の讃岐高松城を訪ねて ~前編~

先日、香川県は高松市に出張の折、仕事の合間を縫って雨のなか高松城跡を訪れました。
高松城というと、豊臣秀吉の中国征伐で水攻めされた高松城を思い出しがちですが、あちらは備中高松城で、現在の岡山県に位置します。
こちらは四国の讃岐高松城
瀬戸内海を挟んでちょうど向かい合わせるような場所に同じ名前の城というのも、ややこしいですね。
ただ、備中高松城は江戸時代に入って廃城になっていますから、二つの高松城が同時に存在した期間は短かったようです。

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ここ讃岐高松城を訪れると、潮の香りが漂っています。
というのも、北は瀬戸内海に面し、残り三方を囲む濠には海水を引き入れた海城で、伊予国今治城、豊前国中津城と並んで、日本三大水城のひとつに数えられています。
海上から見るとその威容は素晴らしいものだったようで、明治時代には「讃州さぬきは高松さまの城が見えます波の上」と謡われたり、与謝野晶子によって「わたつみの 玉藻の浦を前にしぬ 高松の城竜宮のごと」と詠まれたりしています。

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濠が海とつながっているため、潮の干満による水位調整のための水門があります。

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讃岐高松城は、別名、玉藻城ともいいます。
その由来は、万葉集柿本人麻呂が讃岐国の枕詞に「玉藻よし」と詠んだことから、この辺りの海域を玉藻の浦と呼んでいたからだそうです。

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模型で上空から見るとこんな感じです。
海と濠がつながっていることがわかるでしょうか?

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ここ讃岐高松城は天正15年(1587年)に豊臣秀吉から讃岐一国17万3千石を与えられた生駒親正によって、翌16年(1588年)に築城が開始されました。
その縄張り(設計)を行ったのは、藤堂高虎、黒田官兵衛、細川忠興など諸説あります。
いずれも当時の築城には必ず名前が出てくる面々ですね。
城は約3年かけて完成し、「高松」という地名も、このとき付けられたものだそうです。

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天守台です。
かつては「南蛮造り」と呼ばれる三層四階の天守があったそうですが、明治17年(1884年)に老朽化のため解体されています。
かつてあった天守は、最下重が萩城熊本城の天守のように天守台より出張り、最上重が小倉城岩国城の天守のように「唐造り」だったそうです。
その様子は、解体される以前に写真におさめられているそうです。
高松市では、天守の復元を企画しているそうで、老朽化した石垣の解体・積み直し工事が行われていました。

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写真は復元イメージ図。
たしかに、最下層が天守台より出張っています。
たぶん、この出張ったところに石落しがあったのでしょうが、現代の建築基準法ではあり得ない設計ですね(笑)。

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復元模型で見るとこんな感じです。

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天守台の上も見学できます。

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天守台と二の丸を結んでいる唯一つの連絡橋、鞘橋です。
この橋を落とすことによって本丸だけを守るようになっていたんですね。
絵図などの史料によれば、築城当初からこの位置に橋がかけられていたことがわかるそうで、当初は「欄干橋」と呼ばれる屋根のない橋だったようですが、文政6年(1823年)の絵図には屋根付きの橋が描かれているそうで、江戸時代に改修が行われたことがうかがえます。

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現在の鞘橋は明治17年(1884年)の天守解体時に架け替えられたものと伝わっているそうで、大正期には橋脚が木製から石製に替えられたことが古写真で判明しているそうです。

天守台から見下ろした鞘橋です。

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藩祖となった生駒親正は、慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いにおいて西軍に加担しますが、嫡男の生駒一正東軍に与して戦功をあげたため、戦後も所領を安堵されます。
家を守るために父子・兄弟が敵味方に別れる例は、他にもいくつかありますね。
しかし、第4代藩主の生駒高俊の代にお家騒動(生駒騒動)が起き、寛永17年(1640年)に改易され、出羽国矢島藩1万石に転封されてしまいます。
17万石から1万石の降格ですからね。
ほとんど流罪のようなものだったでしょう。

長くなっちゃたので、「後編」に続きます。


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by sakanoueno-kumo | 2014-11-13 19:58 | 香川の史跡・観光 | Trackback | Comments(0)  

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