荒木村重ゆかりの摂津路逍遥 その1 ~有岡城跡~

今年の大河ドラマ『軍師官兵衛』は、いよいよ最終回を待つのみとなりましたが、今年、主役の黒田官兵衛以外で最も注目されたのは、荒木村重だったのではないでしょうか。
いままでの戦国ドラマでの村重といえば、織田信長反旗を翻すところで少し登場するだけでしたが、今回は官兵衛を1年間幽閉する役柄ということで、これまでになくフィーチャーされました。

で、その舞台となった兵庫県に住む私としては、この機を逃す手はないだろうと、先日、寸暇を惜しんで村重ゆかりの地をめぐってきました。
まずは、村重の居城にして官兵衛を1年間幽閉した有岡城跡です。

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有岡城は、現在の兵庫県伊丹市にあった城で、もとは伊丹氏が南北朝時代から戦国時代にかけて伊丹城を築いていました。
しかし、天正2年(1574年)11月、信長から摂津国主に任じられた村重は、伊丹氏を追い落として伊丹城に入城。
城の名を有岡城と改めて、大改造をおこないました。

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現在は、城郭などは残っておらず、発掘調査された主郭部のみが史跡公園として残されているだけです。

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発掘、復元された石垣です。

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土塁跡です。

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井戸跡です。

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村重と、その妻・だしの歌碑ですね。
「霜かれに 残りて我は 八重むくら なにわのうらの そこのみつくに」 あらきたし
「思いきや あまのかけ橋 ふみならし なにわの花も 夢ならむとは」 荒木村重


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村重が築いた有岡城は、城だけでなく侍町と町屋地区全域を巨大な堀と土塁で囲んだ惣構(そうがまえ)の城だったそうです。
その跡が400年以上経った今でも地形として残っており、数メートルの段差が繋がっています。
現在では、最古の惣構の遺構として、国の史跡に指定されています。

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天正6年(1578年)秋、村重は織田信長に反旗を翻し、有岡城は包囲攻撃をうけました。
10ヵ月の篭城の末、村重は嫡男の荒木村次のいる尼崎城に逃れ、その後、主を失った有岡城は侍町を焼き払われて陥落しました。

次回は、その尼崎城跡を訪ねます。

荒木村重ゆかりの摂津路逍遥 その2 ~尼崎城跡~
荒木村重ゆかりの摂津路逍遥 その3 ~花隈城跡~


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by sakanoueno-kumo | 2014-12-11 21:38 | 兵庫の史跡・観光 | Trackback | Comments(2)  

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Commented by heitaroh at 2014-12-15 21:20
尼崎城はまだ私は行ったことがないんですよ。何もないですよと言われましたが、こういうのは見る人が見ないと(...ねえ笑)。
Commented by sakanoueno-kumo at 2014-12-16 16:10
< heitarohさん

いや、確かに何もなかったですよ(笑)。
見る人が見れば何か見えるのかもしれませんが・・・。
今から起稿します。

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