三木合戦ゆかりの地めぐり その10 ~這田村法界寺山ノ上付城・朝日ヶ丘土塁跡~

高木大塚城跡から更に500mほど北上したところに、這田村法界寺山ノ上付城跡があります。
三木城の南西にある標高78m、比高43mの山上に築かれた付城で、現在わかっている付城のなかでは羽柴秀吉の本陣が置かれた平井山付城に次ぐ大きさです。

e0158128_2042931.jpg

『播磨鑑』『別所軍記』によると、城主は秀吉の重臣、宮部継潤と伝わっています。
平成20年(2008年)に発掘調査が行われ、平成25年(2013年)、平井山付城跡などとともに国の史跡に指定されました。

e0158128_20422457.jpg

国の史跡に指定されているところは、すべてこうして案内看板が設置されています。

e0158128_20423625.jpg

登山口です。

e0158128_20432786.jpg

登山用のまで備えてくれています。
ありがたいですね。

e0158128_2046976.jpg

規模が大きいこともあって、平井山付城跡と同じく順路表示が各所に設置され、迷うことはありません。

e0158128_20481046.jpg

傾斜のキツイ登山道ではありますが、観光者用に道は整備されていて歩きにくくはありませんでした。

e0158128_20502635.jpg

段状の平坦地群跡です。
斜面地を削ったり盛ったりして、段状に平坦地を造っています。
こうして斜面をひな壇のようにして、兵が駐屯しやすいようにしているんですね。
写真ではわかりづらいでしょうか?

e0158128_20525356.jpg

副郭に入る虎口跡です。

e0158128_2055839.jpg

副郭跡です。
四方を土塁に囲まれており、主郭より広い面積です。

e0158128_2057817.jpg

主郭の周囲をとりまく横堀跡です。

e0158128_20581817.jpg

主郭に渡る土橋跡です。
虎口の前にあって、周囲の堀を一部堀残すか、あるいは土を盛って造られた橋です。

e0158128_2101998.jpg

で、その土橋を渡ると、主郭に入る虎口があります。

e0158128_2132420.jpg

そして主郭跡です。
火気厳禁です(笑)。

e0158128_215168.jpg

主郭を囲う土塁です。
写真ではわかりづらいですよね。

e0158128_2163279.jpg

馬出状の虎口です。
「馬出し」とは、主たる曲輪の前面に設けられた「出曲輪」状の小空間のことだそうで、「馬出し」の直接の意味は、出撃の際の兵の待機場所を指しているのだそうです。
攻撃型虎口の縄張り手法なんだとか。

e0158128_2174325.jpg

城跡南東にある展望台から見た北東の景色です。
前方約2kmの場所に三木城が見え、さらにその延長線上に秀吉の本陣、平井山付城を見通すことができます。

e0158128_2110111.jpg

城跡南東部は、朝日ヶ丘土塁と呼ばれる多重土塁と連結しています。
多重土塁とは読んで字の如く、土塁を幾重にも重ねて造ったもので、付城と付城をつなぐ防御線だったと考えられています。

e0158128_21102061.jpg

こうすることによって、三木城に兵糧を運び込もうとする荷車の運行を困難にしたわけです。
こうして兵糧攻め包囲網を貫徹していったのでしょうね。
こうして見ると、戦は土木工事で決まるといえるかもしれません。

e0158128_21122712.jpg

さて、次稿はこの山の麓にある法界寺を訪ねます。



「三木合戦ゆかりの地めぐり」シリーズの他の稿は、こちらから。
   ↓↓↓
三木合戦ゆかりの地

ブログ村ランキングに参加しています。
よろしければ、応援クリック頂けると励みになります。
     ↓↓↓
にほんブログ村 テレビブログ 大河ドラマ・時代劇へ
にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ
[PR]

by sakanoueno-kumo | 2015-04-22 18:31 | 三木合戦ゆかりの地 | Comments(2)  

Commented by heitaroh at 2015-05-01 18:53
私は付城という物の形がいまいち、どうも頭に浮かばないんですが万里の長城みたいに拠点と拠点を土塁で繋いでるんですか?
Commented by sakanoueno-kumo at 2015-05-01 23:14
< heitarohさん

わたしも、それほど詳しくはないのですが、このたび付城めぐりをするにあたって、三木市役所の観光課に行ってみると、付城分布図や遺構の解説本などが安価で購入できて、ブログを書くにあたってたいへん重宝しています。
それによると、三木合戦第二期に織田信忠によって築かれた6ヵ所の付城の間は、土塁で結ばれていたそうです。
たいへんな土木工事ですね。

<< 三木合戦ゆかりの地めぐり その... 花燃ゆ 第16話「最後の食卓」... >>