三木合戦ゆかりの地めぐり その14 ~端谷城跡~

三木城から南へ10kmほど下ったところに、端谷城跡があります。
ここは現在の住所では神戸市西区櫨谷町といいますから、あるいは「端谷」「櫨谷」になったのかもしれませんね。

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端谷城は、明石川の支流である櫨谷川の上流域右岸、標高110~140mの丘陵上にあります。
城主は、鎌倉時代後期からこの地を治めていた衣笠氏
衣笠氏は、別所氏の分かれと伝えられますので、当然、三木合戦の際には、別所方につきました。
現在は衣笠氏の菩提寺だった満福寺の境内が、三の丸跡にあります。

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その三の丸跡です。
その背後に見える山に、二の丸、本丸の遺構があります。

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その本丸跡への誘導表示、ありがたいですね。

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登山道には、各所に説明板が設置されていて、わかりやすかったですね。

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二の丸の斜面下を削り込んだ堀切です。
実にみごとな遺構です。

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二の丸跡です。
幅約25m、長さ約65mで、この城内でもっとも広い曲輪です。
ここでは、時期の異なる2棟の建物跡が発掘されているそうです。

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二の丸跡から見下ろした城下です。
現在、櫨谷川にはほとんど水が流れていませんが、かつては、あの川が大地の恵みだったのでしょうね。
晴れていれば、遠く淡路島まで見通せるそうです。

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上の写真は二の丸東斜面の曲輪
こんな狭い場所にも曲輪を設けてるんですね。

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西南の尾根の曲輪です。
東斜面の曲輪と同じく、狭い空間ながら谷を見下ろすように設けられています。

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で、山頂の本丸跡です。
南側は二の丸を見下ろし、北側は土塁で囲まれています。

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三木合戦のときの城主だった衣笠範景は、淡河城の淡河氏らと共に別所方に味方し、ここ端谷城に籠城して奮戦しますが、三木城の落城から1ヵ月ほどのちの天正8年(1580年)2月25日、羽柴秀吉率いる織田軍の猛攻によって落城したと伝えられます。

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本丸北西隅にある、物見台跡と見られる遺構です。

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とにかく、どれもこれも実に良好なかたちで遺構が残されていて、圧巻です。
神戸市の史跡に指定されてはいますが、ここ端谷城は神戸市民にもあまり知られていません。
もっと知られてもいいですよね。
ある意味、ここも天空の城ですよ。

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三の丸跡の満福寺には、衣笠範景の慰霊碑があります。

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その片隅にある大樹
あるいは、往時を知っているかもしれません。

次回に続きます。



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by sakanoueno-kumo | 2015-05-05 21:07 | 三木合戦ゆかりの地 | Comments(0)  

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