三木合戦ゆかりの地めぐり その20 ~神吉城跡(常楽寺・神吉神社)~

野口城を落とした羽柴秀吉軍は、天正6年(1578年)6月23日、その北西にある神吉(かんき)城を攻撃しました。
現在その城跡は、常楽寺というお寺になっています。

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ここを訪れたのは4月18日だったのですが、写真のとおり、少しだけが残っていました。
みごとな枝垂れ桜で、満開のときに来れば、きっと見応えがあったでしょうね。

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で、ここにも、やはりこのデザインの看板が・・・。

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神吉城の城主は赤松氏一族の神吉氏で、三木合戦のときの城主は神吉頼定でした。
秀吉軍は織田信忠・明智光秀・佐久間信盛・荒木村重ら約3万人という大軍で神吉城を包囲。
対する神吉軍は、わずか2千人の兵で籠城したといいますが、それでも秀吉軍を手こずらせ、約1ヵ月持ちこたえたといいます。
ここは平城ですが、よほどの堅城だったのでしょうね。
最終的に秀吉は、頼定の伯父・神吉藤太夫を謀略で味方に引き入れ、頼定を暗殺して神吉城は落城したと伝えられます。

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敷地内には、往時を知っているかも知れない巨樹がありました。

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本堂裏の墓地には、その頼定の墓があります。

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常楽寺の隣にある神吉神社には、神吉合戦の絵図が奉納されています。

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なかなか、生々しい絵図です。

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ちなみに、余談ですが、加古川市内には常楽寺というお寺がもう1ヵ所あるんですね。
ここを訪れようとしてカーナビで検索すると、間違えて違う常楽寺に連れていかれました(笑)。
そっちの常楽寺の方が、小高い丘陵にあって城跡っぽかったので、しばらく気づかずに写真撮りまくってて・・・。
悔しいので、1枚貼っときます(笑)。

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次回は、頼定の弟が神主をしていたという、生石神社を訪ねます。




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by sakanoueno-kumo | 2015-06-03 19:00 | 三木合戦ゆかりの地 | Trackback | Comments(0)  

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