大和国、郡山城跡を歩く。 その5 「本丸(主郭)」

郡山城主郭は、現在、柳澤神社となっています。

本丸南側の入口には、その鳥居があります。

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鳥居をくぐって進んだところにある、「竹林門跡」です。

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石碑には、「祭神旧川越甲府城主柳澤美濃守吉保公」と刻まれています。

柳沢吉保とは、郡山城に入った初代・柳沢吉里の父にあたります。

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この神社は、明治に入ってから旧藩士たちによって、吉保・吉里の遺徳を偲んで建立されたそうです。

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神社境内の西側に、小さな鳥居と祠がありました。

その向こうに見えるのが、立ち入り禁止になっている天守台です。

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この祠が何を祀ったものかは説明板がなかったのでわからなかったのですが、おそらく、「その2」で紹介した石地蔵などを祀ったもので、天守台が立入禁止の間は、ここに参拝するようになっているのかと。

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祠から見た天守台石垣です。

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柳沢氏は第19代城主・柳沢吉里から第24代・柳沢保申まで6代に渡って郡山城主を務め、郡山城の最期を見届けました。

明治6年(1873年)に郡山城は破却され、櫓・門・塀などの建築物は、入札によって売却されます。

多くの城がそうでしたが、維新後、旧藩主は知藩事に任命され、城も藩庁としての役目を担うものの、その後、明治4年(1871年)の廃藩置県によってほとんどの知藩事は罷免となり、東京に移住させられます。

そのとき、ほとんどの城が破却されてしまうんですね。

今となっては残念なことですが、維新当時は、城など無用の長物の極みだったでしょうから。

あと1回だけ続きます。



大和国、郡山城跡を歩く。 その1 「二の丸」

大和国、郡山城跡を歩く。 その2 「天守台」

大和国、郡山城跡を歩く。 その3 「本丸(法印郭)」

大和国、郡山城跡を歩く。 その4 「本丸(毘沙門郭)」
大和国、郡山城跡を歩く。 その6 「三の丸・外堀」


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by sakanoueno-kumo | 2016-05-25 20:31 | 奈良の史跡・観光 | Trackback | Comments(2)  

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Commented by heitaroh at 2016-05-26 11:00
私と違ってお近く(?)なんですから、石垣工事が終わったらまた、レポートしてください。
Commented by sakanoueno-kumo at 2016-05-26 19:43
> heitarohさん

お安い御用です。
昨年で少年野球のコーチを辞めてから、休日はもっぱら史跡めぐり三昧ですので、またレポートしますね。

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