真田丸 総評

2016年大河ドラマ『真田丸』の全50話が終わりました。今年もなんとか完走できて安堵しています。秋以降、仕事が忙しくなって起稿も遅れがちになり、ホントはもっと掘り下げたかった回もあったのですが、上辺だけ流して簡単に済ませたりしました。まあ、そこは素人の趣味でやってるブログということで、ご容赦ください。で、最後に、例年どおり今年の作品についてわたしなりに総括します。


e0158128_03274834.jpg
 

 主人公の真田信繁は、戦国武将のなかでもとりわけ人気の高い人物で、これまでも小説や映画、漫画などで何度もフィーチャーされ、昨今では『戦国無双』などのゲームの影響から、歴女人気ナンバーワン武将とも言われていましたが、その人気はいまに始まったものではなく、江戸時代の初期以降、つまり、大坂夏の陣で討死して以降、信繁の生涯は講談などを通してさまざまに語り継がれ、多くの伝説を生んできました。その結実が「真田幸村」です。これまで、わたしたちが知っていると思っていた信繁像は、実は、虚実とりまぜた「幸村像」なんですね。


 今回、その有名な「幸村」という名をあえて使わず、「信繁」でいくと知ったとき、これまでの幸村像を脱却した信繁の実像に迫ろうという制作サイドの意気込みだと感じました。虚像に塗り固められた幸村ではなく、本当の信繁は、きっとこんな人物だったんじゃないかと。


e0158128_03284483.jpg

 ただ、信繁という人物は、その生涯の最後の最期に大きな花火を打ち上げ、華々しく散華していっただけで、それ以前の信繁の生涯は、信用に足る史料に乏しく、ほとんど謎の人物なんですね。だから、池波正太郎『真田太平記』でも、火坂雅志『真田三代』でも、さらには、江戸時代に刊行された『真田三代
でも、そのクライマックスで幸村は活躍しますが、物語を通しての題材は真田一族です。今回も『真田丸』というタイトルは、大坂冬の陣における出城「真田丸」と、真田一族が戦国の荒波を航海する船「真田丸」をかけたものだそうですが、あくまで主人公は信繁。はたして1年間もつのだろうか・・・と、注目していました。


e0158128_03291671.jpg

 で、1年間見終えて思ったのは、やはり、信繁の物語ではなく、真田一族の物語でしたね。特に前半は父の真田昌幸が主人公といってもよく、中盤あたりも、信繁の目線で描かれた豊臣一族の物語だったり、戦国史だったりしただけで、主人公である信繁の人物像は、昌幸のような強烈な存在感はなく、どちらかといえば無味無臭な存在でした。そして物語の終盤、いよいよ信繁活躍の舞台が整ったところで、名を「幸村」と改名。ようやく主人公となったその人物像は、やはり、既成の「幸村像」だったように思います。たいへんカッコよく見ごたえがありましたが、残念ながら、真の「信繁像」とはいかなかったですね。でも、これは仕方がないことなんでしょう。もともと一次史料に乏しく、伝承レベルの逸話に頼らざるをえないでしょうから、幸村と違う真の信繁像なんて、描きようがないのでしょう。むしろ、その少ない史料と伝承を、三谷幸喜さんなりに上手く料理していたなあと思うところが多々ありました。無理やり主人公を活躍させて賛美するようなこともなく、あれだけ無味無臭なキャラに設定したことは、逆に斬新だったかもしれませんね。


e0158128_03293365.jpg

 その観点でいえば、今回、真田家の関わっていない出来事はことごとく省かれていましたね。だから、本能寺の変関ヶ原の本戦石田三成の最期も、そして、信繁落命後の大坂夏の陣の結末も描きませんでした。これも、この物語はあくまで真田家の物語だという三谷さんのこだわりだったのでしょう。これもよかったんじゃないでしょうか。これまでの作品内では、直接関係ない出来事に無理やり主人公を絡めて、ありえない活躍をさせたりすることがよくありましたが、あれって、すっごくシラケちゃうんですよね。もちろん、ドラマですからフィクションはあって当然なんですが、明らかな主人公ご都合主義の設定は、逆に物語を壊すだけだとわたしは思います。事実は小説よりも奇なりですから。その意味では、今回はそんな場面がほとんどなかった。その分、観る人によっては消化不良なところもあったかもしれませんが、わたしは、そのこだわりを評価したいと思います。


e0158128_03295047.jpg

 主人公の信繁は無味無臭なキャラでしたが、その脇を固める登場人物は、皆、かなり個性的でしたね。その最たる存在が真田昌幸で、まさに「食えない男」という比喩がぴったりなキャラでした。「表裏比興の者」と呼ばれた昌幸ですが、ドラマではそのペテン師ぶりも愛すべき存在で、今年の大河は、昌幸なくしは語れないのではないでしょうか。演じた草刈正雄さんといえば、約30年前、『真田太平記』で幸村を演じられていたことが思いだされます。あのときの幸村が、今回は昌幸を演じる。これも、古い時代劇ファンを唸らせる三谷さんの狙いだったのでしょうね。そして、それが見事にハマっていました。30年前の昌幸は丹波哲郎さんでしたが、今回、草刈さんは当時の丹波さんをかなり意識していたんじゃないでしょうか。随所でそう感じる場面がありました。いつの日か、今度は堺雅人さんが昌幸を演じる日が来たら、面白いですね。


e0158128_03301571.jpg

 その堺さんは、民放ドラマでは個性的な役が多いのに対し(過去の大河ドラマでも、『篤姫』ではかなり強烈な役でしたよね)、今回は主役でありながら個性を殺した地味な役どころで、周りの個性的な脇役を引き立てる珍しいタイプの主役でした。主役でありながら抑えた演技をするというのは、結構むずかしいんじゃないでしょうか。でも、今回はその堺さんの演技があったから、昌幸や秀吉、家康、そして淀殿といった強烈なキャラが生きたんじゃないかと思います。ド素人のわたしがプロの役者さんを評するなど、当事者の方々からすれば片腹痛いかもしれませんが、さすがは一流の役者さんですね。


e0158128_03303148.jpg

 信繁とともに全50話通して出ていたのが、兄の真田信之徳川家康、そして高梨内記の娘・きりでしたが、真田信之(信幸)役の大泉洋さんも、普段、派手な役ばかり演じてこられた役者さんですが、今回は真面目で、誠実で、いたって堅実役どころ。大泉さんのこんな役は初めて観ました。信之という人は、弟の華々しい人気の影に埋もれがちながら、実は、真田家存続に最も尽力した人で、この人がいたから真田家が生き残ったといっていいでしょう。しかし、派手な父や弟と比べて、どうしても地味な存在です。ただ、そんな兄を、弟の信繁は誰よりも尊敬し、慕っている。そして信之は、無鉄砲な弟をいつも思い、影で支援する。まさに、典型的な長男次男ですよね。今回、その信之がエピローグのラストだったのは、粋な演出でしたね。結局、真田家の未来は信之が背負ったということが描きたかったのでしょうね。


e0158128_03305094.jpg

 内野聖陽さん演じる徳川家康もよかったですね。真田昌幸・信繁の視点で描けば、家康はヒール役となるところですが、今回、三谷さんはそう描かなかった。臆病で、優柔不断で、昌幸同様、どこか憎めない愛すべきキャラでした。歴史の答えを知っている後世のわたしたちからすれば、家康=強かなタヌキ親父といったイメージになりがちですが、家康とて、迷ったり怯えたりしながら生きていたんだ、と。人間家康でした。


 そして、きりちゃん。ドラマが始まった当初、コアな大河ファンから「ウザい」とか「いらない」とか、散々な批判を浴びていたきりでしたが、物語が進むに連れてだんだんと批判の声が少なくなり、信繁が大坂城入りを迷っていたとき、「真田源次郎がこの世に生きたという証を、何かひとつでも残してきた?」と、物語の核ともいうべき台詞を吐いたことから、視聴者のきりに対する評価も一気に肯定的に変わりました。といっても、きりは最初から何も変わってなく、常に正直に思ったことを口にしていただけなんですけどね。観る側の評価が、いつのまにか変わっていった。これも、三谷さんの狙いですかね? きりの役どころは、いわば「狂言回し」で、特に時代劇においては常套手段。『真田太平記』のお江や、『竜馬がゆく』寝待ノ藤兵衛がそうですね。『真田丸』におけるきりは、信繁の幼馴染で、信繁の最初の妻であるとも親しく、おばばさまと一緒に人質になったり、豊臣家では北政所侍女となり、細川ガラシャと交流があったり、更には淀殿に付き従い、最後は千姫を徳川陣に送り届けるという、まさに脚本家にとっては便利屋ですね。でも、ただの狂言回しではなく、先述したような重要な台詞を吐く大事な役どころでもありました。長澤まさみさんも、最初の批判の嵐はきっと辛かったでしょう。お疲れさまでした。


e0158128_03311768.jpg

 あと、三谷脚本ならではのコミカルな演出ですが、これは、好きか嫌いかで分かれて仕方ないんじゃないでしょうか? 大河ドラマの重厚感が削がれるといった批判もあって然りですし、その批判を理解できなくもないです。でも、わたしは、けっこう好きでした。まあ、なかには、ここでは笑いを入れないでほしかったという場面もありましたが、概ね物語を壊すような場面での笑いはなく、箸休め的な笑いで、よかったと思いますけどね。何より、伝承レベルの俗説から昨今の新説まで、よく勉強されているなあと唸らされる場面が多々ありました。荒唐無稽な作話ではなく、綿密に調べ上げた上での設定がベースにあって、そこに味付けとして盛り込まれた笑いですから、まったく不快ではありませんでした。むしろ、三谷さんの歴史に対する敬意が伝わってきました。わたしは評価したいですね。


e0158128_03313822.jpg

 さて、そんなこんなで長々と綴ってまいりましたが、今年の大河ドラマ『真田丸』を一言で評価すれば、名作、傑作だったと思います。今世紀に入ってからの作品で言えば、わたしのなかでは、『風林火山』『軍師官兵衛』と並んで3本の指に入る作品になりました。何より良かったのは、信繁にしても昌幸にしても家康にしても、その戦う理由が自分のためだったこと。昨今の作品に共通していたのは、その戦う理由として、「乱世を終わらせるため」とか「戦のない世を作るため」といったスローガンを語らせることがほとんどで、あの台詞を聞くたびに、安っぽく感じてシラケちゃうんですよね。乱世に生きた彼らは皆、自分たちの野望を満たすため、あるいは、自家の存続と繁栄のために戦っていたわけで、決して世のため人のために戦っていたわけではありません。言うなれば、現代の企業戦士たちと同じで、自社の利益のため、家庭を守るため、自身の出世のために血眼になって働いているわけで、世の中のために働いている人なんて、ほとんどいないはずです。皆、自分たちのために働いて、その結果、世の中の繁栄に繋がっているわけで、戦国時代も現代社会も同じですよ。その意味では、今回のドラマでは、昌幸、信之は真田家の生き残りのために、そして信繁は、自身がこの世に生きた証を残すために、それぞれが自分のために生きていた。これですよ!これ! これこそが真の武士、真の男の生き様で、そこに共感し、温故知新を見ることができるんですよ。まさに、我が意を得たりでした。これ、わたし、毎年言ってきてたことですが、やっとNHKに届いたって感じです(笑)。


 とにもかくにも1年間楽しませていただき本当にありがとうございました。このあたりで『真田丸』のレビューを終えたいと思います。毎週のぞきにきていただいた方々、時折訪ねてきてくれた方々、コメントをくださった方々、本稿で初めてアクセスいただいた方々、どなたさまも本当にありがとうございました。


●1年間の主要参考書籍

『大いなる謎 真田一族』 平山優

『真田幸村と大坂の陣』 渡邊大門

『真田幸村と大坂の陣』 三池純正

『真田信繁』 三池純正

『真田丸と真田一族99の謎』 戦国武将研究会

『新装版・真田三代記』 土橋治重

『真田三代』 火坂雅志

『真田太平記』 池波正太郎

『日本の歴史12・天下一統』 林屋辰三郎

『日本の歴史13・江開府』 辻達也


●参考にしたサイト

時代考証担当 駿河台大学法学部教授黒田基樹先生の解説

時代考証担当 丸島和洋先生のツイッター



ブログ村ランキングに参加しています。
よろしければ、応援クリック頂けると励みになります。
   ↓↓↓
にほんブログ村 テレビブログ 大河ドラマ・時代劇へ
にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ



[PR]

by sakanoueno-kumo | 2016-12-24 03:49 | 真田丸 | Comments(6)  

Commented by 60代の歴史好きなおじさん at 2016-12-24 10:28 x
1年間お疲れ様でした。8月はお仕事が重なり真田丸の評が遅れたりし、心配しておりました。きりちゃんが狂言回しで便利なキャラでしたが、私は三谷幸喜自身があの歴史の現場に行って真田の一員になって好きなだけ暴れて見たかったのでは無いかな、キリ=三谷ではなかったかな、と思ってます。今後とも勉強させて頂きます。
Commented by sakanoueno-kumo at 2016-12-25 22:51
> 60代の歴史好きなおじさんさん

コメントありがとうございます。
以前コメントいただいたときは、50代じゃなかったでしたっけ?
違う方かな?

< キリ=三谷ではなかったかな

なるほど。
目からウロコです。
どうりで、図々しかったはずですね(笑)。

来年の主人公のことはあまり知らないのですが、なんとか頑張ってみます。
今後ともよろしくお願いいたします。
Commented by 60代の歴史好きなおじさんさん at 2016-12-26 10:37 x
今年還暦を迎えました。大河ドラマはどの年も見ていますが、来年は自信がありません。ときに先般実は「男」だったというニュースをみて、またぞろ「戦国の世を終わらせるため」「平和のため」とかでてきそうですね。それでは良いお年を。
Commented by sakanoueno-kumo at 2016-12-28 23:32
> 60代の歴史好きなおじさんさんさん

< 実は「男」だった

だそうですね。
まあ、この史料も江戸時代中期に編纂されたものだそうですから、どれほど史料的価値があるのかわかりませんけどね。
大河ドラマでフィーチャーされたことで研究が進み、新たな史料の発見や解釈につながるという話はよくあることで、たしか今年も、真田信繁の書状が新たに見つかっていましたよね。
研究されつくしていると思われる坂本龍馬でも、昨今新たな書状が見つかったりしていますから、直虎のような知名度の低い人物は、まだまだ研究の余地が多分にあるでしょうし、このドラマ中にも新説につながる史料が見つかるかもしれませんね。
ただ、研究が進むと、往々にしてドラマチックじゃなくなる場合が多いのも事実で、私のような歴史小説好きにとっては、痛し痒しです。
ましてや、直虎が女じゃなく男だったなんて、根底から覆る話ですからね。
Commented by ruby at 2017-03-03 15:54 x
初めまして。想像以上に真田丸にはまってしまい、未だに「真田丸ロス」に陥っている者です。正直大河ドラマで、こんなに興奮・感動した経験は初めてでした。作品やエピソードについて語り出すときりがなくなるので、完全なファン目線・ミーハー丸出しになりますがこれだけは述べておきたいです。
真田 源次郎信繁を堺 雅人さんが演じてくれて、良ったと心から思っています。勿論女性陣含め昌幸達脇役のこのドラマへの貢献度は否定しませんが、やはり私にとって愛すべき真田丸の人物NO.1は信繁を置いて他にいないなと日々実感しています。堺さんファンのtwitterを覗いては、堺さんの演技及び源次郎信繁を絶賛するコメントを読んで、それこそ真田丸ロスから脱却しようとしています。この作品で堺さんファンになった人も多いのではないでしょうか。
こちらが反感を覚える程完璧なキャラではなかったからこそ、たくさんの間違いや失敗も犯す人間臭い人物だった故に親しみと共感を持って受け入れられたのだとも感じます。
最初に三谷氏が述べていたように初めから英雄視されてはつまらないから、決して大きな勢力ではない一地方の真田家という家に生まれた次男坊の目を通していたからこそ、主人公ご都合主義に陥る訳では決してなく、でも重要な局面局面にはしっかりと信繁がそこにいてそれらの事柄を目撃していたお蔭で、私達も上田での日々や大阪城での出来事や合戦が今この瞬間に起こっている事柄のような錯覚を覚えたのだと感じます。
周りの名脇役達が光っていたのは無論素晴らしかったですが、堺さんの最後の十数話までの地味で抑えた受けの尚且つ実直な演技でずっと引っ張って引っ張って、終盤大阪の陣で一気にそれが爆発した、何よりその事が真田丸を近年稀に見る大河史上傑作・名作の域に押し上げた功績の1つだった、私はそう信じて止みません。
長くなりましたが、失礼しました。返信コメント下さると嬉しいです。
Commented by sakanoueno-kumo at 2017-03-03 20:32
> rubyさん

コメントありがとうございます。
わたしも、本文中でも述べましたが、『真田丸』は名作だったと思っています。
また、信繫役の堺雅人さんの演技も素晴らしく、あの無味無臭な抑えたキャラも、堺さんだからこそ演じられたと思います。
素人がわかったようなこというようですが・・・。

ただ、欲を言えば、もう少しアクの強い人物像で見たかったかな・・・という気がしないでもないです。
というのも、わたしが思う信繁像(幸村像かな?)は、真面目で堅実で現実的な兄に対して、父譲りの破天荒さ野心を持った、ちょっとやんちゃでロマンチストな男というイメージです。
それが、二人の歩んだ道、選んだ人生の違いかな・・・と。
今回のドラマでは、わりと似たもの兄弟というか、ふたりとも真面目な兄弟でしたよね。
だから、余計に父の破天荒ぶりに人気が集まったのではないかと思います。

これは、今年の作品に限ったことではなく、昨今、主人公をいい人に描きすぎるため、脇のアクの強い人物の方が注目される、という例が少なくありません。
『龍馬伝』の岩崎弥太郎しかり、『新撰組!』の土方歳三しかりですね。
これも、これまで当ブログでは何度も発言してきていますが、歴史上の偉人たちは、良きにせよ悪しきにせよ尋常じゃないから偉人たりえたわけで、無理に普通の人間に描くより、清濁併せ呑む異端児に描いたほうが、魅力的なんじゃないかと・・・。
昭和の大河の主役は、皆、そうだったんですけどね。

色々述べましたが、決して批判しているわけではありません。
あくまでわたし個人の思いであり、人間らしい主人公も、上手く描けば、それはそれでいいとは思います。

コメントありがとうございました。
今年の大河のレビューもやってますので、よければ覗いてやってください。

<< おんな城主 直虎 キャスト&プ... 真田丸 第50話「最終回」 ~... >>