太平記を歩く。 その26 「平石城跡」 大阪府南河内郡河南町

前稿で紹介した持尾城跡から直線距離にして1.5kmほど北上したところに、平石城があります。

平石と書いて「ひらいわ」と読みます。

ここも、楠木家ゆかりの城跡です。


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写真中央に見える小高い山の頂きに城跡があります。

稲穂がきれいですね。


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集落のいたるところに案内板が設置されていますので、迷うことはありません。


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民家の間を抜けて入山します。


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山頂に近づくにつれ、土塁跡堀切跡などの遺構に目を奪われます。


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山頂へは入山してから15分ほどで登れます。


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二の丸跡から本丸跡への登り口です。


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本丸跡です。

細長い構造になっています。


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石柱と案内板が設置されています。


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案内板の説明によると、平石城は、この地の豪族・平岩茂直が、楠木正成赤阪挙兵に応じて築いた城だそうです。

元弘元年(1331年)赤阪城攻略にむかう北条幕府軍は、平石峠を越えて大和国から河内国に進入しますが、茂直はこの城にたてこもって防戦したそうです。

前稿の持尾城と同じく平岩氏の城だったようですが、持尾城は楠木正成が築いた城で、平石城は平岩茂直が築いた城と説明されていますね。

両城は目と鼻の先ですから、同時進行で築いたのでしょうか。


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また、『太平記』巻34によると、時代は下って正平14年(1359年)、足利勢が河内国に攻め入ったときには、正成の三男・楠木正儀17ヶ所の城を整備してこれを防いだと伝わりますが、この城も17支城のひとつとして修築され、平岩茂直の子・平岩茂幸が防戦したそうです。


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本丸跡には、その平岩茂直の墓碑があります。


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他にも、平岩氏一族のものと見られる墓碑が複数立ち並んでいます。


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ここを訪れたのは夏真っ盛りの8月7日。

本丸は木が生い茂って景色は見えませんでした。


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下山して集落の奥から似た西側の景色です。

向こうに見えるのが嶽山城(龍泉寺城)

稲穂がきれいです。



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by sakanoueno-kumo | 2017-03-11 21:16 | 太平記を歩く | Comments(0)  

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