太平記を歩く。 その74 「法雲寺」 兵庫県赤穂郡上郡町

苔縄城跡のある愛宕山の麓にある「法雲寺」を訪れました。

背後に見えるのが愛宕山です。


e0158128_22383928.jpg

ここ苔縄の地は赤松氏挙兵の地と伝えられ、建武4年(1337年)に赤松則村(円心)がこの地に新寺を建立し、雪村友梅を開山に招請したと伝えられます。


e0158128_22535225.jpg

以後、ここが赤松氏の菩提寺になりました。


e0158128_22423574.jpg

境内には、推定樹齢600年から800年とされるビャクシン杉の大樹がそびえます。

この木は、法雲寺建立の際に、円心が自ら植えたものと伝わります。


e0158128_22444006.jpg

樹高33.5m、最長幹周り9.83m、根周り14.3m、枝の広がりは東西23.5m、南北22mにも及び、日本最大級だそうです。


e0158128_22483237.jpg

とにかくデカイ


e0158128_22483646.jpg

写真ではなかなかその大きさが伝わりづらいので、スケール感を伝えるため、石碑の上にわたしのキャップを置いてみました。


e0158128_22484091.jpg

樹齢700年を経てなお、樹勢はいたって盛んだそうです。


e0158128_22493640.jpg

境内には、「赤松円心公六百年遠諱」と刻まれた石碑があります。


e0158128_22403090.jpg

後年、「嘉吉の乱」によって赤松惣領家が滅ぶと、山名氏によって寺領が押領され、享徳3年(1454年)には、室町幕府に反乱を起こして山名宗全に敗死した赤松則尚首実検が、ここ法雲寺で行われたと伝わります。
その後、赤松政則による惣領家再興後に寺領の回復が図られますが、戦国時代には赤松氏とともに衰微したとみられているそうです。

それらすべての歴史を詳らかに見てきたのは、ビャクシン杉だけでしょうね。



「太平記を歩く。」シリーズの、他の稿はこちらから。

 ↓↓↓

太平記を歩く。


ブログ村ランキングに参加しています。
よろしければ、応援クリック頂けると励みになります。
   ↓↓↓
にほんブログ村 テレビブログ 大河ドラマ・時代劇へ
にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ

by sakanoueno-kumo | 2017-06-23 00:39 | 太平記を歩く | Trackback | Comments(0)  

トラックバックURL : http://signboard.exblog.jp/tb/25866003
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]

<< 太平記を歩く。 その75 「駒... 太平記を歩く。 その73 「苔... >>