太平記を歩く。 その92 「湊川神社」 神戸市中央区

前稿で紹介した湊川公園から直線距離にして800mほど東にある湊川神社を訪れました。

ここは「湊川の戦い」討死した楠木正成を祀る神社で、境内には正成の墓所があります。


e0158128_12112648.jpg

湊川神社の創建は比較的新しく、明治元年(1868年)、明治天皇(第122代天皇)が正成の忠義を後世に伝えるために神社の創建を命じ、明治5年(1873年)に創建されました。


e0158128_12125801.jpg

全国にある「建武中興十五社」の一社でもあり、「別格官幣社」に定められた第一号神社でもあります。

「別格官幣社」とは、国家のために功労のあった人臣を祭神とする神社のことで、明治5年(1872年) にここ湊川神社が定められたのに始り、昭和21年(1946年)に社格が廃止されるまで、日本全国に28社ありました。


e0158128_12130311.jpg

正門には、楠木氏家紋の菊水が。


e0158128_12142062.jpg

現在の社殿は、第二次世界大戦空襲によって焼失したものを、昭和27年(1952年)に復興新築されたもので、様式は権現造に似た八棟造りとされ、鉄筋コンクリート造で建てられており、戦後の新しい神社建築様式としての代表的な建物と言われています。


e0158128_13024958.jpg

本殿は三つの御扉が見え、三座に分かれ祀られているそうです。

中央の御扉の奥には主神の正成、向かって右には正成夫人、向かって左には嫡男の楠木正行と、正成と刺し違えて自刃した弟の弟の楠木正季以下、一族十六柱と、楠木兄弟と共に自刃した菊池武吉が祀られています。


e0158128_13025337.jpg

社殿内には、「非理法権天」旗印が見えます。

「非は理に勝たず、理は法に勝たず、法は権に勝たず、権は天に勝たず」という意味の漢詩で、正成が旗印として用いたと言われています。


e0158128_13131551.jpg

境内の参道横には、「大楠公御一代記」と題した大きな紙芝居調の看板があります。


e0158128_13132018.jpg

お時間の許す方は、しばし、ご覧あれ(笑)。


e0158128_13132338.jpg
e0158128_13132678.jpg
e0158128_13133090.jpg
e0158128_13133323.jpg
e0158128_13133774.jpg
e0158128_13134170.jpg
e0158128_13134465.jpg
e0158128_13134741.jpg
e0158128_13135185.jpg
e0158128_13135557.jpg

撮影禁止だったので写真はありませんが、境内にある宝物殿にも、正成ゆかりの品々が多数展示されていました。


e0158128_13162682.jpg

5年に一度行われている「楠公武者行列の巡行」のイベントが、来年(平成30年)5月に行われるそうです。


e0158128_13184796.jpg

かつては皇国史観バリバリ国粋主義に政治利用された神社でしたが、現在は、わたしたち神戸市民のあいだでは「楠公(なんこう)さん」と親しみを込めて呼ばれています。




「太平記を歩く。」シリーズの、他の稿はこちらから。

 ↓↓↓

太平記を歩く。


ブログ村ランキングに参加しています。
よろしければ、応援クリック頂けると励みになります。
   ↓↓↓
にほんブログ村 テレビブログ 大河ドラマ・時代劇へ
にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ

[PR]

by sakanoueno-kumo | 2017-07-25 22:43 | 太平記を歩く | Trackback | Comments(0)  

トラックバックURL : http://signboard.exblog.jp/tb/25938279
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]

<< 太平記を歩く。 その93 「楠... おんな城主 直虎 第29話「女... >>