2017年 02月 02日 ( 1 )

 

太平記を歩く。 その8 「布引の滝」 神戸市中央区

神戸市中央区にある「布引の滝」を訪れました。

ここは元弘元年(1331年)に隠岐島に配流となった後醍醐天皇(第96代天皇・南朝初代天皇)が、その道中に立ち寄ったとされます。

場所は、JR新幹線の新神戸駅の北側の山中にあります。


e0158128_17415901.jpg

布引の滝は、日光の華厳の滝、那智勝浦の那智の滝と並んで、日本三大神滝のひとつに数えられていますが、他のふたつの滝と違って、現在は人工的に水量をコントロールされています。


e0158128_17435054.jpg

布引の滝は雄滝(おんたき)・雌滝(めんたき)・夫婦滝(めおとだき)・鼓ヶ滝(つつみがだき)の4つの滝の総称で、生田川の布引渓流にあります。

南からハイキングコースを登っていくと、最初に目にするのは「雌滝」です。


e0158128_17450803.jpg

一番下流にある約19mの雌滝は、その名のとおり細くしなやかに流れる女性的な印象です。


e0158128_17461664.jpg

たしかに、その名のとおり白い布を引いているように見えます。


e0158128_17475903.jpg

続いて渓谷沿いに登っていくと、「鼓ヶ滝」という石碑があるのですが、滝が見えません。


e0158128_17490474.jpg

実は、鼓ヶ滝を見られるのは、覆っている木々の葉が枯れる冬だけだそうです。

ここを訪れたのは5月14日。

滝の姿は見えず、かろうじて滝壺が覗けるのと、あとは音を聞くだけです。

「鼓ヶ滝」という名称の由来は、その滝音が鼓のような響きだからだそうです。


e0158128_17503136.jpg

そして、いちばん上流にあるのが「雄滝」、その下にあるのが「夫婦滝」す。


e0158128_17524337.jpg

「雄滝」は高さ43m、滝壺は面積430㎡、深さ6.6mあります。

下流の「雌滝」とは対照的に、5段に折れながらダイナミックに落下する迫力の名瀑です。


e0158128_17535798.jpg

滝の横には5箇所の甌穴があり、竜宮城に続いているという伝説もあるのだとか。


e0158128_17544523.jpg

マイナスイオンが出まくりです。


e0158128_17554305.jpg

「雄滝」の滝壺から更に下の段に落ちる高さ9mの滝が、「夫婦滝」です。

2本に分かれた滝がひとつになっている様子が、まるで夫婦のようだということから、「夫婦滝」と呼ばれるようになったのだとか。


e0158128_17571098.jpg

山道を登っていくと、滝を横から見下ろすこともできます。


e0158128_17585679.jpg

ここ「布引の滝」の景観は、古くは平安時代の歌集『伊勢物語』『栄花物語』など、多くの和歌紀行文、詩歌などに登場する場所で、古来、景勝地として知られています。

5つの滝の散策道には、各所に平安時代から江戸時代にかけて詠まれた布引の滝の名歌の碑「布引三十六歌碑」が建てられています。

後醍醐天皇のものはありませんでしたが。


e0158128_18025985.jpg

「松の音琴に調ふる山風は 滝の糸をやすけて弾くらむ」 紀貫之


e0158128_18023932.jpg

「布引のたきのしらいとうちはへ てたれ山かせにかけてほすらむ」 後鳥羽院


当時としても全国的に知られた景勝地だった布引の滝。

島流しの道中に観光するなんて、さすがは後醍醐天皇、肝が据わっていますね。

この水しぶきを見ながら、きっと再起を誓っていたのでしょう。




「太平記を歩く。」シリーズの、他の稿はこちらから。

 ↓↓↓

太平記を歩く。


ブログ村ランキングに参加しています。
よろしければ、応援クリック頂けると励みになります。
   ↓↓↓
にほんブログ村 テレビブログ 大河ドラマ・時代劇へ
にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ

by sakanoueno-kumo | 2017-02-02 20:40 | 太平記を歩く | Trackback | Comments(0)