2017年 09月 22日 ( 1 )

 

太平記を歩く。 その129 「後醍醐天皇導之稲荷」 奈良県吉野郡吉野町

「その127」で紹介した金峯山寺の南側入口の脇に小さなお稲荷さんがあります。


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近づいてみると、「後醍醐天皇導之稲荷」と刻まれた石柱が建てられています。

「導之稲荷」とはどういう意味か・・・。


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説明板によると、延元元年(1336年)12月21日、足利尊氏によって幽閉されていた京の花山院を脱出した後醍醐天皇(第96代天皇・南朝初代天皇)は、12月28日、ここ吉野山行宮(仮の宮)に入りますが、その道中、夜道に迷ったとき、とある稲荷社の前で、


「むば玉の 暗き闇路に 迷うなり 我にかさなむ 三つのともしび」


と詠んだところ、ひとむらの紅い雲が現れて、吉野への臨幸の道を照らして天皇を導くと、その雲は金の御岳(吉野山)の上で消え失せたといいます。(吉野拾遺)

その稲荷を勧請したのがこの「導き稲荷」だそうです。


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歌のなかに出て来る「三つのともしび」とは、京都の伏見稲荷大社の神体山・稲荷山三つの峰に祀られている神をさすそうです。

夜道に迷って困っていると、稲荷山の御神体がわたしに重なった・・・といった意味でしょうか?


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心に迷いが生じたとき、ここ「導き稲荷」の神にお祈りすると、自ずから道が開けるという伝承があるそうです。

わたしのように常に迷って生きている者には、ご利益はあまり期待できないかもしれませんが。




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by sakanoueno-kumo | 2017-09-22 23:54 | 太平記を歩く | Trackback | Comments(0)