カテゴリ:音楽( 15 )

 

心に残る名曲 No.15 『Falling In Love With You』ゲイリー・ムーア

ソチオリンピックが終わって10日以上が経ちましたが、いまだテレビやラジオではその話題が尽きることなく、連日のように凱旋したメダリストたちの動向を報じています。
たぶん、メダリストたちはいま、普通に街を歩けないんじゃないでしょうか?
オリンピック前からスターだった人もいますが、今回で一気に名前と顔が売れた選手は、嬉しい半面、そろそろ疲れが出てきてる頃なんじゃないかと想像します。
とくに、このたび唯一の金メダリストである男子フィギュアスケートの羽生結弦選手の注目度はたいへんなことになってるようですね。
彼は、さっそく日本を脱出しちゃったとか。
さもありなんですね。

その羽生選手への注目度は、彼自身だけにとどまらず、史上最高得点を叩き出したSPの演技に使われていた曲『パリの散歩道』にも集まっているようで、あれ以降、ラジオやテレビからも頻繁に流れてきます。
ユーチューブの再生回数もうなぎのぼりだそうで、着うたダウンロードの洋楽部門で1位となり、CDのアンコールプレスも決定したとか。
金メダル効果というのはスゴイものです。
この曲を作曲、演奏しているのは、3年前に58歳という若さでこの世を去ったゲイリー・ムーアですね。
わたしら世代のヘヴィ・メタル好きにとって彼は、エドワード・ヴァン・ヘイレンと並び称される伝説の名ギターリストです。
彼の“泣きのギターソロ”は、ハートにビンビン響くんですよね。
泣くんですよ!ギターが!
羽生くんの演技とは別に、ゲイリーのギターの音色を懐かしんでいたオジサン、オバサンがたくさんいたんじゃないでしょうか?

で、今日はそのゲイリー・ムーアの曲を紹介したいと思うのですが、このたび有名になった『パリの散歩道』は、実はわたしにとってはそう思い入れのある曲ではありませんで、今日紹介するのは、わたしが高校時代にめちゃめちゃ聴き込んだアルバム『大いなる野望』の中から、バラード曲
『Falling In Love With You』(日本語題名:想い焦がれて)です。




1982年に発売されたこのアルバム『大いなる野望』は、日本で爆発的な大ヒットを記録した名盤で、この曲はA面のラスト・ソング(A面というひびきが懐かしい?)。
この曲は切ないバラードですが、これぞヘビメタといった重厚感のある曲ももちろん入っていて、そのマシンガンピッキングと称された超速弾きの激しいギターソロと、バラード曲の切ない泣きのギターソロの落差がたまんないんですよね。
激しい曲のなかにも、美しいメロディラインがある・・・ゲイリーの魅力がいっぱい詰まった傑作アルバムです。
羽生選手のおかげで、ひさびさに聴きたくなりました。
といっても、レコードカセットももうないし、CDは持ってないし・・・。
このたび『パリの散歩道』が大注目となりましたが、ゲイリーといえば、わたしはこのアルバムだと思います。
『パリの散歩道』ではじめてゲイリーに興味をもった方は、ぜひこのアルバムを一度聴いてみてください。


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by sakanoueno-kumo | 2014-03-07 20:04 | 音楽 | Comments(0)  

心に残る名曲 No.14 『愛しき日々』 堀内孝雄

大河ドラマ『八重の桜』が、前半の最大のクライマックスである会津戦争のくだりに入っていますね。
前話では、あの白虎隊の悲劇が描かれました。
白虎隊といえば、滅びゆく会津藩の象徴的存在となっていて、これまでも数々のドラマなどで描かれてきましたが、わたしのなかで強く印象に残っているのが、昭和61年(1986年)の年末時代劇として放送された、6時間の超大作『白虎隊』です。
当時、わたしは19歳で、いまほど歴史小説などにハマっていたわけでもなく、会津戦争についても、通り一遍の知識しかありませんでした(幕末史というと、どうしても薩長目線で描かれた作品のほうが多いですしね)。
そんななか、はじめて滅びゆく側からの視点で幕末史を見たのがこの作品でした。
若かったせいもあってか、実に感動したのを覚えています。
で、本日紹介する思い出の名曲は、そのドラマ『白虎隊』の主題歌だった、堀内孝雄さんの『愛しき日々』です。



ドラマの影響というのは実に大きいもので、以後わたしは、白虎隊といえばこの曲を思い出しますし、会津藩と聞けばこの歌が頭の中に流れます。
作詞は小椋佳さん、作曲は堀内孝雄さんですが、はじめからドラマの主題歌として作られたのか、それとも先にこの歌があった上で主題歌として使われたのかわかりませんが、
歌詞の内容があまりにもドラマと、いや幕末における会津藩とマッチしすぎてるんですよね。

♪ かたくなまでのひとすじの道 愚か者だと笑いますか ♪

これ、会津藩の無念を代弁してるとしか思えないですよね。

♪ 生まじめ過ぎた真っすぐな愛 不器用者と笑いますか ♪

これもまた、幕府孝明帝のために忠節を貫いた松平容保の姿とラップします。

♪ ひたすら夜を飛ぶ流れ星 急ぐ命を笑いますか ♪

これは、飯盛山で自刃する前夜の白虎隊士たちのことでしょうか?
白虎隊の少年たちの純粋無垢な忠義の精神は胸を打つものがありますが、後年かれらの行動は忠君愛国の模範のように称えられ、教育に利用され、やがては特攻隊などに繋がっていったことを思えば、必要以上に美化されるのも抵抗を感じますね。
自国を愛する心は美しくても、美しい戦争などありません。
参院選を目の前に憲法改正の論調がますます激しくなってきましたが、わたしも改正することを否定はしませんが、よくよく議論を交わして慎重に行なってほしいものです。

♪ 愛しき日々の儚さは 消え残る夢 青春の影 ♪

若者たちの愛しき日々が儚く終わることのないよう・・・。



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by sakanoueno-kumo | 2013-07-06 00:52 | 音楽 | Comments(0)  

心に残る名曲 No.13 『旅姿六人衆』 サザンオールスターズ

サザンオールスターズ活動再開が発表されましたね。
当ブログでも何度かお話したことがありますが、私は35年前のデビュー当時からサザンの大大大大大ファンでして、この度の復活はとにかく嬉しい限りです。
2008年の夏に無期限の活動休止に入ったサザンでしたが、あのときの彼ら言う「無期限」という言葉のニュアンスからして、こんなに早く再開されるとは思っていませんでした。
あるいは、今後再開する日は訪れないんじゃないかとすら思ったりもしてて・・・。
おそらく、桑田佳祐さんの病気東日本大震災など、活動休止に入る前には想像だにしていなかった出来事が次々に起こり、そんな濃密な5年間が、この度の再開につながったのでしょうね。
この夏は全国5ヵ所で野外スタジアムツアーを行うそうですが、予定を見みてみると、わがまち神戸があるじゃないですか!!!(おそらく、宮城と同様、被災地の活性化という彼らのメッセージが込められているのでしょうね)。
チケットが手に入れば、ぜひ行きたいですね。

で、今日は久しぶりにサザンの曲を紹介しましょう(サザンの曲はユーチューブにはあまり見当たらないんですけどね)。
昭和58年(1983年)、私が高校2年生の夏にリリースされたアルバム『綺麗』のラストに収録されている曲、『旅姿六人衆』です。



なぜこの曲を選んだかというと、ある時期からこの曲はサザンのライブでは演奏されなくなった曲で、おそらくこの夏のツアーでも演奏されないだろうと思ったからです。
タイトルの『六人衆』とは言うまでもなくサザンのメンバーたちを指し、全国のライブツアーを回る彼ら自身の旅姿を歌った曲なんですが、いまのサザンは「五人衆」で、ひとり足りません。
そう、リードギターの大森隆志さんが2001年に脱退して以降、演奏されてないんですね。

私は5年前にサザンが無期限活動休止に入ったとき、もし再び活動する日が来るとすれば、そのときは、きっと大森氏も加えた六人衆での復活だと思っていました。
ところが、残念ながら今回も五人衆でしたね。
きっと、今回のツアーでもこの曲が演奏されることはないでしょう。

大森氏が抜けた理由は様々な憶測が囁かれていますし、その後の彼の行動を見ても、決して褒められたものではなく、再びサザンのメンバーとしてステージに立つことは難しいのかもしれません。
でも、ロックバンドにとってリードギターは要のパートでありながら、大森氏が抜けたあとギターの新メンバーを補充していないことから見ても(レコーディングやツアーは、ずっと助っ人対応)、「サザンのリードギターは大森氏以外にあり得ない」という、残った五人衆の意思表示なんじゃないでしょうか。
いつでも帰ってこれるように、ずっと場所を空けているのかなあ・・・と。

いつの日か、サザンのステージで『旅姿六人衆』が演奏される日の来ることを願ってやみません。


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by sakanoueno-kumo | 2013-06-26 16:12 | 音楽 | Comments(0)  

心に残る名曲 No.12 『ヴァージニティー』 レベッカ

久しぶりに「思い出の曲」シリーズです。

20歳前後の一時期、めちゃめちゃレベッカにハマっていた時期ありました。
圧倒的な声量のボーカル・NOKKOの魅力と、激しいロック調のビートでありながら、切ないメロディラインの曲が多くて、当時としては結構新鮮なバンドでしたよね。
女性ボーカリスト1人に男性の演奏メンバーというスタイルも、いまでこそたくさんいますが、レベッカが先駆けだったんじゃないでしょうか?(その後、DREAMS COME TRUEリンドバーグなどが出てきて、いまのいきものがかりなどに繋がっていくんですね)
ロックを歌う女性ボーカリストというのも、ソロを含めてもあまりいなかったと思います。

レベッカといえば、誰もが最初に思い出すのは出世作の『フレンズ』だと思いますが、私の一番の思い出の曲は、初めて聴いた曲、『ヴァージニティー』です。



この曲はセカンド・アルバム『Nothing To Lose』のオープニング曲で、デビュー2曲目のシングル曲でもあります。
この1年後に『フレンズ』が大ヒットして一気にメジャーになりますが、私は、世間にまだあまり知られてなかったこの曲の頃からファンでした(これ、プチ自慢です)。
初めてNOKKOの歌声を聴いたとき、正直ぶっ飛びましたね。
まさしく、ジャパニーズ・シンディーローパーだ!!!・・・と。
このアルバムと、翌年に出たサード・アルバム『WILD & HONEY』は、私の中ではいまでも心の名盤として深く刻まれています。

この『ヴァージニティー』の歌詞の意味は、そのタイトルどおり、ロストバージンを歌ったものでしょう。
キュートな女性ボーカリストがこのような歌詞を歌うことも、結構ショッキングでした。
この曲はNOKKOの作詞ではありませんが、彼女の書いた歌の中にも、結構どぎつい内容の歌があるんですよね。
これも、当時としてはあまり例がなかったように思います。
ネットで調べてみると、この歌詞の意味を「処女を奪われ自殺した女の子の歌」と解説する人もいるようですが、たしかにとりようによってはそう解釈できなくもないですが、たぶんそれは深読みしすぎでしょうね。
おそらくそのイメージは、『フレンズ』が主題歌で『ヴァージニティー』が挿入歌として使用された、このドラマのこのシーンから来るものでしょう。↓↓↓



のちにビックになったミュージシャンたちで、レベッカに影響を受けたと語る人はたくさんいるんですよね。
NOKKOの歌声だけじゃなく、楽曲としてクオリティが高かったということだと思います。
ホントいま聴いてもぜんぜん古くないですね。


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by sakanoueno-kumo | 2013-06-13 20:39 | 音楽 | Comments(0)  

心に残る名曲 No.11 『セパレイト・ウェイズ』 ジャーニー

今月は、野球ファンにとって4年に一度のお楽しみ、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)月間でしたが、われら日本代表のサムライジャパンは惜しくも3位という結果に終わりましたね。
大会3連覇の夢が潰えて残念でしたが、ともあれ一生懸命戦った代表選手の面々には、心から拍手を送りたいと思います。
オリンピックでもそうですが、やはり日の丸を背負った戦いは見ていて興奮しますね。

そんなサムライジャパンの激闘を演出していたのが、WBC公式テーマソングになっている、ジャーニー『セパレイト・ウェイズ』でした。
たしか、4年前の第2回大会でもこの曲が使われていましたよね(第1回はどうだったか覚えていないのですが)。
ワイルドな曲調とサムライジャパンの漲る闘士が重なって、めちゃめちゃカッコよく感じたのは私だけでしょうか。



この『セパレイト・ウェイズ』という曲はアメリカのロックバンド・ジャーニーの大ヒット曲で、1983年にリリースされてプラチナディスクとなったアルバム『フロンティアーズ』の1曲目に収録されている曲です。
当時、私は高校生で、ジャーニーの大ファンでした。
ハードロックなのに美しいメロディーラインの曲が多く、ボーカル・スティーブ・ペリーの透き通った歌声がたまんないんですよね。
1981年に全世界で1000万枚を売り上げたアルバム『エスケイプ』を聞いてジャーニーのファンになり、次のアルバム『フロンティアーズ』のレコードを買って、ワクワクしながら針を落とした瞬間、全身に電流が流れるほどシビレたのが、この『セパレイト・ウェイズ』のシンセサイザーのイントロでした。
ああいう感動って忘れられないんですよね。

私は学生時代、陸上部に所属していましたが、大会前には必ず気持ちを高めるために、ウォークマンでこの曲を聞いていました。
だから、私にとってこの曲は戦闘モードの曲、WBCのテーマソングとしてはピッタリの曲なんです。
ただ、実はこの曲の歌詞は、別れた彼女への思いを歌ったラブソングなんだそうで・・・(笑)。
英語がわかる人や外国人の方々からすれば、サムライジャパンのバックに流れるこの歌は、なんともミスマッチな歌詞なんでしょうね。

WBCのテーマソングとしてでしかこの曲を知らない若い世代の方々は、ぜひ一度とおして聴いてみてください。


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by sakanoueno-kumo | 2013-03-26 22:13 | 音楽 | Comments(11)  

心に残る名曲 No.10 『コバルトの季節の中で』 沢田研二

1960年代の歌謡界に一世を風靡した双子姉妹デュオ・ザ・ピーナッツのお姉さん、伊藤エミさんが亡くなられたそうです。
謹んで哀悼の意を表します。

ザ・ピーナッツといえば、卓越した歌唱力とハーモニーの美しさでJポップス史に燦然と輝く名デュオで、『恋のバカンス』『恋のフーガ』などのヒット曲は今でも多くのシンガーにカヴァーされ、時代を超えて語り継がれている昭和の歌姫姉妹です。
「♪モスラ~ヤ♪モスラ~♪」のエキゾチックなハーモニーは印象深いですよね。
ただ、1967年生まれの私は、ザ・ピーナッツの全盛期をリアルタイムでは知らず、ヒット曲などもすべて後年に覚えたものなので、私にとって伊藤エミさんといえば、沢田研二さんの元奥さんといった印象の方が大きいですね。
というのも、私は小中学生の頃、ジュリーの大ファンでしたから。
当時、私は小学生でしたが、アイドルの恋愛はご法度とされていた時代に、その当時のトップアイドルだったジュリーが、全盛期を過ぎた7歳も年上のオバサン歌手と結婚するという発表に驚いたものです(子供の率直な感想なのでお許し下さい)。
でも、それで人気が落ちてしまうかもしれないなんてことにまったく頓着せず、自分の気持ちを素直に貫いたジュリーの姿勢を、子供ながらにカッコイイとも思ったものです。

で、この度の伊藤エミさんの訃報をうけ、ザ・ピーナッツの曲を何か1曲あげようかと考えたのですが、上述したように世代的にリアルタイムではないので、彼女たちの歌に取り立てて思い出はありません。
そこで、無理矢理ではありますが、私の好きな沢田研二さんの曲を1曲紹介したいと思います。
ジュリーとエミさんが結婚された翌年のヒット曲、『コバルトの季節の中で』です。



この曲が発売されたのは1976年で、この前年の75年に発売されたのがジュリー最大のヒット曲『時の過ぎゆくままに』で、この翌年の77年に発売されたのが、日本レコード大賞受賞曲の『勝手にしやがれ』と、ジュリーの代表曲ともいえる2つの大ヒット曲の狭間の年に発売されたのがこの曲で、ジュリーの曲の中では比較的地味な存在の歌です。
その曲調も、他のジュリーの歌のような派手さはなく、どちらかと言えば地味な、落ち着いた雰囲気の爽やかなラブソングで、ジュリーのシングル曲の中では異質な存在といっていいでしょうか。
でも、私はこの曲が好きなんですよね~。
なんて言うか、優しい気分になれるんです。

この前年に結婚したジュリーでしたが、その直後に若気の至りで2度の暴力事件を起こし、一時期自主的に謹慎生活を送ります。
その謹慎が解けて発売されたのが、この曲だったと記憶しています。
この曲を作曲したのはジュリー自身で、いろんな意味で自分を見つめ直し、再出発の思いを込めて作った曲かもしれませんね。
当時、テレビでジュリーを見ない日はないと言われたほどの売れっ子だった彼にとっては、想像するに、皮肉にもこの謹慎期間中がはじめてのエミさんとの夫婦水入らずの時間だったのではないでしょうか。
あるいは、この優しいラブソングは、新妻のエミさんのために歌った曲だったかもしれません。

そんな思いもあって、今日はこの歌を聞きたくなりました。
のちに離婚してしまう二人ですが、おそらく2人が幸せだったであろう頃の歌です。

♪ あなたを見失いたくないのです ♪

あらためて、伊藤エミさんのご冥福をお祈りします。


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by sakanoueno-kumo | 2012-06-28 23:55 | 音楽 | Comments(2)  

心に残る名曲 No.9 『白いパラソル』 松田聖子

先週、松田聖子さんが3回目の結婚をされたそうですね。
なんでも、お相手は聖子さんと同世代の一般の方だそうで・・・(たしか「ビビビ婚」のときも一般の方でしたね)。
どういう経緯で交際が始まったのかは知りませんが、現在40歳代の人にとって聖子さんといえば、言わずと知れた永遠の超ビッグアイドル
たぶんお相手の方も、若い頃は少なからずお世話になったことでしょう(笑)。
その頃はまさかまさか、将来そのぶりっ子アイドルが自分の嫁さんになるなんて、ゆめゆめ思わなかったでしょうね。
人生なにが起こるかわからないものです。
ご当人もそうですが、おそらく周りの友人や同級生などの間でも大騒ぎなんじゃないでしょうか。

e0158128_1504085.jpgかくいう私も、何を隠そう聖子さんに憧れていた一人です(笑)。
それも、結構熱心に応援していたくちだということは、当時の写真集エッセイ本を今も捨てずに、しかもすぐに出せるところに置いてあるという、左の写真を見ていただければわかっていただけるかと思います。
たぶん、この写真を見て「懐かしい〜」と思わず声をあげてしまった人、かなりたくさんおられると思いますよ。
保存状態も結構きれいですから、ネットオークションに出せば高値がつくでしょうか(笑)。


松田聖子さんがデビューした昭和55年(1980年)といえば私は中学2年生。
いまさら説明するまでもないでしょうが、その人気たるや大変なもので、当時の男子中学生のほとんどが、聖子ファンかアンチ聖子のどちらかでした。
アンチというのは、ある意味ファンと同じくらい興味を持っていることだと私は思いますので、つまり当時の中学生は、みんな聖子さんに何らかの刺激を受けていたといっても過言ではないと思います。
高校生になると、女子はみんな聖子ちゃんカットでしたよね(笑)。
今、10〜20歳代の若い人は、ぜひご両親の卒業アルバムを見てみてください。
女の子はみ〜んな同じ髪型ですから(笑)。

松田聖子さんの結婚祝いということで、久々に「心に残る名曲」を紹介します(ていうか、当ブログでそんなシリーズをやっていたことをすっかり忘れてました)。
聖子さんの名曲はたくさんありますが、私にとっていちばん心に残っているのは、昭和56年(1981年)にリリースされた6枚目のシングル『白いパラソル』です。



『チェリーブラッサム』『夏の扉』に続いてチューリップ財津和夫さんが作曲した3作目です。
松田聖子さんの名曲といえば、『赤いスイートピー』『スイートメモリーズ』などが人気で、おそらくこの曲をあげる人は少ないんじゃないかと思います。
私も、一番好きな曲と聞かれたら違う曲になるのですが、思い出の曲となればこの曲になります。
どんな思い出かというと、中学3年生の文化祭のステージで、一人でこの歌を歌ったんです。
従姉に借りた水玉模様のワンピースを着て、右手にハンドマイク、左手に白いパラソルを持って(笑)。
当時私は丸坊主だったのですが、家が美容院のクラスメートのお母さんに、聖子ちゃんカットのカツラを作ってもらって、振り付けも完璧に覚えて・・・。
客席は大爆笑の渦でしたよ(笑)。
当時の私は、右上の似顔絵のようなヒゲはありませんでしたが(あたりまえですね・・・笑)、中3ともなれば、一応は声変わりも終わって、ニキビ面のむさ苦しい男になってましたから。
特に女子には大ウケでした。
「カワイイ〜!!!」って(笑)・・・いやマジで(笑)。

あれから30年余り、あの聖子ちゃんが50歳なんですね(50歳でも「聖子ちゃん」と呼ばれて、しかも違和感がないのはサスガですね)。
50歳にして3度目の結婚、今度こそ幸せになって欲しいですね。
でも、結婚されたばかりでこんなこと言うのもなんですが、聖子さんなら4回目5回目があっても許されるような・・・。
先日テレビで、芸能レポーターの井上公造さんが「聖子さんのお陰でわれわれ芸能レポーターは、どれだけ飯を食わせてもらったか・・・」という旨のことを言っておられましたが、正直なところでしょうね。
良くも悪くも、彼女の生き方をリスペクトする女性ファンは多いですし、私生活も含めた彼女の人生そのものがエンターテインメントといえるでしょう。
ということは、まだまだ第4ステージ第5ステージが用意されているのかもしれません。
そのときには、同じく一般男性の私にもチャンスがあるでしょうか?(笑)
え?・・・一般男性といっても、地位名声収入も違う?
・・・言わずもがな(笑)。



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by sakanoueno-kumo | 2012-06-22 15:25 | 音楽 | Comments(0)  

心に残る名曲 No.8 『僕と彼女と週末に』 浜田省吾

 福島原発事故から4ヵ月が過ぎました。あいかわらず出口の見えない政府と東電の無為無策の事故対応や、次々に暴かれていくごまかしの事実に憤りを覚える毎日です。この4ヵ月で、原発のおそるべき正体が完全に満天下に暴きだされました。その安全神話が崩れたばかりか、原発は“低コスト”という謳い文句も大嘘だったかもしれず、経済の発展のためには原発は不可欠といった認識さえ、作り話だったかもしれないという、どこまでが本当で、どこからが嘘なのか、何を信じていいのかもわからない事態となってしまいました。どうやら私たちは、長い間、騙されてきたのかもしれません。

 そんな今、ぜひ多くの方に聴いてほしい歌があります。浜田省吾さんが1982年に発表したアルバム『PROMISED LAND』の中の収録曲、『僕と彼女と週末に』です。



 実に9分を超える壮大な曲で、単なるアルバムの収録曲と言ってしまうには存在が大きすぎる、深いメッセージの込められた歌です。広島出身の浜省は、父親が被爆者ということもあって、戦争平和を歌った楽曲が数多くありますが、その中でもこの『僕と彼女と週末に』は、よくある“LOVE&PEAC”をテーマにした楽曲とは少し違い、もっと地球規模の警告とでも言うべきテーマを謳っています。この曲を初めて聴いた当時、高校生だった私は、この歌詞のテーマを漠然と“公害問題”のように捉えていましたが、今になって聴いてみると、まぎれもなく“原発”“核実験”を示唆しているんですね。

 この歌の2番の歌詞の中に、こんな一節があります。

 恐れを知らぬ自惚れた人は
 宇宙の力を悪魔に変えた


 この4ヵ月で、私たちははっきりと理解したはずです。原子力、核エネルギーは、人間の手に負えない「悪魔」であることを。踏み込んではいけない「神の領域」であったことを。その昔、人間は自然の力を恐れ、自然を“神”として崇めてきました。しかし、近代になり、人間は自然を作りかえる知恵を身につけ、自然への尊敬の念がゆらぎました。車が走り、飛行機が飛び、月に降り立ち・・・そうした科学の発展と共に、人間は自然をも司っているという思い上がりの考えが頭をもたげ、自然を恐れなくなっていきまた。そしてついには、核分裂という神の領域に足を踏み入れた・・・。そう、「恐れを知らぬ自惚れた人は、宇宙の力を悪魔に変えた」のです。

 この歌詞の前に浜省は、こんなことも歌っています。

 昨日の絵の具で破れたキャンバスに
 明日を描く愚かな人
 売れるものならどんなものでも売る
 それを支える欲望


 世界で原発が最も多く建設されたのが1970年代後半から80年代にかけて。1982年に浜省がこの楽曲をリリースしたのは、父親が被爆者である彼にとって至極当然のことだったのかもしれません。この曲をテーマにした当時の彼のコンサートで、スクリーンいっぱいに映し出された地球の映像をバックに、この歌を熱唱していた浜省の歌声が、今改めて思い出されます。原発反対派の人も推進派の人もよくわからない人も、約9分間だけ時間を作っていただいて、ぜひこの歌を聴いてみてください。


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by sakanoueno-kumo | 2011-07-13 15:12 | 音楽 | Comments(8)  

心に残る名曲 No.7 『しあわせ運べるように』 震災復興の願いを込めて

 16年前の「阪神・淡路大震災」のあと、神戸でずっと歌い継がれてきた歌があります。神戸市の小学校の音楽教師である臼井真先生が作詞・作曲した『しあわせ運べるように』という歌です。震災以降、神戸では、震災慰霊式典はもちろん、ルミナリエの点灯式やイベント、学校の音楽会や卒業式などでずっとこの歌が歌い継がれてきました。私たち神戸市民は、16年間この歌に勇気づけられながら、復興の道を歩んできたといってもいい歌です。

 「東日本大震災」が起きて以降、どこかでこの歌を紹介したいと思っていたのですが、“復興”などという言葉がまだまだ見えてこない現状、なかなかそのタイミングを見つけられずにいました。先日の新聞で、この歌の歌詞の中にある「神戸」の部分を「東北」に変えて被災地に贈ったという記事を見つけ、ならば拙ブログでも紹介しようと思い至りました。今のタイミングで相応しい歌かどうかはわかりませんが、もし被災者の方の目にとまって、16年前の私たちのように勇気づけられることがあれば・・・という思いからです。

 

 You Tubeには他にもプロのシンガーが歌ったものもありましたが、私にとってはこの歌はやはり、子どもたちの歌声が一番心に残っており、この映像を選びました。作詞、作曲された臼井さんは、ご自身も自宅が全壊の被害を受け、親類宅に身を寄せながら避難所になった学校に通勤する生活の中で、この歌を作られたそうです(参照:http://www.kobegakkou-blog.com/blog/2010/01/post-8374.html)。私がこの歌を初めて耳にしたのは、震災の数ヵ月後のテレビからで、自然と涙が溢れてきたのを今でも覚えています。

 「しあわせ運べるように」  作詞/作曲  臼井 真

 1.地震にも負けない 強い心をもって
   亡くなった方々のぶんも 毎日を大切に生きてゆこう

   傷ついた神戸を 元の姿にもどそう
   支え合う心と明日への 希望を胸に

   響き渡れぼくたちの歌 生まれ変わる神戸のまちに
   届けたい私たちの歌 しあわせ運べるように

 2.地震にも負けない 強い絆をつくり
   亡くなった方々のぶんも 毎日を大切に生きてゆこう

   傷ついた神戸を 元の姿にもどそう
   やさしい春の光のような 未来を夢み

   響き渡れぼくたちの歌 生まれ変わる神戸のまちに
   届けたい私たちの歌 しあわせ運べるように
   届けたい私たちの歌 しあわせ運べるように


 16年前に臼井さんが作られたのは、この“2番”までですが、今回この歌を紹介するにあたってネットで調べていると、この歌には“続き”があるということを知りました。震災10年の年に、神戸市立夢野中学校の生徒たちが、自分たちの思いを込めた“3番”を新たに創作し、合唱コンクールで披露したそうです。

 3.地震から10年 苦しい事ものりこえ
   当たり前のようにすぎていく 毎日を大切に生きてゆこう

   これからの神戸を ぼくたちが支えてゆこう
   次はぼくらが支えて行く 神戸のまちを

   響き渡れぼくたちの歌 生まれ変わる神戸のまちに
   届けたい私たちの歌 しあわせ運べるように
   届けたい私たちの歌 しあわせ運べるように


 今、東北の被災者の方々は、先が見えない不安な毎日を送っておられると思います。“復興に向けて”と、言葉では簡単にいえても、実際にはそれがどれだけ大変なことか、「阪神・淡路大震災」を知っている私たち神戸市民は知っています。失意の底から立ち上がることが、どれほどエネルギーのいることかと・・・。しかし、月並みな言葉かもしれませんが、必ず今が過去になる日がやってきます。この歌の3番の歌詞のように、次の世代が、新しい東北のまちを支えてくれる若い世代が、必ず育ってきます。その日のために、どうか今を精一杯生きてほしい。10年後の子どもたちに、しあわせ運べるように・・・


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by sakanoueno-kumo | 2011-04-14 11:18 | 音楽 | Comments(6)  

心に残る名曲 No.6 『雪の華』 中島美嘉

 今年は、例年になく冬らしい冬ですね。私の住む神戸でも今日は珍しく1日中の降雪で、家々の屋根は白く雪化粧をしています。先週末の3連休は全国的に積雪だったようで、関西でも高速道路の通行止めや交通機関の混乱が相次いでいたようです。連休を利用して旅行などを計画していた方々は、ホント、お気の毒でした。私は、降雪で少年野球の練習が中止になったおかげで、久々にのんびりした連休を過ごせました。平日の降雪、積雪は勘弁願いたいですが、休日にこうして自宅待機を余儀なくされるというのも、たまにはいいものですね。それにしても、たった数センチの積雪で大騒ぎしている姿というのは、きっと雪国の方々にしてみれば何とも滑稽に映っていることでしょう。

 でも、そんな神戸でも私が子供の頃の冬は、もっと寒かったような気がします。積雪による休校というのも、毎年一度や二度はあったように思いますし、校庭で雪合戦をしたり雪だるまを作った記憶もあります。私の子どもたちは、スキー場以外でそんな経験はおそらくないでしょう。昔は冬といえば、吐く息が真っ白で、耳がちぎれそうな寒さが常だったように思うのですが、近年ではそんな厳しい寒さの日が少ないような・・・。これも、地球温暖化とか高温化とかが関係しているのでしょうか・・・。そう考えれば、今年のような冬らしい冬は、歓迎すべきことなのかもしれませんね。年々寒さに弱くなってきた気がする中年オヤジとしては、ちと辛いもんがありますが(笑)。

 で、久々に「心に残る名曲」を紹介したいと思いますが、せっかく雪が積もっているので、何か雪の曲をと思い、この曲を選びました。中島美嘉さんの『雪の華』です。



 中年オヤジにしては、えらく最近の曲じゃないか、という声が聞こえてきそうですが、そのとおり、ちょっと若ぶっちゃいました(笑)。現在44歳の私にとって、この曲がヒットしたときはすでに40歳前、当然ながら、ラブソングに浸るような歳ではありませんでしたが、どういうわけかこの曲は耳に残っていて、雪が降ると自然に口ずさんでいるのはこの歌です。といっても、中島美嘉さんの他の曲はまったく知らないんですけどね。

 先日、北海道は「さっぽろ雪まつり」の開催を前にして、第一興商から雪の歌カラオケリクエストランキングが発表されたという記事を目にしました。結果は下記の通り。

◆雪の歌カラオケリクエストランキングTOP10
 1  「粉雪」 レミオロメン
 2  「雪の華」 中島美嘉
 3  「なごり雪」 イルカ
 4  「雪國」 吉幾三
 5  「雪椿」 小林幸子
 6  「越前 雪の宿」 真咲よう子
 7  「細雪」 五木ひろし
 8  「氷雨」 佳山明生
 9  「氷雨」 日野美歌
10  「雪は、バラードのように・・・」 チェウニ


 「雪の華」は2位だそうです。今や雪の定番曲となっているようですね。昔は雪の定番曲といえば「なごり雪」だったのだろうと思いますが、3位になっちゃってるようです。世代別だとまた違う結果になるのでしょうが、たしかに上位2曲は、オジサン世代でも受け入れやすい曲だと思います。この結果を見ると、雪の季節はバラード演歌が合う・・・ということのようですね。中年も若者も、深々と降り積もる雪の中では、しんみりとした気分に浸りたいものなのでしょうか。

 てなことを言っている間に、窓の外の雪はやんだようです。おそらく明日の朝には、積もった雪もとけてしまっていることでしょう。


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by sakanoueno-kumo | 2011-02-14 23:12 | 音楽 | Comments(4)