カテゴリ:姫路城めぐり( 12 )

 

白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その12 ~姫路城天守眺望~

さて、この日は朝9時から夕方5時すぎまで、みっちり姫路城とその周辺を歩き廻ったのですが、最後に、どの稿でも紹介しきれなかった姫路城の眺望も含めて、もう一度姫路城天守いろんな角度から望みたいと思います。

まずは、大手門から。


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続いて、大手門を入った南側三の丸広場から。


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三国堀から。


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二の丸広場から。

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本丸広場(備前丸)から。


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西の丸から。

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東側の喜斎門跡から。

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北側シロトピア公園から。

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男山配水公園から。

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だいぶ夕方になってきました。
南東の城見公園から。

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千姫ぼたん園から。

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そして最後は、南側イーグレひめじからです。

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どの角度から見ても、素晴らしいですね。

この美しい城を築城した池田輝政公と、その後、城の保存に従事してきたすべての関係者に感謝です。

以上で姫路城めぐりのシリーズを終わりますが、姫路はわがまち神戸から車で30分ほどの距離ですから、今回めぐりきれなかった中堀外堀なども、いつかまたレポートしたいと思います。




白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その1 ~三の丸~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その2 ~門~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その3 ~三国堀・二の丸・本丸~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その4 ~天守閣~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その5 ~西の丸~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その6 ~下山里~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その7 ~姫山公園・姫路神社~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その8 ~内堀~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その9 ~武蔵野御殿跡・千姫の小路~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その10 ~男山・千姫天満宮・配水公園~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その11 ~池田輝政公菩提寺旧蹟~

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by sakanoueno-kumo | 2016-03-05 00:35 | 姫路城めぐり | Trackback | Comments(0)  

白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その11 ~池田輝政公菩提寺旧蹟~

男山・千姫天満宮の近くに、不動院という高野山真言宗のお寺があるのですが、かつてここに、現在に残る姫路城を築城した池田輝政の菩提寺があったと伝わります。

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不動院の創建は神亀5年(728年)、徳道上人によって開かれたのが始まりとされます。

徳道上人は奈良にある長谷寺を開いた人物で、当地にも同規模の寺院を開山させ長谷寺と称させたそうです。

当時は姫山の麓にありましたが、元亀3年(1572年)に姫路城の城代・黒田職隆黒田官兵衛の父親)が城を拡張した際、播磨国総社(射楯兵主神社)の境内に移され寺号を不動院に改称したそうです。


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天正9年(1581年)、羽柴秀吉が姫路城をさらに拡張すると、先に播磨国総社が現在地に遷され、万治3年(1660年)に不動院がその付近に移りました。

明治時代初頭に発令された神仏分離令により寺院として独立し、明治3年(1870年)に現在地である長徳寺境内に移転。

明治10年(1877年)に長徳寺が廃寺になると、不動院単独の境内地となりましたが、長徳寺の以前は、姫路藩主・池田家菩提寺国清寺(龍峯寺)があった跡地で、池田輝政、池田利隆はこの地に埋葬されたそうです(その後、池田家が転封すると改葬)。


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現在は、不動院境内に石碑が建てられているだけです。


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姫路城を築城した池田輝政は、同築城以前には、伏見城普請大和多内城普請を務め、姫路城以後も、高砂城、篠山城、江戸城、名古屋城などの普請に従事しており、とくに篠山城普請では総普請奉行を務めるほどの城づくり名人とされていますが、400年後の未来にその姫路城が世界遺産となり、世界各国から見物客が絶えない名所となろうとは、思いもしなかったでしょうね。

次回、シリーズ最終回。



白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その1 ~三の丸~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その2 ~門~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その3 ~三国堀・二の丸・本丸~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その4 ~天守閣~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その5 ~西の丸~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その6 ~下山里~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その7 ~姫山公園・姫路神社~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その8 ~内堀~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その9 ~武蔵野御殿跡・千姫の小路~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その10 ~男山・千姫天満宮・配水公園~
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by sakanoueno-kumo | 2016-03-03 23:16 | 姫路城めぐり | Trackback | Comments(0)  

白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その10 ~男山・千姫天満宮・配水公園~

姫路城の西北にある「千姫天満宮」を訪れました。

ここは、姫路城を一望する男山の中腹にある小さな社で、本多忠刻と再婚した千姫が、本多家の繁栄を願って建立し、西の丸長局の廊下から朝夕遙拝したと言われています。


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長男・幸千代をわずか3歳で亡くし、夫・忠刻も病気がちになると、千姫は化粧櫓から望むことのできる男山に天満宮を建立し、跡継ぎの誕生と、夫の回復を毎日のよう、西の丸長局の廊下から朝夕祈り続けました


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城内から、遙拝できるよう東向きに造営されています。


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千姫天満宮から少し山を登ると、男山天満宮があります。

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ここは、天正元年(1436年)に最初に姫路城を築いたとされる赤松貞範が、城の鎮守社としてここ男山の山頂に建立したもので、歴代の城主が信仰したと言われます。


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石鳥居は第34代目の姫路城主・榊原政邦が正徳6年(1716年)に建てたものだそうです。


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で、ここからさらに長い階段をのぼると、頂上に水道水を市街地に配水している池があるのですが、そこが市民憩いの公園になっています。


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階段を登り切ると視界がぱっと開け、振り返った眺望がこれ。↓↓↓


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みごとな絶景です。

ここからの城の眺望は、姫路城十景のひとつとされています。


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ここを訪れたのは夕方だったのですが、西陽を受けた姫路城もまた美しいですね。


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ここに来た目的は千姫天満宮で、ここへ来るまでこの公園の眺望は知りませんでした。

めっちゃ得した気分です。

シリーズはもうちょっと続きます。



白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その1 ~三の丸~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その2 ~門~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その3 ~三国堀・二の丸・本丸~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その4 ~天守閣~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その5 ~西の丸~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その6 ~下山里~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その7 ~姫山公園・姫路神社~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その8 ~内堀~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その9 ~武蔵野御殿跡・千姫の小路~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その11 ~池田輝政公菩提寺旧蹟~
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by sakanoueno-kumo | 2016-03-02 19:44 | 姫路城めぐり | Trackback | Comments(0)  

白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その9 ~武蔵野御殿跡・千姫の小路~

三の丸南側に、武蔵野御殿跡があります。

ここはかつて、千姫の居館があった場所だそうです。

屋敷内にあった襖には、武蔵野の風景を思い起こされるすすきが描かれていたことから、「武蔵野御殿」と呼ばれるようになったそうです。

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徳川家康の孫娘である千姫は、7歳で大坂城の豊臣秀頼のもとへ輿入れしましたが、周知のとおり大坂夏の陣で秀頼は自害し、豊臣家は滅亡します。

落城間際の大坂城から助け出された千姫は、夫の死を悲しむ暇もないまま、今度は本多忠政の嫡男・忠刻と再婚させられます。

千姫20歳、忠刻21歳のときでした。

千姫は、忠刻とのあいだに一男一女をもうけ、束の間の幸せを取り戻したものの、千姫30歳のときに忠刻が病没して再び未亡人に。

その後、江戸城にもどった千姫は落飾して天寿院と号し、弟の三代将軍徳川家光を陰から支えながら、70歳までの長い余生を竹橋の邸で静かに送りました。

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千姫の実母は、浅井三姉妹の三女・お江、叔母であり義母となったのは、あの淀殿ですね。

ということは、祖母にあたるのが織田信長の妹・お市の方ということになります。

いずれも、戦国の世の政局に翻弄されて波乱万丈の生涯を送った女たちばかり、数奇な一族といえます。

いずれ、千姫を主役にした大河ドラマが作られるんじゃないでしょうか?

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西の丸の西側の掘り沿いに、「千姫の小径」と呼ばれる散歩道があります。

実際にここを千姫が歩いたというわけではないと思いますが、千姫ゆかりの化粧櫓を西側から眺めながら、自然を感じて散策できる遊歩道になっています。

小径の最北端には、千姫と忠刻の連歌が刻まれた石碑がありました。

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初秋の風を 簾にまきとりて (忠刻)

軒はにおふ 竹の葉の露 (千姫)

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この歌は長男幸千代が生まれ、千姫が幸せに包まれていたときに詠まれた句で、軒までのびた竹にこの幸せがずっと続くようにと、想いが込められています。

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晩年の千姫は、「忠刻と暮らした姫路城での10年間が、生涯でいちばん幸せだった」と語っていたとか。

わずかでも、幸せな時間があったことが救いですね。

次回に続きます。




白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その1 ~三の丸~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その2 ~門~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その3 ~三国堀・二の丸・本丸~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その4 ~天守閣~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その5 ~西の丸~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その6 ~下山里~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その7 ~姫山公園・姫路神社~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その8 ~内堀~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その10 ~男山・千姫天満宮・配水公園~
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by sakanoueno-kumo | 2016-02-26 23:37 | 姫路城めぐり | Trackback | Comments(2)  

白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その8 ~内堀~

本稿では姫路城をめぐってみたいと思います。

今回の堀めぐりは、観光客用の和船に乗って水上からの散策です。↓↓↓

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しかも船頭の観光ガイド付

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乗船客は皆、唐笠を被って雰囲気を味わいます。

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現存する姫路城の堀は、実は内堀なんですね。

ここ重要です。

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上の写真はWikipediaからお借りしたものですが、現存する堀は赤のライン

緑のライン中堀で、青のライン外堀はJR姫路駅まで達していることがわかります。

これは、「惣構」と呼ばれる縄張りで、内曲輪は天守・櫓・御殿など城の中枢、中曲輪は武家屋敷などの武家地、外曲輪は町人地や寺町などの城下町が置かれるという、城郭都市が構成されていました。

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日本で最も大きな縄張りを持つ城は現在皇居となっている江戸城ですが、2番目に大きな縄張りが、この姫路城だそうです。

江戸城は将軍家の居城ですから、実質、一大名の城としては最大だったということですね。

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堀のかたちについてですが、ほとんどのお城の堀はドーナツ状になっていますが、ここ姫路城と江戸城だけは、「の」の字のかたちになっているのが特徴です。

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西側の堀を進む船から見上げた、西の丸の隅櫓です。

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石垣を眺めながら、姫路城うんちくをもう少し。

姫路城は、歴代城主が日本で最も多い城としても知られています。

現存する大天守を築いたのは池田輝政ですが、姫路城の歴史は貞和2年(1346年)に赤松貞範が築城したことにはじまり、以後、小寺氏、山名氏、八代氏、黒田氏、羽柴氏、木下氏、池田氏、本多氏、松平(奥平)氏、松平(越前)氏、榊原氏、そして最後の酒井氏と遷り変り、その人数は49人に及びます。

いわゆる“HMJ49”ですね(笑)。

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また、このたびの大修理後に入城料が1000円となり、これは、沖縄県の首里城の800円を抜いて日本で一番入城料の高い城となりました。

さすがは世界遺産、なんでも日本一です。

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水面から見た大手門、また違ったロケーションですね。

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大手門に架かる桜門橋をくぐります。

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立ち上がると頭を打つほど、すれすれです。

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三の丸東側に架かる赤い橋天守です。

これ、和船からしか見られない眺望です。

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約20分間で1000円。

高いか安いかは、その人次第でしょうか。

次回につづきます。



白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その1 ~三の丸~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その2 ~門~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その3 ~三国堀・二の丸・本丸~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その4 ~天守閣~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その5 ~西の丸~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その6 ~下山里~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その7 ~姫山公園・姫路神社~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その9 ~武蔵野御殿跡・千姫の小路~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その10 ~男山・千姫天満宮・配水公園~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その11 ~池田輝政公菩提寺旧蹟~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その12 ~姫路城天守眺望~

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by sakanoueno-kumo | 2016-02-25 03:45 | 姫路城めぐり | Trackback | Comments(0)  

白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その7 ~姫山公園・姫路神社~

姫路城の北側にやってきました。

下の写真は北勢隠門跡


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北勢隠門から東側にかけて堀に沿った細長い公園があります。

ここは、かつては大日本帝国陸軍の施設があったりしたそうですが、現像は「姫山公園」と呼ばれる市民の散歩道になっています。


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南側は観光客でいっぱいでしたが、北側はほとんど地元の方と思われる人しか歩いていません。

せっかく城跡に来たからには、すべて廻らないとねぇ。


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「姫山」とは、姫路城の建つ丘のことをいいますが、その名称は、古くは奈良時代初期に編纂された『播磨国風土記』にも登場するそうです。

太古の昔から、この地が姫路平野の中心的存在だったことが伺えます。


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何かの歌のようですが、よく読めません。


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姫山公園の最東端には、「姫路神社」があります。

ここは、姫路藩の後半を統治した酒井家歴代藩主を祀った神社で、天守閣からは鬼門であるの方角に立地します。


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境内には、姫路藩(酒井家)第2代藩主・酒井忠以(宗雅)の胸像があります。


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また、境内社として、姫路藩の財政再建・経済発展に尽力した同藩家老、河合道臣(寸翁)を祀った寸翁神社があり、鳥居の横には寸翁の胸像があります。

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城跡内に歴代城主を祀る神社があるのはどこも同じですが、姫路城の場合、時代時代で城主がころころ変わっているので、家の城というイメージが薄いのも特徴です。

酒井家は、最後の城主ですね。

次回は、歴代城主の変遷などの話もしたいと思います。



白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その1 ~三の丸~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その2 ~門~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その3 ~三国堀・二の丸・本丸~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その4 ~天守閣~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その5 ~西の丸~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その6 ~下山里~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その8 ~内堀~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その9 ~武蔵野御殿跡・千姫の小路~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その10 ~男山・千姫天満宮・配水公園~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その11 ~池田輝政公菩提寺旧蹟~
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by sakanoueno-kumo | 2016-02-19 22:13 | 姫路城めぐり | Trackback | Comments(0)  

白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その6 ~下山里~

現存する姫路城の石垣は、羽柴秀吉時代、池田輝政時代、本田忠政時代の築城時2期と、その後に修復されたものとに分けられますが、三の丸東側の一角にある下山里には、その最も古い羽柴時代の石垣が残っています。

それがこれ、上山里下段石垣です。↓↓↓


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天正8年(1580年)、織田信長の命で播磨攻めを開始した羽柴秀吉は、黒田官兵衛孝高に献上された姫路城を拠点とします。

その際、築城の普請を秀吉から任されたのが、それまで姫路城の城代だった官兵衛でした。

したがって、この上山里下段石垣は、官兵衛ゆかりの石垣と見られています。


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素人目で見てもわかるように、ほとんど加工されていない自然石が積まれた石垣は、時代の古さを感じさせますね。

これは、野面積と呼ばれる積み方だそうです。


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秀吉が築城した姫路城は、現存天守より小さい3重の天守だったようですが、それでも、その時代としては目新しい城だったようです。


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下山里の片隅には、五輪塔があります。

これは、姫路城改修の際に石垣のなかから出てきたものを集めて、復元したものだそうです。

その前にある石灯籠は、のちの姫路城主酒井家墓地から移設したものだそうです。


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ここ下山里は、ちょっとタイムスリップした空間でした。

次回へ続きます。



白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その1 ~三の丸~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その2 ~門~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その3 ~三国堀・二の丸・本丸~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その4 ~天守閣~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その5 ~西の丸~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その7 ~姫山公園・姫路神社~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その8 ~内堀~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その9 ~武蔵野御殿跡・千姫の小路~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その10 ~男山・千姫天満宮・配水公園~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その11 ~池田輝政公菩提寺旧蹟~
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by sakanoueno-kumo | 2016-02-18 00:29 | 姫路城めぐり | Trackback | Comments(0)  

白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その5 ~西の丸~

西の丸庭園にやってきました。

ここは、池田輝政に変わって城主となった本多忠政が、大坂夏の陣のあと将軍・徳川秀忠の息女・千姫を娶った嫡男・本多忠刻のために御殿を建てた場所で、「中書丸」とも呼ばれていました。

「中書」とは、忠刻の官職・中務大輔の唐名だそうです。


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ここからの天守の眺めが最高なんですよね。

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時代劇をよく観る方は、なんとなく見覚えないですか?

実は、テレビドラマ『暴れん坊将軍』に毎回出てくる江戸城は、ここから撮影した姫路城なんです。

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拡大です。

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さらに拡大。

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西の丸庭園を囲むように築かれている長屋は、通称「百間廊下」ともいわれ、約300mの長さがあるそうです。

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天守から見下ろした「百間廊下」はこんな感じ。↓↓↓

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建物内には、城外側に廊下、城内側が部屋になっていて、西の丸で働く女中が住んでいたと考えられています。

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中はこんな感じで、長い廊下が続いています。

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部屋はこんな感じの板の間です。

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長局の北端には、他の部屋とは異なって広くて畳敷きの開放感のある空間があります。

ここは、「化粧櫓」といい、千姫が忠刻に嫁いだ際に、将軍家から贈られた10万石の化粧料の一部で建設されたと言われる櫓です。

千姫が城の北西にある男山天満宮を遥拝する際に、休息所としてこの化粧櫓を使用したと言われています。

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部屋内には、千姫と女中が百人一首を楽しんでいる人形が展示されています。

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知ってのとおり、千姫の生涯は波乱万丈でした。

その話は、また別の稿に譲ることにしましょう。

次回に続きます。




白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その1 ~三の丸~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その2 ~門~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その3 ~三国堀・二の丸・本丸~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その4 ~天守閣~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その6 ~下山里~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その7 ~姫山公園・姫路神社~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その8 ~内堀~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その9 ~武蔵野御殿跡・千姫の小路~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その10 ~男山・千姫天満宮・配水公園~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その11 ~池田輝政公菩提寺旧蹟~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その12 ~姫路城天守眺望~

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by sakanoueno-kumo | 2016-02-12 20:27 | 姫路城めぐり | Trackback | Comments(2)  

白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その4 ~天守閣~

せっかく訪れたので、天守を登ってみましょう。

といっても、中は人人人、人しか撮れませんでしたが(笑)。

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地階から5階まで通る二本の大黒柱です。

この2本の柱が大天守を400年間も支えているんですね。

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地階にある武具庫です。

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こちらは地階のです。

用は足せません(笑)。

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二階の廊下には、一面に武具掛けが設置されています。

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窓の上にも武具掛けが・・・。

取りにくいですね。

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で、ここから大渋滞登城制限がかかっており、見てのとおりです。

これでも、だいぶピークは過ぎたときなんですけどね。

ここからは、もうどこを撮っても人しか写ってなくて、紹介できるような写真はありませんでした。

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大天守最上階にある刑部(長壁)神社です。

ここは、姫路城に住む刑部姫を祀ったものだそうです。

刑部姫とは、姫路城に古くから住み着いていた十二単を着た妖怪で、肥前国平戸藩藩主・松浦静山の随筆『甲子夜話』によれば、年に1度だけ城主と会い、城の運命を告げていたといいます。

また、別の伝承では、剣豪・宮本武蔵妖怪退治を命じられ、その謝礼として刑部姫から銘刀を授かったという話もあります。

どちらもにわかに信じがたい逸話ですけどね。

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天守の窓から撮影したです。

この瓦をつなぐ白漆喰が、白い屋根の正体ですね。

この白さを保っているのは、2年ほどだとか。

さて、大天守を制覇しましたが、まだまだ姫路城の見どころはたくさんありますので、次回につづきます。



白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その1 ~三の丸~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その2 ~門~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その3 ~三国堀・二の丸・本丸~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その5 ~西の丸~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その6 ~下山里~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その7 ~姫山公園・姫路神社~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その8 ~内堀~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その9 ~武蔵野御殿跡・千姫の小路~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その10 ~男山・千姫天満宮・配水公園~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その11 ~池田輝政公菩提寺旧蹟~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その12 ~姫路城天守眺望~

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by sakanoueno-kumo | 2016-02-10 18:49 | 姫路城めぐり | Trackback | Comments(0)  

白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その3 ~三国堀・二の丸・本丸~

前稿では各所の「門」を見ていきましたが、本稿では、それらの門と門のあいだの各所を巡ります。

まずは、「菱の門」をくぐったところにある三国堀から見た天守です。

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白い天守が青空に映えて美しいですね。

拡大します。

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つづいて、「ぬの門」「りの門」の間にある、二の丸広場から見上げた天守です。

天守の真南にあたります。

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拡大です。

正面の石垣の上が本丸になります。

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二の丸には、『播州皿屋敷』で有名な「お菊井戸」があります。

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永正年間(1500年頃)、姫路城主小寺則職の執権・青山鉄山は、町坪弾四郎と語らい、城を奪おうと企てていました。

則職の忠臣・衣笠元信は、お菊を青山家に女中として住み込ませ、その企てを探らせました。

則職暗殺を探知したお菊が元信に知らせたため、則職は家島に逃げて殺されずにすみましたが、城は鉄山に乗っ取られました。

お菊の動きを知った弾四郎は、お菊を助ける代わりに結婚を強要しました。

元信を慕うお菊はそれを拒みました。

弾四郎はそんなお菊を憎み、青山家の家宝の10枚揃いの皿の1枚を隠し、その罪をお菊にかぶせて責めあげました。

それでも弾四郎を拒むお菊は、ついに切り殺されて井戸に投げ込まれました。

その後、毎夜この井戸から「1枚、2枚、3枚、・・・9枚」と、9枚目まで何度も数えるお菊の声が聞こえたといいます。

やがて元信らが鉄山一味を滅ぼし、お菊は「於菊大明神」として十二所神社内に祀られました。

(現地説明看板より引用)

有名な怪談話ですが、この話、関東では『番町皿屋敷』というそうですね。

その他、似たような話が全国各地に存在するとか。

時代背景や登場人物はそれぞれ違いますが、主役のお菊さんと「1枚、2枚・・・」のくだりは共通しているそうです。

オリジナルはどこの話か、あるいはどれも作り話か、真偽は定かではありません。

きっと、お菊さんの現代版が「貞子」なんでしょうね。

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そして本丸です。

天守がドーンと正面にそびえて、ド迫力です。

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真下から見上げます。

ここ本丸広場は別名「備前丸」ともいい、もともと池田輝政の御殿がありましたが、本多忠政が城主になると、御殿は三の丸に移されたといいます。

この日も、多くの人がここで記念撮影をしていました。

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まだまだ姫路城の見どころはたくさんあります。
次回に続きます。



白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その1 ~三の丸~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その2 ~門~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その4 ~天守閣~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その5 ~西の丸~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その6 ~下山里~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その7 ~姫山公園・姫路神社~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その8 ~内堀~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その9 ~武蔵野御殿跡・千姫の小路~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その10 ~男山・千姫天満宮・配水公園~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その11 ~池田輝政公菩提寺旧蹟~
白鷺の天守閣がよみがえった姫路城を歩く。 その12 ~姫路城天守眺望~

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by sakanoueno-kumo | 2016-02-05 10:29 | 姫路城めぐり | Trackback | Comments(0)