カテゴリ:徳島の史跡・観光( 3 )

 

年の瀬の阿波国紀行備忘録 その2 「徳島城跡」

徳島城址は、徳島中央公園として市内中心部にあります。
天正13(1585)年、豊臣秀吉四国征伐で勲功をあげた蜂須賀正勝(小六)が、阿波国19万石を与えられますが、入国してまもなく、高齢を理由に嗣子の家政に家督を譲り、その家政が徳島城を築城したました。
その後、蜂須賀家は家政の嗣子・至鎮大阪の陣での功績により淡路国も加増され、以後、江戸時代を通じて14代に渡ってここ徳島城に居城し、阿波国・淡路国の両国26万石を支配します。

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上の写真は大手門跡です。

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そしてこちらは南麓曲輪
石垣隅に隅櫓、橋向かいの石垣上に旗櫓があったそうです。

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上の写真は鷲の門
この鷲の門は、城の巽(南東の方向)に位置する表口見付の門で、説明看板によると、その造りは脇戸付きの薬医門で、幕府に鷲を飼うからと申し立て建設したところから鷲の門の名があると伝えられているそうです。
当時の門は、昭和20(1945)年の空襲によって焼失してしまったそうで、現在のものは、平成元(1989)年に復元されたものだそうです。

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徳島城は、標高61mの城山に建つ平山城でしたが、明治6(1873)年のた廃城令によって存城処分となり、その後、明治8(1875)年に建築物のすべてが取り壊され、いまでは石垣のみが当時の面影を偲ばせています。

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徳島城の石垣は、「阿波の青石」として有名な緑色片岩を用いた「緑色の石垣」として知られているそうです。
偏平に割れ、城郭のような 大規模な石垣を築くのに適しているとは言えないものだそうです。

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天守跡です・・・といっても、何もないただの原っぱですけどね(笑)。

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城山から城下を見渡した写真です。
標高たった61mとはいえ、山頂まで登るのは、おじさんには結構な運動でした。

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城山の麓の御殿跡には、蜂須賀家政の銅像が建てられていました。
なぜ家祖の小六(正勝)ではなく家政なのかと思ったのですが、考えてみれば徳島城を築城したのは家政であって、家祖は正勝でも藩祖は家政なんですね。

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でも、説明看板によると、戦前は、野太刀と長槍を持った甲冑姿の小六の銅像が建っていたそうですが、戦時中に供出されてしまったそうです。
で、昭和40(1965)年に、この家政像に生まれ変わったそうで・・・。
だったら、なんで小六にしなかったんでしょうね。

さて、だらだらと思いついたまま綴ってきましたが、そんなわけで、そろそろ出張ついでの徳島城址レポートを終わります。
このあと徳島ラーメンを食べて、仕事に戻ったわたしでした。


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by sakanoueno-kumo | 2014-01-23 22:56 | 徳島の史跡・観光 | Trackback | Comments(2)  

年の瀬の阿波国紀行備忘録 その1 「淡路島と追憶の二軒屋駅」

昨年末、出張で四国徳島を訪れたのですが(参照:阿波国徳島のクリスマスイブなう!!)、遅ればせながら、そのときの備忘録です。
出張といっても、わがまち神戸から徳島市は、車で1時間半ほどで行けちゃいますから、同じ兵庫県内の北部に行くほうが遠いくらいです。
つい十数年前までは、四国は遠いイメージがありましたが、今では陸続きのようなものですからね。

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写真は、淡路島側から見た明石海峡大橋です。
普段わたしは、この反対側(本州側)からの景色を毎日見ているのですが(参照:2011年元旦の昼下がり、新年のご挨拶。)、神戸側からだとどうしても逆光になるので、橋が綺麗に見えるのは、この淡路島側からのような気がします。
いまさら紹介するまでもないですが、全長3,911m、中央支間1,991mという世界最長の吊り橋で、主塔の高さは300mもあります。
東京タワーより少し低いくらいですね。
人類は、よくこんな大それたものを造ったものです。

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続いてこちらは、淡路島と四国を結ぶ大鳴門橋です。
撮影は淡路島側から。
こちらは、明石海峡大橋と比べて、長さも高さも約半分です。
この二つの橋が掛かったことで、関西と四国はずいぶんと近くなりましたよね。
いうなれば、淡路島自体が四国と本州を結ぶ橋のようなもので・・・というと、淡路島の方々から怒られそうですが(笑)。
淡路島は、『古事記』によれば日本列島で最初に生まれた島とされ、伊奘諾尊、伊奘冉尊の2神が最初に国生みを行った場所とされています。
いわば、私たち日本人の聖地のような島ですね。
橋なんて馬鹿にしちゃいけません(笑)。

で、淡路島をあとにして、徳島に到着して最初に目にしたのがこれ。
         ↓↓↓
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JR徳島駅前にある郵便ポストです。
徳島といえばなんといっても阿波踊りですが、これには笑っちゃいました。

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年末の慌ただしいなかの出張だったので、観光の時間などとれない予定だったのですが、ちょっとした手違いから2時間ほど空き時間ができてしまい、だったら、せっかくだからと、徳島城趾徳島中央公園を訪れました。

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公園内に展示されていたSLです。
説明看板によると、大正12年から昭和44年までこの地で活躍した、「汽車ぽっぽ」の愛称で親しまれた8620形式蒸気機関車だそうです。

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とくにSLなどに興味のないわたしなので、普通ならスルーするところだったんですが、ふと目に止まったのが、駅のプラットホームをイメージしたレトロ看板に書かれた「にけんや」という文字でした。

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実は、わたしは幼いとき、親父の仕事の転勤で3年間ほど徳島に住んでいたことがあるのですが、そのときの最寄りの駅が、この二軒屋駅でした。
わたしが住んでいたのは昭和45年から48年、幼稚園の2年間と小学校1年生の夏休みまでなので、断片的な記憶しか残っていないのですが、徳島から神戸に移転して間もなく親父が病死したため、親父との思い出は、ほとんど、ここでの記憶です。

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最寄りの駅の名称なんてすっかり頭から消えていたのですが、この看板を見た瞬間、「あ!ここだ!!」と、思い出しました。
二軒屋駅から親父に手を引かれて家に帰った道すがらの景色が、この看板のおかげで記憶の奥底から引き出されたんです。
ちょっと感傷に浸っちゃいましたね。
で、思わず写真におさめた次第です。
そもそも、立ち寄る予定のなかった公園だったわけで、思わぬところで思わぬ出会いがあるものです。

と、若干センチメンタルジャーニーになったところで、長くなっちゃったので次稿へつづく・・・。


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by sakanoueno-kumo | 2014-01-22 23:25 | 徳島の史跡・観光 | Trackback | Comments(0)  

阿波国徳島のクリスマスイブなう!!

スマホからの投稿です。

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ただいま、出張で徳島市に来ています。
写真は徳島駅ではなく、徳島城址の徳島中央公園内にある駅看板です。
詳しくはまたの機会に。


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by sakanoueno-kumo | 2013-12-24 12:41 | 徳島の史跡・観光 | Trackback | Comments(0)