カテゴリ:愛知の史跡・観光( 4 )

 

名古屋国際会議場なう!!

ケータイからの投稿です。
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名古屋に出張に来ています。
写真は名古屋国際会議場の中庭にある騎馬像、高さ8.3m、幅 3.6m 全長8.8mあるそうです。
この騎馬像は、あのレオナルド・ダ・ヴィンチが作り上げようとしたものの復元だそうで、説明板によると、ミラノ領主ロドヴィコから世界最大のフランチェスコ・スフォルツァ将軍の騎馬像製作を命ぜらたダ・ヴィンチは、1493年に馬だけの粘土像(7.2m)を完成させたそうです。
しかし、折りからの戦争でブロンズの鋳造は断念され、この粘土像も破壊されてしまったそうです。

この「幻のスフォルツァ騎馬像」を、500年ほど時が流れた1989年(平成元年)、名古屋市の市制100周年を記念して開催された世界デザイン博覧会に出展するため再現されたのが、この像だそうです。
1967年に発見されたマドリッド手稿や残された数々のデッサンを参考に、まず2mの原形を粘土で創作し、これをコンピューターで拡大して製作にあたったそうですが、しかし、重量を計算したところブロンズ製では脚部が重量に耐えられないことが判明したそうで、材質を強化プラスチック(FRP)に変更して仕上げたものだそうです。
ダ・ヴィンチの設計と現代の技術の融合ですね。
でも、まさかダ・ヴィンチも、500年後に極東の国の名古屋という一地方都市で復元されようとは、夢にも思わなかったでしょうが。

それにしても、近くで見るとデカイです。


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by sakanoueno-kumo | 2013-11-03 15:59 | 愛知の史跡・観光 | Trackback | Comments(0)  

出張ついでの尾張国紀行 その2 ~清洲城~

先日の続きです。(参照:出張ついでの尾張国紀行 その1 ~名古屋城~
名古屋城を訪れたその足で、おとなりの清須市にある清州城に足を運びました。
時刻は午後6時を過ぎて暗くなり始めていたのですが、せっかく名古屋に来たので無理やりやってきました。
まあ、あくまでこの日の目的は仕事なので、贅沢は言ってられませんね。
立ち寄れただけでもラッキーかな・・・と。

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清洲城は、名古屋城が築城される前の尾張国の中心で、若き日の織田信長の居城としても知られています。
清須城とも書きますね。
信長は、この城から「桶狭間の戦い」に出陣するなど、20歳代の約10年間、この城を拠点として活動しました。
永禄5年(1562年)に徳川家康との間で結ばれた軍事同盟、いわゆる「清洲同盟」も、この城で結ばれたわけですね。
いうなれば、信長の天下取りはここから始まったといっても過言ではないでしょう。

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清州城といえば、もうひとつ思い出されるのが、天正10年(1582年)の「本能寺の変」で信長が落命したあと、織田家の後継者と領地の分配が話し合われた、有名な「清州会議」ですね。
信長の三男・織田信孝を擁立する柴田勝家と、信長とともに落命した嫡男・織田信忠の嫡男で、信長から見れば嫡孫にあたる三法師(織田秀信)を擁立する羽柴秀吉との対立のエピソードは、この時代の物語には欠かせない舞台です。
秀吉の天下取りもまた、この城が大きなターニングポイントになったわけですね。
名古屋城や大坂城に比べると小さな城ですが、歴史上では大きな存在価値の城といえます。

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現在の天守閣は平成元年(1989年)に想像で復元されたものだそうで、その向かいにある本来の城跡は、「清洲古城跡公園」として整備されています。
そこには、若き織田信長の銅像がありました。

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現地案内看板によれば、この銅像は信長26歳の永禄3年(1560年)、「桶狭間の戦い」に出陣する姿をイメージした銅像だそうで、桶狭間の方向を見据えているそうです。
そしてその傍らには、心配そうに見つめる濃姫の銅像が・・・。
まるで、貫一・お宮のようです(笑)。

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地元ではここを「始まりの地〜二人の愛と希望の丘」と称し、夫婦円満、恋愛成就のパワースポットとなっているそうですが、実はこの濃姫という女性、斎藤道三の娘で信長と政略結婚したということ以外、何もわかっていないんですね。
正室でありながら史料がほとんど残っておらず、嫁いだ後の消息は早世説離婚説など諸説あって、一説には、その実在性すら疑問視する研究者もいるほどで・・・。
夫婦円満のパワースポットとしてどれほどの効力があるか微妙ですけどね(笑)。

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永禄6年(1563年)にこの城を出て小牧山城に移った信長は、その後も岐阜城安土城と拠点を移していきますが、ここ清洲城はその後も織田氏のものとして、次男の織田信雄が相続します。
信長にとっては、本当に「始まりの地」という思い入れがあったのかもしれませんね。
戦国一の英傑の、若き日の思いに少しだけふれたような気がした、夕暮れどきでした。


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by sakanoueno-kumo | 2013-04-14 00:05 | 愛知の史跡・観光 | Trackback | Comments(2)  

出張ついでの尾張国紀行 その1 ~名古屋城~

もう1ヶ月ほど経っちゃったんですが、先月、名古屋出張の折、仕事の合間を縫って名古屋城に行ってきました(参照:尾張名古屋城なう!)。
今更ではありますが、そのときの旅記録です。

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名古屋城のある尾張藩は、周知のとおり徳川御三家のひとつで、慶長17年(1612年)、東海道の要所として、徳川家康が九男・徳川義直の居城として築城したものです。
以降は尾張徳川家17代の居城として明治まで利用されました。
名古屋城は、姫路城熊本城と並んで日本三名城のひとつとして数えられます。

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名古屋城は桜の名所でもあるそうですね。
ここを訪れたのは3月10日、残念ながら桜にはまだ少し早かったのですが、桜に似た花が咲いていたので撮影しました。
花には詳しくないので名前はわかりません。
(この日はあいにくの天気だったので、残念ながら暗い写真ばかりです)

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名古屋城が築城される以前にあった那古野城(なごやじょう)は、織田信長が生まれた城だといわれています。
那古野城は信長が清須城(清洲城)に本拠を移したため廃城になります。
その跡地に家康が名古屋城を建てました。

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名古屋城の築城は徳川家康から命じられた20名の助役大名たちによって工事が進められました。
いわいる「天下普請」による建築土木工事の一貫です。
なかでも、最も高度な技術を要した天守台石垣は、加藤清正の担当だったそうです。
清正は城づくりの名人として有名ですよね。
天守台石垣は、上部で外側に反り出した「扇勾配」の技法が採り入れられ、別名「清正流三日月石垣」とも言われているそうです。
この技法は、石垣を内側に湾曲させ石の重みと内側の土圧による力を分散させ、はらみを避けるため・・・と、現地案内看板に書いてありました(笑)。
一級建築士さながらの構造計算がなされているんですね。

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加藤清正の銅像です。
築城に関わったのは清正だけではないんですけどね。
やっぱ、知名度と後世の人気度の違いでしょうか・・・。

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あと、名古屋城といえば思い出すのが、金の鯱ですね。
名古屋城は別名「金鯱城」「金城」とも呼ばれ、大天守に上げられた金鯱(きんこ)は、名古屋の街の象徴的存在といえます。
現在のものは復元ですが、400年前の築城当初の金鯱は、215キログラム純金が使用されたといわれているそうです。
今の時価に換算すると、いくらになるのでしょう?・・・・見当もつきません。
(実物大だそうです↓↓↓)

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もっとゆっくり見たかったのですが、仕事の合間を縫って訪れただけに、小一時間ほど足早に見て回っただけでした。
このあと、清洲城にも行ったので、また後日起稿します。


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by sakanoueno-kumo | 2013-04-11 22:28 | 愛知の史跡・観光 | Trackback | Comments(0)  

尾張名古屋城なう!

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スマホからの投稿です。
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今日は仕事で早朝から名古屋に来ています。
仕事の合間に少しだけ時間が空いたので、名古屋城を訪れました。
出張先に女あり…とはよく聞きますが、色恋ごとに縁の薄い私は、出張先にお城あり…です(笑)。
ケータイからでは長文は無理なので、詳しくはまた後日。

ところで、今日の名古屋市街は名古屋ウィメンズマラソンが開催されており、カラフルなユニホームで走る女性ランナーや沿道の応援客で賑わっていました。
写真は名古屋城の外堀沿いの道です。
   ↓↓↓
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優勝したのは、昨年のロンドン五輪で悔しい思いをした木崎良子選手だったようですね。
そして、アテネ五輪金メダリストの野口みずき選手が3位に入ったとか。
野口選手と言えば、たしかもう30代半ばですよね。
女王復活といったところでしょうか…?
たいしたもんですね。

さてさて、そろそろ仕事に戻ります。


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by sakanoueno-kumo | 2013-03-10 13:36 | 愛知の史跡・観光 | Trackback | Comments(0)