「ほっ」と。キャンペーン

カテゴリ:プロ野球( 83 )

 

ついに前人未到のピート・ローズ超え!祝、イチロー選手の偉業達成!

イチロー、とうとうやりましたね!

ピート・ローズ超え!

今朝起床したら、いきなりスマホの速報でローズ氏の記録に並んだと知り、会社に着いてPCを立ち上げたら、9回の最終打席で記録を塗り替えたと知りました。

日米通算4,257安打

かつて米国ではピート・ローズの持つ歴代最多安打記録4,256本を評して、「向こう100年破られることはないであろう」と言われていましたが、15年前にイチロー選手が渡米して、いきなり初年度に242安打を記録したときから、われわれ日本のファンは、「ひょっとしたらピート・ローズ超えも夢ではないかも」と、期待に胸を膨らませました。

それが、今日、現実のものとなったわけです。

つくづくスゴイやつですね。


まだ映像を見てないので報道だけの情報ですが、新記録達成の瞬間、敵地ながらスクリーンでイチローの偉業が紹介され、スタジアム全体がスタンディングオベーションだったとか。

日米通算記録が米国でどれほど注目されていたかがわかりませんが、こういう報道を聞くと、日本人ファンとしては喜ばしいかぎりです。

ただ、あちらでは、日米通算記録を記録として認めるべきという意見と、認めるべきではないという意見で、世論は大きく分かれているとも聞きます。

まあ、でもこれは仕方がないでしょうね。

そもそも別の土俵で積み上げた数字を、同じ土俵で比べようっていうのが無理な話で、ましてや、MLBNPBのレベル差を考えると、日本での1,278安打が低く見られてもやむを得ないかもしれません。

かつて王貞治氏が持っていたシーズンホームラン記録55本を、韓国プロ野球リーグのイ・スンヨプ選手が塗り替えてアジア記録となったとき、「オイオイ、それは違うだろう!」と、日本人側からすれば思いたくなりましたからね。


ただ、ファン心理はやむを得ないとしても、ピート・ローズ氏本人が、イチロー選手の記録を認めない旨の発言をしておられるようで、それはちょっと残念ですよね。

イチロー選手の記録に敬意を払って称賛してこそ、ローズ氏自身の価値も上がるってもんでしょう。

これって、日本人的感覚なのかな?


ちなみに、ピート・ローズ氏とイチロー選手の4,256安打のスピードを比較すると、ローズ氏の15,861打席に対してイチロー選手は14,331打席と、イチロー選手の方が1,500打席以上速く達成していますし、MLBだけの数字を比較しても、イチロー選手の現時点の安打数2,977本を比較して、600打席以上イチロー選手のほうが速く到達しています。

この数字だけを見ても、イチロー選手がローズ氏に決して劣っていないことは歴然としています。

NPBとMLBの試合数の違いを考慮すれば、もし、イチロー選手が最初から渡米していれば、記録達成はもっと速かったのではないか、という想像もしたくなりますよね。


もちろん、それはあくまで「もしも」の世界であって、もしイチロー選手が日本での実績がない状態で渡米しても、指揮官の目にとまることなく埋もれていたかもしれませんから、そういった想像はナンセンスといえます。

でも、それを言い出せば、同じMLBの土俵でも、現代のイチロー選手と30年以上前のローズ選手、さらには、100年以上前タイ・カッブ選手とでは、ボールもバットも、相手投手のレベルも野球の質も、条件がすべて違うわけですから、時代の違う選手の数字を比較すること自体に意味がなくなります。

つまりは、数字の記録というのは、ひとつの指標であって優劣を決めるものではない。

かつての大選手と比べてどうこうというのではなく、積み重ねた偉大なる業績を称えるという観点でいえば、日米通算であっても米国だけであっても関係ないんじゃないでしょうか。

だって、誰もやったことがないんですから。


「小さいことを重ねることが、とんでもないところに行くただひとつの道」


2004年、メジャー年間最多安打記録を84年ぶりに更新したときのイチロー選手の言葉です。

次は、あと21本に迫った史上30人目となるメジャー通算3,000本安打

その次は、どんな「とんでもないところ」にわたしたちを連れて行って切れるのか、楽しみはつきません。



ブログ村ランキングに参加しています。
よろしければ、応援クリック頂けると励みになります。
   ↓↓↓

にほんブログ村 ニュースブログ 時事ニュースへ
にほんブログ村 野球ブログ プロ野球へ


[PR]

by sakanoueno-kumo | 2016-06-16 16:28 | プロ野球 | Comments(2)  

清原和博容疑者の逮捕に見る、「弱い犬ほどよく吠える」の論。

清原和博氏が覚醒剤所持で昨夜、逮捕されましたね。

今日は各マスメディア共にその話題でもちきりのようですが、まあ、清原氏の薬物疑惑の報道は、これまでもたびたび囁かれていましたから、特に驚いたということはありません。

やっぱりな・・・というのが、大方の感想なんじゃないでしょうか?

バカなことをしたものです。


e0158128_15405004.jpg

そもそもわたしは、現役時代から清原選手のことが好きではありませんでした。

正確にいえば、ジャイアンツに入団後の清原選手といったほうがいいかもしれません。

「番長」などとあだ名されて崇められていましたが、なぜ、あのような素行の選手が、ああももてはやされるのかが理解できませんでした。

スキンヘッドピアスは、まあ個人の嗜好ですからとやかく言いませんが、必要以上に相手投手を威嚇する行為は、見ていて気分のいいものではありませんでした。

闘志をむき出しにすることと、恫喝とは違いますからねぇ。

厳しいインコース攻め強打者の証

往年の松井秀樹選手もイチロー選手も、清原選手以上に厳しい攻めを受けていましたが、相手投手を威嚇するようなことはしません。

ていうか、する必要がないんですよ。

松井選手もイチロー選手も、特に威嚇なんてしなくても、その存在自体が相手投手にとっては脅威ですから。

清原選手は、ああするしか自分を大きく見せられなかったということでしょうね。

「弱い犬ほどよく吠える」といいますが、まさに清原選手はその典型でしょう。

威嚇も、刺青も、強面の容姿も、そしてクスリも、すべて心の弱い人間のすることだとわたしは思います。

清原氏は、結局、弱い男だったということですね。

ここまでボロカスに貶しましたが、正直、残念という思いも大きいんですよ。

というのも、ほぼ同世代のわたしにとっては、高校野球時代の清原選手は、間違いなくスーパースターでした。

甲子園でのエピソードをあげればキリがないほどですが、やはり、いちばん印象に残っているのは、5度目の出場を果たした3年生夏の最後の決勝、対宇部商業戦。

準決勝までに宇部商の主砲・藤井進選手が大会新記録となる4本塁打を記録していましたが、それまで3本塁打だった清原選手は決勝戦で2本を放ち、あっさりと藤井選手の記録を抜いて大会5本塁打の新記録を達成。

PL学園全国制覇を果たしました。

5本目の本塁打は、宇部商のセンター守る藤井選手の頭上を通過してバックスクリーン左の中段に。

「甲子園は清原のためにあるのか!!」

あの、植草貞夫アナウンサーの名実況が生まれたシーンです。

今回のことは、そんな輝かしい過去の栄光も汚してしまう行為であり、「残念」としかいいようがありません。

いまから思えば、2年前に週刊誌で薬物疑惑を報道されたときに、なぜ立ち直らなかったのか。

有名人の薬物容疑というのは、誤認逮捕が許されないため、一般人以上に入念な捜査をしたうえで、確信がなければ動かないと聞きます。

あの時点で強い意志を持ってクスリ絶ちをしていれば、疑惑は疑惑のまま消えていっていたかもしれないのにねぇ。

わたしは、わたしの知る限りでは、プロ野球史のなかで最も強かったのはV9時代の巨人で、その次に強かったのが、80年代後半から90年代のV5西武だと思っています。

V9巨人からは、長嶋茂雄氏、王貞治氏、森祇晶氏、広岡達朗氏、土井正三氏、高田繁氏、堀内恒夫氏など、10人以上がのちに監督になっていますが、V5西武からも、石毛宏典氏、伊東勤氏、秋山幸二氏、渡辺久信氏、工藤公康氏、田辺徳雄氏など、多くの監督が出ていますね。

でも、このなかに清原氏の名前が連なることは、もうないでしょうね(こんな事件を起こさなくとも、監督としての資質に欠けていたともいえますが)。

名球界からも除名されるんじゃないでしょうか? 

(かつての江夏豊氏も、除名されましたしね。)

実に哀れです。



ブログ村ランキングに参加しています。
よろしければ、応援クリック頂けると励みになります。 
    ↓↓↓
にほんブログ村 ニュースブログ 時事ニュースへ
にほんブログ村 野球ブログ プロ野球へ
[PR]

by sakanoueno-kumo | 2016-02-03 15:55 | プロ野球 | Comments(4)  

いつもあこがれ・・・掛布雅之氏が阪神タイガースの来季二軍監督に就任。

来季からの阪神タイガース監督に金本知憲氏が就任し、スポーツ紙などではその組閣についていろんな憶測がとんでいますが、そのなかで、掛布雅之氏に二軍監督の就任を要請したと報道されていますね。
それも、金本新監督のたっての希望だそうで、ほぼ決まりだとか。
いや~、驚きました。

掛布氏といえば、言わずと知れた3代目(あるいは4代目)ミスタータイガース
現在48歳のわたしたち世代にとっては、子どもの頃、あこがれの選手でした。
遊びの野球ではサードが一番人気でしたし、下駄箱の31番はいつも取り合いでした。
大人になったいまでも、ロッカーなどを使用するときとか、31番が空いているといると使いたくなりますし、現在、わたしのマイカーはマンション駐車場の31番で、これ、結構自慢です(笑)。
子どもの頃の強い思いというのは、いくつになっても消えないものですね。

そんなわたしですから、掛布氏がいつかタテジマのユニホームに袖をとおす日を待ち望んでいたのですが、今回の報道を聞いて、正直、なんとも複雑な心境です。
二軍か~!・・・と。

ミスタータイガースの称号を持ちながら、これまでタテジマのユニホームを着ることがなかった背景には、いろんな憶測が飛び交っていましたよね。
有名な話としては、故・久万俊二郎オーナーとの確執とか、ジャイアンツ系の日テレとの契約がどうのとか・・・。
ただ、掛布氏自身は、それらの憶測を肯定も否定もしていませんので、どこまでが本当でどこからがデマなのか、実際のところはよくわかりません。

その後もいろいろありましたが、いまとなっては、セ・リーグ全球団の監督さんが40歳代になろうとしているなか、いまさら60歳の掛布氏に逆戻りするようなことはないだろうなぁと、諦めていました。
ところが、このたび二軍監督に就任するという報道にビックリ。
だったら、一軍やらせてよ!・・・みたいな。
いや、べつに金本監督がダメと言ってるわけじゃないですよ。
ただ、岡田彰布氏も真弓明信氏も一軍の監督やったわけでしょ?
なのに掛布氏が二軍監督って、なんか釈然としないんですよね。

e0158128_21501784.jpg

写真は、掛布氏が現役を引退した28年前に発売された写真集です。
この写真集、当時、掛布氏が経営していた豊中市のスポーツ用品店でしか売ってなくて、わざわざ買いに行ったものです。
いまでも、こうして後生大事に本棚に飾っています。
タイトルの「いつもあこがれ」は、当時、掛布氏がサイン色紙に必ず書いていた言葉です。

e0158128_21503466.jpg

なにはともあれ、掛布氏自身が引き受けたわけですから、わたしがとやかく言うことではありませんね。
とにかく、掛布氏のタテジマ姿が見られるわけですから、嬉しいことですよね。
掛布氏の引退以来、ミスタータイガースの称号は誰にも与えられていません。
ぜひ、その後継者を育ててほしいものです。
来季を楽しみにしましょう。


ブログ村ランキングに参加しています。
よろしければ、応援クリック頂けると励みになります。
     ↓↓↓
にほんブログ村 ニュースブログ 時事ニュースへ
にほんブログ村 野球ブログ プロ野球へ

[PR]

by sakanoueno-kumo | 2015-10-21 22:01 | プロ野球 | Comments(0)  

阪神タイガースGM・中村勝広氏の急逝を悼む。

現・阪神タイガースのGM・中村勝広氏が亡くなられたそうですね。
タイガースの遠征に同行中のホテルでの急死だったとか。
驚きました。

中村勝広氏といえば、歴代のタイガースの監督のなかで最も長く指揮を執った監督として知られており、その後もオリックスの監督やGMなど、ずっとプロ野球界に関わって来られたインテリ派というイメージですが、わたし個人的な思い出は、タイガースの切り込み隊長としての先頭打者ホームランが印象的です。
わがまち神戸には、ほぼ毎日、阪神戦を試合開始から終了まで中継してくれるサンテレビというありがたいテレビ局があるのですが、わたしが子供の頃、友だちと遊んで夕方家に帰ってきてテレビをつけると、すでに中村勝広選手がホームランを打ってダイヤモンドを走っている、といったシチュエーションが何度もあったと記憶しています。
子どもの頃の記憶だから、強く印象に残っているのかなぁと思って今調べてみると、やはり、昭和50年(1975年)に、シーズン初回先頭打者本塁打6という当時の球団記録を樹立していたようですね。
タイガースの先頭打者ホームランといえば、真弓明信選手、今岡誠選手、鳥谷敬選手などを思い浮かべる方が多いと思いますが、わたしは、強く印象に残っているのは中村選手でした。

1番・中村勝広
2番・藤田平
3番 ブリーデン
4番 田淵幸一
5番 ラインバック
6番 掛布雅之


その頃の懐かしいラインナップです。

監督としての中村勝広氏でいえば、低迷期の90年台に唯一優勝争いを演じた平成4年(1992年)が印象的ですね。
あの年は甲子園球場のラッキーゾーンが取り払われた年で、それまでの打撃中心のチームから守備力重視の戦術に転換し、亀山努選手、新庄剛志選手などの若手を発掘しました。
ストッパーの田村勤投手の活躍もあって優勝争いの輪に入り、9月上旬に7連勝で一気に首位に踊りでたのですが、中村監督がV宣言をした途端に失速しはじめ、シーズン最期の最期で野村克也氏の率いるヤクルトスワローズに競り負けました。
たしか、最後は優勝したヤクルトから最下位の中日まで、たいしたゲーム差はなかったと記憶しています。
なんとなく、今年に似てますよね。

それから、同じ年に、当時のタイガースの中心選手だった岡田彰布選手に代打・亀山努を送った采配も記憶に残っています。
この年、岡田選手は極度の不振に陥っていたのですが、ビッグネームの選手を下ろすという行為は、どんな監督さんでもなかなか出来ることではありません(当時は、いま以上にベテランの功労者に甘い時代でしたから)。
ところが、中村監督は冷徹に岡田選手の打順を7番にまで下げ、さらにチャンスで代打に若手の亀山選手を送った。
この采配は当時、物議をかもしましたが、わたしは拍手しましたねどね。
まあ、岡田選手が早稲田大学の後輩という関係もあったでしょうが。

その岡田選手も、のちに監督になったとき、ベテラン金本知憲選手の扱いに苦心していた感じでしたよね。
そういえば、早稲田大学の主将→阪神タイガース→監督という流れは、中村氏も岡田氏も一緒ですね。
ということは、将来、鳥谷敬選手も監督就任も決まったようなものですね。

あと、中村氏の監督時代で忘れてはいけないのが、ドラフトで松井秀喜選手の抽選をはずした監督ということですね(笑)。
まあ、こればっかりはどうしようもないことなんですが、あのとき阪神ファンは一斉にブーイングをしたことでしょう。
長嶋茂雄氏とのオーラの差かな・・・と(亡くなられた方を誂うようなことを言って申し訳ありませんが)。

聞けば、まだ66歳だったそうですね。
まだまだ阪神のために、ひいてはプロ野球会のために活躍していただきたかった方です。
たいへん残念でなりません。
心より、ご冥福をお祈りします。


ブログ村ランキングに参加しています。
よろしければ、応援クリック頂けると励みになります。
     ↓↓↓
にほんブログ村 ニュースブログ 時事ニュースへ
にほんブログ村 野球ブログ プロ野球へ

[PR]

by sakanoueno-kumo | 2015-09-24 21:11 | プロ野球 | Comments(0)  

阪神タイガースの9年ぶり日本シリーズ出場に見る、後味の悪い幕切れ。

今年のプロ野球日本シリーズは、福岡ソフトバンクホークスの勝利で幕を閉じましたね。
片やクライマックスシリーズファイナルステージを無傷の4連勝で勝ちあがり、9年ぶりの日本シリーズ出場を果たした阪神タイガースでしたが、29年ぶりの日本一には手が届きませんでした。
まあ、言ってもセ・リーグの2位ですからね。
わたしは子供の頃からずっと熱烈な阪神ファンですが、これまで当ブログでも何度か述べていますように(参照:千葉ロッテマリーンズの下剋上日本一に思う、日本シリーズの価値。)、クライマックスシリーズ制度に反対意見の立場でしたから、このたびの日本シリーズに関しても、タイガースを応援する気にはなれませんでした。
だって、何度も言いますが、セ・リーグの2位ですからね。
2位のチームが「日本一」になるのはおかしいでしょう!
来年で球団設立80周年を迎える阪神タイガースですが、長い歴史の中で日本一に輝いたのは、あのバース、掛布、岡田、真弓の1985年ただ一度だけ(寂しい限りですが)。
もし、今年の日本シリーズに勝っていれば、あの85年に並ぶわけでしょ!
あり得ない!あり得ない!あり得ない!
だって、しつこいですが、2位ですから!!!

クライマックスシーズに勝ったあとの和田豊監督のインタビューのなかで、「セ・リーグの覇者はあくまでジャイアンツですから、我々はセ・リーグの代表として日本シリーズに臨みます」という旨の発言をして胴上げもしませんでしたが、この言葉から察するに、勝った和田監督自身も、きっとなんとなく居心地が良くないというか、釈然としない思いがあったんじゃないでしょうか。
かつてリーグ2位からの下克上日本一を果たした元中日ドラゴンズ監督・落合博満氏も、「ルールだから仕方なく指揮しているが、もともとCS制度には反対」との意見を当時述べていましたし、他にも球界に反対意見を持つ人がたくさんおられます。
やはり、どう考えてもおかしいですよ、この制度。
これを続けていく限り、いずれは3位同志の日本シリーズというのもあり得るでしょうし、もっとヒドイときは、勝率5割に満たないチーム同士の日本シリーズ・・・なんてことも考えられるわけです。
そろそろやめにしませんか?

で、今年の日本シリーズについてですが、結果はパ・リーグの覇者が日本一に輝き、矛盾が生じずに「めでたしめでたし」だったんですが、何ですか?あの終わり方は・・・。
せっかくの秋山幸二監督の花道が台無しです。
私は、選手を名指しで個人攻撃するのはあまり好きではありませんが、この度に関していえば、西岡剛選手のプレーは許しがたい愚行、大いに責められて然るべきだと思います。
あれは誰が見たってわかる故意反則ですからね。
西岡選手は翌日、自身のフェイスブックで、あのプレーについて故意だったことを認め、その理由について、「打った瞬間ダブルプレーを確信したため、可能性にかけたギリギリのプレーだった」と釈明していましたが、それを読んで思わず「馬鹿か!お前!」と言ってしまいました。
高校野球の最後のバッターが、1%の可能性にかけて1塁ベースにヘッドスライディングするのとは、まったく意味が違います。
同じ土俵で語るな!と言いたいですね。
プロですから、いつもフェアプレーが基本だとは言いませんし、ときには反則ギリギリの鬩ぎ合いが必要な場合もあるでしょうが、あの場面のあの反則は、そんなレベルの高い頭脳プレーではなく、ただただ姑息なだけで、素人が見てもわかる稚拙な反則です。
その結果、福岡ソフトバンクホークスの優勝の瞬間を大いにシラケさせ、挙句は抗議に出た和田豊監督が退場処分になり(監督としては抗議しないわけにはいかないわけで、和田監督も被害者ですよね)、あんな後味の悪い日本一決定の瞬間は前代未聞です。
日本シリーズの歴史に大きな汚点を残した西岡剛選手の今回の愚行に対して、何らかの処分、処罰を望みます。

とにかく、いろんな意味でスッキリしない日本シリーズでした。
わが愛する阪神タイガースには、80周年を迎える来年、今度はスッキリとリーグ制覇を成し遂げて、30年ぶりの日本一を目指してほしいものです。


ブログ村ランキングに参加しています。
よろしければ、応援クリック頂けると励みになります。
     ↓↓↓
にほんブログ村 ニュースブログ 時事ニュースへ
にほんブログ村 野球ブログ プロ野球へ

[PR]

by sakanoueno-kumo | 2014-11-01 18:43 | プロ野球 | Comments(2)  

球界の宝・田中将大投手の酷使に、かつての松坂大輔投手の姿を見る。

ちょっと旬ネタを過ぎてしまいましたが、過日、日本プロ野球で最も長い歴史を持つ球団と、最も歴史の浅い球団で行われた日本シリーズは、後者の東北楽天ゴールデンイーグルスの勝利で幕を閉じましたね。
アンチ巨人の私としては望みどおりの結果でしたが、何より7戦とも実に見応えのある試合ばかりで、野球ファンにとってはたまらないシリーズだったのではないでしょうか。

そんななか、今年負けなしだった楽天のエース・田中将大投手が第6戦で敗戦投手となり、昨年8月から続けていた公式戦での連勝記録が30でストップしてしまいました。
これって、やっぱ連勝記録ストップの対象になるんですかね?
だって、選手の通算記録にはCSや日本シリーズの成績は入らないでしょう?
だったら、マー君の連勝記録も、ペナントレース時の28連勝のまま継続中という解釈にはならないんでしょうか?
どうも、腑に落ちない思いです。
もっとも、来年はメジャー移籍なんて噂もありますから、いずれにせよ連勝記録は打ち止めだったかもしれませんけどね。

とにもかくにも、今年の田中投手の活躍は、“素晴らしい”を通り越して“凄まじい”といっていいものでした。
あの稲尾和久投手が持っていたシーズン連勝記録を56年ぶりに大幅更新し、メジャーリーグで100年以上前にルーブ・マーカード投手が記録した開幕連勝記録も更新、何より24勝0敗というシーズン無敗記録はプロ野球史上初のことで、これ以上の投手成績はないわけで・・・。
今年のマー君の先発登板数は27試合ですから、24勝というのは、近代野球では限界の勝利数でしょうね(近年でも20勝投手はときどき生まれますが、24勝以上となると、昭和53年(1978年)の鈴木啓示投手の25勝以来35年ぶりとなります)。
先日、2度目の沢村栄治賞を受賞しましたが、彼はまだ25歳ですから、3度目4度目だってあり得るでしょう(このまま日本にいればですが)。
3度の同賞受賞投手をみれば、杉下茂投手、金田正一投手、村山実投手、斎藤雅樹投手と、いずれも歴史に名を残した伝説の大投手ばかりです。
稲尾に金田に村山・・・そんな名前が上がること自体、すでにマー君もその域に近づいてきたということですね。

その一方で、心配なのは故障です。
先日の日本シリーズでも、160球を投げた翌日にリリーフマウンドに立ったマー君ですが、エンターテイメントとしては大成功でしたが、肩や肘への負担を考えれば、“酷使”としかいいようのない無茶ですよね。
星野仙一監督は「本人が希望した」と語っていましたが、おそらくマー君ならそうだったでしょうが、それを抑えるのが指揮官だと思います。
酷使による影響は、明日明後日に出るものではなく、5年後10年後に出てくるものです。
いまは大丈夫かもしれませんが、のちのちきっと後悔することになっちゃいますからね。

その点でマー君とかぶるのが、現MLBニューヨーク・メッツの松坂大輔投手です。
これは私の個人的な意見ですが、松坂投手がいまのマー君の歳の頃は、マー君以上の投手だったと思っています。
しかし、渡米してからというもの、ずっと故障に苦しんでいますよね。
振り返ると、彼もマー君と同じく、球数を厭わず先発完投にこだわる投手でした。
自分の肩肘に自信過剰なところがあったのかもしれません。
そのツケが、いまの松坂投手の状態を作ったといっていいのではないでしょうか?
で、その松坂投手の若い頃に、いまのマー君はそっくりに思えるんですよね。
高校野球時代に、延長戦で200球以上を投げたという点でも同じですよね。
松坂投手が高校時代に延長17回のPL学園戦を投げ切ったとき、ほとんどのプロ野球のスカウト陣は、「松坂の凄さはよくわかったから、頼むから早く敗けてくれ!」と、祈っていたといいます。
金の卵を潰さないでくれ・・・といった思いですね。
おそらくマー君のときも同じだったでしょう。
あの高校時代の酷使のツケだって、きっと肩肘に残っているはずです。
その後、ともに「松坂世代」「斎藤・田中世代」といった具合に、その世代の代表として表現されたという点でもまったく同じです。
だから、マー君を見ていると、どうしても松坂投手とラップしちゃうんですよね。
でも、この先は松坂投手のようにはなってほしくないですよね(松坂投手も再起に向けて頑張ってはいますが)。
そのためには、先日のような無茶はぜったいしないことだと思います。

来季よりメジャー移籍の噂があるマー君ですが、アチラに行けば否が応でも球数制限で管理されますが、もし日本に残れば、また星野仙一監督指揮のもと、フル回転するでしょう。
星野さんは投手の弱音に厳しい人ですからね。
投手を変えない監督さんでもあります。
自身が熱血派投手だったこともあるのでしょうが、あの人にいわせれば、「いまの投手は軟弱だ!」ということになるのでしょう。
たしかに、マー君が破った稲尾和久投手の20連勝の記録などは、たった1ヶ月で達成したそうですから(尋常じゃないですよね)、その時代の人にいわせれば、週に1度しか投げない現代の投手は“軟弱”になるのかもしれません。
でも、時代が違うと言ってしまえばそれまでですが、当時でもきっと、稲尾投手のよう超人の陰で、才能があったのに酷使によって潰れていった投手がたくさんいたことでしょう。
もったいないですよね。

連勝の新記録を達成したときの星野監督のインタビューだったと思いますが、マー君のことを「歴史に残る伝説の大投手」といった表現で称えていました。
本当にそう思うのなら、来シーズンは絶対に今年のような酷使は避けてほしいと思います。
本人はたぶん、「投げたい」と言うでしょうから。
球界の宝を、皆で守っていってください。


ブログ村ランキングに参加しています。
よろしければ、応援クリック頂けると励みになります。
     ↓↓↓
にほんブログ村 ニュースブログ 時事ニュースへ
にほんブログ村 野球ブログ プロ野球へ

[PR]

by sakanoueno-kumo | 2013-11-09 19:46 | プロ野球 | Comments(5)  

打撃の神様、川上哲治氏のご逝去を悼む。〜昭和は遠くなりにけり〜

元読売巨人軍の川上哲治氏が亡くなられたそうです。
川上氏といえば、日本プロ野球の草創期を支えた大選手で、「打撃の神様」との異名を取った天才打者だったそうですが、昭和42年生まれのわたしにとっては、そんな氏の現役時代を知るはずもなく、前人未到のV9を成し遂げた昭和の名将といった認識でしかありません。
そのV9時代ですら、最後の年が小学校1年生のときですから、指揮官としての氏の姿もかろうじて知っている程度で、いうなれば、伝説の人物のような存在です。

選手時代を調べてみると、日本初の2000本安打日本初の逆転満塁サヨナラ本塁打など、まさに打撃の神様という異名に相応しい成績を残していますが、その中でもとくに驚かされたのは、昭和26年(1951年)に.377という高打率で首位打者を取ったとき、シーズン424打席、374打数で三振がわずか6個だけだったという驚異的な記録です。
この年の空振りはわずか7回だったそうで、783球連続空振りなしという記録も打ち立てたそうです。
「ボールが止まって見えた」という有名な名言は、この年のシーズン前の打撃練習で言った言葉だそうですが、決して大げさな表現ではなかったのでしょうね。

指揮官としての功績は、ここであらためて語る必要もないでしょうが、あれだけの結果を残していたにもかかわらず、批判的な声が多かったのもよく知られるところです。
初回からバントを多用した手堅い野球に、巨人ファンですら「川上野球は面白くない」というバッシングが多く、なかには「川上哲治がプロ野球をつまらなくした」と酷評する専門家もいたそうです。
まあ、当時の巨人ファンは勝つことに飽きていたのかもしれませんが、そんな川上野球のなかにあったからこそ、長嶋茂雄選手の明るさが余計に際立っていたのかもしれませんね。
川上氏と長嶋氏は不仲だったという説もありますが、本当でしょうか?
あと、川上氏へのバッシングの遠因は湯口事件にもあると思いますが、何よりも、氏はマスコミが嫌いだったそうです。
マスコミを大事にした長嶋さんとは対極にありますね。
あるいは長嶋さんは、そんな川上氏を反面教師にしていたのかもしれません。

王貞治氏に打者転向を強く薦めたのも、コーチ1年目の川上氏だったそうですね。
もし、川上氏の助言がなければ、世界の王は誕生しなかったかもしれません。
そう考えれば、のちのON時代はコーチ時代から下地が作られていたんですね。

川上氏が監督を勇退したのが昭和49年(1974年)。
氏は享年93歳だったそうですから、あのときまだ54歳、今の原辰徳監督より若かったんですね。
めちゃめちゃ大御所の貫禄でしたけどね。
ということは、『侍ジャイアンツ』に出てくる川上監督は今の栗山英樹監督くらいで、『巨人の星』に出てくる氏は、今のわたしと同じ歳くらい?
なんか、不思議な気分です(笑)。
ということは、星一徹も現在93歳ですね(笑)。

またひとり、昭和を彩った英雄がこの世を去りました。
昭和は遠くなりにけり・・・です。

日本プロ野球は今、日本シリーズの真っただ中。
アンチ巨人のわたしは、いうまでもなく楽天を応援しているのですが、川上氏の訃報を受けた巨人が、弔い合戦とばかりに奮起して逆転Vという、出来すぎのドラマのシナリオが見えてきたような気がします。
もし、巨人が日本一になれば40年ぶりの連覇で、V9時代の川上巨人軍以来のことだそうですから。

謹んで、ご冥福をお祈りします。


ブログ村ランキングに参加しています。
よろしければ、応援クリック頂けると励みになります。
     ↓↓↓
にほんブログ村 ニュースブログ 時事ニュースへ
にほんブログ村 野球ブログ プロ野球へ

[PR]

by sakanoueno-kumo | 2013-10-30 22:36 | プロ野球 | Comments(0)  

東北楽天イーグルスのリーグ優勝にみる、「戦闘型」「教育型」指揮官の適正。

東北楽天イーグルスが悲願のリーグ優勝を果たしましたね。
あの球界再編でチームが誕生してから9年、1年目のぶっちぎり最下位から思えば、あれから“たった8年”でよくここまで強くなったものです。
だって、100敗しそうなチームだったんですからね(笑)。
優勝の立役者は、なんといってもマー君こと田中将大投手だとは思いますが、でも、2008年に岩隈久志投手が21勝をあげて最多勝、沢村賞の活躍をしたにもかかわらずチームは5位だったことを思えば、エースひとりの力で優勝できるわけではないということがわかります。
今年はホント、バランスのとれた強いチームでした。

星野仙一監督は中日、阪神に続いて、これで3球団目の優勝監督ですね。
これは3人目の快挙だそうで、あとの2人は三原脩氏(読売、西鉄、大洋)と、西本幸雄氏(毎日大映、阪急、近鉄)という伝説の名将ですから、まさしく星野さんも伝説の域に達したということになります。
スゴイ人ですね。
ただ、興味深いのは、阪神も楽天も、星野さんの前に野村克也氏が監督をしているということ(楽天は1年だけマーティー・ブラウン監督を挟んでいますが)。
これって、やっぱ、ノムさんの種まきも少なからず貢献していると考えていいですよね。
いずれもノムさんで結果が出せなかったチームを星野さんが引き継ぎ、2〜3年でみごと優勝させていることから、巷では、「星野>野村」といった評価の声がときおり聞こえますが、それってちょっと短絡的すぎではないでしょうか。
万年最下位のチームを優勝させるのは容易なことではありません。
「種をまき、水をやり、花を咲かせる」
とは、ヤクルトの監督時代のノムさんの言葉ですが、まさしく、ノムさんが監督に就任したチームはいずれも万年最下位のリーグお荷物球団で、まずはその土台作りからでした。
ノムさんの土台作りがあってこそ、星野監督の活躍があるといえるのではないでしょうか。

といっても、なにも星野さんが「おいしいとこ取り」をしたと言ってるわけではありません。
指揮官には、「戦闘型」「教育型」があると思うんですね。
戦力が整っていないのに、いきなり「戦闘型」の指揮官が来ても空回りするだけだと思うし、まずは「教育型」の指揮官で土台をつくって、戦えるチームになった上で「戦闘型」の指揮官を招聘する。
かつて、広島、西武、ダイエーの3球団の監督を務めた根本陸夫氏は、いずれも監督として目立った成績は残せなかったものの、後任に戦闘型の監督を招聘して、いずれも数年以内に優勝させており、根本さんのチームの基礎をつくり上げる手腕は高く評価されています。
ノムさんは根本さんほど「縁の下の力持ち」というイメージではありませんが、ミーティングなどで野球頭を鍛える指導法から見ても、やはり「教育型」の監督さんだと思います。
星野さんは、誰が見ても間違いなく「戦闘型」ですよね(笑)。
そう考えれば、「星野>野村」なんて評価は間違いで、「野村→星野」のバトンタッチが、実に理にかなった人事だといえるのではないでしょうか。
これから監督になるであろう若い指導者の方々も、「教育型」か「戦闘型」かを見極めて、適正に招聘されれば、きっと力を発揮できるでしょうし、チームも強くなれると思うんですけどね。
星野仙一&野村克也に「あっぱれ」です。


ブログ村ランキングに参加しています。
よろしければ、応援クリック頂けると励みになります。
     ↓↓↓
にほんブログ村 ニュースブログ 時事ニュースへ
にほんブログ村 野球ブログ プロ野球へ

[PR]

by sakanoueno-kumo | 2013-09-28 00:52 | プロ野球 | Comments(2)  

バレンティン選手のシーズン最多本塁打記録更新に見る、“聖域”の呪縛から解き放たれた日本プロ野球。

東京ヤクルトスワローズウラジミール・バレンティン選手が、日本プロ野球のシーズン最多本塁打記録をとうとう塗り替えましたね。
昭和39年(1964年)に読売ジャイアンツ王貞治選手が55本をマークして以来、実に49年ぶりのことです。
この日バレンティン選手は、56号、57号と2本の本塁打を放ち、韓国プロ野球サムスンの李承ヨプ選手が持つアジア最多本塁打記録も塗り替えました。
今シーズン、スワローズはまだ残り18試合あり、どこまで記録を伸ばせるか注目ですね。

とにもかくにも、このたびバレンティン選手によって歴史が塗り替えられたことで、ようやく日本プロ野球も悪しき呪縛から解き放たれるのではないかと期待しています。
悪しき呪縛とは、日本人選手の残した記録を外国人選手に塗り替えられたくないという、つまらない島国根性のことですね。
私も同じ日本人として、その思い自体は理解できなくもないですが、問題なのはその思いがプレーに結びついてしまうことです。
かつて3人の外国人選手が、この記録を塗り替えそうな勢いで本塁打を量産したことがありましたが、いずれも55本の“聖域”に迫るにつれ、球界全体に「それ以上打つな」という妙な空気が漂い始め、いよいよ記録更新となると、相手投手が勝負を避け、記録更新を阻みました。

最初に“聖域”を脅かしたのが、昭和60年(1985年)の阪神タイガースの助っ人ランディー・バース選手でした。
バース選手はシーズン残り3試合の時点で54本、プロ野球記録にあと1本まで迫っていましたが、最後の2試合は記録保持者の王貞治監督率いるジャイアンツ戦で、結果は2試合で6四球
バース選手いわく、最初の打席でジャイアンツの捕手(たぶん山倉和博捕手)に「ごめん」と言われ、事態を悟ったといいます。
おそらく王監督の指示ではなかったと思いますが、球界全体に漂った空気がそうさせたのでしょうね。

次に“聖域”に迫ったのが、平成11年(2001年)当時近鉄バファローズにいたタフィ・ローズ選手。
残り5試合で王選手の55本に並んだローズ選手でしたが、その後の福岡ダイエーホークス戦で怒涛の四球攻めにあい、結果、記録更新はなりませんでした。
このときも対戦相手のダイエーの指揮官は王監督でしたが、王さん自身は試合前にローズに対して本塁打新記録達成を望む声を掛けていたそうです。
ところが、当時ホークスのバッテリーコーチだった若菜嘉晴氏が敬遠を指示していたことがのちに発覚。
若菜氏は報道陣に対しても、「王・長嶋は野球の象徴。いずれ彼(ローズ)はアメリカに帰るんだから、オレたちが配慮して、監督(王貞治)の記録を守らないといけない。うちが打たれるわけにはいかない」と発言していたそうです。
この件はアメリカのマスコミで大きく取り上げられ、結果、当時のコミッショナーまでもがフェアプレーを訴える声明を発表するという騒ぎとなりました。

その翌年には西武ライオンズアレックス・カブレラ選手が同じく55本に並びましたが、バースやローズのときほど露骨ではなかったものの、やはり四球攻めにあって記録更新には及びませんでした。
バースやローズのときは、たまたま対戦相手が王監督指揮のチームでしたが、たとえそうでなかったとしても、外国人に記録を塗り替えられたくないという空気は同じだったと思います。
その思いが闘志となって表れるのならいいのですが、ブザマに逃げて記録を守るようでは、かえって王選手の記録の価値を下げているように思えてなりませんでした。
そもそも球団が助っ人外国人打者を雇うのは、本塁打を量産して欲しいがためなわけで、でも、その外国人打者が期待以上の働きをして“聖域”に迫ると、途端に「打ってほしくない」というのはなんとも滑稽な話です。
外国人打者からすれば、梯子を外された気分だったでしょうね。

今年、バレンティン選手が本塁打量産体制に入ったとき、また性懲りもなく同じ愚行が繰り返されるのか・・・という懸念もありましたが、今回はたぶん大丈夫だろうと思っていました。
というのも、過去3人の外国人選手と比べても、今年のバレンティン選手の本塁打のペースは驚異的で、55本に並んだ時点で残り22試合。
いくらなんでも全打席敬遠なんてあり得ないですからね。
時間の問題だと思っていました。
このペースだと、65本くらい打つんじゃないでしょうか。

せっかく新記録が出たと思ったら、今度は「飛ぶボール」がどうとか「神宮球場の狭さ」がどうとか、記録にケチをつける論調の記事をいくつか見かけました。
あと、王選手が記録を作った1964年と今とでは、投手の平均防御率被本塁打率もまったく違い、そのあたりを計算したなんとか指数ってやつで比較すると、王選手のほうが遥かに上だそうです(なんでも、王さんの55本をいまのプロ野球に当てはめると、70本以上の価値があるとか)。
くっだらないですね。
そこまで言うなら、そもそも球場の広さも相手投手のレベルも気候も、何もかもが違う条件のなかで数を競うこと自体ナンセンスなことです。
もし、王さんの記録をジャイアンツ時代の松井秀喜選手が塗り替えていたら、だれもケチはつけなかったと思いますよ。
時代が違うからこそ、新しい歴史を作ったバレンティン選手に素直に拍手を贈るべきなんじゃないでしょうか。

平成22年(2010年)には、イチロー選手が持っていたシーズン最多安打記録を、阪神タイガースのマット・マートン選手が塗り替えましたが、だからといってイチロー選手の価値が下がることはまったくありません。
このたび王貞治氏の記録が半世紀ぶりに塗り替えられましたが、王さんの残した功績が曇ることはないでしょう。
むしろ、くだらない“聖域”の呪縛から解き放たれたことで、今度はバレンティンの記録を日本人選手に破って欲しいという楽しみができますし、その結果、日本プロ野球全体のレベルアップに繋がるという相乗効果が得られるかもしれません。
私が生きてる間にこの記録を塗り替える選手が現れるか・・・楽しみにしたいと思います。


ブログ村ランキングに参加しています。
よろしければ、応援クリック頂けると励みになります。
     ↓↓↓
にほんブログ村 ニュースブログ 時事ニュースへ
にほんブログ村 野球ブログ プロ野球へ

[PR]

by sakanoueno-kumo | 2013-09-16 16:48 | プロ野球 | Comments(6)  

イチロー選手の日米通算4000安打達成に見る、5000安打の夢。

【ニューヨーク共同】米大リーグ、ヤンキースのイチロー外野手(39)=本名鈴木一朗=は21日(日本時間22日)、ニューヨークで行われたブルージェイズ戦で、日米通算4千安打の偉業を達成した。歴史が1...
イチロー選手が日米通算4000安打の偉業を達成しましたね。
過去、4000の大台に達しているのは、4256本のピート・ローズと4191本のタイ・カッブの2人しかおらず、そんな伝説のビッグネームの次に名を連ねることになりました。
いまさらながら、とてつもない男ですね。
試合前のインタビューでイチロー選手は、「2つのリーグでの記録であり、ローズとカッブは1つのリーグでのものだ。2人と同じ範ちゅうで扱うべきではないと思う」と述べていたそうですが、それでも、偉業であることに変わりわありません。
たしかに両者は全てMLBでの記録であり、イチロー選手は日本で1278安打を打ってからのメジャー移籍だったわけですが、MLB通算2000安打には史上2位の速さで到達していますし、MLBでの2722安打だけを見ても、ローズやカッブよりはるかに試合数も打席数も少なく、決して卑下することはありません。
まあ、イチロー選手にしてみれば、両者に敬意を払ってのコメントだったのでしょうが、ガッカリなのは、ピート・ローズ氏も同じようなコメントをしていたこと。
イチロー選手が敬意を払って謙虚なコメントをしているのだから、同じく敬意を払って称賛してこそローズ自身の価値も上がるってもんでしょう。
・・・って、日本人的感覚でしょうか?

イチロー選手はこの4000本目の安打でMLB通算2722安打となり、同時にルー・ゲーリックの2721安打を抜いたそうです。
次々に伝説のビッグネームが出てきますね。
それは、既にイチロー選手自身が伝説の域に達しているということに他なりません。
次の目標は、いうまでもなくローズの持つ世界記録4256安打
全盛期の彼なら約1年で狙える数字ですし、今のペースで行っても、1年半ほどで到達できる数字です。
ローズがその数字に達したのは45歳だったことを思えば、39歳のイチロー選手にとっては余裕とも思えてしまいます。
その次にはMLB通算3000安打が待ってますね。
あちらには3000本安打クラブというものがあるそうで(日本でいうところの名球会のようなものでしょうか?)、そこに名を連ねたのは、100年を超える長い歴史の中でたった28人だそうです。
ぜひ、そこに日本人イチロー選手の名を連ねてほしいですね。
あと、300本弱の数字ですから、不通にいけば、十分達成できる数字だと思います。
ただ、あちらは日本のプロ野球と違って、調子を落としたりケガをしたりすれば、たとえ実績のあるビッグネームといえども容赦なく切り捨てられますから、イチロー選手とて安泰ということはありません。
ここからは、加齢による衰えとの戦いになると思いますが、今日の試合後のインタビューで5000安打の可能性について聞かれたとき、「僕以外で、年齢に対する偏った見方がなければ、可能性はゼロではない」と語っていたそうです。
これ、イチロー選手でなきゃ言えないコメントですよね。
多少はリップ・サービスも入っているかもしれませんが、まったく自信がなければこんなことは言いません。
以前、NHKの『プロフェッショナル』に出演したときに、50歳で現役という夢を語っていたことがありました。
それが可能なら、5000安打だって狙えない数字ではありません。
たぶん、彼も本気でそう思っているのでしょう。
となれば、いっそのことMLBだけでローズの記録を塗り替えてしまえば、名実ともに世界一ですね(笑)。
いくらなんでも、あり得ない?・・・でも、あり得ないことを実現してきたイチロー選手ですからね。

とにもかくにも、4000安打という金字塔も、イチロー選手にとっては通過点でしょう。
とてつもなく、すごいやつです。


ブログ村ランキングに参加しています。
よろしければ、応援クリック頂けると励みになります。
     ↓↓↓
にほんブログ村 ニュースブログ 時事ニュースへ
にほんブログ村 野球ブログ プロ野球へ

[PR]

by sakanoueno-kumo | 2013-08-22 22:20 | プロ野球 | Comments(0)