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カテゴリ:日常( 32 )

 

阪神・淡路大震災から22年、いま思うこと。

本日1月17日は、わたしたち神戸市民にとって忘れることのできない阪神・淡路大震災の発生した日。

6,434人の方が亡くなられ、3人の方が行方不明になったあの震災から、今日で22年の年月が過ぎました。

そして、私事ながら今日はわたしの誕生日でもあります。

震災当日、28歳の誕生日だったわたしは、今日でとうとう50歳の大台を迎えました。

当時、バリバリの青年(?)だったわたしも、もう初老です。

あのとき生後4か月だったわが家の愚息も、この春、大学を卒業して社会人になります。

それだけ長い年月が流れたってことですね。


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上の写真は神戸市灘区に西灘公園内にある慰霊碑です。

神戸市内には、いたるところにこのような碑が建てられています。

その数、230を超すとか。

写真は今日の昼過ぎに撮影したものですが、震災記念日ということもあって、花が供えられていました。

普段、ここを通っても慰霊碑を気に留めることはありませんが、今日は別ですね。


さすがに20年以上も経つと、普段の生活のなかで震災のことを思い出すことはほとんどあまりありません。

まあ、それが年月の流れってやつでしょうから、無理に忘れないように努める必要は、わたしはないと思っているのですが、ただ、ひとつ節目として、今日1月17日だけは、当時を振り返る日であればいいと思います。

今日だけは、6,434人を追悼し、あの日幸運にも命を落とさずに今に至ることを感謝し、当時のことを語るべき日なのかなあと。

そう思いながら、毎年1月17日はブログを立ち上げています。


6,000人の以上の方の命日と同じ日になってしまったわたしの誕生日ですが、そのおかげで、いつまでも震災のことを忘れることが出来なくなりました。

わたしの誕生日は、立ち止まって思いを馳せる日です。


過去8年間の1月17日の拙稿です。

よければ一読ください。

    ↓↓↓

阪神・淡路大震災から21年、震災記念日の備忘録。

阪神・淡路大震災から20年の節目に思う。

阪神・淡路大震災から19年、いま思うこと。

阪神・淡路大震災から18年、いま思うこと。

阪神・淡路大震災から17年、今思うこと。

誕生日に思う。~阪神・淡路大震災から16年。

今日は私の誕生日。そして阪神・淡路大震災から15年。

震災から14年。そして私の誕生日。今、思うこと。


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by sakanoueno-kumo | 2017-01-17 21:37 | 日常 | Comments(0)  

2017年年頭のご挨拶と初日の出。

あけましておめでとうございます。

旧年中はひとかたならぬご厚情を賜り、誠にありがとうございました。

本年も相変わらず、宜しくお願いします。


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写真は神戸市垂水区の高台から見た東南の景色です。

毎年大晦日から元旦の朝にかけてはだいたい仕事で、会社もしくは現場で年を越すことが多いのですが、今年も昨年同様、徹夜になっちゃいました。

昨年は会社で朝を迎えたので、会社屋上から初日の出を拝んだのですが、今年はもうちょっと早く終われたので、家路の途中で初日の出を撮影です。

向こうに見える海は、大阪湾

その海近くまで迫る写真左の山は、六甲山系最西端にある標高246mの鉢伏山と標高253mの旗振山です。

旗振山周辺は東西に見通しがよく、17世紀末の元禄時代から電信が普及する大正初期まで、大阪堂島の米相場畳1枚ほどの大きな旗を振って伝達する中継点だったそうで、それが由来となって旗振山と呼ばれているそうです。

旗振山から大阪堂島までというと、直線距離にして30km以上離れています。

本当に畳1枚分の旗が見えたのかなぁ・・・。


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江戸時代以前、あの旗振山を境に、東は摂津国、西は播磨国でした。

現在でも、あの山を境に東が須磨区、西が垂水区です。

今はどちらも神戸市ですが、かつては、国境だったんですね。

あと、あの山の南側麓は一の谷と言い、12世紀の源平合戦のひとつ、一の谷合戦の舞台でもありました。

有名な源義経の逆落としは、あの山だったかもしれないと言われます。


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遠く彼方に見えるのは、大阪府再南東にある標高1,125mの金剛山と標高959mの葛城山です。

大阪府と奈良県の県境にそびえる山で、歴史的には、旧河内国大和国の国境にあり、金剛山中腹には、中世、楠木正成がわずか1000人足らずの兵で鎌倉幕府軍100万と対峙したことで知られる千早城があります。

神戸市に西の端であるここ垂水区から金剛山までは、直線距離にして70kmほど、車で高速をとばしても2時間ほどかかる距離ですが、空気が澄んだ晴れた日は、こうして肉眼で見えることがあります。

題して、播磨国から望む金剛山と初日の出

貴重です。


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私事で恐縮ですが、今年、あと2週間ほどで、私もとうとう大台の50歳になります。

「五十知命」と言いますが、とてもそんな境地にはほど遠く、いまだ迷いの中ですが・・・。

とにもかくにも、半世紀を生きたメモリアルイヤー、いい1年にしたいですね。

本年もよろしくお願いします。



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by sakanoueno-kumo | 2017-01-01 17:56 | 日常 | Comments(2)  

「ポケモンGO」ならぬ「発見!ニッポン城めぐり」にハマった2016年下半期。

今年もあとわずかになりましたが、今年最も話題になったもの代表してひとつあげるとすれば、「ポケモンGO」ではないでしょうか?

聞くところによれば、世界で5億ダウンロードに達したのだとか。

世界中でスマホが何台使用されているのか知りませんが、5億っていうと、たぶん、かなりの確立ですよね。

もはや社会現象などといった言葉では言い尽くせない、ひとつの歴史的事象になりつつあります。

たかがゲーム、されどゲームですね。


で、じゃあ、わたしは「ポケモンGO」をやってるかっていうと、実はやってません

これまでスマホゲームってのを全くやったことがなかったのですが、これだけ話題になってるのだから、話のネタにやってみたらよかったのでしょうが、実は、「ポケモンGO」が日本でダウンロード開始された今年の7月から、別のスマホゲームにハマっちゃってたんですね。

それが、これ。


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「発見!ニッポン城めぐり」というスマホゲームで、GPS機能を使って、日本全国に設定された3,000ヵ所城郭をめぐるゲームで、城はすべてわが国に実在した城跡で、実際にその地に足を運んで城を攻略していくというゲーム。

つまり、「ポケモンGO」と同じシステムで、いうなれば「城めぐりGO」です(笑)。


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遊び方はいたって簡単、城跡の所在地近くで城攻めボタンをタップするだけ。

攻略エリア内に城があれば、上のような画面がでて攻略成功です。

攻略エリアは城によって様々で、数キロメートル離れたところからでも落とせる城もあれば、寸前まで近寄らないと落とせない城もあります。


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上の画像はトップ画面。

城は、行軍によって稼いだお金で私が築城したものです。

金といっても、ゲーム内のバーチャルな通過(両)で、加金はいっさいしないで楽しめます。

ゲームをはじめて約半年のわたし現在の成績は、271城攻略、308万石の知行を治めています。


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271城の内訳は上のとおりで、主に近畿エリアが中心です。

旧令制国内のすべての城を攻略すると、国守の官位が名乗れます。

ちなみに、現在、黄色い文字になっている和泉国河内国を平定しており、河内守を名乗らせていただいております。


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上の画像は総攻略城数で与えられる官職の一覧です。

黄色い文字が、わたしが就任した官職です。

総攻略城数271城のわたしは、現在、六位下・宮内まで与えられましたが、先はまだ長い。

3000城すべてを平定すると、正一位・征夷大将軍になれるみたいです。

そんな人いるのかなあ。

官位官職とは別に、同じ城を何度も攻めることによって、1ヶ月間、その城の城主になれます。

ひとつの城は2時間ないし3時間に1回しか攻略できず、1ヶ月毎に集計して1位が城主、2位が城代、3位が城番になれます。


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先月、はじめて城主争いを制覇し、神戸市東灘区にある平野城12月度城主になりました。

でも、来月は陥落決定です。

この画面もあと2日で見納め。


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あと、行軍中に牢人に遭遇すると、登用して家臣にすることができます。

つまり、家臣ゲットだぜ~!ですね(笑)。

現在、98人の家臣を抱えています。


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見てのとおり、結構錚々たるメンバーでしょ。

このなかでいちばん高い知行は豊臣秀吉15万石

現在、308万石中246万石を家臣登用に充てていて、わたしの石高は62万石です。


あと、定期的に合戦イベント狼煙伝達ミッションなど、攻城以外の楽しみも盛り沢山。

もともと史跡めぐりが趣味だったわたしとしては、いいアイテムができました。

実はこのゲーム、5年前からあったそうです。

GPSと連動させたゲームって、「ポケモンGO」が先駆けじゃなかったんですね。

このゲームを参考にしたとか?

まあ、こちらは社会現象にはなってないですが(笑)。


以上、わたしの2016年下半期のマイブームの紹介でした。

それでは、良いお年を。



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by sakanoueno-kumo | 2016-12-31 04:04 | 日常 | Comments(0)  

阪神・淡路大震災から21年、震災記念日の備忘録。

本日1月17日は、阪神・淡路大震災の発生した日。

6,434人の方が亡くなられ、3人の方が行方不明になったあの震災から、今日で21年の年月が過ぎました。

20年以上も経つと、日々の暮らしのなかで震災のことを思い出すことはずいぶん少なくなりましたが、毎年1月17日だけは、当時のことを振り返るようにしています。

ときどきは思い出さないと、人は忘れちゃいますからね。


下の写真は、昨日(16日)、垂水区は舞子ビラから撮った明石海峡大橋に沈む夕陽です。
21年前には、まだここに橋は架かっていませんでしたが、あの日の前日もこうして西の空に夕陽が沈み、翌朝の朝日が上る前に、あの地震が起きたんですね。

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で、今年も震災当時のエピソードを備忘録としてお話します。

幸い自宅も職場も少ない被害で済んだわたしは、震災4日目から被災地のど真ん中にある会社に出社したのですが、電気水道ガスもないなかで出来る仕事などほとんどなく、ましてや、取引先の多くも機能していないため、することなんて何もありませんでした。

でも、何かしないと落ち着かない。

ただじっとしているだけでは不安でたまらなくて、とにかく外に出て、お客さん、業者さんのところに足を運んで、会話して帰るという毎日を、3ヶ月近く続けていました。

当時のわたしは28歳

若かったなぁという気もしますが、いまから思えば、あの数カ月があったから、いまの自分があるのかなぁ・・・などと自画自賛してみたり・・・。

外に出るといっても、当時の神戸市内の交通事情は酷いもので、道路交通法などあったものじゃありませんでした。

震災から数日間は信号機も作動していませんでしたから、交差点なんてめちゃくちゃ

一応、警察官が手信号で交通整理していましたが、ぜんぜん守らないし、非常事態ですから、守らなかったからといって、切符を切られたりもしません。

罰則がないとなると、みんな身勝手なものです。

そんな状態なので、主道路はずっと渋滞のままで、主道路を避けて裏道を通ろうとすると、いたるところが瓦礫で塞がれていて、車の通行は不可能

もちろん電車は動いておらず、車での移動も困難となれば、バイクを買うしかないと思い至り、さっそくショップに足を運んだのですが、事はそう甘くなく、震災から1週間後にして神戸市周辺のバイク屋さんの原付バイクはほとんどが売り切れ状態

考えることは、みんな同じなんですよね。

それでも、なんとか手に入れたいと市内外を駆けずり回っていたところ、数日前に行ったバイク屋から携帯に連絡が入り(ちなみに、震災4日後に人生はじめての携帯電話を購入していました)、中古の原付バイクが入荷したとのこと。

喜び勇んで店に行ったところ、ボディーにはヒビがあり、破れたシートはガムテープで補強され、グリップのゴムは割れ、マフラーはサビサビといった具合で、どう見ても、粗大ごみのなかから探してきて修理したものとしか思えないほどのボロ車でした。

それでも、ないよりはマシだと思って値段を聞くと、なんと8万円

ふざけるな!・・・と声を荒げると、「いらないなら別にええよ。ほかにも欲しがってる人はたくさんいるから!」・・・と。

完全に足元を見た商売をしてきました。

普通なら、5,000円でも買う人いないようなレベルです。

しかし、背に腹は代えられないと思い、渋々スクラップ寸前の原チャリを8万円で購入しました。

それから1ヶ月もしないうちに、他府県から大量のバイクが神戸市内に運び込まれ、まちにはバイクが溢れかえりました。

8万円で買ったわたしの原チャリは、3ヶ月ほどで白煙を吐いて動かなくなりました。

酷い買い物をさせられてと思いましたが、でも、少なくとも3ヶ月はその原チャリにめちゃめちゃ世話になりましたから、そう思えば、あの時点では必要な8万円だったのかもしれません。

当時まだ高価だった携帯電話といい、ピンチに陥ったときに、どれだけ自分に投資できるかで、のちの人生が決まってくると言っても過言じゃないかもしれませんね。

ちなみに、あのとき8万円でスクラップ車を売りつけたバイク屋は、数年後に潰れてました。

それが、あの商売スタイルから来たものかは、わかりませんが・・・。

そんなこんなで、21回目の震災記念日の備忘録です。

ちなみに1月17日は、わたしの誕生日

震災当日が28歳の誕生日だったわたしも、今日で49歳になりました。

6,434人の命日と同じ日です。

合掌。

過去6年間の1月17日の拙稿です。
よければ一読ください。
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阪神・淡路大震災から20年の節目に思う。
阪神・淡路大震災から19年、いま思うこと。
阪神・淡路大震災から18年、いま思うこと。
阪神・淡路大震災から17年、今思うこと。
誕生日に思う。~阪神・淡路大震災から16年。
今日は私の誕生日。そして阪神・淡路大震災から15年。
震災から14年。そして私の誕生日。今、思うこと。

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by sakanoueno-kumo | 2016-01-17 01:09 | 日常 | Comments(0)  

徹夜仕事明けで迎えた2016年、新年のご挨拶。

新年あけましておめでとうございます。
と、当ブログでは毎年、この挨拶でスタートしていたのですが、実はこれ、間違いだそうですね。
明けたのは「新年」ではなく「旧年」であり、「新年」「あけまして」は重複になっちゃうので、「新年おめでとう」もしくは「あけましておめでとう」が正しい日本語だそうです。
いや~、人生49年間、ずっと間違ってました。
きっと、ほかにも恥ずかしい間違いをたくさんしてるでしょうね。
こんな国語力のブログですが、今年で8回目の正月を迎えました。
改めまして、
あけましておめでとうございます。

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写真は、神戸市灘区にある、わたしの会社の屋上から見た初日の出です。
毎年、大晦日の夜はだいたい仕事で、会社もしくは現場で年を越すことが多いのですが、今年はとうとう貫徹になってしまった(苦)。
で、せっかく徹夜したんだったら、久々に初日の出を拝もうと、屋上に上がって東の空を望みました(屋上といっても、4階建の小さなビルなので、大した眺めではありませんが)。
初日の出を拝むなんて、20年以上ぶりのことです。

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元旦の日の出とともに年神様が降臨するとして、毎年「初日の出」を拝むという人は少なくないと思いますが、これって、それほど古い習慣じゃないそうですね。
もともと、天皇家の元旦の儀式として、平安時代初期の嵯峨天皇(第52代天皇)から始まった「四方拝」というものがあるそうですが、これが明治時代に庶民に広まり、元旦に日の出を拝む習慣が出来たそうです。
ただ、天皇家の「四方拝」は、「四方」という言葉が示すとおり、東西南北を拝む儀式だそうで、とくに日の出だけに限ったわけじゃないそうです。
じゃあ、なんでそれが日の出だけを拝む習慣になったんでしょうね。

また、初日の出のことを「ご来光」という人もいますが、「ご来光」とは、元旦に限らず、単に日の出のことをいう場合もあります。
このもともとの語源は、阿弥陀如来のご来迎のように見えることから、「ご来光」という言葉が出来たそうで、信仰からきたものだそうです。

「初日の出」「四方拝」「ご来光」
由来も神の種類も違いますが、いずれにせよ、昔の人は元旦の朝日を拝むと縁起がいい気がしたんでしょうね。
久々に初日の出を拝んだ今年、いい一年になりそうな気がしてきました。
本年もよろしくお願いします。


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by sakanoueno-kumo | 2016-01-01 07:28 | 日常 | Comments(2)  

阪神・淡路大震災から20年の節目に思う。

6434人の方が亡くなり、3人の方が行方不明になった阪神・淡路大震災の発生から、今日で20年となりました。
毎年この日は各地で追悼行事が行われていますが、20年という大きな節目となる今年は、例年以上に大きな規模で催されているようですね。
兵庫県公館で催される式典には、10年ぶりに天皇・皇后両陛下も出席されるとか。
テレビもラジオも、昨日から各局、震災特番ばかりのようです。
それらを目にするにつけ、改めて、20年もの長い年月が流れたことを実感します。

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ただ、あれからずっと神戸で暮らしてきたわたしたちからすれば、20年といっても、そんなに昔の出来事とは思えないんですね。
震災後、がむしゃらに生きていたら、いつの間にか20年も経っていた・・・そんな気分です。
わたしは昭和42年生まれですが、わたしが子供のころ、よく大人たちが戦争の話をしていましたが、当時こどもだったわたしは、「また大昔の話が始まった」と、うっとうしく感じたものでした。
そんなわたしも、いま息子や娘をつかまえて、「お前が赤ん坊のころ、神戸で大きな地震があってな・・・」てな具合に震災の話をします。
こどもたちは、昔のわたしと同じく面倒くさそうに聞いていますが・・・。
わたしにしてみれば、震災はついこの前のような感覚なんですが、彼らにとっては、学校で習う歴史上の出来事なんでしょうね。
思えば、私がこどものころは戦後20数年しか経っていないころだったわけで、当時の大人たちが戦争を語るのは、いまわたしが震災を語るのと同じ感覚だったんですね。
今朝の新聞によると、震災後出生した市民は19%に、震災を知らない市民は40%に上るとか。
わたしたちが戦争を知らないこどもたちであるように、震災を知らないこどもたちとわたしたちとでは、思いを共有できないのは仕方ないことだと思います。
それを、風化というのでしょうね。

昨日、今日と、マスコミが挙って震災を特集していることを受けて、こんなときだけじゃなくもっと普段から神戸に目を向けてほしい・・・といった声を耳にしますが、わたしは、これで良いと思っています。
神戸市民は、いまでも震災前、震災後で語る人が多いですが、もはやそういう時期は過ぎたんじゃないでしょうか。
神戸は、復旧はしたけど復興はしていないといって未だに行政を責める声もありますが、たしかにそういう側面があることは否定しませんが、いつまでもそんなことを言っていても前には進めません。
20年が経ったいま、そろそろ震災都市・神戸を脱却すべきなんじゃないでしょうか。

ただ、ひとつ節目として、1月17日だけは当時を振り返る日であればいいと思います。
今日だけは、6434人を追悼し、あの日幸運にも命を落とさずに今に至ることを感謝し、そして、こどもたちにうっとうしがられながらも、当時のことを語るべき日なのかなあと。
それが、震災を知る私たちの使命なんじゃないかと、20年経ったいま思うところです。

ちなみに、今日1月17日は、わたしの誕生日です。
震災当日、28歳の誕生日だったわたしも、今日で48歳になりました。
6434人の命日と同じ日となってしまったわたしの誕生日ですが、そのおかげで、いつまでも震災のことを忘れることが出来なくなりました。
わたしの誕生日は、立ち止まって思いを馳せる日です。

過去6年間の1月17日の拙稿です。
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阪神・淡路大震災から19年、いま思うこと。
阪神・淡路大震災から18年、いま思うこと。
阪神・淡路大震災から17年、今思うこと。
誕生日に思う。~阪神・淡路大震災から16年。
今日は私の誕生日。そして阪神・淡路大震災から15年。
震災から14年。そして私の誕生日。今、思うこと。


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by sakanoueno-kumo | 2015-01-17 15:30 | 日常 | Comments(2)  

節目の年となる2015年、新年のご挨拶。

新年あけましておめでとうございます。
旧年中はひとかたならぬご厚情を賜り、誠にありがとうございました。

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わが家から見える今朝の景色です。
中央にそびえるのは明石海峡大橋、その向こうに見えるのが淡路島です。
わたしは毎朝、出勤時にこの景色を見て1日が始まります。
今年は快晴のスタート、良い年になりそうな気がしますね。

今年は戦後70周年にあたる節目の年ですが、わたしたち神戸市民にとっては、阪神・淡路大震災から20年の節目でもあります。
早いもので、あれから20年も経つんですね。
あのとき、生後間もなかったわが家の愚息も、いまは大学生、今年成人式を迎えます。
また、わたし自身も、今年は4回目の年男
いろんな意味で節目のメモリアルイヤーとなる今年、良い1年にしたいですね。
本年もよろしくお願いします。


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by sakanoueno-kumo | 2015-01-02 13:23 | 日常 | Comments(6)  

ジョン・レノンの命日と太平洋戦争開戦記念日に思う。

今日12月8日は、ジョン・レノンの命日です。
あの忌まわしい射殺事件から34年もの歳月が過ぎたんですね。
先日、わが家の中1の娘が、どこで覚えたのか「イマジン」を口ずさんでいるのを耳にしました。
聞けば、若いアーチストのカバーバージョンを聴いて好きになったのだとか。
あらためて、ジョンの歌が世代を超えて歌いつがれていることを知りました。



一方で、同じく今日12月8日は真珠湾攻撃の日。
いわゆる開戦記念日でもあります。
もちろん、単なる偶然にすぎない2つの記念日ですが、これを偶然とするかしないかは、その人次第ですね。
たぶん、歌詞の意味を知らずに歌ってたであろう娘に、今夜、教えようと思います。
わたしにとって12月8日は、そういう日です。

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by sakanoueno-kumo | 2014-12-08 11:12 | 日常 | Comments(2)  

東日本大震災から3年、風を返して土を返して。

明日で東日本大震災の発生から3年が経ちますね。

もう3年というべきなのか、まだ3年というべきなのか、被災地から遠くはなれた地域に住む私には、正直、実感できません。

阪神・淡路大震災のときの3年といえば、とりあえずは復興の目処が立ち始め、被災地内でもそろそろ震災のことばかり振り返っていられないといった空気が見え始めていた頃だったと思うのですが、東北の現状は、まだまだ復興はおろか、復旧もままならない状態のようで・・・。

その意味では、まだ3年・・・というのが正しい表現なのかもしれませんね。

e0158128_21574605.jpg震災記念日の明日は、各地で追悼行事復興イベントが開催されるようですが、わたしも昨日、神戸文化ホールで行われていたPLAY FROM KOBE 3.11復興支援コンサート2014に行ってきました。

兵庫県合唱連盟主催のこのチャリティ・コンサートは、震災の翌年から行われているそうで、今年で第3回となるそうです。

復興支援のチャリティイベントに行ったというと、何か立派なことしたように聞こえますが、実は、単に我が娘が合唱部として出演しているのを観に行っただけなんですけどね。

まあ、理由はどうあれ、チャリティイベントに参加したことは事実で、今年は少しは被災地支援の役に立てたかな・・・と(めずらしく募金もしましたよ。だって、可愛い女子高生にお願いされたら、オジサンとしては冷たく無視できないですよね)。

で、せっかくだから、娘の出番だけじゃなく、最初から最後まで鑑賞してきました。

ロックやポップスのコンサートなら何度も足を運んだことがありますが、合唱曲のみのコンサートなんて、こんな機会でなけりゃ聴くことがないですからね。

4時間の長いステージでしたが、なかなか聴きごたえがありましたね(途中、少しばかり睡魔に勝てませんでしたが・・・笑)。

なかでもとくに印象に残った歌で、『風を返して土を返して』という曲がありました。

この歌は、この日出演されていた福島県の詩人・和合亮一さんという方が作詞した歌で、その内容は、福島第1原発事故後の福島を歌ったものです。

風と土を合わせると「風土」となります。

「風土」とは、その地域の地形気候地質はもちろん、文化宗教、そこに暮らす人々の気質精神なども含めた、深い意味が込められた言葉ですよね。

「風土」というのは、その地域の歴史ともいえます。

3年前の事故以来、福島では「風」「土」も、危険なものになってしまいました。

つまりは、「風土」を失った、「風土」を奪われたわけですよね。

わたしは、あの原発事故以来、日本は国土の一部を失ったと思っていましたが、それだけじゃなく、歴史の一部を失っていたんですね。

実に深く考えさせられました。

震災から19年経った現在の神戸は、ほぼ復興事業は終了しています。

津波被害の甚大だった宮城や岩手も、やがてはそこに新しい町が築かれ、新しい風土が形成されていくでしょう。

でも、福島は・・・一部の風土を失ったまま、3年前から何ひとつ変わってないんですよね。

過日行われた東京都知事選に勝利して以降、ますます原発推進の方向に舵を切った感が否めない政府与党ですが、よくよく考えてほしいものですね。

これ以上、国土風土を失わないよう・・・。



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by sakanoueno-kumo | 2014-03-10 22:14 | 日常 | Comments(0)  

阪神・淡路大震災から19年、いま思うこと。

今日は1月17日。
6434人の方が亡くなり、3人の方が行方不明になった阪神・淡路大震災の発生から、今日で19年となりました。
そして今日1月17日は、わたしの誕生日でもあります。
19年前の震災当日に28歳の誕生日を向かえたわたしも、今日で47歳になりました。
あのとき、生後4ヶ月だった愚息も、いまは大学生になっています。
足かけ20年もの年月が流れて、日々の暮らしのなかで震災のことを思い出すことはずいぶんと少なくなりましたが、神戸市民にとって1月17日だけは、当時のことを思い出して感傷にふける日です。
当ブログでも、この日は毎年、当時の話をしてきました。

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写真は、神戸市東灘区の東求女塚古墳跡公園内にある震災慰霊碑です。
東灘区は、神戸市のなかでも最も家屋倒壊率の高かったまちで、亡くなられた方の数も率もいちばん高かった地域です。
高速道路が横倒しになっていた映像は記憶に残っている人も多いかと思いますが、あの近くですね。
わたしは、倒れて数日後の高速道路を間近で見ましたが、映像や写真で見るのとは比べものにならないほど、恐ろしい光景でした。
正直、脚が震えました。
平衡感覚を失って吐きそうになりました。
あれは強烈な体験でしたね。

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当時のわたしの知人で、あのとき阪神高速道路を走行中だった奴がいるのですが、そいついわく、空が一瞬光ったと思ったら、いきなり目の前の道路が蛇のように上下にウネリ始めたといいます。
何が起きたのかわからないまま急ブレーキを踏んで停車し、揺れが収まってからしばらくして地震だとわかったとか。
その後、車を走らせようにも、道路のジョイント部分が離れたり、段違いになったりしていて進めず、停電で真っ暗ななか徒歩でしばらく進むと、道路が途中で途切れ、その先は目を疑う光景になっていた・・・と。
で、進むのをあきらめ、ラッキーにも少し引き返したところに高速の乗り口があったため、まわりにいた数台の車と協力して、逆走して高速道路から脱出したそうです。
その間も余震は頻繁に続き、生きた心地がしなかった・・・と。
間一髪、九死に一生を得るとは、まさにこのことですね。

あのとき東灘区で横倒しになった高速道路は600メートルにも及んだそうですが(他にも、橋桁がずれたり傾いたりした場所は数知れず)、意外にも、亡くなられたドライバーの方は10数名だったと記憶しています。
午前5時46分という時間が幸いしたのでしょうが、高速道路の真下には国道43号線が並走しており、よくそれだけの被害で済んだなあと、つくづく思います。
もし、あと2時間後に起きていたら・・・・考えるだけで背筋が寒くなりますね。

今年も神戸市内では、各地で追悼行事が催されるようです。
平日なので、わたしはそのような場所には行けませんが、19年前のあの日、幸運にも命を落とさずに、こうしていまを生きていることを幸せに思い、犠牲になった方々への哀悼の意を捧げたいと思います。
今日、1月17日は、神戸市民にとってそういう日です。


過去5年間の1月17日の拙稿です。
よければ一読ください。
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by sakanoueno-kumo | 2014-01-17 01:02 | 日常 | Comments(0)