<   2009年 01月 ( 15 )   > この月の画像一覧

 

戦艦大和の引き揚げ計画

戦艦大和の引き揚げ計画 東シナ海から、母港の呉

戦争を知らない私たちの世代は、映画やテレビなどでしか知らない連合艦隊の象徴ともいえる「戦艦大和」の引き揚げと聞くと、否が応でも好奇心が高ぶる。
しかし、引き揚げることがいいのかどうか、私にはわからない。
ずいぶん昔にテレビのドキュメンタリー番組で観たことがあるが、沈没した大和発見当初にも引き揚げの計画があったらしい。
しかしそのときは、莫大な経費が掛かるということと、何より遺族や関係者の方々から、「大和は戦死者たちが眠る海の墓標であり、彼らとともに海底で静かに眠っているのだから、そっとしておいてほしい。」という声が少なくなく、一部の遺品のみの引き揚げに留めたとか・・・。
戦後60年以上経った現在、また引き揚げ計画が浮上するというのは、大和乗員の遺族や関係者の方々が少なくなったということなのだろう。

船全体の引き揚げには数百億の経費が掛かるという。
このまま海中に放置しておけば、やがて海の藻屑と消えるのだろう。
後世に語り継ぐためにも、引き揚げて保管するという計画も理解できないではないが、関ヶ原の合戦や応仁の乱とは違う。まだ64年しか経っていない。
せめて遺族の方々が生きておられる間は、今のままにしておけないものだろうか?

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以下、記事本文引用
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戦艦大和の引き揚げ計画 東シナ海から、母港の呉
 64年前の太平洋戦争末期、東シナ海で沈没した戦艦大和の主砲などを引き揚げる構想が、母港の広島県呉市で持ち上がっている。過去2回の潜水調査でラッパや食器など約100点が回収されたが、船体の一部が引き揚げられれば初めて。戦争の悲惨さを後世に伝え、地域活性化にもつなげようと呉商工会議所が計画。沈没した4月7日に呉市海事歴史科学館なども加わって実行委員会を立ち上げ、数年中の着手を目指す。

by sakanoueno-kumo | 2009-01-31 22:16 | 歴史考察 | Trackback | Comments(0)  

弁護人の「こころ」を問う

福岡3児死亡>夫か子供か、恐ろしい選択…公判で母親陳述

裁判とは検察側、弁護側とも真実を証明するものであって欲しい。
「量刑を軽くするためには手段を選ばない。」とも思われる弁護側の意図が感じられる。
罪を軽くすることが弁護士の力量であるかのような風潮に憤りをおぼえる。
優れた弁護とは、真実を詳らかにし、被告に罪の重さを強く認識させ、被害者に対して誠心誠意謝罪させることであって欲しい。
もし減刑があるならば、それは「反省の度合い」であって欲しい。
本当に優れた弁護人とは、そういった「こころ」の弁護が出来る人だと思うのだが間違っているだろうか?

3人の幼い命が失われたこの事件の、両親の悲痛な思いは察するに余りある。
その上、事故の原因の一端が被害者にもあるような被告側の主張を聞かされた怒りは計り知れない。
交通事故での加害者は、どんな危険な運転だったとしても「殺意」があったわけではないだろう。
そこが「殺人事件」とは違うところ。
それだけに、深い「反省」と「謝罪」が一番必要だと思うのだが・・・。
被害者の語った「私たちが求めることは、あなたが、犯した罪を認めることです」という言葉を、弁護人はどういう思いで聞いたかを問いたい。

以下、記事本文引用
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福岡3児死亡>夫か子供か、恐ろしい選択…公判で母親陳述
 福岡市の3児死亡事故で危険運転致死傷罪などに問われ、1審・福岡地裁で業務上過失致死傷罪などが適用され懲役7年6月(求刑・懲役25年)を言い渡された元市職員、今林大被告(24)の控訴審第4回公判が30日、福岡高裁(陶山博生裁判長)であった。両親が意見陳述し、母親が「2人の子供を抱えながら海中に沈んでいく夫と、車中に残された子供のどちらかという、恐ろしい選択に直面した」などと、事故直後の状況を生々しく語った。
 両親は大上哲央(あきお)さん(35)とかおりさん(32)。2人は「過失ではなく殺人行為そのものだ」などと、量刑が重い危険運転致死傷罪の適用を求めた。
 今林被告側が哲央さんの居眠り運転などを主張していることに対して、哲央さんは「断じてそのようなことはなく、その主張のせいで心ない人から中傷を受けた」と訴えた。国内での平穏な生活を奪われた結果、現在は海外で暮らしていることを明かし「私たちが求めることは、あなたが、犯した罪を認めることです」と語った。
 かおりさんは「(事故当時は)夫婦で七五三の話をしていた」と哲央さんの居眠り運転を否定。救出時については、車中に残った子供の救出をあきらめざるを得なかった当時の心境を、涙を流しながら振り返った。3児の生前の姿を子守歌を交えながら語ると、廷内からは傍聴者のすすり泣く声も聞こえた。
 意見陳述後、検察側も最終弁論し「1審判決の脇見運転には事実誤認がある」などと、量刑が重い危険運転致死傷罪の適用を求めた。

by sakanoueno-kumo | 2009-01-30 22:24 | 時事問題 | Trackback | Comments(2)  

天地人 第4話「年上の女(ひと)」

遅ればせながら第4話を昨夜やっと観た。
毎年思うことだが、大河ドラマはどうしても序盤3か月程ストーリーが他愛もなく過ぎて盛り上がりに欠ける。主人公の少年期を描くためほとんどがフィクションで、史実に間接的に話を絡めてはいても少々無理があり、だらけてしまう。この序盤で挫折してしまう人が多いようだが、間違いなく後半は面白くなっていくのだから、序盤の我慢が大切である。

景勝と同じく上杉謙信の養子となった景虎。
生涯独身を貫いた謙信は、美男で聡明な三郎を大いに気に入っていたらしく、自身の名乗りであった「景虎」を継がせた。そして姪にあたる長尾政景の娘(景勝の姉)を妻として与えたという。
第4話で祝言を挙げた景虎と華姫(清円院)。
調べてみると清円院は「継室」ということになっている。正室は北条幻庵の娘だとか?
この時代の女性は、夫が歴史の表舞台に出ているときにしか記録も残っていないため、本当のところはわからないことが多いらしい。(信長の正室、濃姫ですら実在したか否か諸説ある。)

この後、悲しい運命に身を呈していく景虎と華姫。
二人の絆を知っておくためにも、やはり序盤3か月も見逃してはならない。

長澤まさみさんが演じる「初音」役の設定が、真田幸村の妹から姉に変更されるとか。
初音は架空の人物だが、主人公の直江兼続と幸村の年齢差を考えると、初音は当時10歳未満になり、視聴者から指摘があったということらしい。
大河ドラマの放送開始後に、主要キャストの設定が変わるのは異例だとか。
制作スタッフの勉強不足が露呈された滑稽な話である。

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by sakanoueno-kumo | 2009-01-30 10:24 | 天地人 | Trackback | Comments(0)  

金本知憲氏「覚悟のすすめ」を読んで

阪神タイガース金本知憲氏の著書「覚悟のすすめ」を読んだ。
私は読書が好きで常に継続して何か本を読んでいるが、そのほとんどが小説類でこの種の本はめったに読まない。
ただ今回、知人に強く勧めらたこともあり、ちょうど最近こむずかしい本ばかり読んでいたので、息抜きのつもりで読んでみた。(私は阪神ファンでもあるし。)

あまり人を褒めないとされる、現・楽天監督の野村克也氏をして、 「4番バッターは育成はなかなかできない。現在の球界で真の4番バッターというのは阪神の金本を除いて他にいない」と言わしめる人物の心中というのにも興味があった。

e0158128_2313969.jpgタイトルのとおり精神論を綴った内容である。
ただ私の思う「覚悟」と、金本氏のいう「覚悟」は違っていた。
私の思う「覚悟」とは、抜き差しならない境地に置かれたときに腹を据えて掛かる気持ちというような、一種の「ひらきなおり」の境地を指すものと考えていた。
金本氏のいう「覚悟」とは、「準備」であると語っている。
野球選手に限らず、会社であっても家庭であっても、何か問題が起こったときにどうにもならなくなるのは、事前の「覚悟」=「準備」が足りないからだと語る。
つねに最悪の状況を意識的に想定し、絶対に気持ちがブレないよう、崩れないよう、前もってそのための準備をし、覚悟を決める。
「準備なくして覚悟は決められない。」ということである。
彼の鍛え上げられた強靭な肉体はその「覚悟」の賜物なのである。

非常に平易な言葉で書かれているので中学生くらいでも十分理解できる内容。
来年高校受験を迎える息子にも読まそうと思う。
受験を迎える「覚悟」を決めてもらえるよう・・・。

by sakanoueno-kumo | 2009-01-22 23:15 | プロ野球 | Trackback(1) | Comments(0)  

オバマ新大統領に思う

「米国の再生」誓う オバマ新大統領就任

オバマ新大統領の就任式が終わり、新しい歴史が始まった。
“I stand here”から始まった演説は非常に力強く、何かを「チェンジ」させてくれそうな期待を感じさせる。(悲しいかな私は英語力がないため通訳を通してでしか理解できないが・・・)
近々あるであろう日本の首相の「チェンジ」とは大きな違いだ。(比べることすらそもそも間違いだが)
今日の日が、世界の歴史上においても語り継がれる日となることを願う。

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私には中学生の子供がいるので、聞かれたときに答えられるように「大統領」と「総理大臣」の違いを調べてここに記載してみようと思う。(間違っていたらご指導ください。)
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大統領と総理大臣の違い
 大統領は国家元首。司法・立法・行政の三権を束ねる長。総理大臣は、政府を代表する最高の執政官。行政府の長官。米国大統領制は国民一人ひとりの投票が大統領を選ぶ。(アメリカの場合は国民が選挙人をまず選びその選挙人が大統領を選ぶ)
 一方、日本は議員内閣制で、私たちは政党に投票し、議会において総理大臣が選出される。日本では政治と言えば政党だが、米国では大統領が絶対。米大統領は、日本の総理大臣より、はるかに大きな力を持つ。(ドイツやフランスの大統領はまた違うらしいが)
 日本の総理大臣は議員を兼務している。だから総理は議員の延長だといえる。かたや、大統領は議員ではない。大統領は大統領。別格の存在である。
 国家権力といえば立法、行政、司法の三権。国会が立法を、裁判所が司法を担うのは日米同じ。違いは行政権にある。日本では内閣が行政役だが、米では大統領が行政権を一手に握る。日本の内閣の全権力が、大統領一人に与えられている。
 日本の閣議は全会一致が原則であるため、内閣総理大臣といえども、全閣僚が賛成しないとやりたいことができない。総理の権限というのは、実は意外なほど狭い。かたや、米政府の決定権は大統領に一極集中。もし仮に閣僚全員が反対しても、大統領が強行すれば政府は大統領の指示どおりに動かなければならない。
 大統領の持つ権力は絶大なものといえよう。それほどの権力者を選ぶのだから、国民一人一人の投票が大きな責任を持つことになる。

何故日本は大統領制に出来ないのか?
 それは天皇陛下の存在にある。今の憲法では日本国民統合の象徴ということになっているが、存在としては国家元首。総理大臣は元首である天皇陛下から任命される形となっている。(あくまで形式上だが)
 これは、同じく王室のあるイギリスなどと同じである。(イギリスの場合は国王が政治的な権限を行使することもできるとのこと。・・・・詳しくはよくわからないが・・・。)
 つまり、「国家元首が2人になる」のは矛盾があり、日本が大統領制になると、皇室の存在を否定することになる。(近年ささやかれている首相公選制とは意味合いが違う。)
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以上が、無学な私の精一杯の知識である。間違いがあればご指導ください。

以下、記事本文引用
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「米国の再生」誓う オバマ新大統領就任
「変革」を掲げて人種、世代を超えた幅広い支持を集め、昨年11月の大統領選で黒人初の歴史的勝利を収めた民主党のバラク・オバマ氏(47)は20日正午(日本時間21日午前2時)、第44代米大統領に就任し、首都ワシントンの連邦議会議事堂で宣誓した。

 オバマ大統領は、就任演説で「米国再生に取り掛かる」と宣言した。

by sakanoueno-kumo | 2009-01-21 15:51 | 時事問題 | Trackback(1) | Comments(0)  

メジャーリーグからの「都落ち」

フィリーズを自由契約、井口が3年6億でロッテ入り

 日本人選手の米メジャー行きは容認するが、行ったからには日本のプロ野球には帰ってこないつもりで行って欲しいと私は思う。メジャー契約がかなわず帰国となれば「都落ち」の感は否めない。その選手を日本の球団が高額年棒契約となると、やはり日本のプロ野球のレベルはその程度なのかと思わざるを得ない。それにそんなに簡単に帰ってこれるなら、これからも続々とメジャーに挑戦する選手が増えるだろう。

 松坂やイチロー、松井のように、メジャーに行っても主力選手でいられるほどの選手はこれからもどんどん挑戦して欲しい。しかし日本で先発ローテーションの一角だったのに向こうでは中継ぎに甘んじていたり、日本では主軸を打っていたのに向こうでは先発出場もままならないようでは、メジャーで通用したとは私には思えない。日本での活躍と同等の結果を残せてこそ初めて成功したと言えると思う。

 日本のプロ野球を見限って海を渡るのだから、たとえマイナー契約に甘んじようとあちらで骨を埋めて欲しいと私は思う。もしまた日本でプレーするならば、それは「凱旋帰国」であって欲しい。現に「都落ち」した元メジャー経験選手が、あちらに行く前ほどの活躍をしたためしがない。日本のプロ野球とてそんなに甘いもんじゃないと思う。メジャーで通用しなければ、日本でも通用しない。・・・と、私は思うのだが。

以下、記事本文引用
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フィリーズを自由契約、井口が3年6億でロッテ入り
 ロッテが米大リーグ、フィリーズを自由契約になった井口資仁内野手(34)を獲得することが19日、確実になった。複数の球界関係者が明らかにした。20日には出来高の詰めの交渉を行う予定で、早ければその日のうちに入団が発表されるもよう。井口の日本球界復帰は、2004年のダイエー(現ソフトバンク)時代以来で5年ぶり。
 7日にロッテから3年総額6億円の提示を受けた井口は、ほかの国内球団、複数のメジャー球団からも入団を打診されていた。最後まで最優先にしてきたメジャーでのプレーを模索したが、金融危機の影響などで交渉が不調に終わり、断念したとみられる。

by sakanoueno-kumo | 2009-01-20 18:26 | プロ野球 | Trackback(1) | Comments(2)  

WBC日本代表1次登録選手発表

Excite エキサイト : スポーツニュース

日本代表第1次登録メンバー(42名)
◆投手20名◆
松坂大輔(米大リーグ・レッドソックス)
岡島秀樹(米大リーグ・レッドソックス)
小林雅英(米大リーグ・インディアンズ)
岸孝之(埼玉西武)
涌井秀章(埼玉西武)
小松聖(オリックス)
ダルビッシュ有(北海道日本ハム)
渡辺俊介(千葉ロッテ)
田中将大(東北楽天)
岩隈久志(東北楽天)
馬原孝浩(福岡ソフトバンク)
和田毅(福岡ソフトバンク)
杉内俊哉(福岡ソフトバンク)
内海哲也(巨人)
山口鉄也(巨人)
岩田稔(阪神)
藤川球児(阪神)
武田勝(北海道日本ハム)
永川勝浩(広島)
寺原隼人(横浜)

◆捕手5名◆
城島健司(米大リーグ・マリナーズ)
細川亨(埼玉西武)
阿部慎之助(巨人)
石原慶幸(広島)
高橋信二(北海道日本ハム)

◆内野手10名◆
岩村明憲(米大リーグ・レイズ)
中島裕之(埼玉西武)
片岡易之(埼玉西武)
松中信彦(福岡ソフトバンク)
川崎宗則(福岡ソフトバンク)
小笠原道大(巨人)
栗原健太(広島)
村田修一(横浜)
田中賢介(北海道日本ハム)
西岡剛(千葉ロッテ)

◆外野手7名◆
イチロー(米大リーグ・マリナーズ)
福留孝介(米大リーグ・カブス)
稲葉篤紀(北海道日本ハム)
亀井義行(巨人)
青木宣親(東京ヤクルト)
内川聖一(横浜)
福地寿樹(東京ヤクルト)


 昨年12月に発表された34名から黒田博樹、斎藤隆が辞退したこともあり、岩田稔、岡島秀樹、小林雅英、武田勝、永川勝浩、寺原隼人ら5名の投手がメンバー入り。捕手では高橋信二、野手では西岡剛、田中賢介、福地寿樹らが新たに登録された。妥当な選出といったところだろうか?(不安要素は監督だけ・・・)
 最終メンバー28名は2月25日に決定される。頑張れ!サムライジャパン!!

by sakanoueno-kumo | 2009-01-20 14:20 | プロ野球 | Trackback | Comments(0)  

天地人 第3話「殿の初恋」

偉大な養父、上杉謙信を持つ上杉景勝は後世の小説などでは愚鈍に描かれることが多い。
武田信玄の子勝頼や、織田信長の子信忠なども同じである。
現代でいえば、安倍晋三や福田康夫のようなものだろうか?
しかし、本当のところはどうだったんだろう?
偉大な父たちには確実に時代の追い風が吹いていて、息子たちの時代にはその風はやんでいた。そのことは割り引いて考えなければならないと思う。(安倍さんや福田さんは違うけどね。)

口数が少なく不器用に描かれている今回の景勝。実際に無口な人物ではあったようだ。
一説には、自分は謙信に及ばないとの想いが強く、常に謙信のようにありたいと考えて行動していたため、感情を表に出すことがほとんどなかったという話もある。

まだ物語は始まったばかり。兼続だけではなく、景勝がどう描かれていくか楽しみである。


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by sakanoueno-kumo | 2009-01-19 00:33 | 天地人 | Trackback | Comments(0)  

震災から14年。そして私の誕生日。今、思うこと。

Excite エキサイト : 社会ニュース

今日で阪神・淡路大震災から14年の年月が流れた。
そして今日1月17日は、私の誕生日でもある。
6,000人以上もの命日と同じ日。
当時28歳の誕生日だった私も、今日で42歳になった。

我が家は幸いにして家族皆無事だったが、私たち神戸市民にとって、今日は忘れられない日。
当時私は神戸市内のマンションの10階に住んでいて、あの地震を経験した。
本棚が倒れてきて目が覚め、揺れているあいだ何が起こっているのかまったく把握できなかった。
本棚の下敷きになりただ叫んでいた。
40秒余りだったらしいが、体感としては2~3分あったように思われた。
揺れがおさまり我にかえって、家内と息子(当時生後4か月)の安否が心配になり、二人の寝室に向かおうとする途中、揺れ戻しの余震。
今度は冷蔵庫の下敷きになった。
そのとき初めて「地震」ということを認識した。
赤ん坊を抱き抱え家内と家から脱出。
停電でエレベーターは止まっているので、10階から階段で避難。
階段は着のみ着のままのマンション住民でごった返した。
1月17日の午前6時前はまだ暗く、陽が昇るまで駐車場の車の中で待機。
明るくなってきて次第に見えてくる街の様相に愕然とした。

それから数日は実家に避難。
といっても同じ神戸市内。
電気、ガス、水道、全てがない日々は困難を極めた。
ありがたかったのは救援物資で赤ん坊の粉ミルクだけは困らなかったこと。
1日数十回ある余震におびえながら、家族でかたまって寝ていたのを今でも思い出す。

地震から3日たった1月20日、初めて会社に行った。
私の会社は神戸市灘区の阪神電鉄添いにある。
神戸市で最も倒壊率が高かった地域だ。
テレビなどは当然映らないため、究極の被災地を初めて見たこの日、足の震えがおさまらなかった。
私の会社の建物が無事だったのが不思議なくらいの光景だった。
我が社にも、家を失ったもの、家族を亡くしたものなどがおり全員参加ではなかったが、この日からしばらく会社での寝泊まりが続いた。(交通機関がストップしているため)
市内の得意先などはすべて機能しておらず、市街に出るのも難しく、仕事があるわけでもなかったのだが、被災地のど真ん中にいると、我が家に帰るのが地域の人に対して後ろめたい思いもあったからだ。
会社では電気や水道は半月以上復旧されなかった。
思いだされるのは、会社近くの避難所になっている小学校のトイレ。
汚物が散乱して使用できる便器などない。
今思い出しても気分が悪くなる。
そんな生活が、被災地では数週間続いた。

今、振り返ると、あの1年間は貴重な経験だった。
家族や家を失った人はもちろん、そうでない人も神戸市民(近隣市も含む)はあの日以来、多少なりとも生活がかわったはずだ。
私自身、あの地震がなければ全く違った人生を歩んでいたかもしれない一人である。
神戸市民は、平成7年を震災元年と位置づけ、何かにつけ「震災から何年」と語ることが多い。
それほど今日、1月17日は特別な日である。

冒頭でも書いたが、今日は私の誕生日でもある。
誕生日を迎えるたびに、あの日のことを思い出し、感傷に浸っている。

by sakanoueno-kumo | 2009-01-17 14:02 | 日常 | Trackback | Comments(0)  

センバツ行進曲「キセキ」・・・妥当だね。

<センバツ>入場行進曲は「キセキ」に決定

春の甲子園の行進曲、今年は「キセキ」だそうです。
たぶん「満場一致」だったのではないでしょうか?
久々に行進曲らしい行進曲という気がします。
息子が野球部で(まだ中学生だが)、昨年はこの曲を腐るほど聞かされました。
高校野球ファンの私としては、毎年このニュースを聞くと気持ちが昂ぶってきます。

歴代の行進曲を調べてみました。
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センバツ高校野球入場行進曲一覧

1924年度――星条旗よ永遠なれ(ほか)
1925年度――カレドニアン・マーチ
1926年度――親しき戦友
1927年度――<入場式中止>
1928年度――モン・パリ・バレンシア
1929年度――観兵式行進曲
1930年度――われら戦友
1931年度――旧大会歌
1932年度――爆弾三勇士の歌
1933年度――青年度
1934年度――大会歌
1935年度――大会歌
1936年度――大会歌
1937年度――大会歌
1938年度――愛国行進曲
1939年度――大陸行進曲
1940年度――紀元2600年度奉祝歌
1941年度――国民進軍歌

戦争のため5年度間中断

1947年度--剣と槍
1948年度--鐘の鳴る丘
1949年度--異国の丘
1950年度--ハイスクール
1951年度--スポーツショー
1952年度--君が代マーチ
1953年度--黄色いリボン
1954年度--錨を上げて
1955年度--セントルイズ・ブルース
1956年度--雷神
1957年度--緑のこだま
1958年度--クワイ河マーチ
1959年度--皇太子のタンゴ
1960年度--誕生日
1961年度--バッファロー大隊マーチ
1962年度--上を向いて歩こう(坂本九)
1963年度--いつでも夢を(橋幸夫・吉永小百合)
1964年度--今日は赤ちゃん(梓みちよ)
1965年度--幸せなら手をたたこう(坂本九)
1966年度--ともだち(坂本九)
1967年度--世界の国から今日は(大阪万博テーマ曲)
1968年度--世界は二人のために(相良直美)
1969年度--三百六十五歩のマーチ(水前寺清子)
1970年度--世界の国から今日は
1971年度--希望(岸洋子)
1972年度--また逢う日まで(尾崎紀世彦)
1973年度--虹をわたって(天地真理)
1974年度--草原の輝き(アグネスチャン)
1975年度--おかあさん(森昌子)
1976年度--センチメンタル(岩崎宏美)
1977年度--ビューフル・サンデー(田中星児)
1978年度--愛のメモリー(松崎しげる)
1979年度--季節の中で(松山千春)
1980年度--ヤングマン(西城秀樹)
1981年度--青い珊瑚礁(松田聖子)
1982年度--ルビーの指環(寺尾聡)
1983年度--聖母たちのララバイ(岩崎宏美)
1984年度--キャツツ・アイ(杏里)
1985年度--星屑のステージ(チェツカーズ)
1986年度--青春(岩崎良美)
1987年度--Cha‐Cha‐Cha(石井明美)
1988年度--夢冒険(酒井法子)
1989年度--パラダイス銀河(光GENJI)
1990年度--約束(相川恵里=花と緑の博覧会テーマ曲)
1991年度--おどるポンポコリン(B‐B‐クイーンズ)
1992年度--どんなときも(槙原敬之)
1993年度--今ありて(大会歌)
1994年度--負けないで(ZARD)
1995年度--がんばりましよう(SMAP)
1996年度--TOMORROW(岡本真夜)
1997年度--これが私の生きる道(Puffy)
1998年度--硝子の少年度(KinKi Kids)
1999年度――長い間(Kiroro)
2000年度――ファーストラブ(宇多田ヒカル)
2001年度――TSUNAMI(サザンオールスターズ)・イエスタデイ、ブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ、
          ヘイ・ジュード(ビートルズ)
2002年度――明日があるさ「ウルフルズ」
2003年度――TSUNAMI(サザンオールスターズ)と、ビートルズの「イエスタデイ」
          「オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ」「ヘイ・ジュード」の3曲のメドレー
2004年度――世界に一つだけの花(SMAP)
2005年度――君こそスターだ(桑田佳祐)
2006年度――青春アミーゴ(修二と彰)
2007年度――TOKIO宙船(そらふね)(TOKIO)
2008年度――蕾(コブクロ)
2009年度――キセキ(GReeeeN)
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こうして見ると長い歴史があるものです。
私的には甲子園の行進曲にピッタリだと思うのは1992年の「どんなときも」と1996年の「TOMORROW」の2曲。
まさにこのために作られたような曲だと当時思ったものです。
今年の「キセキ」はこの2曲に匹敵するかもしれません。

センバツが楽しみになってきました。

以下、記事本文引用
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<センバツ>入場行進曲は「キセキ」に決定
 阪神甲子園球場(兵庫県西宮市)で3月21日に開幕する第81回選抜高校野球大会(毎日新聞社、日本高校野球連盟主催)の入場行進曲が16日、男性グループ「GReeeeN(グリーン)」の「キセキ」に決まった。リーダーのHIDE(ヒデ)さん(28)は「聴いた人が熱くなれるようにと作った曲。甲子園では、熱い思いで頑張ってほしい」と球児にエールを送る。
 メンバー4人は、現役の歯学部生と歯科医師。東北の大学歯学部で出会い、全員が在学中の07年1月にデビューした。音楽と学業・職業を両立させるため、テレビ出演やライブなど顔を出す活動は一切していない。
 「キセキ」は、高校野球を舞台にしたテレビドラマ「ROOKIES(ルーキーズ)」(昨年4~7月放映)の主題歌。依頼を受け、一部のメンバーが受験した昨年2月の歯科医師国家試験直後に、約1週間で完成させた。曲はドラマとともに大ヒットし、CDの売り上げ枚数は08年のオリコン年間ランキングで4位になった。
 曲名の「キセキ」は、今まで歩んできた道のりの「軌跡」と、偶然起こる「奇跡」の二つの意味を持つ。HIDEさんは「野球でも、日々の積み重ねと試合での一瞬がある。日々の生活で忘れてしまいそうな大事なことを、この曲を聴いて思い出してもらえたら」と語る。
 HIDEさんとともに作詞を担当した92(クニ)さん(27)は「やりたいことを見つけたら、がむしゃらにやるべきだ。一生懸命に頑張っている人の思い出の曲になるのはうれしい」と話した。

by sakanoueno-kumo | 2009-01-17 00:15 | 高校野球 | Trackback | Comments(0)