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天地人 第8話「謙信の遺言」

歴史小説やドラマでは、主人公を史実に絡めるために情報を提供する架空の人物がいる場合が多い。
それは“忍び”であったり“盗人”であったり“庄屋”であったり“岡っ引き”であったり。
話を展開させる上で非常に便利な役目を果たすのだが、上手に使わないとワザとらしい存在になることがある。
今回の「天地人」では、「初音」がその役目を担っているようである。
しかしその便利な登場人物のもたらす情報があまりにワザとらしく、上手に使えてないような気がするのだが・・・。
「功名が辻」のときの、“六平太”のようにうまく絡められないものなのだろうか?

第8話で、上杉謙信が兼続に「義」の思いを伝えた。
「真の義を見つけ得る者があるとすれば
己との戦いの孤独に身を置き瞑想を続ける者じゃ。」

自分は迷い続けたからこそ、己の義を得たのだと・・・。
「迷わない人間は、成長しない。」
これは私も会社の部下によく言う言葉である。
迷ってたどり着いた道は絶対に忘れない。迷うことこそ財産であると私も思う。


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by sakanoueno-kumo | 2009-02-24 01:05 | 天地人 | Comments(0)  

WBC日本代表最終メンバー発表

WBC代表28人決まる イチローら選出、松中ら外れる

日本代表最終メンバー(28名)
◆投手13名◆
松坂大輔(米大リーグ・レッドソックス)
涌井秀章(埼玉西武)
小松聖(オリックス)
ダルビッシュ有(北海道日本ハム)
渡辺俊介(千葉ロッテ)
田中将大(東北楽天)
岩隈久志(東北楽天)
馬原孝浩(福岡ソフトバンク)
杉内俊哉(福岡ソフトバンク)
内海哲也(巨人)
山口鉄也(巨人)
岩田稔(阪神)
藤川球児(阪神)

◆捕手3名◆
城島健司(米大リーグ・マリナーズ)
阿部慎之助(巨人)
石原慶幸(広島)

◆内野手6名◆
岩村明憲(米大リーグ・レイズ)
中島裕之(埼玉西武)
片岡易之(埼玉西武)
川崎宗則(福岡ソフトバンク)
小笠原道大(巨人)
村田修一(横浜)

◆外野手6名◆
イチロー(米大リーグ・マリナーズ)
福留孝介(米大リーグ・カブス)
稲葉篤紀(北海道日本ハム)
亀井義行(巨人)
青木宣親(東京ヤクルト)
内川聖一(横浜)


松中信彦選手の落選は故障もあり仕方のないところ。しかし、和田毅投手の落選は理解できない。
岸孝之投手の落選も残念だ。
内海投手、山口投手より数段期待できるように思うのだが?
捕手も阿部選手より細川選手の方が使えると思う。
亀井選手なんてジャイアンツでもレギュラー定着してないのに・・・・。
結局、投手、捕手、内野手、外野手、すべての枠にジャイアンツの選手がいる。
原監督! ちょっとアカラサマ過ぎやしませんか?


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以下、記事本文引用
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WBC代表28人決まる イチローら選出、松中ら外れる 
野球の国・地域別対抗戦、第2回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)日本代表の最終メンバー28選手が22日、決まった。前回大会で優勝の原動力となった、イチロー外野手、松坂大輔投手や、ダルビッシュ有投手らが選ばれた。代表候補として合宿に参加していた和田毅投手、松中信彦内野手(以上ソフトバンク)岸孝之投手、細川亨捕手(以上西武)栗原健太内野手(広島)の5選手は最終メンバーから外れた。
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by sakanoueno-kumo | 2009-02-22 19:27 | プロ野球 | Comments(0)  

天地人 第7話「母の願い」

兼続の母は生没不詳で、直江親綱の娘という説と、信州泉氏の泉重歳の娘という説の2説あるらしい。
今回の天地人では直江親綱の娘説を採用している。
その方が直江景綱の娘、お船とは従姉弟関係になるため、話が作りやすいというところだろうか。
いずれにせよ史料に残っていないということは、早くに亡くなってしまったのだろうと思われる。

越後上田の雲洞庵で蟄居謹慎中の兼続に、母危篤という知らせが入る。
「勝手な真似はできない」と動こうとしなかった兼続だが、全祝の「おのれの真を信じ、それに従え」という言葉に動かされ、かろうじて母の死に目に間に合うことができた。
本来「蟄居謹慎中」といえば、「勝手な真似はできない」という兼続の言葉が正しいと思うが・・・・・まぁそれは大目に見て・・・。
(前作、篤姫では大久保利通が蟄居処分中、我が家の一部屋に閉じこもり誰に何を言われてもかたくなに出ようとしなかった。本来蟄居謹慎といえばそういったもの。)
おっと、クレーマーになってしまった。

49日の法要を終えて、幼き日の母の言葉を思い出す兼続。
「どうしてもみじはあのように美しいか知っていますか?
木は厳しい冬を乗り越えるために力を蓄えねばなりません。
もみじが散るはその身代わり。
自らの命を幹に託して散っていくのです。
燃え上がるようなあの色は我が命より大切なものを守るための決意の色。」


そして「もう二度と泣きませぬ!」と誓った兼続。
そろそろこのあたりで、青春篇も終わりといったところだろうか・・・。


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by sakanoueno-kumo | 2009-02-17 03:39 | 天地人 | Comments(0)  

「学級委員長」が差別?

鳥取の小学校は「学級委員長」なし 「なれない子供が傷つくから」?

能力の差を「差別」というなら、世の中「差別」だらけだ。
学級委員長が差別ならば、班長も、学級会の議長も、部活のキャプテンも皆差別なのか?
差を感じさせないように教育された世代の子供たちは、免疫を持たずに社会に出て対応できるのだろうか?
運動会など能力差を感じさせないように考慮する話はかなり前から耳にしていたし、事実私の子供の小学校でもそういう傾向が見られた(一応着順は着けていたものの、能力別に組み合わせを決めていたようだ)。
驚きなのは、それが子供たちのためだと本気で思っている親がいること。
理解に苦しむ。

能力の差とは別に、努力ではどうにもならない「差」というのもある。
たとえば、身長などがそうだ。
先天的な差はどうにもならない。
これもまた、コンプレックスを感じさせないように身長順に並ばせない学校もあるらしい。
実に馬鹿げた話だ。
確かに背が低いのは自分のせいじゃない。
努力ではどうしようもない。
だからこそ、そのコンプレックスに向き合い、自覚し、自分の個性という考え方に変えていけるよう鍛えねばならない。
一生付き合って行かねばならないコンプレックスならなおさらだ。

私の息子は背が低く、幼稚園の頃から中学生の現在に至るまでずっと一番前だった。
小学校低学年の頃はたいそう気にしていたようで、「チビ」とからかわれるとよく泣いていた。
しかし中学生になった今では、「チビ」を自虐ネタにして笑いをとるほど強くなっている。
おそらく今でもコンプレックスではあるだろう。
しかし、そのコンプレックスを「個性」に変える力を身につけたようだ。
逞しくなったと思う。

人が人である以上、「差」は必ず存在する。
教育に携わる方々は、コンプレックスに負けてしまうような軟弱な人間を作らないでほしい。


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以下、記事本文引用
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鳥取の小学校は「学級委員長」なし 「なれない子供が傷つくから」?
鳥取県の公立小学校には「学級委員長」がいない。リーダーを決めれば差別につながる、との抗議を人権団体などから受け自粛した結果なのだそうだ。しかし、2009年春から鳥取市で1校だけ20年ぶりに「学級委員長」が復活する。市の教育委員会が2、3年前から子供達の社会性、自主性を育てるために復活を呼び掛けてきた成果らしいが、後に続く学校が現れるかはわからないという。

徒競走もコースを変え、同時にゴールする
鳥取県の公立小学校が「学級委員長」を無くしたのは、人権団体などから「委員長になれなかった子供が傷つく」「自分にはできないと劣等感が生まれる」などの抗議があり、自粛が全県に広がったためだという。図書委員、保健委員といった担当者はいるが、これらの委員は全て横並びの関係にしている。また、「差別」の観点から、運動会の徒競走でも全員が同時にゴールできるように、走るのが遅い子供に対しては、コースをショートカット(近道)したり、スタートラインを他の生徒より前にしたりする学校もあるのだそうだ。

そうした中、鳥取市では2009年春から1校だけだが「学級委員長」を復活させる。鳥取市教育委員会はJ-CASTニュースの取材に対し、

「横並びで生徒は『誰かがしてくれるだろう』と考え社会性、自主性が育たない。2、3年前から市内の小学校に委員長の復活を呼び掛けてきた」
と打ち明ける。人権団体とも交渉し「苦情は受け付けない」と突っぱねたのだそうだ。

その学校は「鳥取市立湖南学園」。08年に小中一貫校の指定を受け09年春から本格的な一貫教育が始まる。同校の金田吉治郎校長はJ-CASTニュースに対し、子供の保護者などから自分の意見を大勢の前でも堂々と表明できるような子供を育てて欲しい、という要望が多くあり、09年春の一貫校としての新制度策定がいい機会だったと明かした。

愛媛県は半数の小学校に「委員長」がいない
そのうえで、

「指導要領を見ても、子供の自主、自立という言葉が盛んに使われている。さらに、みんなをまとめて行くような人材、リーダーを育てていかなければならないとも考えている」
と復活する理由を語った。

ただし、市の教育委員会によれば、「湖南学園」に続き市内で復活させる小学校が出るのかどうかは分からず、県内の地方の小学校ほど復活は難しいのではないか、と話している。小学校の「学級委員長」を「人権」の視点から無くす自治体は大阪以南に多い。愛媛県が04年に調査したところ、同県の約半数の小学校が「学級委員長」を置いていなかったそうだ。同県の教育委員会はJ-CASTニュースに対し、

「様々な子供に活躍の場を与えることを目的に、リーダーの固定を避けているのだろう。必ず学級委員長を置かなければならないという規定はないため、それぞれの学校の判断に任せている」
と話している。
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by sakanoueno-kumo | 2009-02-12 21:15 | 時事問題 | Comments(2)  

麻生首相、郵政民営化で滑稽釈明

<麻生首相>2年間勉強し賛成に…郵政民営化で釈明

「2年間の間にいろいろ勉強して、長期的に考えれば民営化した方がいいと最終的に変わった」
こうまで自分の発言に責任を持てないと、怒りを超えて逆に笑ってしまう。
失言、釈明を何度繰り返したら気が済むのだろう。
郵政民営化反対を貫いて議席を失った議員や、党を追われた議員たちのほうがよほど立派である。
彼らは少なくとも自らの主張に責任を持って行動した(のちにいつのまにか復党した者もいるが)。
麻生さん、貴方からは「1日でも長く総理でいたい」という主張しか伝わってこない。

彼の高祖父である明治維新の元勲大久保利通は、今日の官僚制度の基盤を築いた人物として現在でも酷評されることもあるが、どれだけ敵を作っても己の信念を貫いた人物である。
自ら招いた失策は必ず自らが責任を負い、ビジョンを明確にし、信念に基づいてそれを貫いた。
そして実に潔癖であり、蓄財の念は全くなかった人物といわれている。

大久保利通や吉田茂など偉大なルーツを持つ、第92代内閣総理大臣麻生太郎氏。
日本の歴史上、最も愚かな首相になるかも知れない。


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<麻生首相>2年間勉強し賛成に…郵政民営化で釈明
 麻生太郎首相は9日の衆院予算委員会で、郵政民営化に「賛成じゃなかった」と述べたことに「(03年に)総務相に指名された時は反対だった。だが、(総務相在任中の)2年間の間にいろいろ勉強して、長期的に考えれば民営化した方がいいと最終的に変わった」と釈明した。筒井信隆氏(民主)への答弁。
 首相は05年の衆院解散当時抱いた懸念に、「(4分社化で)もうかる会社と、もうからない会社が出て給与に差が出るのではないか」ことなどを挙げた。
 同委は9日午前、09年度予算案に関する中央公聴会を16日に開くと与党の賛成多数で議決した。反発する野党議員が委員長席に詰め寄って一時騒然とした。
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by sakanoueno-kumo | 2009-02-09 20:45 | 政治 | Comments(0)  

天地人 第6話「いざ、初陣」

1576年(天正4年)9月、兼続の初陣という設定。
兼続の初陣など史実には残っていないが、1560年生まれの兼続はこのとき数えで17歳。初陣であっても何らおかしくはない。
ここで発言しておきたいのだが、よく歴史に詳しい視聴者で「史実と違う」「記録にない」などとやたらクレームをつける方々がいるが、そういう発言は私は好きではない。
歴史を変えてしまうような嘘はまずいと思うが、あってもおかしくない嘘はいいと思っている。
クレーマーの言うように史実だけで構成した物語など何の面白みもない。
「ありえない」ではなく「あったかもしれない」というふうに思って観れないものなのだろうか?

初陣で戦の怖さを知る兼続。
怖いもの知らずで大きな仕事に挑むも、初めて知る現実の怖さに足がすくんで動けなくなる。
我々の社会でも若い人たちによくある姿である。
誰もが通る道で、大人への成長過程には不可欠な経験なのだが、戦国の世の場合、それが命取りになることもある。
「心に迷いがある」と、兼続を突き放した謙信。親心に他ならない。
景勝の言葉。
「家臣の不始末の責めを負うのが、上に立つ者の務めじゃ。」
第2話のときもこのブログに書いたが、戦国時代の主従関係というのは「ギブアンドテイク」の信頼関係のもとに成り立っていると私は思っている。
部下のミスの責任を上司が負う。
こんな当り前のことが、今の社会で果たして行われているだろうか?
食品偽装問題などで、現場の所為にして責任逃れしようとする大手企業役員や、秘書や若手議員に罪を負わせて何食わぬ顔をしている大物代議士に問いたいものだ。

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by sakanoueno-kumo | 2009-02-08 23:45 | 天地人 | Comments(0)  

改革腰ぬけ政権

<麻生首相>郵政4分社化体制「見直すべき時に来ている」

総裁が代われば方針も変わるのであれば、政党政治の意味をなさない。
ましてや今の麻生政権は、小泉政権の延長政権なのだ。
「小泉首相のもとで私は郵政民営化に賛成じゃなかった。」
今更何を言っているんだこのオヤジは?
今の与党の議席は、郵政選挙と呼ばれた基盤のもとに成り立っているのだ。
小泉改革路線を変えたいのならば、まず第1に解散総選挙で国民の声を問え!

そもそも郵政民営化の本来の目的は郵貯・簡保という金融2事業の売却にあったのではないのか?
郵政金融2事業を売却して得られる財政収入のメリットと地方の金融機能が斬り捨てられるデメリットは切り離して考えなければならないはず。
なぜならば、地方における郵便事業のサービス低下など最初からわかっていたことで、そのリスクと比較しても、民営化が必要という判断だったのではないのか?

一部の有識者といわれる屁理屈こきの評論家とマスコミが小泉改革批判を叫んだせいで、世論までもが小泉批判に同調しはじめ、本丸だった「郵政民営化」までも見直そうとしている。
「痛みを伴う改革」ではなかったのか?
「痛み」に耐えられなさすぎではないか!
足りないものは補えば良い。
大切なのは前向きな姿勢。
昔に戻るのでは意味がない。

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<麻生首相>郵政4分社化体制「見直すべき時に来ている」
 麻生太郎首相は5日の衆院予算委員会で、日本郵政グループの4分社化体制について「四つに分断した形が本当に効率がいいのか。もう一回見直すべき時に来ているのではないか」と述べ、サービスや採算性向上のために再編する可能性に触れた。筒井信隆氏(民主)への答弁。4分社化は郵政民営化関連法を巡って05年に自民党内で議論が起こった際、最も対立が激しかった論点の一つで、党内外に波紋が広がるのは確実だ。
 郵政担当の鳩山邦夫総務相も答弁で「国に戻すのでなければ、聖域なく、どんな見直しをやってもいいということで対処する」と首相に同調した。
 同法は、06年に発足した政府の郵政民営化委員会に、3年ごとに民営化の進ちょく状況や経営形態を総合的に見直すよう求めており、今年3月が期限に当たる。
 これを踏まえ、自民党の「郵政民営化推進に関する検討・検証プロジェクトチーム」は、郵便局会社と郵便事業会社を統合して3社体制にする案や、過疎地で金融サービスを維持する仕組みの導入も協議している。首相答弁は、こうした議論や民営化委員会が3月にまとめる報告に影響を与えそうだ。
 ただ、首相は5日夜、首相官邸で記者団に「(見直し)内容に私がこうしろああしろと言う立場にない」と述べ、具体的な議論からは距離を置く姿勢を示した。
 首相は05年4月の同法の閣議決定当時は総務相。5日の予算委で「小泉(純一郎)首相のもとで私は郵政民営化に賛成じゃなかった。私が反対と分かってたので、(総務相の担当職務から)郵政民営化担当は外された」と自ら披露した。その上で「国会の議論の末、民営化は決定された。今後は国民へのサービスの向上や(経営的に)健全な企業にさせていく」と述べた。
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by sakanoueno-kumo | 2009-02-06 14:44 | 政治 | Comments(2)  

天地人 第5話「信長は鬼か」

戦国武将の中で、最も対照的な考えを持つ「織田信長」と「上杉謙信」。
自らを毘沙門天の化身と称し、何よりも「義」を重んじた謙信に対して、神仏を信用せず、古い権威を否定し、常に合理的な考えのもとに生きた信長。

第5話で、兼続はこの両極端な二人の心を垣間見る。
信長曰く、
「欲に目がくらみ、富に執着し、保身のために戦までしおっても、坊主ならば許されるか?」
「義とは戦をするための口実にすぎぬ。義を振りかざし、しがらみにとらわれているばかりでは、天下はおさまらぬ。私は、腐った根っこから全てこの世を作り直したいのだ。」

この時代の僧侶は、政治的権力者でもあった。
欲に目がくらみ、富に執着した権力者は、平成の現代においても変わらない。
官僚主導の現代の古き悪しき体制を、腐った根っこから作り直すためには、信長のような強引さもまた必要であるかもしれない。

謙信曰く、
「強きものが弱きものの叫びを力でねじ伏せることが、はたして真の義であるのか?」
「義とは、人が人であることの美しさよ。」

これもまた、格差社会といわれる現代の世の中に失われてしまった心なのかもしれない。

古き良き「義の思い」と、新しい「改革の思い」。
どちらも必要であり、必然であると思う。
二つの「こころ」が融合する時代は、まだまだ訪れそうにない。


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by sakanoueno-kumo | 2009-02-01 21:48 | 天地人 | Comments(0)