<   2009年 09月 ( 12 )   > この月の画像一覧

 

天地人 第39話「三成の遺言」

 大河ドラマにおいて、初めて関ヶ原の敗者側が主役となった今年の「天地人」。直江兼続と石田三成の友情物語でもあったこの物語では、当然その最期も三成側の視点から描かれている。

 関ヶ原の敗軍の将として無念の最期を遂げた石田三成。優れた行政能力を持った官僚型の人物で、同じ豊臣恩顧の福島正則や加藤清正などの武断派たちとの間に確執があったとされ、その確執が結果的に関ヶ原での敗走を招いたともされる。しかし自らの領地・近江では、善政を敷いていたため領民から慕われ、三成の死後も領民たちは佐和山城付近に地蔵を築き、彼の遺徳を偲んだという。ドラマでは省かれていたが、関ヶ原を敗走した三成が自身の領地・近江の岩窟に身を潜めていたとき、領民の与次郎という人物が死罪を覚悟で三成の献身的な介抱をする。三成はこの与次郎の義侠心に感銘し、彼に罪が及ばないように自ら役人に身を晒したという有名な話がある。彼の人間性がうかがえるエピソードである。

 「大義は尚、我にあり。」「不義の輩が長く栄えるは無しと思われよ。」
 囚われの身となった三成が家康に言った最期の言葉だが、皮肉にも歴史はその言葉とは全く反対の意志を示し、以後250年に及ぶ日本歴史上最も安定した政権、徳川時代に繋がるのである。ならば三成の言う「正義」は間違っていたのか・・・。そうは思えない。それではもしも関ヶ原の戦いで三成が勝利していたら・・・その後の日本がどのような歴史をたどったかは、誰にもわからない。やはり歴史の「もしも」はタブーで、歴史に起こった出来事はすべて現代の私たちに繋がっており、それは歴史の必然であって、「正義」と言えるのかもしれない。

 処刑を待つ三成と福島正則が酒を酌み交わすシーンはいいシーンだった。もちろんこのようなエピソードは存在せずフィクションなのだが、石田三成と福島正則という二人が、道は違えても豊臣家の為に命を賭した武将であったことは十分に伝わるシーンであり、その心は決してフィクションではないだろう。

 石田三成 辞世の句
 「筑摩江や 芦間に灯す かがり火と ともに消えゆく 我が身なりけり」


ブログ村ランキングに参加しています。
下記、応援クリック頂けると嬉しく思います。
     ↓↓↓
にほんブログ村 テレビブログ 大河ドラマ・時代劇へ
にほんブログ村
[PR]

by sakanoueno-kumo | 2009-09-28 01:00 | 天地人 | Trackback | Comments(0)  

八ッ場ダム建設中止は当然のこと。

 土建屋自民党の残した負の遺産「八ッ場ダム」の建設中止が難航しそうな様相である。治水・利水効果がほぼ皆無といわれているこの事業で、推し進める理由はどこにもない。半世紀以上も振り回された地域住民の方々の気持ちは察するに余りあるが、だからと言って不必要なものが必要になるものではない。建設推進を求める声は、地域住民への感情論であったり、これまで使った経費が無駄になるとか、建設中止に伴う経費が莫大であることなどを説くが、このダムの必要性に関してはほとんど聞こえてこない。大切なのは必要性で、不必要なものならば、損得勘定に関係なく中止すべきだろう。

 「すでに7割も進んでいる工事を今更やめる方が不利益。」というマスコミ報道を聞けば勘違いしそうになるが、「すでに予算の7割も経費を使った。」というだけで、工事自体はまだほとんど進んでいない。鉄道工事以外はほとんど未着手で、その状態で総予算4600億円の7割も使ってしまったこれまでを考えれば、この先工事を推し進めた場合、追加予算になることは十分に考えられることである。(実際、2004年に総予算2100億円から4600億円に引き上げられている。) 完成後の維持費も莫大なものになり、「ダム建設を継続した方が中止するよりも経費がかからない。」などという損得勘定も眉唾ものである。

 地域住民の方々においては、半世紀以上もの長い間罵声や非難を浴びせられ、苦しめられ、家を移った人、墓を掘り起こして移設した人など「今更中止などと言われても。」という心中は痛いほど理解できる。今後十分な損害賠償等、ケアを行ってほしいと思う。しかし方々には申し訳ないが、不必要とわかっているものや一部の既得権益のために私たちの税金が注ぎ込まれることを容認するわけにはいかない。


にほんブログ村ランキングにエントリーしています。
下記、応援クリック頂けると嬉しく思います。
      ↓↓↓
にほんブログ村 ニュースブログ 時事ニュースへ
にほんブログ村


下記、記事本文引用
***************************************************************************
<八ッ場ダム>国交相が視察 「建設中止は白紙に戻さず」
  前原誠司・国土交通相は23日、八ッ場(やんば)ダムの建設予定地(群馬県長野原町)を視察し、地元自治体の首長らと意見交換した。前原国交相は「政策変更でご心労をおかけした」と謝罪したうえで、「建設中止の考えを白紙に戻すことは考えていない」と中止方針の堅持を表明した。予定されていた地元住民との意見交換会は、住民側が「建設中止ありきだ」と反発して欠席したため中止され、国と住民との直接対話は実現しなかった。

 ◇地元住民が欠席、意見交換会は中止

 視察は午前11時半から行われ、馬淵澄夫副国交相ら政務三役、国交省河川局長らが同行した。ダム本体の建設予定地のほか、7月に完成した仮排水トンネル、水没予定地の住民の代替地を視察した。
 地元自治体との会合には、大澤正明・群馬県知事、高山欣也・長野原町長、茂木伸一・東吾妻町長らが出席。前原国交相は建設中止の理由について▽自民党政権が昨年6月、建設計画のきっかけになった1947年のカスリーン台風の洪水流量は、ダムがあっても変わらないと答弁した▽ダムが完成しても利根川水系の堤防強化の必要があるが、ダムのため1000億円あった河川整備費が500億円に減った▽当初の水需要予測が過大だった――などと説明した。
 住民との協議の前に中止を表明したことについて前原国交相は「配慮に欠けた」と謝罪したが、一方で「(民主党が)マニフェストで約束し、やり遂げる責任がある。納得してもらえるとは思っていないが、税金の使い道を変える」と理解を求めた。そのうえで、ダム建設が前提の暫定水利権や付け替え道路事業の維持・継続と地元が負担している利水費の返還を実施し、総事業費以外に1都4県が支出した生活再建事業費の扱いについても検討する姿勢を明らかにした。
 大澤知事は、95年に同ダム事業の協定書を締結した際、「自社さ政権で鳩山総理や前原国交相も一員だった」と指摘、新政権の対応を批判した。この点について前原国交相は会合後の記者会見で「批判は甘んじて受けなければならない」と述べた。また会見では、ダム事業の見直し基準の一つとして「一番核となる本体工事の着工の有無」を挙げた。地元との今後の協議については「ひざ詰めでしっかりうかがい、将来について、頭を切り替えて話をしていただけるようになるまで何度も話をさせていただく」と述べた。
[PR]

by sakanoueno-kumo | 2009-09-24 15:07 | 政治 | Trackback | Comments(0)  

天地人 第38話「ふたつの関ヶ原」

 「ふたつの関ヶ原」と題した今話。言わずと知れた東軍と西軍における関ヶ原の戦い加えて、東北の地では出羽の最上軍と兼続たち会津の上杉軍の戦いが繰り広げられる。このふたつの戦い以外にも、北陸、四国、九州、伊勢などでも戦があったという。まさに日本全土を巻き込んだ歴史上最大の大戦である。

 天下分け目の関ヶ原の本戦は、たった1日で勝敗を決することとなった。石田三成率いる西軍10万に対し徳川家康率いる東軍7万。数の上では勝る西軍だったが、毛利軍、島津軍などは参戦することなく、実際に戦っていたのは3分の1ほどだったと言われる。それでも三成の立てた戦略と、大谷、宇喜多、小西軍の奮戦もあり優勢に運んだ西軍だったが、勝利を目前にして形成は瞬く間に逆転。西軍の総崩れとなっていく。その1番の要因は小早川秀秋の寝返りに尽きるのだが、その他にも戦線を離脱する者や役割を放棄して退く者など、多くの裏切り行為があったと言う。徳川方の「関ヶ原」は事前の切り崩し工作から始まっていた。一説には家康が諸大名に宛てた書状は200通にも及ぶと言われている。

 「それがしの如き微力な者の声によくぞお応え下された。この御恩は終生忘れませぬ。」
美濃・大垣城において打倒家康のもとに集まった諸将に向けて言った三成の心の言葉。しかし、誠実な心だけでは家康の政治力には勝てなかった。頭脳明晰な知略者故、人望に欠けていた官僚・石田三成は、謀に長けた政治家・徳川家康には及ばなかった。

 徳川家康という人物が、秀吉に比べて後世不人気なのは、この「関ヶ原」前後から「大阪冬の陣・夏の陣」にかけての陰湿な裏工作のイメージにあるだろう。実際には行ったことを思えば、家康より秀吉の方がかなり陰謀家なのだが、秀吉の持ち前の朗らかな人柄にカバーされていてクローズアップされない。しかし家康はこの晩年の10年ほどがあまりにも陰湿だったため、それまでの彼の謹厳実直な人柄はあまり語られない。これは物語の描き方にもよるのだろうけど・・・。

 関ヶ原のキャスティングボードを握った小早川秀秋だったが、彼が寝返った理由も諸説あり、本当のところはわからない歴史の謎である。今話では三成自身が小早川陣に足を運び説得する。
「家康征伐の暁には、小早川様には関白におなりいただく故、ここは何卒。」
しかし、この「関白」という言葉を聞き、秀秋の脳裏には皮肉にも切腹させられた秀次事件が浮かんだ。若い秀秋にとって「関白」という職は忌まわしいものでしかなかった。このストーリーは今までにない展開で面白かった。これがもし本当だったら、秀吉の行った愚行が結局豊臣家を滅ぼす原因になったことになる。まさに「天網恢恢疎にして漏らさず。」といったところだろうか。


ブログ村ランキングに参加しています。
下記、応援クリック頂けると嬉しく思います。
     ↓↓↓
にほんブログ村 テレビブログ 大河ドラマ・時代劇へ
にほんブログ村
[PR]

by sakanoueno-kumo | 2009-09-21 19:09 | 天地人 | Trackback | Comments(0)  

鳩山内閣発足。

<鳩山内閣>閣僚名簿を発表 副総理に菅氏、財務相に藤井氏

 永田町の一番長い日。本日午前、麻生内閣は首相官邸において臨時閣議を開き総辞職。午後から衆参両院本会議において首班指名選挙を行い、鳩山由紀夫民主党代表が第93代内閣総理大臣に選出された。投票数は、衆議院327票(定数480票)、参議院124票(定数は242票)を獲得、いずれも定数の過半数を超え、当選を果たした。

 その後首相官邸において平野博文官房長官が閣僚名簿を発表。そして夜、皇居での首相任命式と閣僚認証式を行われ正式に鳩山内閣が発足した。顔ぶれは下記のとおり。

▽総理・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・鳩山由紀夫(衆院)
▽副総理・国家戦略局担当相・・・・・・・・・・・・菅 直人(衆院)
▽総務相・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・原口一博(衆院)
▽法務相・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・千葉景子(参院)
▽外務相・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・岡田克也(衆院)
▽財務相・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・藤井裕久(衆院)
▽文部科学相・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・川端達夫(衆院)
▽厚生労働相・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・長妻昭(衆院)
▽農林水産相・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・赤松広隆(衆院)
▽経済産業相・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・直嶋正行(参院)
▽国土交通相 沖縄北方・防災・海洋担当・・前原誠司(衆院)
▽環境相・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・小沢鋭仁(衆院)
▽防衛相・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・北沢俊美(参院)
▽官房長官・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・平野博文(衆院)
▽国家公安委員長 拉致問題担当・・・・・・・・中井洽(衆院)
▽郵政・金融担当相・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・亀井静香(衆院・国民新党)
▽消費者・少子化担当相・・・・・・・・・・・・・・・・福島瑞穂(参院・社会民主党)
▽行政刷新会議担当相・・・・・・・・・・・・・・・・・仙谷由人(衆院)

 主要ポストはここ数日報道等で予想されていた名前のとおり。サプライズ人事はなかった。もっとも小泉政権以降、サプライズを期待する向きがあったが、本来は適材適所に選出されるのが当然であり、予想どおりの人事に納まるのが常道なのだろう。安倍政権などの「お友達内閣」で見られたような鳩山氏の周辺で選んだ感もなく、党内の実力者で固めたというのが大方の見かた。「脱・官僚」を掲げているだけに、官僚のペーパーなしでも答弁出来る面々を揃えたというところだろうか。(個人的にはよく知らない人も3人ほどいるが・・・。)

 注目は、新しいポストである菅直人氏の国家戦略局担当相。ここ数日テレビなどで散々説明してくれたのでシステムはわかってきたが、はたしてどれだけ機能するものだろうか。各担当大臣含めてかなりの責任を担う訳で、円滑に機能するのか不安は拭いきれない。

 国民新党からは亀井静香氏、社民党からは福島瑞穂氏がそれぞれ入閣。思想も主張も全く異なるこの二人が同じ閣議の席について、どのように折り合いをつけていくのか見もの。鳩山首相の手腕が問われるところだろう。

 とにもかくにも、期待と不安が入り混じった鳩山新政権の船出である。


にほんブログ村ランキングにエントリーしています。
下記、応援クリック頂けると嬉しく思います。
      ↓↓↓
にほんブログ村 ニュースブログ 時事ニュースへ
にほんブログ村

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090916-00000732-yom-pol
 
[PR]

by sakanoueno-kumo | 2009-09-16 22:58 | 政治 | Trackback(1) | Comments(0)  

イチロー 9年連続200本安打達成!

 イチロー選手が史上初となる9年連続200本安打の記録を達成した。ダブルヘッダーの2試合目、ショート内安打での記録達成はいかにもイチロー選手らしい内容。 またひとつ「イチロー伝説」の1ページが刻まれた。

 従来の記録は昨年までのイチロー選手と、1894~1901年のウィリー・キーラーの8年連続。実に108年ぶりの記録更新。日本でいえば、日露戦争勃発の5年前のことである。19世紀から20世紀にかけて樹立されたメジャーリーグ創成期の記録で、この時代のベースボールは今とずいぶんルールも違い、例えばファールボールはストライクにカウントされなかったり、スリーバント失敗は三振にならなかったりと、打者有利な時代の記録である。 そんなことを思えば100年以上経った21世紀においてのこの記録達成は、紛れもなく前人未到の大記録であり、それを日本からやってきたサムライが達成したことは、同じ日本人としてこの上ない誉れである。

 今年のイチロー選手は記録ずくめの年。開幕当初の日米通算3086安打の日本記録に始まって、先週のメジャー通算2000本安打達成。そして今日の9年連続200本安打達成と1年で3つの大記録を樹立したわけだが、先の2つの記録は現役を続ける限り更新されていくわけで、イチロー選手ならば遅かれ早かれ達成可能だった記録。(もちろんこれも大変なことなのだが・・。) しかし今日のこの9年連続200本安打の記録は1年でも途切れてしまえばそれで終わり。リセットされてまた1からという記録である。故にイチロー選手に掛かるプレッシャーは相当なものだっただろうと想像するところであるが、それを見ている私たちに感じさせないのが彼の超一流なところだろう。

 連続記録では新記録となるが、200本安打のメジャーリーグ最多記録は、ピート・ローズの持つ10度で、イチロー選手の9度はタイ・カッブと並ぶ史上2位となる。ピート・ローズ、タイ・カッブ・・・・野球ファンなら誰でも知っている伝説の選手とも肩を並べているのである。この伝説の選手たちをも超えてしまうのではないかと思えば、鳥肌ものだ。

 言うまでもなく、イチロー選手にとって今日の安打は、メジャー通算2005安打目であり日米通算3283安打目に過ぎない。 現在35歳、次はどんな感動を私たちに見せてくれるのか、まだまだ「イチロー伝説」から目が離せない。

 
ブログランキングに参加しています。
下記、応援クリック頂けると嬉しく思います。
      ↓↓↓
にほんブログ村 野球ブログ プロ野球へ
にほんブログ村

下記、記事本文引用
***************************************************************************
イチロー、9年連続200安打 大リーグ史上初
 米大リーグ、マリナーズのイチロー外野手(35)=本名鈴木一朗=は13日、テキサス州アーリントンのレンジャーズ・ボールパークで行われたレンジャーズ戦のダブルヘッダーで2安打を放って今季200安打とし、大リーグ史上初の9年連続200安打を達成した。イチローは6日のアスレチックス戦で大リーグ259人目、日本選手初のメジャー通算2千安打を記録している。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090914-00000007-spnavi-base
[PR]

by sakanoueno-kumo | 2009-09-14 12:08 | プロ野球 | Trackback(1) | Comments(4)  

天地人 第37話「家康への挑戦状」

 直江兼続と言えばやはりこの「直江状」。天地人紀行でも紹介されていたとおり、この「直江状」は原本が残っておらず、現在伝わっているものは複数あり、これらは後世の写しと言われている。内容も微妙に違っており、そのため解釈もさまざまある。研究者の中には、「直江状」の存在すら否定する向きもある。

 本物語においての「直江状」の解釈全文。
 「内府さまは会津に関する様々な噂にご不信を持っておられるとのこと。無理もなきことながら真相はいずれお耳に入ることとなりましょう。
 主、景勝の上洛が少ないとは真に心外。上杉は一昨年に国替えをしたばかり。そう度々上洛をしていたら、いったいいつ領内の政(まつりごと)が出来ましょう。それをもって景勝に逆心ありとは見当違いも甚だしい。言いふらした浅はか者の顔が見てみたいものでございます。
 逆心なき証に起請文を差し出せと仰せなれども、これまでの起請文はいったい何だったのでございましょう。景勝は天下に知れた律義の者。もとより疾しきことなど一切ござらん。内府様ともあろうお方が、人の告げ口を確かめもせず景勝謀反と思し召しとは驚いたこと。公平なお方と予て敬っておったは、とんだ勘違いでござろうか。
 加賀前田様を意のままに扱われた件に至っては、「真に結構なご威光でございますなあ」と申し上げる他なし。左様にご立派なお方が、堀秀治なんぞに振り回されるとはなんとも嘆かわしいかぎり。
 我らが武具を買い集めているとお咎めなれど、これは田舎武士の習わしにて、上方武士がつまらぬ茶碗集めにうつつを抜かすよりはまし。余計な心配は御無用。上杉家は、越後の堀をはじめ、伊達、最上ら多くの大名衆と境を接しております。されど他国に繋がる道を作ったくらいで、謀反謀反とほざき立てるは春日山のご城主のみ。余程の愚か者と見受けられます。
 もし景勝に謀反の心があれば、国境(くにざかい)を閉ざし堀を廻らすのが道理。何処からでも攻められるような道をわざわざ作るなど、大馬鹿者の所業にございます。どちらが正しいかは誰が見ても明々白々。
 当節は、例え心に謀反を思うても、勝ち目なしと見れば手のひらを返して服従するが流行りのようでございます。されど、斯様な恥知らずと景勝を一緒にされては迷惑千万。謙信公を始め、歴代武門の誉れも失われます。
 嘘つきものを引き据えて正しい詮議をなさらぬままならば、上杉の上洛などもってのほか。果たして景勝に非があるのか、内府様に裏表がおありなのか、すべては天の沙汰を待つところとなりましょう。重ねて申し上げます。嘘つきものの申し立てを鵜呑みにされ、景勝を疑うとあれば致し方なし。内府様がそこまで天下の正義をおわかりにならないお方であったとは、残念と申すほかなきことでございます。
                                四月十四日 直江山城守兼続」


 本来はもっと長い文章だが、物語に関係のないところは省いて要訳したのだろう。とにかく家康が逆上するには十分な内容である。前話の三成と兼続の「密約」が本当にあったとすれば、この書状が関ヶ原の戦いの導火線になったことになる。「その時、歴史が動いた」書状である。

 家康軍との決戦を目前にした上杉軍だったが、三成の挙兵の知らせを受けた家康軍は全軍を率いて西へ引き返す。このとき上杉軍が何故追撃しなかったかは諸説あるが、今もって謎。今話の景勝と兼続のようなバトルは実際にあったかもしれない。
「我らの望みは、家康を倒し清き国を作ることのみ。それだけを願ってここまで来たのでございまするぞ。今撃てばそれがかないまする。」
「義に叛いてまで敵を討てば、天はいずれ我らを見放すであろう。それでも追いたくば、わしを斬ってからにせよ。」
兼続の思う「義」の心。景勝の思う「義」の心。しかし、兼続の言う「義」は、その場の「利」でしかないという景勝。自分を斬れとまで言った景勝の強い覚悟に、兼続は屈するのである。

 歴史のイフはタブーだが、このとき三成の挙兵があと少し遅れていたらどうなっていたか。天下分け目の関ヶ原にどう影響していたか。そんなことを考えたくなる歴史の1ページである。

~追記~
 上記文章を打ち終えて投稿したのち、NHKの「天地人」HPを見たらなんと、ドラマ中の「直江状」の全文が載っているではないか!ビデオを一時停止しながら必死で入力した労力は何だったのか・・・。家康以上に逆上した私だった。



ブログ村ランキングに参加しています。
下記、応援クリック頂けると嬉しく思います。
     ↓↓↓
にほんブログ村 テレビブログ 大河ドラマ・時代劇へ
にほんブログ村
[PR]

by sakanoueno-kumo | 2009-09-14 02:04 | 天地人 | Trackback | Comments(0)  

幼稚な親たち。

 世に言う「モンスターペアレンツ」は、どんどんエスカレートする傾向にあるようだ。っていうか、ここまでくると「クレージーペアレンツ」と言わざるを得ない。教職員にも眉をひそめる不祥事が後を絶たないが、親の精神年齢の低さには目に余るものがある。

 どこの学校にも文句を言いたくなる教師はいるもので、親の立場からすれば我が子可愛さでフラストレーションがたまったりすることは往々にしてあるものだが、たいていの親は我が子の学校での立場を考えて不問に付するものである。ましてや今回のこの事件の場合、記事内容だけでは判断できないが、明らかに校則違反で再三指導しており、学校側にはなんの落ち度もない。まったくもって自己中心的な行為である。

 いわゆる「腐ったミカン」世代の現在42歳になる私は、中学・高校が非常に荒れていた時代を過ごし、私自身も決して素行の良い学生ではなかった。横浜銀蠅バリのダボダボのズボンを身に着けて登校し、校門で追い返されたこともしばしば。高校時代、教師を殴って停学処分になったこともある。その教師は何度も生徒とイザコザを起こしていた問題教師で、ガキだった私は正義の制裁のつもりだった。しかし停学明けの登校の日、私の母親が、校長や担任、そしてその問題教師に何度も何度も繰り返し頭を下げて謝罪している姿を見て、自分のとった愚かな行為を悔いたものである。このとき母親が一緒になって問題教師を批判していたら、のちの私の生き方は大きく違っていただろう。

 今回の事件でこの両親の行いを見て、この中学生の娘は何を感じただろう。そして彼女のこれからの人生にどんな影響を及ぼすだろう。子供は親を見て育つ。我が子可愛さからの行動だとしても、あまりにも幼稚な思考回路である。こんな精神年齢の低い幼稚な親に育てられた子供たちもやがて大人になる。そして親になってまた子供を育てる。「クレージーペアレンツ」がさらにエスカレートしたらどうなるのだろう。


にほんブログ村ランキングにエントリーしています。
下記、応援クリック頂けると嬉しく思います。
      ↓↓↓
にほんブログ村 ニュースブログ 時事ニュースへ
にほんブログ村


下記、記事本文引用
***************************************************************************
<暴力容疑>娘の中学に乱入 30代の夫婦逮捕 埼玉
 埼玉県警朝霞署は10日、同県和光市下新倉4、建具職人、畑中重幸(34)と妻美香(32)の両容疑者を暴力行為法違反と建造物侵入容疑で逮捕した。
 容疑は、4月28日午後1時45分ごろ、中学1年の長女(12)が通う同市立の中学校に夫婦で押しかけ、校舎2階の廊下の床を持ってきた金属バットでたたき、応対した生徒指導担当の男性教諭(57)に「右翼の街宣車でおまえの家に乗り付けるぞ」「包丁で刺すぞ」と暴言を吐いた上、教諭の胸を手で突くなどしたとしている。
 同署によると、長女は仲間と私服で登校を繰り返し、学校側が度々指導していた。この日も、同じ男性教諭が長女らに服装や髪形を注意し、「家で着替えてこい」と校内に入れなかった。夫婦は「この話を娘から聞き、腹が立った」と供述しているという。
 夫婦は過去何度も学校に押しかけたことがあり、今回は学校側が被害届を提出した。
[PR]

by sakanoueno-kumo | 2009-09-11 17:10 | 時事問題 | Trackback | Comments(4)  

事件の残虐性。

 この種の裁判で毎回判決理由となる、「残虐性」の定義。そして殺した人数での量刑。多くの人がおかしいと思っているにも関わらず、法に基づく裁きには反映されない。事件の「残虐性」は、秋田連続児童殺害事件の裁判でも争点となっていたと記憶する。

「なぶり殺し」は残虐で、「ひと思い殺す」行為は残虐ではないのか?!
「計画的犯行」は残虐で、「衝動的犯行」は残虐ではないのか?!

どう考えても理解に苦しむ解釈である。

 それでは「残虐」とはどのような事柄を言うのか。国語辞典によると、
【<残虐>・・・むやみに生き物を殺したり傷つけたりするさま。】とある。
さらに「むやみ」を国語辞典で調べると、
【<むやみ>・・・前後を考えずに物事をすること。度を越していること。】とある。
この解釈でいくと星島被告の行為は、計画性はなくとも前後を考えずに人を度を越した殺し方をした行いであり、著しく残虐な行為である。

 一番重視しなければならないのは「動機」ではないのか。「動機」如何では情状酌量の余地もあり、減刑に値する事件もあるだろう。しかし今回のような己の欲望を満たすためという、最も動物的で事故中心的な「動機」こそが残虐極まりない殺人ではないのか。

 計画性がなく、ひと思いに殺したこの事件は、「極めて残虐とまでは言えない」そうである。よって「極刑がやむを得ないとまでは言えない」という結論づけだそうだ。もし、この事件が裁判員によるものだったら、どのような判断が下されただろう・・・。


にほんブログ村ランキングにエントリーしています。
下記、応援クリック頂けると嬉しく思います。
      ↓↓↓
にほんブログ村 ニュースブログ 時事ニュースへ
にほんブログ村


下記、記事本文引用
***************************************************************************
<女性バラバラ殺害>星島被告に2審も無期判決 東京高裁
 東京都江東区のマンションで08年4月、2部屋隣に住む会社員、東城瑠理香(るりか)さん(当時23歳)を殺害し、遺体をバラバラにしてトイレに流したとして殺人や死体損壊罪などに問われた元派遣社員、星島貴徳被告(34)の控訴審判決で、東京高裁は10日、無期懲役とした東京地裁判決(2月)を支持し検察側の控訴を棄却した。1審同様量刑が争点となり、山崎学裁判長は殺害の計画性を否定し「謝罪の態度を示し立ち直る可能性がある」として死刑を回避した。
 死刑を求めて検察側が控訴し、弁護側は控訴棄却を求めていた。
 山崎裁判長は「殺害は身勝手極まりない。死体損壊は人間の尊厳を無視する他に類を見ないおぞましい犯行。突然命を絶たれ、ごみ同然に扱われ、さぞかし無念だったと推察される」と述べた。
 しかし「『東城さんを拉致した時点で殺害に着手せざるを得ない状況だった』という検察側の主張は早計」と殺害の計画性を否定し(1)前科前歴がない(2)自白し罪を悔いている(3)立ち直る可能性がある――などと1審同様の判断を示した。
 2審で判断を変更した点もあった。わいせつ目的で拉致したものの、わいせつ行為には及ばなかった点を1審は有利な情状として挙げたが「有利には考慮できない」とした。さらに「殺害行為は無慈悲で残虐。1審が『極めて残虐とまでは言えない』としたのは相当ではない」と述べた。しかし、83年に最高裁が示した死刑適用基準(永山基準)や被害者が1人でも死刑となった過去の事案との違いを指摘し「極刑がやむを得ないとまでは言えない」と結論づけた。
 2審は出廷する義務がないため星島被告は不在だった。
 判決によると、星島被告は08年4月18日、東城さん方に侵入し帰宅直後の東城さんに包丁を突きつけて自室に連れ込み(住居侵入罪、わいせつ略取罪)、東城さんの首を包丁で突き刺し失血死させた(殺人罪)。さらに遺体を切断して捨てた(死体損壊・遺棄罪)。【安高晋】
 ▽東京高検の渡辺恵一次席検事の話 判決内容を十分検討し今後の対応を決めたい。
 ▽星島被告の弁護士の話 裁判所の判断を尊重する。(被告不在については)ノーコメント。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090910-00000242-yom-soci
[PR]

by sakanoueno-kumo | 2009-09-10 17:20 | 時事問題 | Trackback | Comments(2)  

天地人 第36話「史上最大の密約」

 直江兼続と石田三成を主役とするこの物語で、関ヶ原の戦いにおいて二人の共謀があったか否かは避けて通れない話である。秀吉の死後、上杉家が会津にて挙兵。徳川家康を東国に引きつけている間に大阪にて石田三成も挙兵。そして関ヶ原合戦へと繋がっていく。この戦略を兼続と三成が事前に謀り、言い合わせていたというのが二人の共同謀議説である。これに対して、共謀はありえないとする「密約否定論」が現在では通説になっているようである。上杉家は当時、新領国「会津」に国替えをして間もない時期であり、資金面から考えても大戦を挑むなんてあり得ないというのが理由のようだ。「密約否定論」を唱える人の中には、「直江状」の存在すら否定する向きもある。

 「密約肯定論」の理由は、兼続の挙兵と三成の挙兵が偶然というにはあまりにも出来過ぎのタイミングであること、三成が兼続に宛てた手紙に「密約」を匂わす文章があること、伏見での上杉屋敷と石田屋敷はごく近隣に位置し、「密約」を交わす機会は十分にあった・・・とするものである。

 密約があったのかなかったのか、どちらも明確な証拠となるものは存在しない。ならば学者ではない素人歴史ファンとしては、「密約肯定論」を通して関ヶ原の戦いを見る方が俄然面白いわけである。多くの小説などでもこの説をとっており、この「天地人」においても当然「密約肯定論」をもとに話が進んでいくようである。

 対立関係にあった武断派たちから襲撃を受けた三成だが、こともあろうに襲撃の黒幕と目される家康の屋敷に逃れる。このエピソードもまた、史実かどうかは疑わしいものだそうだが、素人歴史ファンとしてはこの説も信じたいところ。
 「我らのの政(まつりごと)は天下万民のためのものであるべき。己だけが良きめをみんとするは、公平にあらず。」
 三成に佐和山城蟄居を促し、政(まつりごと)のすべてを手にしようとする家康に対し言った三成の言葉。まったくもって正論である。しかし私利私欲のない純粋過ぎるほどの正論は、権力者にとっては目障りなもの。純粋な正論が必ずしも正義とは限らない。三成の言う「政(まつりごと)」は、家康の持つ政治力に敵わなかった。

 間もなく発足する平成の新政権において、三成の言う天下万民のための政(まつりごと)は行われるのだろうか。とりあえずは期待したいところなのだが、家康が幹事長なだけに微妙なところである。



ブログ村ランキングに参加しています。
下記、応援クリック頂けると嬉しく思います。
     ↓↓↓
にほんブログ村 テレビブログ 大河ドラマ・時代劇へ
にほんブログ村
[PR]

by sakanoueno-kumo | 2009-09-08 00:19 | 天地人 | Trackback | Comments(0)  

イチロー メジャー通算2000本安打達成

 またイチロー史に大きな偉業が刻まれた。2001年にシアトルマリナーズに入団してから1402試合目のメジャーリーグ通算2000本安打達成。これは近代野球とされる1900年以降では、1934年に達成されたホワイトソックスのアル・シモンズ(1390試合)に次ぐ2位のスピード記録。メジャーリーグにおける1930年代というのは数々の伝説的記録が達成されている時代で、現代とは野球の質も内容も違い比較すること自体ナンセンスなのだが、その伝説の選手たちの名前をも比較の対象にあげてしまうイチローは、すでに「伝説を超えた伝説の選手」と称しても過言ではないだろう。

 言うまでもなく、これもイチローにとっては通過点に過ぎない。

 9年間プレーした日本では1278安打を記録していて、これで日米通算3278安打となる。世界記録は言わずと知れたピート・ローズの持つ4256安打という前人未到の大記録。あと1000本弱のこの記録も単純に考えるとイチローならば5年で達成できる数字。しかし彼も35歳。ここからの5年間というのは、過去多くの名選手たちも「体力の衰え」という壁に阻まれた年齢である。イチローとて例外ではないかもしれない。しかし数々の常識を覆してきた彼は、年齢という常識もあっさり覆すかも知れない。

 次は近日中に達成されるであろうメジャー新記録の9年連続200本安打。
 イチロー伝説はまだまだ終わらない。


ブログランキングに参加しています。
下記、応援クリック頂けると嬉しく思います。
      ↓↓↓
にほんブログ村 野球ブログ プロ野球へ
にほんブログ村

下記、記事本文引用
***************************************************************************
<イチロー>大リーグ通算2000安打を達成
 米大リーグが6日、各地であり、マリナーズのイチロー外野手はオークランド・コロシアムでのアスレチックス戦に「1番・右翼」で先発出場。一回の第1打席に先発の左腕ゴンザレスから右翼線二塁打を放ち、大リーグ通算2000安打を達成した。日本選手では初めてで、大リーグ史上259人目。
 イチローはこの日、4打数1安打に終わり、チームは2―5で敗れた。大リーグ史上初の9年連続200安打までは、あと5本となった。

<イチロー>9年目の快挙…史上最速 大リーグ通算2千安打
 イチローが、また一つ、大きな峠を越えた。6日、当地で行われたアスレチックス戦の一回、右翼線に痛烈な二塁打を放ち、大リーグ9シーズン目で通算2000安打に到達した。出場1402試合での達成はジョージ・シスラー(1893~1973年、元オリオールズなど)の1414試合を抜き、史上2番目の速さとなった。
 史上1位はアル・シモンズ(1902~56年、元アスレチックスなど)の1390試合。1シーズンの試合数が異なるため比較は難しいものの、シモンズは大リーグ11年目で達成しており、9年での2000安打到達は史上最速となる。
 イチローは引き続き、残り5本に迫った9年連続200安打の大リーグ新記録に挑む。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090907-00000000-spnavi-base
[PR]

by sakanoueno-kumo | 2009-09-07 11:17 | プロ野球 | Trackback(1) | Comments(2)