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天地人 あとがき

 2009年NHK大河ドラマ「天地人」の全47話が終わりました。最終回の視聴率は22.7%だったそうです。全話の平均視聴率は21.2%で、いずれも昨年大ヒットした「篤姫」には及ばなかったものの、近年の大河作品の中ではまずまずの数字となったようです。

 昨今の戦国ブームが追い風になって、それなりの人気を得ていたようですが、一方で古くからの大河ドラマファンからは酷評が多かったこの「天地人」。長年大河を見続けてきた私にとっても、評価の低い作品となってしまいました。私はこのブログで全47話を毎週追っかけてきましたが、なるべく酷評はしないという趣旨を貫いてきたのですが、途中から辛くなってきたというのが正直なところです。印象に残ったシーンや心に響いた言葉などを記してきたのですが、何も感想が浮かばない回もあって、苦しみました。

 何が評価を下げたかといえば、諸所いろいろだとは思いますが、よく耳にする「史実と違う。」という意見に関しては、私はあまり言いたくない部分です。登場人物が実在の人とはいっても、基本的にドラマである以上フィクション。そのフィクションの物語に史実を盛り込んで楽しく見せるというのが、歴史ドラマのポイントだと思うからです。史実ありきで構成すれば、それはドキュメンタリーであってドラマではないと私は思います。過去、名作といわれる作品の中にも、フィクション性の強い作品も見られます。それをもってして面白くないと評するのは私は賛成できません。文書などで残っている史実は、歴史の断片に過ぎません。本当かどうかわからないところにこそ、歴史ドラマの面白さがあると私は思っています。

 次に直江兼続という人物についてですが、戦国武将の中で人気の高い人物ではあるものの、脇役の感が強く、主役として1年間物語を作るには難しい人物ではあったでしょう。しかし、昨年の「篤姫」、一昨年の「山本勘助」も本来脇役の人物で、この二つの作品は私の中で評価が高く、人物の所為とは言えないところがあります。ただ、秀吉などにも勝るとも劣らないと言われた「策士、直江兼続」の姿はあまり見ることが出来ず、最後まで優等生だった姿がイメージと違い、兼続ファンをがっかりさせたところだと思います。妻夫木聡さんの爽やかなイメージから脱却できず、本来の直江兼続の魅力を作り出せなかった感は否めません。

 私がこの作品の中でもっとも感じたのは、テーマの曖昧さです。「愛と義」という、あまりにも広いテーマだった故、その本質が伝わってきませんでした。「利」のみを求める戦国時代において「愛と義」を貫いた直江兼続の人生を通して、弱者を切り捨て、利益追求に邁進する現代人にメッセージを送る・・・という壮大なテーマをうたっていた制作サイドでしたが、結局は何が「義」なのか、何を伝えようとしているのかが見えてきませんでした。第9話の上杉謙信の言葉に「義とは、人が人であることの美しさよ。」というものがありましたが、あまりにも抽象的すぎて理解に苦しいものでした。昨年の「篤姫」では、「役割」という非常に解りやすいテーマがあり、物語を通してその主題がぶれなかった・・・という点に、多くの視聴者の共感が得られたのではないかと思います。この天地人においては、そのテーマである「義と愛」に一貫性がなく、兼続の行動にも矛盾点が多く、共感を得ることが出来なかったことが、この作品の評価を下げた一番の要因と私は思います。

 以上は私の個人的な勝手極まりない感想です。全話を通して酷評は避けていただけに、そのままの姿勢を最後まで貫こうかとも思いましたが、「あとがき」ということで正直な感想を述べさせてもらいました。長年大河は見続けてきましたが、ブログという場で全話感想を述べさせてもらったのはこの作品が初めてです。そいうった意味では、心に残る作品になりそうです。ブログを毎週読んでくださった方がいるかどうかはわかりませんが、毎週感想をエントリーした翌日のアクセス数がもっとも多く、そのことを励みに臨んできました。11か月間ありがとうございました。

 次週からの「坂の上の雲」、来年の「龍馬伝」でも、ブログエントリーは続けていきたいと思います。



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by sakanoueno-kumo | 2009-11-25 02:04 | 天地人 | Comments(4)  

天地人 第47話(最終回)「愛を掲げよ」

 大坂の陣が終わり、太平の世を向かえようとしていた。主人公・直江兼続の晩年を描きながら、物語の回想に重きを置いた最終回。大河ドラマの最終回は、どの作品でもおおむねこういうもの。クライマックスは最終回の前話に置き、最終回では起承転結の後の「静」を描く。そういう意味では、最終回らしい最終回だったと私は思う。

 75歳という天寿を全うした徳川家康。彼の死は戦国時代の終焉を意味する。以後260年に及ぶ徳川安定政権時代が到来する。織田信長、豊臣秀吉と比べて、後世に不人気な家康だが、彼を主役とした物語がもっとも人気が高い。それは家康の人生全てが戦国時代そのもので、信長、秀吉の時代から通して戦国の終結まで、全て描き切ることが出来る所以だろう。

 その信長、秀吉、家康の時代に全て関わってきた、数少ない武将に数えられる兼続。後世の私たちでさえ、小説やドラマなどで何度見聞しても飽き足らないこの時代を、実体験として語ることのできる兼続のような人物の話は、この当時、関ヶ原の戦後生まれの若者たちには「生きた教科書」のような存在だったかもしれない。信長を語り、秀吉を回顧する。もはや彼らは歴史上の人物である。そして話題は関ヶ原へ。
 「関ヶ原随一の名将は、なんと言っても石田三成よ。あの男ほどこの国を思い案じておったものを知らぬ。」
 徳川時代の260年間、歴史上の大奸物として伝えられてきた石田三成。しかしこの時代にはまだ三成を知っている人物が生き残っていたわけで、三成の評し方も様々であっただろう。(江戸城内でこのような発言は出来ないだろうけど・・・。)
 「生きて後世に我らの義を伝えると約束したのじゃ。」
 真実を知っている人物の語りは、後世の私たちにどれだけ伝承されているだろうか・・・。

 直江兼続は1620年(元和5年)、江戸鱗屋敷でその生涯を閉じた。享年60歳。嫡男が早世し、跡取りのいなかった直江家は、兼続の死をもって断絶する。晩年は上杉家の減移封を招いた責任を深く思い、高禄の直江家の知行を返上することで、少しでも上杉家の財政を助けるため、兼続が意図的に断絶したとも言われている。最後まで「忠義」に厚い兼続らしさがうかがえるエピソードである。

 「天地人」全47話全て感想ともいえぬ感想を書き終えました。総括は近日中にエントリーしたいと思います。


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by sakanoueno-kumo | 2009-11-23 00:58 | 天地人 | Comments(0)  

戦国武将缶コーヒー

 「ジョージア缶コーヒー 戦国時代の武将シリーズ」が、現在コンビニ等で販売されているのをご存知でしょうか?全10種の限定発売で、社会で戦う大人たちにむけた応援メッセージがコンセプトだそうである。近年の戦国ブームにあやかり、最近よく耳にする「歴女」なる歴史好きな女性もターゲットに見据え、普段あまり缶コーヒーを口にしない女性にも味わってもらおうという趣旨もあるらしい。

 普段から缶コーヒーを好んで飲んでいる歴史好きな「歴オジサン」の私は、当然の如くジョージアの策略に見事に乗せられて、10種全て買い揃えてしまいました。↓↓↓並べて撮影。
e0158128_15281657.jpg

 (上段)伊達政宗、豊臣秀吉、織田信長、武田信玄、上杉謙信
 (下段)真田幸村、前田慶次郎、徳川家康、直江兼続、黒田官兵衛

 作画は、戦国武将を長年描いてきたイラストレーター諏訪原寛幸氏。ゲーム「戦国無双」や「真・三國無双」のキャラクターデザインでおなじみの方。毎朝出勤途中、コンビニで1缶ずつ購入して8種までは簡単に揃ったのだが、現在大河ドラマ「天地人」で注目度の高い直江兼続と、漫画「花の慶次」で人気の前田慶次郎(私は読んだことは無いが・・・)がなかなか手に入らなかった。40過ぎのオッサンが必死になって陳列冷蔵棚の奥まで探している姿は、コンビニの店員さんからすれば、きっと眉をひそめていたことだろう。

 来年の大河ドラマは「龍馬伝」。今度は「幕末志士シリーズ」を企画してくれないかなぁ。


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by sakanoueno-kumo | 2009-11-20 15:31 | 歴史考察 | Comments(0)  

野村克也の名言 その3

 先頃、ノムさんこと野村克也氏にプロ野球コミッショナーより功労賞が贈られたそうである。今期、楽天を率いてパ・リーグを大いに盛り上げたことと、長きに渡ってのプロ野球界に対する功績を称えてのこと。ご本人は、「10年遅いんじゃない。今ごろ何だ、という感じ。」などといつものボヤキっぽい野村節を吐いて会場を沸かせていたようだが、さすがに嬉しそうで「現場を離れるので、おみやげだと思ってありがたく頂きます。」と照れながら語っていた。本当にこれでユニホーム姿を見ることもないのかと思えば、残念な限りである。

 ノムさんの功績といえば、選手時代の輝かしい実績や、監督時代の5回のリーグ優勝や3回の日本一などよりも、その最も称えられるべきは、球界に残した野村イズムとそれを継承した選手たちであると私は思う。彼を師と仰ぐ選手や指導者は数多く、次世代の指導者の中で「野村イズム」は生き続けていくことだろう。

   財を遺すは下、
     仕事を遺すは中、
       人を遺すは上なり。


 この言葉もノムさんが常日頃から口にしている言葉である。金を稼いだだけでは下人、実績を残してもまだ凡人、人を育ててこそ初めて立派な人といえる。なるほどそのとおりで、胸に留め置きたい言葉である。

 この言葉は、明治・大正の政治家・後藤新平の残した言葉だそうで、次のように続くそうである。
  財を遺すは下、事業を遺すは中、人を遺すは上なり。
  されど、財なくんば事業保ち難く、事業なくんば人育ち難し。

 結局は金がなければ始まらない・・・と、妙に現実的にトーンダウンするのだが、要は「金や実績を目標に生きてはいけない。」ということだろう。金を稼ぐだけの人が賤しいという意味ではなく、財を成したなら次は実績を目指し、実績を遺したなら次は人材を遺すことを常に考えていかなければならない・・・ということ。人を育てることの、得て・不得手に関わらず、地位と名声を手に入れた人の責務である・・・との言葉ではないだろうか。

 この言葉でいえば、イチロー選手も松井秀喜選手もまだまだ現段階では「中」ということになる。彼等ほどの実績を遺した人物は、向き・不向きに関わらず、将来人材を育てることに尽力せねばならない責務がある・・・ということだろう。

野村克也の名言 その1
野村克也の名言 その2

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by sakanoueno-kumo | 2009-11-19 15:56 | プロ野球 | Comments(0)  

天地人 第46話「大坂城炎上」

 豊臣秀頼の正室で徳川家康の孫でもある千姫。織田信長の妹・市と浅井長政の孫でもあり、再来年の大河ドラマの主役・江の娘でもあり、淀殿から見れば姪にあたり、秀頼にとっては従兄妹でもある。つまり彼女の身体には織田・浅井・徳川の血が流れているわけで、彼女自身が戦国ドラマの結末といってもいいかもしれない。そんな血を引く千姫自身もまた、数奇な人生を歩むことになる。

 関ヶ原の合戦の後、7歳で秀頼に嫁いだ千姫。徳川と豊臣をかろうじて結ぶ唯一細い糸の存在だったわけだが、秀頼との仲は決して細いものではなく、非常に仲睦まじい夫婦だったという。同じく幼かった秀頼との関係は、夫婦というより兄妹のような信頼関係にあったとか。しかし、無情にも歴史はその細い糸を引き裂く道を選ぶ。大坂夏の陣において大坂城落城。秀頼と淀殿は自刃し、豊臣家は滅亡する。このとき千姫は19歳。ドラマ中では真田幸村が救い出し、兼続が家康の陣に送り届けていたが、実際には津和野藩主・坂崎直盛が救出したとの説が有名(この説も確証はないようだが・・・)。家康はこのとき「千姫を救出した者と千姫を結婚させる。」との言葉があったとか。若き日の家康は自身の正室と嫡男をも信長に対する忠義で殺した男だが、年老いたとはいえ、孫娘に対する愛情は深かったようである。

 その翌年20歳になった千姫は、桑名藩主本多忠政の嫡男・本多忠刻と再婚。ほどなく姫路城に移り住み、一男一女をもうける。新しい夫・忠刻とも夫婦仲睦まじく、これで幸せな日々を送れるかと思ったのもつかの間、長男・幸千代がわずか3歳で没し、その後流産を繰り返し子宝に恵まれず、やがて夫・忠刻も没し、30歳で再び未亡人に。その後は再婚することもなく70歳まで生きる。祖母であるお市の方や、叔母である淀殿の波乱に満ちた生涯に勝るとも劣らない数奇な人生。その血を引いた彼女の宿命だったのかもしれない。

 大阪城落城を目前に、淀殿は千姫に対して逃げることを命じる。
 「千・・・家康めに申し伝えよ。豊臣は慈悲の心を持って、真の天下人となるとな。」
 千姫と淀殿・秀頼の別れの際にどのような会話があったかなど、後世の私たちには知る由もないが、その後、秀頼と側室の間の娘が処刑されそうになった時に、千姫は身体をはって必死の助命嘆願を行い、彼女を自らの養女にして命を助けたという逸話を思えば、豊臣の慈悲の心は千姫に受け継がれており、後世の私たちのうかがい知れるところである。

 それにしても家康の最後の涙はいかがなもんだろう。ここまできたら最後まで悪役を徹底してほしかったと思ったのは私だけだろうか。あの程度の説教で反省する家康など、本ドラマではあって欲しくなかった!

 そんなこんなで次週、最終回。


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by sakanoueno-kumo | 2009-11-17 01:01 | 天地人 | Comments(0)  

天網恢恢疎にして漏らさず。

 2年半もの逃亡の末、逮捕された市橋達也容疑者。警察の職務質問を振り切って逃走して以来2年半、生きていないのではないかという見方もあったが、整形手術を繰り返し、別人になって身を隠していた。しかし結局アシがついたのはその整形手術から。天網恢恢疎にして漏らさず。天は見逃してはくれない。

 2年半もの長い間逃亡生活を続けてきたわけで、いつも思うことだが、そもそも指名手配までされている身で逃亡生活をすることが、果たして逃げ延びていると言えるのであろうか。逃亡者と聞けば「罪を償わず、何処かでのうのうと生きている。」という気になりがちだが、果たして「のうのうと」暮らせるものだろうか。指名手配で顔写真も晒されて、日本全国刑務所状態なのではないだろうか。逃げるだけではない、生きていかねばならないのである。

 名を変え、顔を変え、人との接触は極力避け、素性を偽り、しかし働かねばならず、休日は部屋に籠り、肉親とも離れ、旧知の友に連絡をとれるはずもなく、過去の自分は捨て、全くの別人として生きていかねばならない。たとえそれで時効を向かえたとしても、もとの自分に戻れるわけではない。刑法で裁かれなくなるだけで、犯罪者としての社会的レッテルは変わらないのである。つまり死ぬまで一生逃げ続けねばならないのである。おとなしくお縄についた方が衣食住は約束されていて、どう考えても楽に思えるし、人生のやり直しもきくと思うのだが・・・。

 捕まった市橋容疑者は、これから起訴され然るべき裁きを受けるわけだが、その罪を償う生活を向かえたとき、きっとこの逃亡生活を愚かだったと思うことだろう。



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下記、記事本文引用
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<市橋容疑者逮捕>神戸にも潜伏か 昨年2~6月に土木作業
 リンゼイ・アン・ホーカーさん(当時22歳)殺害・死体遺棄事件で逮捕された市橋達也容疑者(30)が昨年2~6月、神戸市北区の土木会社で働いていた可能性が強いことが11日、分かった。「井上康介」と名乗るなど、市橋容疑者が先月まで働いていた大阪府茨木市の土木会社のケースと共通点があり、会社は既に兵庫県警に通報したという。

 同社によると、市橋容疑者とみられる男は昨年2月28日~6月26日の4カ月間、寮に住み込み、土木建築作業に携わった。大阪市西成区で同社関係者と出会ったという。働いている間は帽子や眼鏡などは着用せず、髪を後ろで束ね、ひげも生やしていなかった。4カ月間で、手取り約60万円を得たという。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091112-00000533-san-soci
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by sakanoueno-kumo | 2009-11-12 15:58 | 時事問題 | Comments(0)  

坂の上の雲 キャスト&紹介

 NHKスペシャル大河ドラマ「坂の上の雲」が、今月29日からいよいよスタートする。原作は故・司馬遼太郎氏の長編小説で、舞台は明治中期から後期にかけて。放送は2009年から2011年の3年間、いずれも12月のみの放送で全13話、各90分の予定。明治維新を経て近代国家の仲間入りをしたばかりの日本を背景に、四国・松山に生まれた秋山好古・真之兄弟と、俳人・正岡子規の3人を主人公にした物語である。欧米諸国に追いつこうとして近代化を推し進める生まれ変わった日本国で、田舎秀才だった彼らはそれぞれの夢を目指して懸命に生きる。国全体が、坂の上の空に浮かぶ雲(夢)に向かって近代化の坂を懸命に上っていた時代を、3人の若者を通して描いていく。そして舞台は日露戦争へ・・・。

 原作の故・司馬遼太郎氏は、同作品において「フィクションを禁じて書くことにした。」と言っている。物語中にある話は全て事実であり、それが事実であると確認出来ないことは描かなかったと主張している。今回のドラマ化では、その作者の意向は繁栄されているのだろうか。

 また、司馬氏は同作品の映像化を「ミリタリズム(軍国主義)を鼓吹しているように誤解される。」として拒み続けていた。「なるべく映画とかテレビとか、そういう視覚的なものに翻訳されたくない作品でもあります。うかつに翻訳すると、誤解されたりする恐れがありますからね。」と述べている。司馬氏の作品は、過去大河ドラマにおいて「竜馬がゆく」「国盗り物語」「花神」「翔ぶが如く」「徳川慶喜」「功名が辻」と、6作品ものドラマ化が実現されているが、この「坂の上の雲」においては、作者の思いは他の作品とは違うようである。

 今回のドラマ化は、著作権を相続した夫人の許諾を得て実現したもの。作者の意に反しているかもしれないが、司馬遼太郎ファンとしては楽しみでならない。

以下、作品紹介。
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第1部(幕末〜19世紀末) 2009年放送
第1話 少年の国
第2話 青雲
第3話 国家鳴動
第4話 日清開戦
第5話 留学生

第2部(1901年〜1904年夏)2010年放送
第6話 日英同盟
第7話 子規、逝く
第8話 日露開戦
第9話 広瀬、死す

第3部(日露戦争)2011年放送
第10話 旅順総攻撃
第11話 二〇三高地
第12話 敵艦見ユ
第13話 日本海海戦

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●キャスト●
秋山真之・・・・・・・本木雅弘(少年期:小林廉)
秋山好古・・・・・・・阿部 寛(少年期:田中祥平 青年期:染谷将太)
正岡子規・・・・・・・香川照之(少年期:ささの貴斗)
松山の人たち
秋山久敬・・・・・・・伊藤四郎
秋山 貞・・・・・・・・竹下景子
秋山多美・・・・・・・松たか子
秋山季子・・・・・・・石原さとみ
正岡 律・・・・・・・・菅野美穂(少女期:吉田里琴)
正岡八重・・・・・・・原田美枝子
大原観山・・・・・・・真実一路
藤野 漸・・・・・・・・宝田 明
加藤恒忠・・・・・・・上村祐翔

陸軍関係
児玉源太郎・・・・・高橋英樹
乃木希典・・・・・・・柄本 明
乃木静子・・・・・・・真野響子
伊地知幸介・・・・・村田雄浩
大山 巌・・・・・・・・米倉斉加年
川上操六・・・・・・・國村隼
長岡外史・・・・・・・的場浩司
井口省吾・・・・・・・堤大二郎
藤井茂太・・・・・・・宮内敦士

海軍関係
東郷平八郎・・・・・渡 哲也
山本権兵衛・・・・・石坂浩二
八代六郎・・・・・・・片岡鶴太郎
広瀬武夫・・・・・・・藤本隆宏
島村速雄・・・・・・・舘ひろし
飯田久恒・・・・・・・蟹江一平
下村延太郎・・・・・松尾敏伸
永田泰次郎・・・・・頼三四郎
人見善五郎・・・・・大木 聡
志津田定一郎・・・高橋光宏
沓澤皆蔵・・・・・・・岩永ひひ男
飯牟禮仲之助・・・永井慎一
山本半次・・・・・・・赤木裕樹

政治家
伊藤博文・・・・・・・加藤 剛
高橋是清・・・・・・・西田敏行
山縣有朋・・・・・・・江守 徹
小村寿太郎・・・・・竹中直人
陸奥宗光・・・・・・・大杉 漣
井上 馨・・・・・・・・大和田伸也

明治天皇・・・・・・・尾上菊之助

文人たち
夏目漱石・・・・・・・小澤征悦
森 鴎外・・・・・・・・榎木孝明
高浜虚子・・・・・・・森脇史登
河東碧梧桐・・・・・大藏教義(少年時代:松川尚瑠輝)
寒川鼠骨・・・・・・・菟田高城
柳原極堂・・・・・・・伊嵜充則

東京大学予備門
清水則遠・・・・・・・菊地真之
井林広政・・・・・・・檜尾健太
菊池謙二郎・・・・・野呂朋大
関甲七郎・・・・・・・松村良太

ジャーナリスト
陸 羯南・・・・・・・・佐野史郎
深井英五・・・・・・・渡部賢治
熊谷直亮・・・・・・・神尾 佑

その他、諸外国のキャストは省略します。


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by sakanoueno-kumo | 2009-11-11 20:21 | 坂の上の雲 | Comments(2)  

天地人 第45話「大坂の陣へ」

 関ヶ原の戦いが終わってから大坂冬の陣・夏の陣までの十数年間、勝者の側も敗者の側も、様々な思いが交錯したことだろう。後悔の念。先行きの不安。良心の呵責。あのときもしこうしていたならば・・・。己の選んだ道は間違いっていたのではないだろうか・・・。400年後に生きる私たちが思うまでもなく、この時代、それぞれの立場で「迷い」の時代であったのかもしれない。

 兼続のもとを訪れた毛利輝元は、関ヶ原の戦いにおいて西軍の総大将という立場でありながら煮え切らぬ姿勢だった行いに、後悔の念を打ち明ける。あのとき敢然と動いておれば・・・あのとき大坂城を明け渡さなんだら・・・いまだ天下は豊臣にあり、毛利も安泰だったのではと・・・。
 そして兼続に問う。
 「そちとて、そう思わぬことはなかろう?」
徳川が背を向けたとき追撃しておればと・・・。さすれば、家臣や民、百姓にいらぬ苦労を負わせることはなかったのではと・・・。
 兼続は答える。
 「我らは負けました。今更それを悔いたとて何も始まりませぬ。」
 「生きていれば、辛いことも、ままならぬこともございます。されどそれらすべてに、慈愛の一念を持って対することこそが、人としてのあるべき姿と存じまする。」

 過ぎたことを悔いていても前には進めない。これまで歩んできた道を否定するのではなく、その全てが今の自分を作っており、歩むべき道だったと思うことこそが大切ということなのだろう。難しいことだが、そうありたいと私も思う。

 そんな兼続にも「迷い」はある。この先起こるであろう、徳川と豊臣の決着についてである。歩んできた道は心の持ちようで消化できても、これから進むべき道への迷いは拭いきれない。

 そしてもう一人、上杉景勝もまた「迷い」の境地にいる。
 「徳川の世にあって、生き続ける道を我らは選びました。されど、その道で良かったのでありましょうか。」
 養父である上杉謙信の掲げた「義」に、自分の行いは反しているのではないだろうか。多くの家臣を養う主としての「義」と、一人の武士(もののふ)としての「義」の狭間で迷い苦しむ景勝。そんな彼に、死を目前にした景勝の母・仙桃院はこう告げる。
 「引け目に思うことなど何もない。そなたはそなたの義を、貫き通せばそれでよい。」
 自分を信じて、自分の出来る精いっぱいの仕事をする。「迷い」は誰にでもあるけれど、精いっぱい生きることが後悔しないたったひとつの道だと私も思う。

 大坂では淀殿が・・・高台院が・・・徳川方では二代将軍・秀忠が・・・全国諸所では、豊臣恩顧の大名が・・・徳川譜代の大名が・・・それぞれの立場、思惑で「迷い」の境地にあったであろうこの時代。歴史はこのあと、乱世に終止符を打つべく、大坂冬の陣、夏の陣に向かっていく。



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by sakanoueno-kumo | 2009-11-10 01:10 | 天地人 | Comments(2)  

野村克也の名言 その2

 野村克也氏のプロ野球人生は、選手生活27シーズン、監督生活24シーズンの実に43シーズンにも及んだ。(内8シーズンは選手兼監督)   ただ長くいただけではなく、選手としては三冠王1回、首位打者1回、本塁打王9回、打点王7回、MVP1回と、球史に残る名プレーヤーとしてその名を残し、監督としてはリーグ優勝5回、日本一3回と、名監督という名に相応しい結果を残した。

 長きにわたり勝負の世界に身を置いてきたノムさんスピリッツのあまりにも有名な言葉。

  勝ちに不思議の勝ちあり
  負けに不思議の負けなし


 「理由もなく勝つことがあるので、勝ったからと言って自分の実力だと思うな。理由も無く負けることはないので、負けた理由を理解し、今後に活かせ。」といったところだろうか?
 この言葉はノムさんの創作ではなく、江戸時代の肥前平戸藩主・松浦静山の言葉を借りてわかりやすくしたものだそうである。しかしノムさんによって有名になった言葉には違いない。勝っても驕ることなく己を戒め、負けたら敗因を探し自己研鑽に努める、というサムライスピリッツの言葉である。

 私たち凡人は、成功すれば自分の力だと思い、失敗すれば何かの責任にしたくなるもの。しかし、よく考えればこの言葉どおり、うまくいっているときは往々にして何らかの追い風が吹いているものだし、失敗したからといって他の何かの責任にしていたら成長しない。実にもっともな言葉で、野球のみならず私たちの人生にも役に立つ考えだと思う。

 先頃大勝した民主党、大敗した自民党にもあてはまる言葉ではないだろうか。


野村克也の名言 その1
野村克也の名言 その3

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by sakanoueno-kumo | 2009-11-06 18:45 | プロ野球 | Comments(0)  

その名は松井秀喜。

 嬉しいニュースが飛び込んで来た。米大リーグワールドシリーズにおいて松井秀喜選手がMVPに。もちろん日本人選手としては初めてのこと。長い大リーグの歴史に松井秀喜の名を刻んだ。

 ワールドチャンピオンをかけて迎えた第6戦。アウェイではDHが使えなかったため代打出場のみだった松井選手だが、本拠地ワールドスタジアムでのこの日、4打数3安打1本塁打6打点の大活躍。ヤンキースをワールドチャンピオンに導いた。米大リーグ史上最も多くワールドチャンピオンに輝いているヤンキースだが、松井選手が入団した2003年以降、シリーズに出場していない。松井選手にとっては7年越しの悲願で、加えて自身のMVPという豪華なおまけ付き。喜びもひとしおだろう。

 今期、数々の記録を樹立したイチロー選手の陰で、ここ数年故障で苦しみ背水の陣で臨んだ今シーズンの松井選手は、虎視眈々と結果を積み重ねていた。142試合に出場し、打率274・本塁打28・打点90は立派な数字。特に本塁打は2004年の自己最高(米)の31本には及ばなかったものの、打席数は同年より150打席以上少なく、本塁打率でみると自己最高の結果を残している。それでもヤンキースとの来期契約継続が危ぶまれる声が後を絶たなかったが、今回のこのMVP獲得でそんな声も払拭されるのではないだろうか。

 日本最高のアベレージ打者・イチローは、世界最高のバットマンになろうとしている。日本最高の長距離打者・松井秀喜。まだまだこの程度で終わるわけにはいかない。このMVPの勢いをそのままに、来期の活躍を期待してやまない。


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下記、記事本文引用
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<大リーグ>ヤンキースがWシリーズ優勝 松井秀がMVPに

米大リーグのワールドシリーズ(7回戦制)は4日、当地のヤンキースタジアムでヤンキース(ア・リーグ)とフィリーズ(ナ・リーグ)の第6戦が行われ、ヤンキースが松井秀喜(35)の1試合3安打6打点の活躍で7―3とフィリーズを降し、通算4勝2敗として9年ぶり27回目の優勝を果たした。松井秀はワールドシリーズ通算打率6割1分5厘、打点8の活躍で日本人初の最優秀選手(MVP)に選ばれた。松井秀の1試合6打点は、1960年のボビー・リチャードソン(ヤンキース)に並ぶワールドシリーズ・タイ記録。

 ◇松井秀、1試合6打点…Wシリーズ・タイ記録

 ヤンキースは第3戦から中3日の左腕ペティット、フィリーズは右腕マルティネスの両ベテラン投手が先発した。松井秀は二回無死一塁で迎えた第1打席に今シリーズ3本目、プレーオフ4本目の本塁打となる右越え2ランを放った。
 フィリーズは三回、1点を返した。ヤンキースは三回2死満塁から松井秀が2点適時中前打を放った。五回にはテシェイラの中前適時打、松井秀の右中間2点適時二塁打で3点を加点。フィリーズは六回、ハワードの左越え2点本塁打で2点を返した。ヤンキースは守護神・リベラを投入し、逃げ切った。
 松井秀はプロ野球・巨人からヤンキースに移籍した03年以来2度目のワールドシリーズ出場で7年目にして悲願の世界一に輝いた。
 ▽松井秀喜の話 最高ですね。この日のため1年間頑張ってきた。自分でも納得です。(MVPに)夢みたいです。長かったですね。どんなときも野球がしたい、いいプレーしたいとやってきた。つらいときはなかった。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091105-00000174-sph-base
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by sakanoueno-kumo | 2009-11-05 19:18 | プロ野球 | Comments(0)