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夏休み中播磨路紀行2016 その2 「もちむぎのやかた~辻川山公園」

前稿の「夢さき夢のさとコテージ村」から車で20分ほど東の兵庫県神崎郡福崎町にある、「もちむぎのやかた」を訪れました。

「もちむぎ」とは大麦の一種で、この地域の名産品だそうです。


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“もち”というくらいですから、たぶん、普通の麦より「もちもち」した食感なんだろうというのは想像がつきますよね。

食べてみると想像どおり、「そば」と「うどん」の間のような食感でした。

結構、食べごたえがありましたね。


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もちむぎのやかたのすぐ北側に、標高126mの辻川山があるのですが、その麓にある「辻川山公園」に、面白いものがあります。

それが、これ。

  ↓↓↓

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河童の河次郎です(笑)。

これが15分毎にため池から出現します(笑)。

以下、説明板の文を引用。


河童の河太郎(ガタロウ)と河次郎(ガジロウ)


福崎町には、市川という大きな川が流れています。

この川の岸に駒々岩(こまがいわ)という大きな岩がありますが、そこには以前、河童の兄弟、兄の河太郎(ガタロウ)と弟の(ガジロウ)が住んでいました。二匹は、川へ水遊びにやってきた子どもの足を掴んで引きずり込み、「尻子玉」を抜いてしまうのです。

やがて、子どもたちは河童を怖がって誰も駒々岩で遊ぼうとしなくなりました。二匹の兄弟は、自分たちのせいだと後悔しました。

ある日、みんなの寝静まった夜、河太郎たちは柳田國男先生に会いたくて、毎日毎日この池で待っていました。

兄の河太郎は池のほとりで、弟の河次郎は皿が乾くと困るので池の中で、それぞれ待つことにしました。

二匹は、何年も何年も柳田國男先生を待ち続けました。

とうとう兄の河太郎は頭の皿の水がなくなって、固まって動けなくなってしまったのです。

こうして河太郎は、池の畔で動けなくなったまま、今も巌橋の方を見て柳田國男先生の帰りを待っているのです。

一方、弟の河次郎は池の中にいたので、今でも池の中から出てくることがあります。池の中をずっと覗いていると、尻子玉を抜かれるかも知れませんよ?

※この物語はフィクションです。

ということだそうです(笑)。

柳田國男という人物は、日本民俗学の創始者と呼ばれる学者さんで、明治、大正、昭和を生き、官僚も務めた方です。

この河童の話は、柳田國男が幼い頃を過ごした福崎町辻川での暮らしぶりなど、自身の人生を回顧して書いた著書『故郷七十年』に登場する話だそうです。

これが最近、TVのバラエティー番組で紹介されて、一気に有名になったのだとか。

この日もたくさんの観光客が訪れていました。

でも、幼い子は泣いて怖がってましたけどね(笑)。


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こちらは、池の畔で動けなくなったという河太郎です。


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河太郎と記念撮影です(笑)。


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河太郎の近くには、「天狗の森の妖翁」と名付けられた翼を持つ爺さんの像がありました。


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そして、その隣の広場では、逆さづり天狗が迎えてくれます。

これも、河童の河次郎と同じく定期的に出現します。


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よく見ると、和菓子を食べてます(笑)。

なんでも、町の特産品なんだとか。

これも、柳田國男の著書『妖怪談義』にまつわる演出だそうで、町おこしの目的で約1500万円かけ製作したそうです。

でも、これも幼い子はめっちゃ泣いてましたけどね(笑)。


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近くには、柳田國男の生家跡があります。


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その説明板です。


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生家跡のすぐ隣にある鈴の森神社です。


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柳田國男生家跡から辻川山山頂までの登山道は、「学問成就の道」と名付けられ、この地域出身の学者さんなどの胸像や、万葉集の歌碑などが各所に設置されています。


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辻川山山頂からの眺望。

福崎町が一望できます。


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まあ、河童も天狗も、話のネタにはなったかな?

次回に続きます。




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by sakanoueno-kumo | 2016-09-29 03:58 | 兵庫の史跡・観光 | Comments(0)  

雨の但馬路紀行 その7 「出石そば打ち体験」

シリーズ最後です。
出石といえば、何といっても『出石皿そば』ですよね。
出石焼の小皿に盛りつけた皿そばを何枚も食べる独特のスタイルは、今ではどこでも見られる食べ方ですが、元はこの出石からの発信です。

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出石に来たからには、やはり『出石皿そば』を食べて帰らないわけにはいかないのですが、せっかくなので、食べるだけじゃなく作ってみよう!・・・ということで、そば打ち体験にチャレンジ。

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で、やってきたのは、そば打ち道場「森の館」
前掛けを身にまとった精鋭たちです。

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入門コースなので、そば玉は支給されます。
それを、のようになるまでねりこみます。

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じゅうぶんにねりこんだら、丸棒を使って玉を均等に伸ばしていくのですが、これが子どもたちには結構難しかったようで、上手くきれいな円状にならないんですね。

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均等に生地を伸ばすと、いよいよ生地を折りたたんでカットします。

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こんな感じです。
写真では分からないですが、実際には、博多ラーメン風の細麺もあれば、名古屋のきしめん調のものもあり・・・。
太さを均等にカットするのは難しかったようです。

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出石そばのルーツは、信州そばにあります。
江戸時代中期の宝永3年(1706年)、信濃国上田藩の藩主だった仙石政明が国替えにより但馬国出石藩に入国しますが、政明はたいそうそば好きだったそうで、信州一のそば職人を連れてきたそうです。
それ以来、出石にそば文化が根付いたそうで・・・。
小皿に分けて盛り付ける現代のスタイルになったのは幕末の頃だそうで、屋台で出すときに持ち運びが便利な手塩皿(てしょうざら)に蕎麦を盛って提供したことに始まったと言われているそうです。

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で、自分たちで打ったそばを食します。
太いのやら細いやら入り混じったそばでしたが、味には関係ありません(食感はやはりプロが打ったものには勝てませんが)。
まあ、話のネタにはなったかなぁと・・・。
出石のまちには50軒以上のそば屋が連なっています。
旅先では旅先の郷土料理を食す・・・これ、旅の醍醐味ですね。

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さて、1ヵ月以上に渡って綴ってきた夏の備忘録ですが、このへんで終わりにしたいと思います。
気がつけば、季節はに入ろうとしていますね。


~おまけ~
出石のまちを逍遥していたら、お城のすぐそばにこんな駐車場を見かけました。

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なんと、家老の専用駐車場!!
ナヌ????・・・と思って裏に回ると、そこには蕎麦屋「家老」という店がありました(笑)。
これ、『ナニコレ珍百景』に出せるでしょうか?

雨の但馬路紀行 その1 「ハチ北高原・ロッヂ野間」
雨の但馬路紀行 その2 「日本のマチュピチュ・竹田城跡」
雨の但馬路紀行 その3 「但馬の小京都・出石城跡」
雨の但馬路紀行 その4 「日本最古の時計台~辰鼓櫓~」
雨の但馬路紀行 その5 「近畿で最も古い芝居小屋~出石永楽館」
雨の但馬路紀行 その6 「桂小五郎潜伏の地、出石」
雨の但馬路紀行 その7 「出石そば打ち体験」



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by sakanoueno-kumo | 2014-09-25 23:33 | 兵庫の史跡・観光 | Comments(0)  

夏休み播磨路紀行 その4 戸倉峠名物「滝流しそうめん」

「暑さ寒さも彼岸まで」とはよくいったもので、先週末あたりから急に朝晩が涼しくなってきました。
今週末には10月、もうですね。
にもかかわらず当ブログでは、未だ夏休みシリーズが続いています(汗)。
なんとか今月中には終わらせたいとは思っているのですが・・・(といっても、あと2日しかありませんが・・・)。

で、先週の続きです。
前回紹介した原不動滝公園から国道29号線を車で30分ほど北上し、兵庫県と鳥取県の県境にある「戸倉峠」まで足を運びました。
この戸倉峠は標高891mの高さに位置し、兵庫県および中国地方の分水嶺では最高地点
古くは播磨国因幡国を結ぶ要地で、播磨国の人々は因幡街道と呼び、因幡国の人々は播州街道と称していたそうです。
戦国時代には、豊臣秀吉の軍勢が姫路城からこの戸倉峠を超えて、鳥取城に攻め込んだ・・・そんな歴史もあります。
一方で、兵庫県および中国地方屈指の豪雪地帯でもあり、古くからの難所でもありました。
昭和30年(1955年)に742mの戸倉峠トンネルが開通したものの、道が狭く屈曲している上、積雪による通行止めに度々悩まされてきたそうですが、平成7年(1995年)になって、戸倉峠トンネルより少し下った標高731mの地点に1730mの新戸倉トンネルが開通し、今ではスムーズな交通が可能になっています。

さて、この日の目的は峠越えではなく、『戸倉峠名物 滝流しそうめん』でした。
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この滝流しそうめんのお店は、夏になると毎年どこかのテレビ番組で紹介されており、地元ではかなり有名なお店です。
この日は夏休み最後の日曜日ということもあって、約1時間待ちの盛況ぶりでした。
店に入ると、明石家さんまさんをはじめ、来店した多くの芸能人・著名人の方の写真やサインが飾ってありました。
看板には「日本でここだけ」と書いてありましたが、本当なんでしょうか・・・?

で、これが驚きの店内の様子です。↓↓↓
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「流しそうめん」というと、大方の人は竹を半分に割った樋を連想すると思うのですが、ここでは写真のとおり、どう見ても塩ビ管です。
風情も何もあったもんじゃない・・・んですが、この樋が渓谷の上をまたいでいて、川のせせらぎの音とそうめんの流れる音が重なって、それはそれで雰囲気がありました。
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でも、とにかく長い!・・・ムダに長い(笑)。
塩ビ管の長さは30m以上ありそうです。
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長い樋を伝って、最後だけはステンレスの樋になっており、流れてきたそうめんをざるで受けます。
このざるが、竹や籐のざるではなく、またプラスチックなんですけどね(苦笑)。
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そうめんが流れる道中は渓谷の上ですから、当然屋根はなく、雨晒しの吹き曝しです。
でも、「樋はちゃんんと掃除してるの?」「衛生上は問題ないの?」なんてことをいうのは無粋というもの。
こういうお店は雰囲気を楽しむものですから・・・(でも、野鳥の糞とか流れてこないのかなあ・・・なんて思わなくもないですが・・・笑)。
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さくらんぼが流れてきたら終了の合図(これが結構可愛い)。
延長はできません(笑)。

ここで使用されているそうめんは、この地域の名産品の手延素麺『揖保乃糸』で、流している水は、このすぐ北にそびえ立つ標高1510mの氷ノ山から湧き出る名水を使用しているそうです。
だから決して雰囲気だけではなく、味も保証付きです(衛生面の保証はしりませんが)。
近くを通った際には、ぜひ一度食してみてはいかがでしょうか?
間違いなく話のネタにはなります(笑)。

あと一回くらい続きます。

夏休み播磨路紀行 その1 「なでしこジャパン」ならぬ「なでしこの湯」
夏休み播磨路紀行 その2 波賀温泉「楓香荘(ふうかそう)」
夏休み播磨路紀行 その3 日本の滝100選「原不動滝」
夏休み播磨路紀行 その5 家原遺跡公園「古代村」



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by sakanoueno-kumo | 2011-09-28 22:43 | 兵庫の史跡・観光 | Comments(0)  

奄美大島旅行記 その4

 奄美の郷土料理、「鶏飯」を紹介します。鶏飯(けいはん)と読みます。
 白ご飯の上に、鶏のささ身、錦糸玉子、しいたけ、パパイヤの漬物、葱、みかんの皮など数種類の具材をのせ、あつあつの地鶏スープをたっぷりかけて食べます。あっさりとした食感はお茶漬に似た感じですが、スープにコクがあって鶏雑炊のようでもあります。美味です。

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 由来は江戸時代、奄美大島が薩摩藩の支配下にあった頃、砂糖取立てに対するあまりの厳しさに奄美の人々が役人たちをもてなす料理として考案されたと伝えられているそうです。昭和43年、当時皇太子ご夫妻(現・今上天皇陛下ご夫妻)が御来島のおり、鶏飯料理をお召し上がり絶賛され、おかわりまでされたとか。私も何杯もおかわりしてしまいました。
 鹿児島県では学校給食としても定番で、カレーライスと並んで大人気なんだそうです。

 続いて紹介するのは「油そうめん」。油ぞうめんともいうそうです。奄美ではごく一般的な家庭料理だそうです。
 固めに茹でた素麺に油をからめ、塩、胡椒、醤油で味付けし、炒めた野菜や豚肉などをトッピング。油にからめるため麺がくっつかないのが特徴で、油炒めとは言えしつこくなく、あっさりとしています。たとえていえば、焼きビーフンのような感じですね。

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 その他、豚肉料理が多く、塩漬けにした塩豚やコラーゲンたっぷりの豚足料理、柔らかく煮た豚骨料理などいろいろと豚料理があります。奄美では大晦日に年越しソバではなく豚骨料理を食べて新年を迎えるそうです。その昔、南国故に保存が難しかった頃の人々の知恵が感じられますね。

 旅先での食事は大きな楽しみのひとつ。その土地の食に出会うことは、その土地の歴史と文化に触れること。本来の食べる楽しみと相まって豊かな気分になれます。

 お腹いっぱいになって奄美大島旅行はまだまだ続く。


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by sakanoueno-kumo | 2009-08-21 01:28 | 鹿児島の史跡・観光 | Comments(0)  

新年会

今日我が家にて新年会を開催。
毎年旧友とその家族、総勢17人でカニすきをするのが我が家の恒例。
大人8人、高校生1人、中学生3人、小学生4人、幼児1人。
カニの購入先は下記。

グルメヤマオカ

4Lサイズ、7kg(19肩相当)・・・・¥18,000
冷凍ものですが、毎年絶対ハズレはありません。
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サイズも大きく、身も詰まっています。
厨房シンクにて水解凍。
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捌いた姿。
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そしていざ鍋突入。
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毎年少しずつカニの量は増やしているのですが、子供たちの食欲の方が成長著しく、7kgあったカニがあっという間に売り切れました。
来年は10kgくらい必要かもしれません。

最後に定番の雑炊。
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あまり美味しそうに撮影出来てないのが残念ですが、濃厚なダシが出て味は抜群。
最後の雑炊はやはりカニすきが一番です。

さて、正月気分は今日で終わり、明日から仕事が始まります。
カニエキスをたっぷり吸収して明日からガンバロー!
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by sakanoueno-kumo | 2009-01-04 21:16 | 日常 | Comments(0)  

昨夜の忘年会

昨夜の忘年会は、新大阪にて。地下鉄「西中島南方」駅近く。
お店はココ。
e0158128_15582652.jpg黒毛和牛 炭火焼肉 火凛亭
会費は¥5,000
ちょっと場所が分かりにくいところだが、こじんまりとして良い雰囲気。
料理の味も美味しかった。
10~30人くらいの会にはおススメの店。




昨夜は気を使わない会で、楽しいメンバーだったので何よりもそれが一番。
2次会の店でで時間を忘れてしまい、終電がなくなってしまった。
仕方なく、ビジネスホテル行き。
e0158128_16135055.jpg宿泊はコチラ。
City Villa R ANNEX

深夜2時からのチェックインだとたったの¥3,000。
深夜3時からだと¥2,000。
安い。たすかった~。
部屋も、ビジネスホテルとは思えぬ広さでビックリ!
思わぬ収穫だった。

教訓。自宅から遠い場所での宴会は、マメに時間をチェックしよう。
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by sakanoueno-kumo | 2008-12-20 16:20 | 大阪の史跡・観光 | Comments(0)