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播磨の小京都、龍野をたずねて その4 「龍野淡口醤油」

龍野城下を逍遥していると、面白いものを見つけました。
それがこれ↓↓↓

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醤油・もろみ自動販売機です。
ここ龍野は、千葉県野田市や銚子市に次ぐ、醤油の生産地なんです(千葉には業界1位、2位のキッコーマンヤマサがありますが、ここ龍野には業界3位のヒガシマル醤油があります)。
醤油のまちならではの光景ですね。
野田や銚子にもあるんでしょうかね?自動販売機。

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その自動販売機が設置されていたのは、老舗のカネヰ醤油株式会社倉庫の入口です。
レンガ造りの煙突や蔵は、明治初期に建てられたものだそうです。
元は龍野藩ゐ蔵を、明治2年(1872年)に譲り受けて出来た会社だそうで・・・。

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龍野の醤油はうす口醤油として知られています。
近くには、うすくち龍野醤油資料館なるところがありました。

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建物は、かつてヒガシマル醤油株式会社の本社だったものだそうです。

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龍野醤油は、天正15年(1587年)に円尾屋孫右衛門、天正18年(1590年)に栗栖屋横山五郎兵衛という人物によってはじめられたと伝わるそうで、その後、寛文6年(1666年)に円尾孫右衛門が創案して以降、うすくちが特色となったそうです。
400年以上の歴史を誇る醤油なんですね。

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上の写真は、明治時代の醤油蔵の帳場を再現したものだそうです。

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麹室です。

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こちらは仕込蔵

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そしてこちらは圧搾場だそうです。
「南方先生、ペニシリンにございます」という声が聞こえてきそうですね(笑)。
あれはヤマサ醤油でしたっけ?

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幕末時代、龍野藩9代藩主の脇坂安宅京都所司代の職にあったとき、この「龍野淡口醤油」販路拡大に力を入れたそうで、それにより、関西の淡口食文化が確立されたのだとか。
そういえば、京料理精進料理などに使われているのも、淡口醤油ですよね。
明治になって龍野藩の醤油蔵を因幡屋浅井弥兵衛が貰い受け、浅井醤油として創業。
それが、今日のヒガシマル醤油株式会社の前身だそうです。

わたしはヒガシマル醤油と聞けば、かつて関西ではおなじみだったTV番組『素人名人会』スポンサーだった企業として記憶しています。
西川きよしさんが司会で桂小文枝師匠(のちの5代目桂文枝)が審査員長の素人参加番組で、関西出身の40歳以上の人なら皆、知ってますよね。
いや~、懐かしい。

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話が脱線しちゃったので、龍野醤油の稿はこのぐらいで。
てなわけで、おみやげは「うすくちしょうゆ饅頭」でした(笑)。
あともう一回くらいつづきます。

播磨の小京都、龍野をたずねて その1 「龍野城」
播磨の小京都、龍野をたずねて その2 「野見宿禰神社~聚遠亭」
播磨の小京都、龍野をたずねて その3 「童謡の里~三木露風の故郷」
播磨の小京都、龍野をたずねて その5 「宮本武蔵修練の地・圓光寺」


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by sakanoueno-kumo | 2014-07-24 21:39 | 兵庫の史跡・観光 | Trackback | Comments(0)  

司馬遼太郎記念館をたずねて。 その2

昨日の続きです。

十数年越しの希望だった司馬遼太郎記念館を訪れたこの日、せっかく来たのだから、なにか記念になるものを買って帰ろうと、グッズ売場であれこれ見てたのですが、どれも結構いい値段するんですよ。
文庫本用のブックカバーなんて5000円もするし、ペンケースも4000円以上して、さすがにちょっと手が出ませんでした。
かといって、ストラップや絵葉書など、安いからといって使わないものを買っても仕方がないし・・・で、結局購入したのがこれです。

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これも3200円もしたので、決して安い買い物ではありませんが、わたしはこういうところに来ると、必ず何か記念品を買って帰りたくなる性分でして、グッズ屋さんの思うつぼの客です。
司馬氏自筆とうたっていましたが、名前はそうでしょうけど、イラストもそうなんでしょうか・・・?
このイラストは、アイルランドの妖精だそうです。
司馬氏とアイルランドといえば、『街道を行く−愛蘭土紀行』が有名ですね。

あと、本を一冊買いました。
   ↓↓↓
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いまさら紹介するまでもないでしょうが、司馬氏が小学校6年生の国語の教科書向けに書き下ろした『二十一世紀に生きる君たちへ』です。
実は、この本を買うのはこの度が4度目になります。
1度目は自分自身のために、2度目は、いま大学生の息子が小学校を卒業するときの贈り物として、3度目は、今年高校を受験する甥っ子が小学校を卒業するときの贈り物としてでした。
そして、今年3月には、わが娘が小学校を卒業します。
たぶん、この度が最後の購入になるでしょうね(って、いつの日か孫に贈ってるかもしれませんが・・・苦笑)。

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小学生向けに書かれたエッセイですが、わたしはこの無駄のない文章が大好きなんですね。
人間は自分で生きているのではなく、大きな存在によって生かされている・・・ということ。
人間とは自然の一部にすぎない・・・ということ。
自己を確立するためには、何をしなければならないか。
そして、わたしがもっとも好きな言葉は、「やさしさ」は、人の持つ本能ではない。だから、わたしたちは訓練をしてそれを身につけねばならない・・・という一文。
わたしは、はじめてこの一文を読んだとき、目からウロコが落ちました。
そうか、生まれつき優しい人間なんていないんだ・・・と。
言いかえれば、訓練すれば、誰でもやさしくなれるんだ・・・と。
わたしは、この一文読んでほしくて、これまで子どもたちにこの本を贈ってきました。
どこまでその思いが伝わっているかはわかりませんが、心の片隅に少しでも響いてくれれば・・・という思いです。
わたしは、このエッセイを何度読み返しても、目頭が熱くなります。
名文中の名文だと思います。

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この本には、もうひとつ『洪庵のたいまつ』という作品も収録されています。
こちらも小学生向けに書かれた随筆で、緒方洪庵を題材にした一編です。

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世のために尽くした人の一生ほど、美しいものはない・・・という一文から始まるこのエッセイは、緒方洪庵という人の、私利私欲を捨て、人のために生きた生涯を紹介したものです。
幕末きっての蘭学者だった彼が、自分の恩師たちから引き継いだたいまつの火を、弟子たち一人ひとりに移し続け、やがてその火はそれぞれの分野であかあかと輝き、日本の近代を照らす大きな明かりとなった・・・と。
そしてそのたいまつの火は、現代のわたしたちにも受け継がれている・・・ということですね。
これもまた名文です。

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司馬遼太郎記念館を出て歩いて10分ほどのところにある中小阪公園というところに、『二十一世紀に生きる君たちへ』の一文を抜粋した文学碑がありました。

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まるで、二十一世紀にわが国で起きる、科学・技術が洪水のように人を飲み込んでしまった事故を予見しているかのような一文ですよね。
ほかにも、同作のなかのこの一文に関連した氏の言葉を部分的に抜粋して紹介します。

人間は・・・・繰り返すようだが・・・・自然によって生かされてきた。古代でも中世でも自然こそ神々であるとした。
このことは、少しも誤っていないのである。
歴史の中の人々は、自然をおそれ、その力をあがめ、自分たちの上にあるものとして身をつつしんできた。
この態度は、近代や現代に入って少しゆらいだ。
人間こそ、いちばんえらい存在だ。という、思い上がった考えが頭をもたげた。
20世紀という現代は、ある意味では、自然へのおそれがうすくなった時代といってもいい。


現役の政治家さんの中には、司馬氏を崇拝すると公言している先生方がたくさんおられます。
その司馬氏が、二十一世紀に生きる私たちに向けて何を伝えたかったのか・・・たしか安倍晋三さんも司馬氏のファンでしたよね。
今だからこそ、もう一度この文章を読み返してみるべきではないでしょうか・・・。

さて、司馬遼太郎記念館訪問の備忘録のつもりが、話が思わぬ方向に向かっちゃいましたね。
とりとめがなくなってきたので、このへんで終わりにします。


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by sakanoueno-kumo | 2014-02-06 23:21 | 大阪の史跡・観光 | Trackback | Comments(2)  

司馬遼太郎記念館をたずねて。 その1

過日、東大阪市にある司馬遼太郎記念館に行ってきました。
オープン当初からずっと行きたいと思っていたのですが、なんとなく行きそびれて十数年、今回がはじめての訪問です。
神戸から東大阪は車で1時間ほどの距離で、行こうと思えばいつでも行ける場所なんですが、いつでも行けるという思いが、かえって足を遠のかせるんですね。
この日はたまたま仕事でこの近くを訪れていて、午後からぽっかり時間が空いたので、ならばと、十数年越しの希望を叶えに足を運んだ次第です。

司馬遼太郎記念館は生前の司馬氏の自宅を利用して作られたもので、敷地内には安藤忠雄氏の設計による資料館も設けられています。

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入口はこんな感じです。
門扉の左側の壁には、司馬氏自筆の表札が、いまも掲げられていました。

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邸内には入れませんが、庭越しに書斎を見学することができます。
書斎は司馬氏が亡くなった当時のままの状態で保存されており、未完に終わった『街道をゆく−濃尾参州記』の資料が置かれたままになっているそうです。

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わたしは、すべてとは言わないまでも、司馬氏の大半の作品を読みあさっていますので、ここからあの名作の数々が生まれたんだなあ・・・と、しみじみ見入ってしまいました。

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庭は雑木林のイメージで造られているそうですが、この日は立春前の2月1日、木々のほとんどは裸状態でした。
緑の生い茂る季節にくれば、きっと綺麗でしょうね。

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でも、ここで自然を感じながら執筆していたという司馬氏にとっては、裸の木々もまた、冬を肌で感じるための大切な景色だったのでしょう。

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サンルームの下には、菜の花のプランターがところ狭しと並べられていました。
おそらくこれは、小説『菜の花の沖』に関連した演出なんでしょうね。
司馬氏は、菜の花やたんぽぽなどの黄色い花が好きだったそうです。

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司馬遼氏自筆の歌碑です。
「ふりむけば 又 咲いている 花三千 仏三千」

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安藤忠雄氏設計の資料館です。

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資料館入口に向かう回廊にも、菜の花が並んでいました。

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館内は撮影禁止だったので、パンフレットの画像です。
2万冊資料本が並べられた高さ11mの書棚は圧巻でした。
これでも、ごく一部だというから驚きですね。
公開されていない邸の方には、40mの廊下の両側がすべて書棚となっていて、そこにはいまでも6万冊ほどの資料本が並べられているとか。
この、おびただしい数の書物が、「知の巨匠」と言われた司馬氏を作っていたんですね。

司馬氏は、代表作である『竜馬がゆく』を執筆するにあたって、一等資料だけでなく、ゴシップの類から新聞記事、龍馬の脱藩後に出かけた土地のそれぞれの郷土史までも、しらみつぶしに買い集め、その数およそ3000冊、重さにして約1トン、金額は昭和30年代当時で1000万円もかけたといいます。
手間を掛ければ必ず良い作品が生まれるとは限りませんが、妥協を許さない司馬氏の作品に向き合う姿勢が、わたしたち読者の心を惹きつけていたのは間違いないでしょう。

『竜馬がゆく』で思い出したのですが、館内でたいへん面白いものを見ました。
        ↓↓↓
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館内吹抜のコンクリートの天井です(画像はネット上で拝借しました)。
このシミが、坂本龍馬の肖像にそっくりだと話題になっているそうで・・・。

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並べてみると、たしかに似てる(笑)!!
資料館は2001年に竣工したそうですが、2004年頃に来場者が「龍馬にそっくり!」と気づいたそうです。
専門家によると、コンクリート内の水分が徐々にしみ出したもので、このシミはもう消えないとか。
外国では、教会の壁にキリストの姿が浮かび上がった・・・なんて話がときどきあるようですが、司馬遼太郎記念館の天井に、代表作の主人公である坂本龍馬が浮かび上がるなんて、出来すぎのオカルト話ですね。
信じるはどうかは人それぞれですが・・・。

長くなっちゃったので、次回に続きます。


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by sakanoueno-kumo | 2014-02-05 21:29 | 大阪の史跡・観光 | Trackback | Comments(2)  

夏休み丹波路紀行2013 その3 「丹波竜化石工房ちーたんの館」

前稿で紹介した「お菓子の里丹波」でプチタイムスリップをしたあと、今度はもっと大きなタイムスリップをしに訪れたのが、丹波竜化石工房「ちーたんの館」でした。
丹波竜とは、平成18年(2006年)にこの地域で発見された恐竜の化石に付けられた名称だそうです。
ここを訪れるまで知らなかったのですが、発見された恐竜の化石は、国内最大級の大型草食恐竜だそうで、学術的にもたいへん価値ある発見だったらしく、当時大きく報道されていたそうです。
ふだん歴史好きを自称している私ではありますが、さすがにそこまで古い歴史は門外漢でして、たぶん発見当時の報道は見てたのでしょうけど、興味がないせいか、記憶に残っていませんでした。

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発見された丹波竜は、その後の専門家の鑑定により中生代白亜紀に繁栄したティタノサウルス形類の恐竜と考えられているそうで、世界的にみてもたいへん希少な発見だったそうです。
1億4千万年前~1億2千万年前の当時、日本は大陸の一部であったため恐竜が生息していた・・・と考えられてはいたそうですが、これまで恐竜の化石は見つかっておらず、あくまでひとつの学説に過ぎなかったとか。
それが、この発見によってかなり信ぴょう性が増したそうです。

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このあたりはとにかく、町役場から小学校から道路標識に至るまで、右を向いても左を向いても恐竜のイラストキャラクターだらけでした。
世界的大発見だったわけですから、これを町おこしのネタにしない手はないですよね。
今や丹波は黒豆よりも恐竜のようです(笑)。

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館内では、恐竜図鑑の復元画の第一人者である画家・小田隆氏の原画展が開催されていましたが、印刷された図鑑で観るのとは違って、実物原画を観ると、緻密さに魅入ってしまいますね。

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丹波竜発掘現場前も通ったのですが、時間の都合上、この日は立ち寄りませんでした。
ただ、発掘現場近くの川代公園にある吊り橋は面白そうだったので、車を止めて渡ることに・・・。

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まあ、なんてことはなかったですけどね(笑)。
言うまでもありませんが、恐竜生息時には、この吊り橋はなかったでしょう(笑)。

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黒豆の里丹波、お菓子の里丹波、恐竜の里丹波、勉強になりました。

近日中の「その4」に続く。

夏休み丹波路紀行2013 その1 「丹波篠山渓谷の森公園」
夏休み丹波路紀行2013 その2 「お菓子の里丹波」
夏休み丹波路紀行2013 その3 「丹波竜化石工房ちーたんの館」
夏休み丹波路紀行2013 その4 「三田ガラス工芸館」
夏休み丹波路紀行2013 その5 「旧九鬼家住宅」

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by sakanoueno-kumo | 2013-09-14 22:47 | 兵庫の史跡・観光 | Trackback | Comments(0)  

夏休み丹波路紀行2013 その2 「お菓子の里丹波」

丹波篠山にある「お菓子の里丹波」を訪れました。

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丹波篠山といえば、なんといってもまず黒豆で、お菓子といわれてもピンとこなかったのですが、訪れてみると、黒豆パン黒豆ソフト黒豆とうふ黒豆茶などの黒豆づくしで、なるほどやっぱり丹波は黒豆でした(笑)。

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施設は、いわゆる観光客用のおみやげ売場レストランがメインですが、敷地内には広大な庭園があって、のんびり散策ができます。
といっても、この日はお盆休み真っ只中でしたから、優雅に庭園散策といった気分には程遠い酷暑の中の散策でしたが(汗汗汗汗)。
ただ、そのなかで目を引いたのが、庭園の一番奥にあった異人館ミオール でした。

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一見、よくあるレトロな洋館ですが、館内にある説明パネルを読んでビックリ。
私の地元である神戸市垂水区にあった旧・垂水警察署の建物でした。

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そういわれてみれば、中の階段など、その昔高校時代に、オイタしてお巡りさんのご厄介になったときに見たロケーションと重なります(笑)。
たしかに、こんな窓がありました。

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もともとこの建物は、川崎重工業の社長だった四本萬二という人物が大正7年(1918年)に建てた邸だったそうで、戦後、神戸市が買い取り、昭和24年(1949年)から昭和61年(1986年)まで、垂水警察署として使用されていました。

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その後、垂水警察移転に際して、歴史的価値のある建築物だから、どこかに移設して展示するという話は聞いていましたが、明治村のような施設に移されたとばかり思っていました。
こんなところに移設されてたんですね。
思いがけない再会でした(笑)。

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あと、庭園内には、嘉永7年(1854年)に建てられたという茅葺きの古民家もあり、そこで和菓子や日本茶を賞味できるサービスが行われていました。

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嘉永7年というと、あのペリー提督率いる黒船艦隊が浦賀に来航した翌年で、日米和親条約が結ばれた年です。
歴史的価値でいえば、こっちのほうが高いですね。
あと、写真は撮れませんでしたが、安政4年(1857年)に建てられた商家を移築した建物もありました。

そんな感じで、ちょっとタイムスリップしたひとときでした。
庭園内は桜が綺麗だそうですから、今度は春に来てみたいですね。

近日中の「その3」につづく。

夏休み丹波路紀行2013 その1 「丹波篠山渓谷の森公園」
夏休み丹波路紀行2013 その2 「お菓子の里丹波」
夏休み丹波路紀行2013 その3 「丹波竜化石工房ちーたんの館」
夏休み丹波路紀行2013 その4 「三田ガラス工芸館」
夏休み丹波路紀行2013 その5 「旧九鬼家住宅」


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by sakanoueno-kumo | 2013-09-13 22:47 | 兵庫の史跡・観光 | Trackback | Comments(0)  

KOBE de 清盛 史跡めぐり その1

今年の大河ドラマ『平清盛』のゆかりの地として、わがまち神戸では「KOBE de 清盛2012」と称する観光PR事業が実施されています。
その一環として開催されている「ドラマ館」「歴史館」に先日ようやく行ってきました。
毎週、大河ドラマのレビューを当ブログで起稿している私としては、話のネタに一度は覗いてみようと思っていたのですが、地元であるがゆえ、いつでも行けると思うと逆になかなか足が向かず、気がつけばドラマも終盤に差し掛かってしまっていたので、夏休みの終わりに嫌がる娘を無理やり連れて行ってきました(笑)。

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まずは、ハーバーランドにて開催されている「ドラマ館」です。
ここはその名称のとおり、NHKのドラマの進行に合わせて撮影で実際に使用された衣装などが展示されているほか、福原京を再現したジオラマコンピューターグラフィックスを見ることができるスペースが用意されています。

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入口でいきなり、ドラマで最初に登場したときの時子のような衣装(“笠としびら”というそうです)を着たお姉さんに烏帽子を渡され、船のセットの上で記念撮影。
その写真を帰りに販売するといったイベント会場お決まりの商法です。
ただ、手持ちのカメラでも渡せばそれでも撮影してくれるので、そこは良心的といいますか・・・。
まあ、こんなところで撮影するのは子供連れか嬉しがりだけでしょうけどね(笑)。

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松山ケンイチさんの高平太等身大人形です。
近くで見てもなかなかリアルに出来てましたよ。
希望すれば衣装を着て撮影してくれるのですが、娘が嫌がったのでやむなくそのままで撮影(Tシャツの汗のシミが見苦しくてスミマセン)。
会場内で写真撮影が許されているのはここだけでした。

つづいて「ドラマ館」から地下鉄で一駅の場所にある「歴史館」に足を運びました。
ここでは、清盛が生きた平安時代の暮らしや神戸港の発展、福原京に関する遺跡出土品の展示などを見ることができます。

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巻物をイメージしたオブジェのようなグラフィック看板が目を引きました。

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裏側から見たらこうなってます。

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会場内はこんな感じです。

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十二単衣長刀の重さ体験コーナーです。
長刀の重さは約3kg、兜は約4kg、十二単衣はなんと約10kgもあるそうです。
企画としては悪くはないと思いますが、写真のように十二単衣の重さを体感するバーの位置が高くて、身長130センチ強の小学5年生の娘ですら肩に乗せることができませんでした。
こんなもん、子ども対象に設定しないでどうするの!・・・と。

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そんなこんなで平清盛「ドラマ館」「歴史館」を巡りましたが、率直な感想をいえば、小中学生なら楽しめるレベルで、大人が入場料払ってまで観に行くほどのものでもないかな・・・と。
まあ、おそらくそんなもんだろうと思って私も娘を連れていったんですけどね。
神戸以外でも清盛関連の観光PR事業は各地で展開されているようですが、大河ドラマに便乗した期間限定の観光PRパビリオンなんて、どこも似たようなもんなんじゃないでしょうか。
ドラマ開始当初、「画面が汚い」といったわけの分からないクレームをつけていた馬鹿な知事がいましたが、ああもあからさまに観光事業への影響を懸念した発言をするのであれば、もうちょっとマシなもん作れよ・・・と言いたくなりますね。

近日中に「その2」に続きます。
     ↓↓↓    
KOBE de 清盛 史跡めぐり その2
KOBE de 清盛 史跡めぐり その3

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by sakanoueno-kumo | 2012-09-12 16:52 | 神戸の史跡・観光 | Trackback | Comments(0)