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おんな城主 直虎 第10話「走れ竜宮小僧」  ~奥山朝利殺害事件~

 桶狭間の戦いが起きた同じ年の暮れ、井伊家一族の奥山因幡守朝利殺害されるという事件が起きます。その加害者は小野但馬守政次でした。ドラマでは、先に刀を抜いたのは朝利の方で、政次はやむなく返り討ちにした正当防衛とされていましたが、実際にはどうだったのでしょう? Wikipediaでは、「小野道好(政次)に暗殺された」とあります。「暗殺」「正当防衛」では、ずいぶん違いますよね。


 龍潭寺古文書によると、「永禄三年十二月二十二日、奥山朝利、小野但馬により傷害される」と記されているのみで、詳細はわかりません。奥山家は井伊家の分家で、朝利は一族の実力者でした。その妹は新野左馬助親矩の妻で、朝利の8人の娘のうち、長女は井伊直親と結婚し、次女は、同じく井伊分家の中野越後守直由の妻となり、五女はのちに井伊家三人衆のひとりとなる鈴木三郎大夫重時の妻、そして、実は三女は、小野但馬守政次の弟、小野玄蕃朝直に嫁いでいました。つまり、朝利は政次から見れば、弟の舅ということになるわけです。


 そんな親戚関係にありながら、政次はなぜ凶行に及んだのか・・・。歴史家・楠戸義昭氏の著書によれば、井伊家分家の最大の実力者が奥山氏で、その当主・朝利が一族内の婚姻関係によってさらに権力を掌握し、桶狭間の戦いで討死した宗家の井伊直盛に代わって、井伊家を支配しつつあったとし、それを恐れた政次が、駿府の今川氏真に何らかの讒言をし、氏真了解のもとに殺害したため、周囲は手が出せなかったのではないか・・・と、推察しています。かつて政次の父・小野和泉守政直は、井伊直満の息子・亀之丞(のちの井伊直親)と次郎法師(ドラマではおとわ)が結婚することで、直満が大きな権力を握ることを恐れて殺害しました。今度も同じ動機だったのではないかと・・・。あくまでも、井伊家の補佐役の筆頭小野家でなければならないということですね。


 「お前は必ずわしと同じ道をたどるぞ。」


 第5話で死に際の政直が息子の政次に言った台詞ですが、ドラマでは、まだその兆候は見られません。でも、あるいは、この奥山朝利殺害事件が、父と同じ道をたどりはじめたキッカケだったのかもしれませんね。ドラマでも、そんな風に描いてほしかったなぁ・・・。


 桶狭間の戦いで今川義元が討たれたことで、今川軍が放棄した岡崎城に帰還した松平元康(のちの徳川家康)は、今川を見限って織田信長に急接近します。そして永禄4年(1561年)、三河の牛久保城を攻撃したことで、反今川の姿勢を明確にしました。しかし、そうなると、窮地に陥ったのが今川の人質となっていた、瀬名姫(築山殿)でした。ドラマでは、その命乞いにのために次郎法師が寿桂尼のもとを訪れていましたが、もちろん、ドラマの創作です。そこへ、元康が上ノ郷城を落とし、その城主で寿桂尼の孫にあたる鵜殿長照が自害したとの報せが届き、万事休す。瀬名の処刑が確定します。さてさて、このピンチをどう切り抜けるのか・・・。続きは次回ということで。



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by sakanoueno-kumo | 2017-03-13 20:25 | おんな城主 直虎 | Trackback | Comments(0)