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大阪都構想の夢ついえた橋下徹市長に告ぐ、志士は溝壑に在るを忘れず。

橋下徹大阪市長が推し進めてきた大阪都構想否決されましたね。
関西のテレビやラジオでは、今日1日その話題でもちきりです。
投票率66.8%という地方選では考えられない高い関心度を示した住民投票だったようですが、結果は反対が70万5585票、賛成の69万4844票という、わずか1万票余りの差での決着でした。
ただ、その結果を世代別で見ると、反対多数だったのは70歳代以上だけで、20歳代~60歳代は、いずれも賛成派が上回っていたそうですね。
年配の方にしてみれば、現在「市」から受けている福祉が削減されるかもしれないという不安に駆られてのことでしょうが、若い世代にとっては、10年後、20年後を見据えての判断だったのでしょう。
言葉は悪いですが、若者の希望を年寄りが潰したということになりますね。
わたしはお隣の兵庫県民なので投票権はなかったのですが、大阪の財政問題は関西全体の経済にも関わる問題で、当然、無関心ではいられるはずがありません。
そうですが・・・否決ですか・・・。
正直、残念ですね。

橋下さんのやり方も、もっと方法があったような気がしますね。
自身の人気を過信しすぎたのか、真っ向勝負しすぎだったんじゃないでしょうか?
良く言えば公明正大、悪く言えばバカ正直というか・・・。
それが彼の魅力といえばそうなんでしょうが、政治家はときには権謀術数も必要だと思いす。
やろうと思えば方法はあったと思うんですけどね。
たとえば、自民党府連は反対の立場をとっていましたが、菅義偉官房長官なんかは「個人的には賛成」などと言っていましたし、首相官邸サイドにしてみれば、橋下さんを敵に回したくない思惑があったわけでしょう。
だったら、それを利用しない手はないですよね。
その「思惑」交換条件にすれば、安倍晋三首相の援護射撃を取りつけることも出来たんじゃないでしょうか?
安倍さんもこの土日、関西に来てたしね。

この結果を受けて、橋下徹大阪市長は12月の任期満了で政界を引退するそうですね。
政治生命を賭けて臨んだ政策だっただけに、大阪都構想の終焉は政治家・橋下徹の終焉といったところなんでしょうが、これまた、少々カッコ良すぎるんじゃないでしょうか?
大阪都構想の夢は潰えましたが、賛成派がほぼ半数近くいたわけで、ましてや、今回の投票は大阪都構想への賛否であり、橋下市政ならびに政治家・橋下徹を否定したわけではありません。
市政は都構想だけではないですしね。
志尽きたからには、武士らしく潔く切腹・・・といえば、なるほど戦士の美学かもしれませんが、自身が代表を務める「大阪維新の会」の語源である「明治維新」の原動力となった吉田松陰の言葉に、次のようなものがあります。

志士は溝壑に在るを忘れず(志士不忘在溝壑)
勇士は其の元を失ふを忘れず(勇士不忘喪其元)


「志士は山野の溝に自分の遺体を晒すことを恐れてはならない」
「勇士は斬首されることを恐れてはならない」

ということです。
潔く切腹なんてのは、所詮は逃げ口上で、高い志を持った志士は、首をもがれて遺体を溝に捨てられるまで、戦い続けるべきである・・・と。
たしか、小泉純一郎元首相も、施政方針演説でこの言葉を引用していましたね。
その人気の高さや政治姿勢が、よく小泉さんと比較された橋下さんでしたが、その意味では、橋下さんの政治家としての首は、まだ繋がっていますよね。
まあ、今は精も根も尽き果てたといった状態かもしれませんが、少し頭を冷やして、もう一度考えなおして欲しいと思います。
わたしはこれまでも橋下さんに対して、たびたび厳しいことを言ってきましたが、それだけ期待していたということで、このまま幕を引くというのであれば、残念ながら、その程度の政治家だったのか・・・と、思わざるを得ません。
そうならないことを期待しています。


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by sakanoueno-kumo | 2015-05-18 22:07 | 政治 | Trackback | Comments(2)  

八重の桜 第16話「遠ざかる背中」 ~徳川慶喜は二枚舌?~

 「徳川にかけそこなった一橋」
 安政5年(1858年)、第14代将軍が一橋慶喜のライバルだった徳川慶福(家茂)に決まると、ときの人々はこのような川柳を詠んで嘲弄したといいます。その家茂が死に、いよいよ慶喜が徳川宗家の相続者となると、今度は次のような狂歌が作られました。
 「大木をばたおしてかけし一橋 渡るもこわき徳川のすえ」
 「二つ箸持つとも喰えぬ世の中に 一ツ橋でも喰えなかるらん」

 この時期、すでに庶民は幕府の瓦解を予見しはじめていたのでしょうか。

 慶喜は徳川本家相続を承知したとき、自分の意のままに政治を改革することを条件とし、これを老中らに承認させます。そして慶応2年(1866年)9月には、人材の登用、賞罰の厳正、冗費の節約、陸海軍の充実、外交の刷新、貨幣・商法制度の改革など、8箇条の施政方針を示し、その線に沿って改革が行われますが、まず当面解決しなければならない問題は、第二次長州征伐をどう処理するかということでした。

 慶喜は当初、自ら長州征伐に出陣し、あくまで武力によって長州藩を屈服させるべく強硬な態度で臨みました。出陣を前に旗本を集めて、「毛利大膳父子は君子の仇である、このたび出陣する以上、たとへ千騎が一騎になろうとも、山口城に攻め入り、勝敗を決する覚悟でいる。」と、勇ましく述べています。しかし、いよいよ出陣しようとしたときに、小倉落城の報が伝わり、戦局が絶望的となっていることを知ると、たちまち態度を軟化させて自身の出陣を取りやめ、朝廷にはたらきかけて、将軍の死を理由に休戦命令を出させることに成功します。

 続いて慶喜は、軍艦奉行・勝海舟を広島へ派遣して、長州藩との休戦交渉に当たらせます。もともと慶喜は勝のことを快く思っていませんでしたが、この局面で長州藩と口がきけ、また薩摩藩との対立も緩和させ、しかも幕府の立場を守る交渉ができる人物は、勝以外にいなかったでしょう。勝は厳島で、長州藩代表の広沢兵助(真臣)井上聞多(馨)らと会談し、幕府軍が撤退するとき、長州藩が追撃しないことで協定を成立させます。さすがは勝海舟といったところですが、実はもう一方で、慶喜は朝廷にも同時にはたらきかけ、休戦から更に進んだ停戦の勅命の引出しに成功します。勝の派遣は、いわば時間稼ぎに利用されたかたちになってしまいました。しかも、結果的に交渉の席についた長州藩にも不義理をはたらくことになってしまい、これに怒った勝は、辞表を提出して江戸へ帰ってしまいます。こうして、第二次長州征伐は、なおいくつかの問題を残しながら、一応の決着をみたのです。

 二点三点したこれらの行動から、「二心殿」「二枚舌」などと揶揄され、後世にあまり人気がない慶喜ですが、果たして本当に「二枚舌」だったのでしょうか? たとえば当初の勇ましい態度にしても、事実上幕府軍の総裁という立場で、兵の士気を高めるためには必要な態度だったでしょうし、一方で、戦局を冷静に判断して引き際を模索するのもまた、立場上、必要なことだったのではないでしょうか。長州藩との交渉にしても、結果的に勝を裏切るかたちになってしまったものの、もし勝の交渉が不成功に終わったときのことを考え、次の手を準備するのもまた、総裁という立場上、当然の行動だったように思います。ただ、あまりにも頭が良すぎて、その思考のスピードに周りの者がついていけなかった・・・。そんなところだったんじゃないでしょうか?

 「太平の世にあぐらをかいた幕府など、一度、壊れた方がよいのだ。幕府を鍛え直さねばならぬ。カビの生えた軍制から職制の大元に至るまで、全てを作り直す。それが将軍の勤めだ。」 
 ドラマ中、将軍職継承宣言をした小泉孝太郎さん演じるところの徳川慶喜が言った台詞ですが、ちょっと待って!!!・・・どっかで聞いたことある台詞ですよね!
 「自民党をぶっ潰す!」
 そうです・・・小泉孝太郎さんの実父・小泉純一郎元首相の掲げた「聖域なき構造改革」のキャッチフレーズですね。この台詞を聞いて思わず吹き出してしまったひと、多かったんじゃないでしょうか? どう考えても、この台詞は作者の意図的にしか思えません(笑)。ぜったい小泉慶喜にこの台詞を言わせたかったのでしょうね(笑)。でも、だったら、せっかくだからこう言わせたほうが良かったんじゃないでしょうか?
 「幕府をぶっ潰す!」
 実際の慶喜に、そこまでの気概があったかどうかはわかりませんけどね。


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by sakanoueno-kumo | 2013-04-22 19:29 | 八重の桜 | Trackback(3) | Comments(8)  

台風12号の被害に見る、近くて遠い紀伊半島。

記録的な豪雨をもたらした大型の台風12号によって、紀伊半島が甚大な被害を受けています。
特に和歌山県奈良県では土砂崩れや河川の氾濫で民家が流されるなどの被害が多発し、死者・行方不明者が100人を超えているようです。
奈良県にある上北山村では、8月30日の降り始めから9月4日までの雨量が、1800ミリを超えたといいますから、とんでもない雨量だということがわかります(1m80センチといえば、私の身長をはるかに超えてますからね・・・)。
上空から撮影された被災地の映像を見ると、まるで今年3月に見た津波の惨状のようです。
本来、来るはずのない津波が山間部を襲ったようなもので、加えて土砂崩れなどで道路が寸断されているらしく、台風が日本海に抜けてから3日ほど経った現在でも、被害の全容が見えていないようです。
ライフラインの復旧も未だ見込みがないようで、山間部に閉じ込められている被災者の方々の安否が気になるところです。
突然襲われる地震と違い、数日前からある程度の予測がつくのが台風ですが、それでも、これほどの被害になっちゃうんですね。
台風も侮れません。

被害の大きかった和歌山県、奈良県は、言うまでもなく近畿地方に属しているわけですが、同じく関西は兵庫県に住む私からすれば、“近くて遠い”という印象が否めない両県です。
この度被害の大きかった和歌山県の那智勝浦町などは、私の住む神戸から行くとすれば、東京・福岡より遠いといった感覚です。
もちろん、距離ではなく所要時間のこと。
新幹線などは当然ないですから、一番早い特急を使っても5時間近く掛かりますし、日に何本もあません。
10年ほど前に車で行ったことがあるんですが、二度と行くまいと思いましたね。
紀伊半島の高速道路は、西海岸は白浜の手前(北)まで、東海岸は伊勢の辺りまでしかありませんから、それより南は地道を走るしかなく、それが遠いのなんのって、朝早く出て夕方やっと着きました。
神戸から東京でも、名神・東名を使えば6〜7時間で行けますよ。
那智勝浦といえば、那智の滝勝浦温泉などは有名ですから、地理に疎い人でも聞いたことがないという人は少ないでしょう。
関西→東京の日帰り出張など当たり前の時代に、同じ近畿地方内で、泊まりじゃないと行けない地域があるというのも、なんだかなぁという思いです。

同じく台風12号の被害で道路が寸断されて孤立している奈良県十津川村ですが、ここにも以前車で行ったことがありますが、信号のないヘアピンカーブだらけの細い山道を、何時間も走行してやっと着くような山奥の村で、行ったことのある人なら、今回孤立してしまった理由も頷けるでしょう。
十津川村といえば、幕末に多くの尊皇攘夷志士を輩出した、あの十津川村です。
奈良県といっても、誰もが思い浮かべる古都の奈良は県の最北端で、京都、大阪と隣接する位置。
その他の奈良県の南側はほとんどが山間部で、高速道路などはまったくありません。
普段から、陸の孤島状態といってもいいところです。
いや、むしろ離島の方が交通の便はいいかもしれません。

小泉政権のとき、道路特定財源の見直しが声高に叫ばれ、採算の取れない高速道路建設の凍結が進められましたが、あのときは私もその方向性に賛成でしたが、こういう災害などの局面に立ってみると、それで良かったのか考えさせられてしまいます。
道路は国土の血管であり、高速道路は動脈のようなもの。
血管が寸断されれば、その先は壊死してしまいます。
毛細血管しか通っていない紀伊半島は、当然そうなりやすいわけで、十津川村などは現在まったく血液が届いていません。
やはり、動脈工事は、採算を考えてするものではないのでしょうね。
要は、道路族といわれる一部の議員と、そこに生まれる利権が問題なわけで、道路建設自体が悪というわけではないわけで・・・。

とにかく今は、1日でも早い対応が望まれますが、重機が入れないところが多いそうで、対応は難航しているようです。
でも、そうこう言っているうちに、また新しい台風が襲って来ないとも限りませんからね。
一刻も早い復旧を願ってやみません。


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by sakanoueno-kumo | 2011-09-07 22:07 | 時事問題 | Trackback(1) | Comments(0)  

24時間テレビを観て「偽善」だという人たち。

先日放送されていたチャリティー番組「24時間テレビ」に対して、「タレントにギャラを払うな!」「障害者を見世物にするな!」といった批判が多く寄せられているそうです。
私も特別この種の番組を好んでは見ませんが(今回、長瀬くんと広末さんのドラマは途中から見て不覚にもウルッとしちゃいました)、だからと言ってあれを見て不快に感じるという人の声には、逆に不快感を覚えます。
まあ、タレントさんのマラソンの企画は、「もういいだろう!」という気がしないでもないですが・・・。

「偽善」だと批判する人は、では自分は普段いったいどれほどの善行をしているのでしょうね。
障害者が頑張っている姿を見て不快に思う人は、健常者でありながら頑張ろうとしない、堕落した自身をかえりみて不快に感じるからではないでしょうか。
「タレントにギャラを払うな!」といいますが、タレントさんが報酬を貰うのは当たり前のこと。
それが職業なんだから・・・。
いくら目の前に困っている人がいても、理容師さんがタダで散髪したり、大工さんがタダで家を建ててあげたり、タクシーの運ちゃんがタダで乗せてくれたりしません。
要はその稼いだお金に余裕があれば、寄付というかたちで協力すればいいわけで、でもそれをするかしないかも、当人の考えで決めたらいいことだと思います。
つまりは、「ギャラをもらうな」など批判する人は、自分たちが何ヶ月もかけて稼ぐお金を数時間で稼いでしまうタレントさんに対する、妬みやっかみの心からくる声なんじゃないでしょうか。
食うや食わずの安もん芸人のギャラには、きっと文句を言う人はいないでしょう。
高収入を得ている人のことを快く思わない・・・日本人の悪いところですね。

話は少し違うかもしれませんが、昨年話題になった、失業者のためのボランティア「年越派遣村」に対する多くの批判の声を聞いた時も、今回に似た感情を抱きました。
収入がなく寝食を求めて集まった人に対して、「働かざるもの食うべからず!」「怠け者を助ける必要はない!」などといった批難の声が多く聞かれ、彼ら失業者を擁護するマスコミに対しても、「偽善」という批判が声高に言われました。
なぜ困っている人に手を差しのべることが「偽善」なのでしょう。
たしかに「怠け者」と言われても仕方がない人もいたかもしれませんが、助けを受けるということは、実はとても辛くみじめなことであって、その辛くみじめな助けをあまんじて受けなければならなかった彼らに対して、さらに追い打ちをかけるように批難の声を浴びせる人たちには、同じ日本人として憤りを覚えました。
自分たちは自力で寝食を得ている、だからオマエらも自力で生きろ!・・・なぜそんな理屈になるのでしょうね。
助けを受けなくとも生きていける自分を幸せに思うだけでいいじゃないですか。
そして余力のある人は困っている人を助け、それが出来ない人も、困っている人を見て可哀想と思う・・・そんなごくごく当たり前のことが、なぜ私たち日本人は出来なくなったのでしょう。
手をさしのべる行為に対して、「偽善」「上から目線」などといったふうにしか見られない人のほうが、「ひねくれ目線」であり、「狭量」だと私は思います。

いつから私たち日本人は、人の心の痛みをわからない、頑張っている人を素直に応援できない、そんな国民性になったのでしょう・・・思えばこれも、小泉政権時代に推し進めた「市場原理主義」による弊害といえるかもしれません。
人は皆、個人個人・・・力のあるものは栄え、力のないものは淘汰される。
その考えは間違っていないのかもしれませんが、殺伐としたその社会の中で、勝ち組は「哀れみ」の心をなくし、負け組は「感謝」の気持ちをなくしていった・・・私は小泉政権容認派ですが、その部分に関してのみ率直にそう感じます。

私の好きな司馬遼太郎氏が、小学校6年生の子供に向けて書いた「二十一世紀に生きる君たちへ」のなかで、このように述べています。
原始時代の社会は小さかった。家族を中心とした社会だった。それがしだいに大きな社会になり、今は、国家と世界という社会をつくりたがいに助け合いながら生きているのである。
自然物としての人間は、決して孤立して生きられるようにはつくられていない。
このため、助けあう、ということが、人間にとって、大きな道徳になっている。
助け合うという気持ちや行動のもとのもとは、いたわりという感情である。
他人の痛みを感じることと言ってもいい。
やさしさと言いかえてもいい。
「いたわり」
「他人の痛みを感じること」
「やさしさ」
みな似たような言葉である。
この三つの言葉は、もともと一つの根から出ているのである。
根といっても、本能ではない。
だから、私たちは訓練をしてそれを身につけねばならないのである。
その訓練とは、簡単なことである。
例えば、友達がころぶ。
ああ痛かったろうな、と感じる気持ちを、その都度自分中でつくりあげていきさえすればいい。
この根っこの感情が、自己の中でしっかり根づいていけば、他民族へのいたわりという気持ちもわき出てくる。
君たちさえ、そういう自己をつくっていけば、二十一世紀は人類が仲よしで暮らせる時代になるのにちがいない。


「いたわり」「他人の痛みを感じること」「やさしさ」、なくしてしまっているように思えませんか?
訓練しなければなりませんね。


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by sakanoueno-kumo | 2010-09-03 18:01 | 芸能 | Trackback | Comments(7)  

天地人 第25話「天下人の誘惑」

 若き日の「人たらし」と言われた秀吉は、巧に人の気持ちをつかみ、魅了し、「心」で人脈を得てきたはず。しかし、天下人となった秀吉は、「力」で欲しいものを得ようとする。

 「まこと見事な器・・・なれど、所詮、器は器。人にあらず。」
景勝を訪ねてきた利休が、兼続をヘッドハンティングしようとする秀吉の野望を、自身が金にいとめをつけず手に入れた名器に例えた忠告に対して、景勝が言った言葉。人は物ではない。どんなに金を積もうとも、人の「心」は金では買えない・・・「力」では得られない。

 ヘッドハンティングというのは平成の社会でも珍しくないことで、企業が生き抜き、力をつけていく上で有効な手段である。しかし、そこにはお互いの利害が一致し、「ギブアンドテイク」が存在しなければ成し得ないもの。「力」で人材を得ることなど出来ないし、仮に得られたとしても、「力」が衰えたときには失ってしまうものである。

 「相手は天下の豊臣秀吉。10万の軍勢を動かさずとも、密かに相手の心のほころびをつき、己が意のままに操ろうとする。左様な戦をここでは『政(まつりごと)』と呼ぶ。」
 「ならばこの戦、負けるわけにはいかんな。」
石田三成と兼続の会話の一節。相手のほころびのつき合いをしている「まつりごと」は、現代の政治も変わっていないが、秀吉の「まつりごと」とは少し違う。相手は絶対的な与党、関白・豊臣秀吉なのである。「力」を得た人たらし秀吉は、欲しいものは何でも手に入れたいが如く、存分に「力」を発揮する。しかし、人は器ではない。「力」にものを言わせた晩年の豊臣政権だったが故、秀吉の死後、後の関ヶ原を招いたと考えられなくもない。

 絶対的「力」を誇った小泉政権だったが、「力」を失った今、党内の関ヶ原も近いかもしれない。



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by sakanoueno-kumo | 2009-06-22 01:20 | 天地人 | Trackback | Comments(0)  

定額給付金法が成立

定額給付金法が成立 衆院再可決、小泉氏は欠席

もめにもめた定額給付金。
「3分の2を使ってまで再可決する問題ではない。」と、かの小泉氏に言わしめたこの法案だったが、紆余曲折を繰り返しながら結局無理やり成立させた。
いまさら良策か愚策かなどと考えても仕方がないので、個人個人貰えるものは貰って、どう使うか考えるのが良策。

終始一貫性が無かった定額給付金に対する麻生氏の発言。
「生活支援金」と言ってみたり、「経済活性化対策金」に変わってしまったり、自身は「使わない」と言ってみたり、「使う」と言ってみたり、高額所得者の受け取りを「さもしい」と言ってみたり、また釈明してみたり。
結局国民の支持を得られないのは、そういったところなのだろう。
福田前総理のガソリン暫定税率のときも同じことを感じたが、結局麻生総理自身に「迷い」があって、自分の政策に対する自信が少しも感じられない。
小泉元総理のときは、一徹なまでもの自信と、揺らぐことのない改革への決意に、我々国民は酔わされ支持した。(だまされた感はなきにしもあらずだが・・・)

今回の定額給付金も、どれだけ批判されようとも麻生氏に「自信」と「決意」があれば、ここまでもめることもなかったのではないだろうか?そしてまた、ここまで支持率を落とすこともなかったように思うのだが・・・。

いずれにしても可決、成立した「定額給付金」。
どれほどの経済効果があるのか、結論はまだ先のこと。
あまり期待出来ないが・・・・。


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以下、記事本文引用
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定額給付金法が成立 衆院再可決、小泉氏は欠席 
 定額給付金や高速道路料金引き下げなどの財源を確保する08年度第2次補正予算関連法が4日午後の衆院本会議で、自民、公明両党など出席議員の3分の2以上の賛成多数で再可決、成立した。参院で否決された法案が、衆院で再可決により成立したのは昨年12月の改正新テロ対策特別措置法に続き5件目。成立を受けて各地方自治体は支給に向けた作業を急ぐ。自民党の小泉純一郎元首相は本会議を欠席した。
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by sakanoueno-kumo | 2009-03-04 22:06 | 政治 | Trackback | Comments(0)  

小沢一郎という男

<小沢氏秘書逮捕>代表進退に波及も

小沢一郎という男は、総理になれない運命なのだろうか?
それとも自ら総理への道を閉ざしているのだろうか?
この20年弱、良きにせよ悪しきにせよ、常に野党の主役だった彼。(一瞬与党にいたっけ?)
私が政治に関心を持ったのも、細川政権発足のときから。
それ以来、紆余曲折を繰り返しながら、彼の掲げた二大政党制をほぼ実現しつつあり、さすがに今回は総理の椅子を手中にしたと思っていた。
後世、平成の政治家の名をあげろといわれれば、「小泉純一郎」「小沢一郎」は真っ先に名を連ねるだろう。(いい悪いは別にして)
残念ながら今回ばかりは致命傷になるのでは・・・?

まだ小沢代表本人の言葉は発せられていない。
この逮捕は政界全体に波及する可能性もあり、自民への追い風になるとは現時点では判断しづらい。
しかし、小沢代表にとっては間違いなく向かい風になるのは避けられそうもない。
小沢総理でない民主党政権に果たして魅力があるかと問えば、民主党にとってもやはり厳しい向かい風になることは間違いない。


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以下、記事本文引用
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<小沢氏秘書逮捕>代表進退に波及も 
政治資金規正法違反容疑での公設第1秘書逮捕は、民主党の小沢一郎代表の進退に波及する可能性が出てきた。鳩山由紀夫幹事長は「この問題で今すぐにという判断にはならない」との認識を示したが、中堅議員から「小沢氏に居座ってもらっては困る」との声があがるなど、党内に動揺が広がっている。

 鳩山氏は事務所捜索と会計責任者逮捕の一報を受けて3日夕、東京都内で記者団に「直前に小沢代表と会った折には『資金の出し入れは基本的にすべてオープンにきちんと処理しており、全く問題はない』と言っていた」と強調。そのうえで「そのことを信頼しているが、いずれ小沢代表自らが説明されると考えている」と述べ、小沢氏自身の説明を見守る姿勢も示した。

 小沢氏が今後も代表を続けるかと問われると「当然そうだ」。さらに「事実をしっかりと国民に見ていただくのが大事だ」と述べた上で「選挙への影響は当然出る。これで国民の信頼を失ってはいけない」と語った。

 小沢氏は3日午後3時過ぎから党本部で幹部会に出席し、問題に関して「法令に従って適切に処理している」と説明した。民主党は4日午前、党本部で緊急の役員会を開き、対応を協議する。終了後、小沢氏自身が記者会見で問題について説明する。


<小沢氏秘書逮捕>乏しい違法認識 政治家側「適正記載」 
政権交代を目指す野党第一党のトップの資金管理団体に3日、捜査のメスが入った。準大手ゼネコン・西松建設のOBが設立した政治団体は、小沢一郎民主党代表をはじめ与野党有力議員に多額の献金をしてきたが、小沢氏は「何の問題もない。適切に処理している」と述べ、他の政治家も違法性を否定してきた。しかし、東京地検特捜部は、政治団体は西松建設のダミーだったとみて小沢氏の公設第1秘書、大久保隆規容疑者(47)の逮捕に踏み切り、深夜まで関係先の捜索を続けた。

 「会社の名前が出ると相手の先生に迷惑がかかる」。西松建設幹部は、政治団体を隠れみのにして献金を続けた理由を語る。「うちはゼネコンでも10番目だからやらざるを得ないが、他社だって同じようなことをしている」と話し、献金システムを考案したのは、逮捕された前社長、国沢幹雄被告(70)=外為法違反で起訴=だったと明かした。

 関係者によると、西松OBが95年に設立した「新政治問題研究会」など2団体は会費を社員から集めて政治献金する一方、会社は社員の賞与に会費分を上乗せして補てんしてきた。政治家個人への企業献金が全面禁止された00年以降も続けられ、社内で問題視されたことはなかったという。

 別の中堅幹部は数年前、直属の上司から「ちょっと協力してよ」と、新政治問題研究会への入会を勧められた。妻と2人で入会し計8万円の会費を支払った。政治団体の名が入った会費の領収書はこの上司から直接手渡されたという。中堅幹部は「団体の代表とは会ったこともない。上司としかやり取りしなかった」と振り返る。

 政治家側も献金は合法と強く主張してきた。小沢氏をはじめ、献金を受けた与野党議員の事務所は今年1月、毎日新聞の取材に対しいずれも「政治資金規正法に基づき、適正に収支報告書に記載している」などと回答。だが、研究会から04~05年に寄付を受けた自民党のある元議員は07年8月、研究会の窓口が西松建設副社長だったことを明かし「新政治問題研究会なんて知らなかった」と話した。この元議員の会計責任者も当時、「どの会社も持っている政治連盟の一つだと思っていた。何がいけないのか」と答えていた。

   ◇西松建設事件を巡る経過表◇

<08年>

 6月 4日 東京地検特捜部が西松建設本社などを外為法違反容疑で家宅捜索

11月19日 高原和彦元副事業部長を3500万円を着服した業務上横領容疑で逮捕

    21日 特捜部が国沢幹雄社長宅を家宅捜索

<09年>

1月14日 藤巻恵次元副社長らを外為法違反容疑で逮捕

   20日 国沢社長が辞任。直後に外為法違反容疑で逮捕

2月 3日 特捜部が藤巻元副社長らを起訴

   10日 特捜部が国沢前社長を起訴。法人としての同社も略式起訴

   24日 特捜部の事情聴取を受けた長野県知事元秘書の同県参事が自殺

3月 3日 小沢一郎民主党代表の資金管理団体の会計責任者で公設秘書、
       大久保隆規容疑者らを政治資金規正法違反容疑で逮捕

*肩書は当時
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by sakanoueno-kumo | 2009-03-03 23:57 | 政治 | Trackback | Comments(2)  

改革腰ぬけ政権

<麻生首相>郵政4分社化体制「見直すべき時に来ている」

総裁が代われば方針も変わるのであれば、政党政治の意味をなさない。
ましてや今の麻生政権は、小泉政権の延長政権なのだ。
「小泉首相のもとで私は郵政民営化に賛成じゃなかった。」
今更何を言っているんだこのオヤジは?
今の与党の議席は、郵政選挙と呼ばれた基盤のもとに成り立っているのだ。
小泉改革路線を変えたいのならば、まず第1に解散総選挙で国民の声を問え!

そもそも郵政民営化の本来の目的は郵貯・簡保という金融2事業の売却にあったのではないのか?
郵政金融2事業を売却して得られる財政収入のメリットと地方の金融機能が斬り捨てられるデメリットは切り離して考えなければならないはず。
なぜならば、地方における郵便事業のサービス低下など最初からわかっていたことで、そのリスクと比較しても、民営化が必要という判断だったのではないのか?

一部の有識者といわれる屁理屈こきの評論家とマスコミが小泉改革批判を叫んだせいで、世論までもが小泉批判に同調しはじめ、本丸だった「郵政民営化」までも見直そうとしている。
「痛みを伴う改革」ではなかったのか?
「痛み」に耐えられなさすぎではないか!
足りないものは補えば良い。
大切なのは前向きな姿勢。
昔に戻るのでは意味がない。

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以下、記事本文引用
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<麻生首相>郵政4分社化体制「見直すべき時に来ている」
 麻生太郎首相は5日の衆院予算委員会で、日本郵政グループの4分社化体制について「四つに分断した形が本当に効率がいいのか。もう一回見直すべき時に来ているのではないか」と述べ、サービスや採算性向上のために再編する可能性に触れた。筒井信隆氏(民主)への答弁。4分社化は郵政民営化関連法を巡って05年に自民党内で議論が起こった際、最も対立が激しかった論点の一つで、党内外に波紋が広がるのは確実だ。
 郵政担当の鳩山邦夫総務相も答弁で「国に戻すのでなければ、聖域なく、どんな見直しをやってもいいということで対処する」と首相に同調した。
 同法は、06年に発足した政府の郵政民営化委員会に、3年ごとに民営化の進ちょく状況や経営形態を総合的に見直すよう求めており、今年3月が期限に当たる。
 これを踏まえ、自民党の「郵政民営化推進に関する検討・検証プロジェクトチーム」は、郵便局会社と郵便事業会社を統合して3社体制にする案や、過疎地で金融サービスを維持する仕組みの導入も協議している。首相答弁は、こうした議論や民営化委員会が3月にまとめる報告に影響を与えそうだ。
 ただ、首相は5日夜、首相官邸で記者団に「(見直し)内容に私がこうしろああしろと言う立場にない」と述べ、具体的な議論からは距離を置く姿勢を示した。
 首相は05年4月の同法の閣議決定当時は総務相。5日の予算委で「小泉(純一郎)首相のもとで私は郵政民営化に賛成じゃなかった。私が反対と分かってたので、(総務相の担当職務から)郵政民営化担当は外された」と自ら披露した。その上で「国会の議論の末、民営化は決定された。今後は国民へのサービスの向上や(経営的に)健全な企業にさせていく」と述べた。
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by sakanoueno-kumo | 2009-02-06 14:44 | 政治 | Trackback | Comments(2)