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酒鬼薔薇聖斗の手記出版について思う。

1997年に起きた神戸連続児童殺傷事件の加害者である元少年A手記が出版され、話題になっていますね。
「酒鬼薔薇聖斗事件」といったほうがわかりやすいでしょうか。
あの事件は、わたしたち神戸市民にとっては忘れることのできない暗い記憶です。
事件が起きた1997年とは、「阪神・淡路大震災」が起きた2年後のことで、表面的には復興が進んでいたものの、その復興の波に乗れた人と乗りそこねた人の格差が生じ始め、震災による経済的な二次災害ボディーブローのように効き始めた頃でもあり、神戸全体が震災直後とはまた違った意味での、殺伐とした空気に包まれていた時期でした。
そんな折り、またも日本中の人が神戸に注目することになった出来事が、あの「酒鬼薔薇聖斗事件」でした。
当時、神戸はもはや人の住める街ではないんじゃないか?・・・なんて、他の地域に住む知人からいわれたものです。
あれから18年も経ったんですね。
それだけ長い年月が過ぎたというのに、未だに少年犯罪の象徴のような事件として記憶に新しく、加害者は「少年A」の代名詞的存在であり続けていることを思えば、あの事件が、のちの社会に与えた影響は計り知れないものだったといえるでしょう。
そんな元少年Aが本を出す・・・正直、興味が沸かないはずがありません。

で、購入して読もうかどうか迷ったのですが、やっぱ、やめにします。
理由はいろいろありますが、いちばんは、被害者の遺族はこの出版を許諾しておらず、出版停止を要求しているということ。
わたしが買うのをやめたところで、きっと本は売れるのでしょうが、まあ、小さな抵抗です。
あと、ネットで検索してみると、すでに読んだ人の感想や、中には「あとがき」を全文転載しているブログなどもあり、それを読めば、概ね内容が想像できるから、という理由でもあります。
「あとがき」では、ひたすら犯した罪への反省の意を綴っていますが、でも、結局は随所に自己保身の言葉が見られ、気分のいいものではありませんでした。
まあ、人間であれば、だれでもきっとそうなりますよね。

以前、少年Aの両親が書いた手記『「少年A」この子を生んで・・・』が出版されましたが、それは購読しました。
たしかこの本は、印税をすべて被害者遺族への賠償に充てるとの話でしたし、何より当時、新米の親だったわたしとしては、どう間違えたらこのような凶悪犯が育つのか、これから子供を育てていく上での資料として、たいへん興味深かったからでもありました。
でも、結局は読んだあと後味が悪く、読まなきゃよかったと思ったのを憶えています。
その本も、結局は保身の内容でしたからね。

人は忘れる生き物です。
どれだけ深く反省しても、その思いを一生薄れることなく持ち続けるのは不可能だと思います。
人は忘れるから、苦しみや悲しみから立ち直ることができるといえるでしょう。
また、人は自己を否定し続けて生きてはいけません。
自己を否定し続けたら、いきつくところは自殺しかなくなるでしょう。
人は皆、否定したい過去をどこかで恣意的に捻じ曲げて都合よく解釈し、言い訳を繕い、正当化するなどして受け入れて生きていくものだと思います。
それが生きていく力で、これはたぶん仕方がないことなんですね。

だから、こういう手記は、必ず自己保身の文章になってしまうのでしょう。
もし、本当に心からの懺悔文が書けるとしたら、それは、いまから死ぬというときだけなんじゃないでしょうか。
でも、被害者はもちろん世論も、少年Aが過去を忘れること、身を守ろうとすることを不愉快にしか思いません。
彼は、一生罪を背負いながら生きていくべきだと、誰もが思っています。
だから、やはりこういう本を出すべきじゃないんですよね。
彼に出来る最大の懺悔は、生涯、社会に対して声を発することなく、ひっそりと生きていくことだったんじゃないでしょうか。
また、それが結果的に自分の身を守ることにもなったと思います。
心のなかでは、どんな言い訳を持っていてもかまいません。
人間ですから。
でも、声に出して言うべきじゃなかった。
また、生き方を間違えましたね。

たぶん、話題性からいってこの本は売れるでしょうね。
出版社のコメントは「批判は覚悟の上だが、社会的意義はある」とのことだったそうですが、ならばせめて、この本で得た収益を、今後の少年犯罪の減少に繋がる何かに寄付してください。
自社の利益のためではなく、あくまで社会のためだというならば・・・。


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by sakanoueno-kumo | 2015-06-11 19:39 | 時事問題 | Comments(2)  

大津いじめ自殺事件について思うこと。

滋賀県大津市の中学校でのいじめ問題が話題になっています。
昨年10月に起きた市立中学2年の男子生徒がいじめられた末に自殺した事件で、事件発生後に大津市教育委員会が実施した全校生徒を対象にアンケート結果の内容が、遺族が大津市と加害者を相手取って起こした訴訟の証拠品として今頃になって開示されました。
それにより、「自殺の練習の強要」「葬式ごっこ」など、これまで公表されていなかった驚愕の内容が発覚し、にわかにマスコミなどで取り上げられるようになったようです。

「いじめ」は昔から存在します。
かくいう私も、小学生の頃にはいじめられた経験いじめた経験もどちらもありますし、中学生の頃には上級生から呼び出されていわれのないイチャモンをつけられ、いわゆる「可愛がり」を受けたこともあります。
あと、つまらないことが発端で大勢のクラスメイトからしばらくの間無視されたこともありましたが、あれは結構キツかったですね。
学校を離れれば仲の良い友達でさえ、教室では他のクラスメイトの目を気にして私と口をきこうとしない・・・でもそれも、明日は我が身と思えば無理からぬことなんですよね。
大人社会と同じく、子供たちの社会も力関係を計るというのは生きていく上で重要な術です。
女の子のことはわかりませんが、男の子なら、大なり小なりそのような経験があるはずで、人生一度も「いじめ」に関わったことがない人は(傍観者的な関わりも含めて)、少ないんじゃないでしょうか。

でも、昔のいじめは今のような陰険で卑劣なものではなかった・・・なんてことをいう人もいますが、私はそうは思いません。
そもそも、いじめとは陰険で卑劣なものですから・・・。
なんでも「今どきの子どもは・・・」といった論調で片付けるのもいかがなものかと・・・。
たしかに、「自殺の練習の強要」や「葬式ごっこ」などと聞けば、かなり度を越した状況だったことが伺えますが、元来、子どもの悪事というのはエスカレートしだすと歯止めが効かなくなるものだと思いますし、このような卑劣ないじめを悪びれることなくやってしまえるのは、子供であるがゆえだと思います。
陰険で卑劣というよりも、「幼稚」なんですよ。
でも、その幼稚な行為によって人ひとりの命が失われてしまったことには違いありません。
この度の問題は、これほどエスカレートするまで大人が何も手を打たなかったことで、この場合、担任教師は何をやっていたんだ?・・・という観点にならざるを得ないでしょう。
子どもの悪ノリを制止できるのは子どもではありません、大人です。

私は長年、週末に小学生相手の少年野球の指導者をしていますが、教育のプロでもなく、土日のみ子供たちと接する素人の私でも、子供たちの力関係はちゃんと把握しているつもりです。
なかには、大人の見ている前では素直で可愛げのある子どもを装い、裏で舌を出しているずる賢い子もいますし、すぐに嘘をつく子、隠れて弱い者いじめをする子などもいますが、いずれも、子供たちは大人を欺いているつもりでいるかもしれませんが、大人の目から見ればすべてお見通しです。
言い方は悪いですが、所詮、相手は子どもですから。
土日だけの私ですらわかることですから、月曜から金曜までフルに子供たちと接している担任の先生が、自分のクラスで起きているいじめに気付かないなんてことはあり得ないと思います。
もし、本当に気づいていなかったとすれば、それこそ問答無用で教師失格だと思いますし、気付いていたにも関わらず見て見ぬふりをしていたとすれば、教師としてというよりひとりの大人としての資質の問題です。
私は、なんでも学校に責任を押し付ける風潮も快く思っていませんが、この度の件に関していえば、問題解決のためにほとんど何もしていない担任教師や、保身のために事実を隠蔽しようとする教育委員会の腐った体質は責められて然るべきで、見過ごすわけにはいきません。

一昨日、大津市教育委員会事務局と中学校に滋賀県警が家宅捜索に入ったようですが、いじめ問題に警察が介入することが適切かどうかはわかりませんが、保身のことしか考えられない教育委員会に任せていても埒があかないでしょうから、やむを得ないといったところでしょうか。
警察の捜査が入ったことにより、今後この問題の焦点は加害生徒の立件まで行くのか・・・ということになろうかと思いますが、おそらく教師が罪に問われることはありません(せいぜい同じ穴の狢である大津市教委が下す生ぬるい罰則程度でしょう)。
それだけに、彼らは世論に晒されて、社会的制裁をもっと受けてもらわなければならないでしょう。

何度も言いますが、学校における「いじめ問題」は今に始まったことではありません。
もし、巷で言われているように、昨今のいじめが昔に比べて凶悪化しているとするならば、それは「今どきの子ども」たちのせいではなく、それを見過ごしている「今どきの教育者」たちにこそ原因があるのではないでしょうか。
だって、あれだけハッキリしたアンケート結果が出ていたのもかかわらず、「いじめと自殺の因果関係は認められない」なんてことを平気で言える人たちですから・・・。


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by sakanoueno-kumo | 2012-07-13 10:56 | 時事問題 | Comments(16)  

ドラマ『それでも、生きてゆく』にみる、性善説と性悪説。

以前、ハマっているとお話したドラマ『それでも、生きてゆく』の最終回を観ました。
このドラマは以前もお話したように(参照:ドラマ『それでも、生きてゆく』に思い出す、14年前のあの事件。)、14歳の少年が15年前に起こした少女殺害事件を軸に、その被害者家族加害者家族の苦悩を描いた物語で、フィクションと謳ってはいますが、明らかに、1997年に日本中を震撼させた、あの神戸連続児童殺傷事件、いわゆる“酒鬼薔薇聖斗事件”を下敷きにしていると見ていいのでしょう。
それだけに、どのような結末を用意しているのか、大変興味深いところでした。
いくらフィクションとはいえ、現実にあった事件とラップした設定である以上、軽率な落とし所は許されないでしょうから。

で、最終回を観終えての感想は、まあ、あのようにしか描きようがないでしょうね。
結局、何も解決していないような中途半端な状況のままで、溜飲を下げるような結末には至りませんでしたが、そもそも物語のテーマ自体があまりにも重く、そう簡単に着地点など見つかるものではないでしょう。
酒鬼薔薇聖斗を彷彿させる元少年Aの三崎文哉(風間俊介)に、変に同情してしまうような描き方はあってはならないと思いますし、被害者の兄・深見洋貴(瑛太)と加害者の妹・遠山双葉(満島ひかり)が結ばれてハッピーエンドというのも、設定上あり得ないでしょう。
被害者の母の長年の悲しみが、そう簡単に癒えるものでもないでしょうし、加害者の父の苦悩や葛藤が、そう簡単に終わるものでもありません。
つまりは、元少年Aが犯した罪はあまりにも重く、それは被害者家族にとっても加害者家族にとっても一生忘れられるものではなく、その心の傷を死ぬまで抱えながら、『それでも、生きてゆく』んですよね。
だから、最終回はあのようにしか描きようがないと・・・。
ただ、このような難しいテーマに挑んだ制作者の意気込みには、拍手を贈りたいと思います。

私がこのドラマを観てあらためて考えさせられたのは、「性善説」「性悪説」についてです。
人はなぜ罪を犯すのか・・・。
罪を犯した人は悪なのか・・・。
孟子が提唱した「性善説」の立場を取れば、「人間はもともと善なる者として生まれながら、後天的に悪を学習する」ことになり、荀子が提唱した「性悪説」の立場に立脚すれば、「人間はもともと悪なる者として生まれながら、後天的に善を学習する」ことになります。
どちらの説にせよ、人間には善悪両方が備わっており、環境によってどちらにも傾倒するということに変わりはないのでしょうが、子供の教育を考える場合、「性善説」の立場を取るか、「性悪説」の立場を取るかは大問題で、たとえば罪を犯した子供がいた場合、その罪をどう理解するか、それに対して大人はどう対処すべきか、結論が正反対になります。
ドラマや映画などでは、どちらかと言えば「性善説」で描かれる物語が多く、この度のこのドラマも、三崎文哉の心が壊れたのは、目の前で母親が飛び降り自殺をした幼児体験によるもので、いわゆる「性善説」でしたね。
「生まれたときは、何も知らない、可愛い赤ちゃんだったんだ・・・。」と、時任三郎さん演じる加害者の父親が涙を流していましたが、誰しも、生まれたばかりの赤ちゃんを見て“悪”だと思う人はいないでしょう。
日本の少年法も、おそらく「性善説」をベースに作られたものだと思えますし、私も、理想的には「性善説」の立場を信じたいと思っているひとりではあります。
ですが、現実には、人間に欲がある以上、「性悪説」の方が納得いくことが多いのも事実です。
人は、善行をはたらく場合、意識的に行わなければできないような気がしますが、悪行をはたらく場合、本能に任せて無意識に行うものなんじゃないかと・・・。
中国の仏教思想の中では、孟子の「性善説」と荀子の「性悪説」は真っ向から対立して結論は出ていません。
はたして、どちらが正しいのでしょうね・・・。

「性善」「性悪」とは別に、「性癖」というものもありますよね。
これもまた、生まれ持った先天的な性質のことで、善でも悪でもなく、変えようのない「癖」です。
私は、酒鬼薔薇聖斗の両親が書いた手記を読んだとき、これは明らかに「性癖」に起因する犯罪だと思いました。
つまりは、人を殺すことを嗜好とする「性癖」を持って生まれてきた奴なんだと・・・。
なんとも異常で恐ろしい「性癖」ですが、でも、普通の人とは異なる少数派の「性癖」という意味でいえば、同性愛者のそれと何が違うのかなと・・・。
同性愛は合法で、殺人は違法、違いといえばそれだけで、その法律というものも人間が作ったものですし、「この世で最も尊いものは人間の命」という倫理も、近代になって人間が作った比較的新しい道徳なわけで・・・。

ちょっと過激な発言になってしまいましたが、別に殺人を容認しているわけではありません。
何が言いたいかというと、人間には生まれ持った変えようのない「性癖」というものがあり、なかには人間社会の倫理に反した「性癖」の持ち主がいて、そんな人間が現代社会に生きていく以上、その「性癖」を抑えられるほどの「理性」を養うしかなく、そう考えれば、やはり人間の本質は「性悪説」なのかもしれません。
酒鬼薔薇聖斗などは、現代に生まれてくるべき人間ではなかったのかもしれませんね。
『それでも、生きてゆく』のは、彼のような人間にとっては苦しいだけなのではないでしょうか。

そんなことを、あらためて考えさせられたドラマでした。


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by sakanoueno-kumo | 2011-09-16 17:57 | その他ドラマ | Comments(0)  

ドラマ『それでも、生きてゆく』に思い出す、14年前のあの事件。

『それでも、生きてゆく』というTVドラマにハマっています。
少年犯罪被害者家族加害者家族の物語で、第1話は観逃したのですが、なんの気なしに観た第2話に引き込まれてしまい、以後、録画してでも観ています。
ドラマはフィクションと謳ってはいますが、加害者が14歳の少年で、被害者が小学生の幼女で、ハンマーで殴る手口や、その凶器を自宅屋根裏に隠していた描写など、明らかに、1997年に日本中を震撼させた、あの神戸連続児童殺傷事件、いわゆる“酒鬼薔薇聖斗事件”を下敷きにしていると見ていいのでしょう。
脚本は坂元裕二さんで、主題歌は小田和正さんという、往年の『東京ラブストーリー』コンビ。
物語の舞台は、事件から15年が過ぎた現在で、名前を変えて人里離れた農園で働きながらひっそり暮らす元少年Aと、転職、引越しを繰り返しながら隠れるように生きてきた加害者家族、娘を殺されたことで夫婦間にヒビが入り、家族がバラバラになってしまった被害者家族と、それぞれの苦悩が真摯に描かれています。
瑛太さん演じる被害者の兄と、満島ひかりさん演じる加害者の妹が、「禁断の愛」となりそうな予感がして、それはさすがにどうよ!・・・と思わなくもないですが・・・。
だって、フィクションとはいえあまりにも現実にあった事件とラップし過ぎていますからね。
当事者が観られたら、どう思うのかと・・・。

“酒鬼薔薇聖斗事件”といえば、私たち神戸市民にとっては忘れることのできない暗い記憶です。
事件が起きた1997年とは、「阪神・淡路大震災」が起きた2年後のことで、表面的には復興が進んでいたものの、その復興の波に乗れた人と乗りそこねた人の格差が生じ始め、震災による経済的な二次災害がボディーブローのように効き始めた頃でもあり、神戸全体が震災直後とはまた違った意味での、殺伐とした空気に包まれていた頃でした。
そんな折り、またも日本中の人が神戸に注目することになった出来事が、あの“酒鬼薔薇聖斗事件”でした。
当時、神戸はもはや人の住める街ではないんじゃないか?・・・なんて、他の地域に住む知人からいわれたものです。

私の住まいは、あのおぞましい出来事があった学校や、有名になった“タンク山”などから車で10分ほどのところで、買い物などで頻繁に通る場所です。
見慣れた景色が全国ネットの報道番組で、毎日毎日流れるというのは、なんとも妙な気分でした。
当時の街の物々しい雰囲気も忘れられませんね。
事件が起きてから加害者の少年が逮捕されるまで、小中学生はすべて集団登下校が強制され、街には石を投げれば当たるほど警察官が立ち、巡回しているパトカーは兵庫県警のものだけではなく、近隣の県からかなりの応援部隊が神戸に集結していたようで、まさしく、人の住むべき街ではないような物々しさでした。

当時、加害者逮捕前の報道では、犯人は黒いワンボックスカーに乗った30歳代の長身の男などといわれてましたが(私の知人で黒いワンボックスカーに乗った30歳代の長身の男性は迷惑がってましたが・・・笑)、私はあの犯行声明文からみて絶対に未成年か、せいぜい20歳ぐらいの若者の犯行だと思ってましたよ(当時、妻や職場の同僚たちにもそう豪語してましたし)。
当時のテレビに出てくる専門家の見解では、文中に「積年の恨み」など古い言い回しが使われていることなどから30歳代以上の中年世代と分析していましたが、絶対そんなことないと思ってました。
そもそも学校や義務教育に向けた恨みつらみなんて動機自体、卒業して間もない若者の抱く感情であって、卒業して何十年も持ち続ける感情でもないでしょうし、たとえ恨みが残っていたとしても、報復の矛先が違うように思います。
さすがに14歳と知ったときは驚きましたが、こういった事件での学者の分析なんて、結構的外れなものだなあ・・・と思ったものです。

当時、私は2歳の息子を持つ新米親父で、どう間違えたらこのような凶悪犯が育つのか、これから子供を育てていく上で非常に恐怖を覚え、ゆえに興味深くもありました。
で、何年かのちに加害者の両親が書いた手記『「少年A」この子を生んで・・・』も読みました。
正直、かなり後味の悪い本で、読まなきゃよかったと思いましたね。
手記を読んでわかったのは、犯行の原因は育った環境や育て方ではなく、「少年A」が生まれ持った異常な性癖が原因であること。
言ってみれば、究極のサディストだったわけで、これはある意味どう仕様もないこと。
彼はこの世に生まれてくるべきじゃなかった人間だと思います。
ただ、その異常性を気付いてやれるかどうかが、親として最も重要な務めなのでしょうが、この「少年A」の両親は、少年がある時期から異常な信号を発していたにも関わらず、気付いてあげることが出来なかったんですね。
でも、これってこの両親に限ったことではなんじゃないかと思います。
ほとんどの親は、自分の子が異常だとは思わないでしょうから・・・。
親は自分の子供のことは一番よく見えていると思いがちですが、それは大きな間違いで、親であるからこそ見えないことがたくさんあるということを知らなければなりませんね。

このドラマをキッカケに、当時のことを思い出しました。
当時2歳だった私の息子ももうすぐ17歳になり、その後に生まれた娘も9歳になった今、改めて親の気持ちになって、被害者の親加害者の親と、究極の選択でどちらになりたくないかと妻に質問したところ、妻は迷わず被害者の親と答え、私は加害者の親といいました。
これは、男と女の違いかもしれず、父親と母親の違いかもしれません。
当然ですが、どちらにもなりたくないという答えが正解ですけどね。

このドラマで印象的なのは、加害者家族の方が曲がりなりにも家族として結束していて、被害者家族の方が夫婦兄弟ともにバラバラになってしまっていたこと。
普通は逆に思いがちですけどね。
現実にはどうかはわかりませんが、あながち的外れでもないのかもしれません。
ドラマは第5話が過ぎたとこで、これからが核心部分に入っていくのでしょう。
どんな着地点が用意されているのか、今後も目が離せません。


ゴメンナサイ・・・時代劇ではありませんが・・・。
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by sakanoueno-kumo | 2011-08-11 20:09 | その他ドラマ | Comments(8)  

入試問題ネット投稿事件に思う、今後の受験教育のあり方。

 ここ数日、話題になっていた、京都大学など4大学の入試問題が試験時間中にインターネットの質問掲示板「ヤフー知恵袋」に投稿された事件で、投稿主と思われる19歳の予備校生逮捕されたようですね。巷では、複数犯の可能性が高いといわれていましたが、逮捕された予備校生は「ひとりでやった。」と供述しているとか。どんな手口でやったのか、私のようなオジサンには見当もつきません。それにしても、逮捕まで早かったですね。昨年の尖閣諸島沖衝突事故の映像流出事件のときをみても、インターネットの世界は匿名性が高くて投稿者を特定しにくいと勘違いしている人が多いようですが、実はまったく逆で、むしろガラス張りといってもいいほど、克明に足取りの記録が残る世界だそうです。今回の事件も、捜査が始まってすぐに容疑者の特定は出来ていたようで、裏付けに時間を費やしていただけとのこと。容疑者の受験生くんも、あれほど巧妙なカンニングを画策する優秀な頭脳を持っていながら、そんな根本的なことがわかっていなかったという、ある意味、幼稚な犯行ともいえるでしょうか。もっと違うところでその頭脳を使えよ・・・と。もったいないですね。まあ、『偽計業務妨害罪』なんて聞くと、たいそうな犯罪のように思えますが、やったことは単なるカンニング。若い子の出来心をこんなに騒ぎ立てることではないようにも思いますが・・・。ブルーシートで囲われながら身柄を移される映像なんかは、まるで凶悪殺人犯のごときでした。見ていてあんまり気分のイイもんじゃなかったですね。

 今回の事件をうけて、ここ数日、ネット上では様々な意見が飛び交っているようです。「まったくもって愚かな行為。」「そこまでして合格したいか。」など、否定的な意見が目立つ一方で、「ネット時代に順応していて痛快。」「ネットを使って回答を導き出す能力は評価できる。」など、今回の行為を肯定する馬鹿な意見もあるようです。私も、暗記力重視の日本の受験制度には問題があるとは思いますが、それと今回の件は、まったく別の話です。アメリカなどでは、教科書や辞書を持ち込んで、調べながら試験を受けるそうですが、今回の行為はネットを使って“調べた”のではなく、「ヤフー知恵袋」というコミュニティサイトを通して“他人に問題を解かせた”わけで、いってみれば、替え玉受験のようなものですから。これを、「資料を使った優れた対応力」なんて言う輩は、勘違いも甚だしいですね。まあ、受験制度云々の話以前に、そもそもルール違反ですからね。合理的であれば良いというならば、スポーツ選手のドーピングもOKになっちゃいます。今回の受験生くんは、彼の今後のためにも、バレて良かったんじゃないですか。

 とはいえ、これで一件落着というわけでもなく、今回の容疑者のようにコミュニティサイトに試験問題を漏洩、とまではいかなくとも、端末機を辞書がわりに英単語のスペルを調べたりする程度のカンニングは、他にもたくさんあるのではないかと想像できます。その程度であれば、監視員の目さえ誤魔化せれば、バレようがないですからね。今後、ますます端末機は進歩するでしょうし、単に携帯持ち込み禁止にしたり、監視員の強化をすれば良いという問題でもないように思います。この流れは止めようがないでしょうし、むしろ、時代の流れに合わせた受験制度を構築しなおす必要があるんじゃないでしょうか。近い将来、学校の教科書も電子化されるなんて話も聞きますから、国民全員がタブレット式端末機を常備して情報を共有しあう世の中も、そう遠い未来ではないでしょう。知りたい情報を、どんな時でも、どんな場所でも、すぐに得ることができる・・・そんな世の中で、今までのように暗記力重視の詰め込み教育制度や受験制度は、もはや時代遅れといえるかもしれません。むしろ、溢れるほどありすぎる情報の中から、いかに正しい情報を的確に探し出し、自身の学問に応用するかが、これからの時代に必要な学力ではないかと思います。その学力があれば、どこまで信用していいかわからないような「ヤフー知恵袋」などに、答えを求めるような愚行はしないんじゃないでしょうか。

 今回、逮捕された容疑者は、未成年ですから実名報道はされません。こういう事件の場合は、この少年法というものが役に立ちますね。別に人を殺したわけじゃないんですから。この予備校生くんは、少なくとも、一流大学を受験しようという、優秀な頭脳を持っているわけですから、今回の過ちの然るべき制裁を受けて、もう一度、受験勉強をやり直して欲しいですね。


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下記、記事本文引用
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<入試ネット投稿>19歳の男子予備校生を逮捕 京都府警
 京都大など4大学の入試問題が試験時間中にインターネットの質問掲示板「ヤフー知恵袋」に投稿された事件で、京都府警は3日、仙台市の予備校生(19)を京大の入試業務に対する偽計業務妨害容疑で逮捕した。
 府警などによると、予備校生は先月25、26の両日に実施された京大の文系数学と英語の入試で、携帯電話を使って問題をインターネットの質問掲示板「ヤフー知恵袋」に投稿し、入試業務を妨害した疑いが持たれている。
 投稿に使用された携帯電話は山形県内に住む母親名義。予備校生が普段から使っていたとみられる。
 他に投稿があったのは、同志社大文学部・経済学部の英語▽立教大文学部の英語▽早稲田大文化構想学部の英語−−の3大学の入試。京大を含め、いずれも「aicezuki」を名乗って投稿されていた。
 京大が答案用紙を点検したところ、予備校生の答案に、ヤフー掲示板に寄せられた回答に酷似した記述が見つかった。府警は京大から答案用紙の写しを入手している。
 捜査関係者によると、予備校生は2日夜の母親からの電話に出ず、捜査員が3日早朝に訪ねた際も不在だった。府警は当初、任意で事情を聴く方針だったが、身柄確保を最優先する必要があると判断。仙台市内に捜査員を派遣し、宮城、山形両県警の協力を得て行方を捜していたところ、宮城県警の捜査員が3日正午ごろ、JR仙台駅構内で予備校生を保護した。
 母親と同居する祖父(77)によると、予備校生は少なくとも早大には合格し、京大の結果待ちだったという。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110303-00000121-mai-soci
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by sakanoueno-kumo | 2011-03-04 01:09 | 時事問題 | Comments(0)  

これが教育者だなんて・・・。

 150年ほど前までの我が国の父親なら、罪を犯したせがれを己の手で斬り捨て、自らも愚息の不始末を詫びて切腹・・・といったところだろう。平成の世の父親には侍の心は受け継がれていないようだ(不詳、私も平成のオヤジなのだが・・・)。

 京都教育大学の男子学生6人が、同校の女子学生に酒を飲ませた上集団で暴行したこの事件。逮捕の報道があったときにもこのブログで記事を書こうかどうか迷ったが、あまりにも低俗で愚かな犯行で批判する気にもなれなかった(同事件への批判ブログは沢山あったし・・・)。

 その後の報道は事件の本筋から離れ、大学の事件隠蔽疑惑へと向き、そして今回の容疑者父親の愚かな行い。集団婦女暴行事件とは極悪非道な行為で許されるはずもなく、刑法でしかるべき裁きを受けるべきだが、その若者たちを取り巻く大人たちの愚かな行為の責任は、社会から批判を受けるのみで裁ける術はない。若者たちはいつも、その時代の大人たちの写し絵である。

 注目すべきは、事件を起こした若者たちも、隠蔽を行おうとした大学の関係者も、職権乱用で我が子を採用した教育委員会の容疑者父親も、皆、教育者もしくはその卵ということ。教職員に対して偏見を持ちたくはないが、教育に携わっている人々がこのような非人道的な行いをしている以上、今後もこの種の事件を犯しかねない若者が増え続けることを危惧して止まない。


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以下、記事本文引用
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停学中に市指導員に採用 茨木市、逮捕の京教大生雇用
 京都教育大(京都市伏見区)の男子学生6人が当時19歳の女子大生に暴行したとして集団準強姦容疑で逮捕された事件で、大阪府茨木市教育委員会が、問題発覚で無期停学中の3回生原田淳平容疑者を学童保育の臨時指導員に採用していたことが4日、分かった。原田容疑者の父親は同市教委青少年課長で、停学中と知りながら指導員の臨時採用への応募を持ち掛け、自ら書類審査と面接にかかわっていた。
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by sakanoueno-kumo | 2009-06-04 19:03 | 時事問題 | Comments(4)  

国民総幼稚化

<流産させる会>中学生11人が妊娠教諭にいやがらせ 愛知

子供は節度というものを知らず、特に集団になると悪ノリに拍車がかかり、ときに大きな問題を起こすことがある。
大人から見れば「末恐ろしい」と思えることでも、子供は軽い考えで重い罪を犯してしまう。
それが子供であり、だから少年法というものが存在する。

近年、少年犯罪が凶悪化し、少年法の改正の議論があとを絶たない。
しかし私はこの種の議論には一線を画したい。
問題は法律の改正などとは程遠いところに存在すると思うからである。
年齢の引き下げや実名報道をしたからといって、凶悪な少年犯罪が減るとは思わない。

今回のこの報道。
妊娠中の担任教師を「流産させる会」と称して食塩やミョウバンを給食に混ぜるなどの悪質ないたずらをしていたということ。
これは「悪質ないたずら」の域を超えている!これは殺人行為だ!
という声が多く聞こえてくるが、私はこの事件はやはり「いたずら」であり、子供でなければやらない行為だと思う。
大人であればことの重大さが判別つくはず。

問題なのはその内容であり、このままでは「いたずら」で人を殺めてしまうことも想像するに難しくない。
「いたずら」とはエスカレートするものである。
私は年々子供達の思考回路の低年齢化を感じる。
体の発育は昔よりも早く、情報量の増加で知識量も昔よりはるかに進んでいる。
しかし、「心の成長」は遅く、幼稚な心を持った中高生が激増しているように思われる。
近年の成人式で悪ノリする若者を見ても、幼稚な思考回路が窺える。
何故、幼稚な若者が増えたのだろうか。
そこには幼稚な親の存在が浮かび上がる。
つまり大人も子供も年々心が「幼稚化」してきているように思えてならない。
体と知識が発達した若者が、幼児の心でいたずらをする。
当然、幼児の行為とは違って悪質になる。
そして大事件になる。
容易に想像出来てしまう。
そしてやがてその幼稚な若者も親になり、もっと幼稚な子供を育てる。
この「国民総幼稚化」をどうくいとめるか、私達は今重大な局面に立っている。


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以下、記事本文引用
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<流産させる会>中学生11人が妊娠教諭にいやがらせ 愛知
 愛知県半田市立の中学校で1月から2月にかけて、30代の妊娠中の担任教諭に対して1年生の男子生徒11人が「流産させる会」を作り、食塩やミョウバンを給食に混ぜるなどの悪質ないたずらをしていたことが分かった。
 市教委によると生徒らは1月下旬、教室にある教諭の椅子のねじを緩めたり、車にチョークの粉や歯磨き粉を振りまいたりした。2月には、理科の結晶観察で使った食塩とミョウバンを持ち出し教諭の給食に混ぜた。これを女子生徒が目撃し、別の教諭にいたずらが伝わったという。
 3学期を迎えるため席替えをしようとして、08年12月と1月に生徒と2度トラブルがあったほか、部活動でもトラブルが起き、注意したところ反発したという。2月下旬に学校がいたずらを把握し、生徒と保護者に注意した。学校側は「学級指導などを通して命の大切さ、事の善悪、他を思いやる心の育成指導を徹底していきたい」という。
 ミョウバンは、食品添加物として用いられる。教諭にけがはなく、体調にも異常はないという。


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by sakanoueno-kumo | 2009-03-30 17:32 | 時事問題 | Comments(7)