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酒鬼薔薇聖斗の手記出版について思う。

1997年に起きた神戸連続児童殺傷事件の加害者である元少年A手記が出版され、話題になっていますね。
「酒鬼薔薇聖斗事件」といったほうがわかりやすいでしょうか。
あの事件は、わたしたち神戸市民にとっては忘れることのできない暗い記憶です。
事件が起きた1997年とは、「阪神・淡路大震災」が起きた2年後のことで、表面的には復興が進んでいたものの、その復興の波に乗れた人と乗りそこねた人の格差が生じ始め、震災による経済的な二次災害ボディーブローのように効き始めた頃でもあり、神戸全体が震災直後とはまた違った意味での、殺伐とした空気に包まれていた時期でした。
そんな折り、またも日本中の人が神戸に注目することになった出来事が、あの「酒鬼薔薇聖斗事件」でした。
当時、神戸はもはや人の住める街ではないんじゃないか?・・・なんて、他の地域に住む知人からいわれたものです。
あれから18年も経ったんですね。
それだけ長い年月が過ぎたというのに、未だに少年犯罪の象徴のような事件として記憶に新しく、加害者は「少年A」の代名詞的存在であり続けていることを思えば、あの事件が、のちの社会に与えた影響は計り知れないものだったといえるでしょう。
そんな元少年Aが本を出す・・・正直、興味が沸かないはずがありません。

で、購入して読もうかどうか迷ったのですが、やっぱ、やめにします。
理由はいろいろありますが、いちばんは、被害者の遺族はこの出版を許諾しておらず、出版停止を要求しているということ。
わたしが買うのをやめたところで、きっと本は売れるのでしょうが、まあ、小さな抵抗です。
あと、ネットで検索してみると、すでに読んだ人の感想や、中には「あとがき」を全文転載しているブログなどもあり、それを読めば、概ね内容が想像できるから、という理由でもあります。
「あとがき」では、ひたすら犯した罪への反省の意を綴っていますが、でも、結局は随所に自己保身の言葉が見られ、気分のいいものではありませんでした。
まあ、人間であれば、だれでもきっとそうなりますよね。

以前、少年Aの両親が書いた手記『「少年A」この子を生んで・・・』が出版されましたが、それは購読しました。
たしかこの本は、印税をすべて被害者遺族への賠償に充てるとの話でしたし、何より当時、新米の親だったわたしとしては、どう間違えたらこのような凶悪犯が育つのか、これから子供を育てていく上での資料として、たいへん興味深かったからでもありました。
でも、結局は読んだあと後味が悪く、読まなきゃよかったと思ったのを憶えています。
その本も、結局は保身の内容でしたからね。

人は忘れる生き物です。
どれだけ深く反省しても、その思いを一生薄れることなく持ち続けるのは不可能だと思います。
人は忘れるから、苦しみや悲しみから立ち直ることができるといえるでしょう。
また、人は自己を否定し続けて生きてはいけません。
自己を否定し続けたら、いきつくところは自殺しかなくなるでしょう。
人は皆、否定したい過去をどこかで恣意的に捻じ曲げて都合よく解釈し、言い訳を繕い、正当化するなどして受け入れて生きていくものだと思います。
それが生きていく力で、これはたぶん仕方がないことなんですね。

だから、こういう手記は、必ず自己保身の文章になってしまうのでしょう。
もし、本当に心からの懺悔文が書けるとしたら、それは、いまから死ぬというときだけなんじゃないでしょうか。
でも、被害者はもちろん世論も、少年Aが過去を忘れること、身を守ろうとすることを不愉快にしか思いません。
彼は、一生罪を背負いながら生きていくべきだと、誰もが思っています。
だから、やはりこういう本を出すべきじゃないんですよね。
彼に出来る最大の懺悔は、生涯、社会に対して声を発することなく、ひっそりと生きていくことだったんじゃないでしょうか。
また、それが結果的に自分の身を守ることにもなったと思います。
心のなかでは、どんな言い訳を持っていてもかまいません。
人間ですから。
でも、声に出して言うべきじゃなかった。
また、生き方を間違えましたね。

たぶん、話題性からいってこの本は売れるでしょうね。
出版社のコメントは「批判は覚悟の上だが、社会的意義はある」とのことだったそうですが、ならばせめて、この本で得た収益を、今後の少年犯罪の減少に繋がる何かに寄付してください。
自社の利益のためではなく、あくまで社会のためだというならば・・・。


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by sakanoueno-kumo | 2015-06-11 19:39 | 時事問題 | Trackback(1) | Comments(2)  

光市母子殺害事件の終結に思う、犯罪が起こった時点で、皆、敗者。

今週、山口県光市母子殺害事件の差し戻し上告審で被告側の上告が棄却され、犯行当時18歳1ヵ月だった元少年の死刑が確定、事件発生から13年という長きに渡って審議されてきた同事件の裁判は、一応の決着を見たようです。
私はこの判決の是非について語れるほどの材料を持ちあわせていないので、ここで軽々に私見を述べるのは控えますが、心情的には大方の皆さんと同じ思いです。
ただ、決着といっても亡くなった方の命が戻ってくるわけもなく、この種の事件はおそらくどんな判決が下ったとしても、「これにて一件落着」といったスッキリとする着地点などあり得ないものなのでしょうね。
それはまさしく、遺族の本村洋さんが記者会見で語っておられた、
「この判決に勝者なんていない。犯罪が起こった時点で、みんな敗者だ」
という言葉が、何より言い得ているように思います。

それにしても、理路整然とマスコミに応対する本村洋さんの会見を見ていると、13年の歳月とその間に交わされた議論の厚みを感じずにはいられません。
彼の魂のこもった弁舌に、私はこの13年間しばしば感動させられてきました。
思い出されるのは、たしか第一審で無期懲役の判決が下ったときだったと思いますが、「ニュースステーション」に出演されて発言された言葉。
「司法が彼を死刑にしないのなら、今すぐ彼を釈放してほしい。私がこの手で殺します。」
と、愛する者の命を奪われた遺族としての悲痛な胸のうちを晒したあと、
「死刑は廃止してはならないと思います。死刑の意味は、殺人の罪を犯した人間が、自らの罪と向き合い、犯行を悔い、心から反省をして、許されれば残りの人生を贖罪と社会貢献に捧げようと決心して、そこまで純粋で真面目な人間に生まれ変わったのに、その生まれ変わった人間の命を社会が残酷に奪い取ることです。その非業さと残酷さを思い知ることで等価だという真実の裏返しで、初めて奪われた人の命の重さと尊さを知る、人の命の尊厳を社会が知る、だから死刑が存在する意義があると思うのです。」
といった内容の持論を語られていました(ネット上で探して参照したものですので、一字一句正確ではありません)。
単に犯人へ向けた憎悪の言葉ではなく、論理的で、哲学的で、社会の中の命の尊厳命の価値にまで踏み込んだこの刑罰論を、たかだか24・5歳の若者が語る姿に、あの久米宏さんが言葉を失って聞き入っていたのを今でも覚えています。
もともと頭がよく弁の立つ方ではあったのでしょうが、もし、このような事件に遭遇していなければ、また、あらゆるテクニックを駆使して死刑判決を回避しようとする弁護団がいなければ、この難しい問題についてここまでの意見を持ち得ることもなかったでしょう。
彼でなければ、この事件がここまで世間の注目を浴びることもなかったかもしれません。
もちろん、ご本人はこのように称賛されることを望んではいなかったでしょうが・・・。

死刑確定後の先日の会見で本村さんは、「事件からずっと死刑を科すことを考え、悩んだ13年間だった。」と言っておられましたね。
また、「反省の情があれば死刑にならなかったと思う。」とも・・・。
かつては「万死に値する」とまで訴えていた彼の毅然とした主張からみれば、少々トーンダウンした最後の会見でした。
でも、それもまた自然な胸の内なんでしょうね。
これまで信念を持って戦ってきたものの、いざ望みが叶ったとき、今度は本当にこれでよかったのかと自問自答する。
これはいたって正直な心境だと思いますし、人間らしい感情だと思います。
たとえ極悪非道な殺人鬼の命であっても、いざその命を奪うとなると、決して心穏やかではいられない、つまりは、彼がずっと訴えてきたとおり、それだけ人の命とは重いものだということでしょう。
このたび死刑囚となった元少年にも、死ぬ前にそのことを噛み締めてほしいと思います。
君のような外道の命でも、その命を生かすか殺すかで13年もの長い年月を費やし議論され、悩み苦しんだ人たちがいるんだよ・・・と。

最後に、この13年間の締めくくりといってもいい先日の会見での本村さんの言葉を記します。
「判決は被告のものだけでなく、被害者遺族、何よりも社会に対して裁判所が言っていること。少年であっても身勝手な理由で人を殺害したら死刑を科すという強い価値規範を社会に示したことを社会全体で受け止めてもらいたい。私も極刑を求めてきたものとして厳粛に受け止める。」

あらためて、13年前に亡くなられたお二人のご冥福を心よりお祈りします。
そして、本村洋さんの今後の人生が穏やかであるよう願っています。


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http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120221-00000085-san-soci
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by sakanoueno-kumo | 2012-02-22 16:17 | 時事問題 | Trackback | Comments(0)  

天網恢恢疎にして漏らさず。

 2年半もの逃亡の末、逮捕された市橋達也容疑者。警察の職務質問を振り切って逃走して以来2年半、生きていないのではないかという見方もあったが、整形手術を繰り返し、別人になって身を隠していた。しかし結局アシがついたのはその整形手術から。天網恢恢疎にして漏らさず。天は見逃してはくれない。

 2年半もの長い間逃亡生活を続けてきたわけで、いつも思うことだが、そもそも指名手配までされている身で逃亡生活をすることが、果たして逃げ延びていると言えるのであろうか。逃亡者と聞けば「罪を償わず、何処かでのうのうと生きている。」という気になりがちだが、果たして「のうのうと」暮らせるものだろうか。指名手配で顔写真も晒されて、日本全国刑務所状態なのではないだろうか。逃げるだけではない、生きていかねばならないのである。

 名を変え、顔を変え、人との接触は極力避け、素性を偽り、しかし働かねばならず、休日は部屋に籠り、肉親とも離れ、旧知の友に連絡をとれるはずもなく、過去の自分は捨て、全くの別人として生きていかねばならない。たとえそれで時効を向かえたとしても、もとの自分に戻れるわけではない。刑法で裁かれなくなるだけで、犯罪者としての社会的レッテルは変わらないのである。つまり死ぬまで一生逃げ続けねばならないのである。おとなしくお縄についた方が衣食住は約束されていて、どう考えても楽に思えるし、人生のやり直しもきくと思うのだが・・・。

 捕まった市橋容疑者は、これから起訴され然るべき裁きを受けるわけだが、その罪を償う生活を向かえたとき、きっとこの逃亡生活を愚かだったと思うことだろう。



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<市橋容疑者逮捕>神戸にも潜伏か 昨年2~6月に土木作業
 リンゼイ・アン・ホーカーさん(当時22歳)殺害・死体遺棄事件で逮捕された市橋達也容疑者(30)が昨年2~6月、神戸市北区の土木会社で働いていた可能性が強いことが11日、分かった。「井上康介」と名乗るなど、市橋容疑者が先月まで働いていた大阪府茨木市の土木会社のケースと共通点があり、会社は既に兵庫県警に通報したという。

 同社によると、市橋容疑者とみられる男は昨年2月28日~6月26日の4カ月間、寮に住み込み、土木建築作業に携わった。大阪市西成区で同社関係者と出会ったという。働いている間は帽子や眼鏡などは着用せず、髪を後ろで束ね、ひげも生やしていなかった。4カ月間で、手取り約60万円を得たという。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091112-00000533-san-soci
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by sakanoueno-kumo | 2009-11-12 15:58 | 時事問題 | Trackback | Comments(0)  

事件の残虐性。

 この種の裁判で毎回判決理由となる、「残虐性」の定義。そして殺した人数での量刑。多くの人がおかしいと思っているにも関わらず、法に基づく裁きには反映されない。事件の「残虐性」は、秋田連続児童殺害事件の裁判でも争点となっていたと記憶する。

「なぶり殺し」は残虐で、「ひと思い殺す」行為は残虐ではないのか?!
「計画的犯行」は残虐で、「衝動的犯行」は残虐ではないのか?!

どう考えても理解に苦しむ解釈である。

 それでは「残虐」とはどのような事柄を言うのか。国語辞典によると、
【<残虐>・・・むやみに生き物を殺したり傷つけたりするさま。】とある。
さらに「むやみ」を国語辞典で調べると、
【<むやみ>・・・前後を考えずに物事をすること。度を越していること。】とある。
この解釈でいくと星島被告の行為は、計画性はなくとも前後を考えずに人を度を越した殺し方をした行いであり、著しく残虐な行為である。

 一番重視しなければならないのは「動機」ではないのか。「動機」如何では情状酌量の余地もあり、減刑に値する事件もあるだろう。しかし今回のような己の欲望を満たすためという、最も動物的で事故中心的な「動機」こそが残虐極まりない殺人ではないのか。

 計画性がなく、ひと思いに殺したこの事件は、「極めて残虐とまでは言えない」そうである。よって「極刑がやむを得ないとまでは言えない」という結論づけだそうだ。もし、この事件が裁判員によるものだったら、どのような判断が下されただろう・・・。


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<女性バラバラ殺害>星島被告に2審も無期判決 東京高裁
 東京都江東区のマンションで08年4月、2部屋隣に住む会社員、東城瑠理香(るりか)さん(当時23歳)を殺害し、遺体をバラバラにしてトイレに流したとして殺人や死体損壊罪などに問われた元派遣社員、星島貴徳被告(34)の控訴審判決で、東京高裁は10日、無期懲役とした東京地裁判決(2月)を支持し検察側の控訴を棄却した。1審同様量刑が争点となり、山崎学裁判長は殺害の計画性を否定し「謝罪の態度を示し立ち直る可能性がある」として死刑を回避した。
 死刑を求めて検察側が控訴し、弁護側は控訴棄却を求めていた。
 山崎裁判長は「殺害は身勝手極まりない。死体損壊は人間の尊厳を無視する他に類を見ないおぞましい犯行。突然命を絶たれ、ごみ同然に扱われ、さぞかし無念だったと推察される」と述べた。
 しかし「『東城さんを拉致した時点で殺害に着手せざるを得ない状況だった』という検察側の主張は早計」と殺害の計画性を否定し(1)前科前歴がない(2)自白し罪を悔いている(3)立ち直る可能性がある――などと1審同様の判断を示した。
 2審で判断を変更した点もあった。わいせつ目的で拉致したものの、わいせつ行為には及ばなかった点を1審は有利な情状として挙げたが「有利には考慮できない」とした。さらに「殺害行為は無慈悲で残虐。1審が『極めて残虐とまでは言えない』としたのは相当ではない」と述べた。しかし、83年に最高裁が示した死刑適用基準(永山基準)や被害者が1人でも死刑となった過去の事案との違いを指摘し「極刑がやむを得ないとまでは言えない」と結論づけた。
 2審は出廷する義務がないため星島被告は不在だった。
 判決によると、星島被告は08年4月18日、東城さん方に侵入し帰宅直後の東城さんに包丁を突きつけて自室に連れ込み(住居侵入罪、わいせつ略取罪)、東城さんの首を包丁で突き刺し失血死させた(殺人罪)。さらに遺体を切断して捨てた(死体損壊・遺棄罪)。【安高晋】
 ▽東京高検の渡辺恵一次席検事の話 判決内容を十分検討し今後の対応を決めたい。
 ▽星島被告の弁護士の話 裁判所の判断を尊重する。(被告不在については)ノーコメント。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090910-00000242-yom-soci
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by sakanoueno-kumo | 2009-09-10 17:20 | 時事問題 | Trackback | Comments(2)  

無実の「自供」。 <足利事件、無罪釈放から1週間>

「申し訳ない」栃木県警が初謝罪 菅家さん釈放で

 足利事件で無期懲役の判決を受け、服役していた菅谷氏が無罪釈放されてから1週間が経った。無罪の立証は、逮捕当時とは比較にならないDNA鑑定によるもので、有罪の決め手となったのもDNA鑑定で、無罪の立証もDNA鑑定によるものだったことから、この1週間の世間の注目はその「DNA鑑定」に集中していた。

 しかし、私が気になるのは菅谷氏が一旦は自供したということ。DNA鑑定については、素人である私には当時の1000分の1という確率が信憑性に欠けると言われればその通りだし、当時としては最高の技術と言われれば、それもうなずけなくもない。しかし、この冤罪を生んだ原因の一端に「自供」があるならば、その方が大いに許しがたいと私は思うのだが・・・。

 一旦は自供したものの公判中に否定、その後無罪というのはよく聞く話で、過去の冤罪においてもそういう例が見られる。そのようなときいつも思うことなのだが、やってもないことをやったと言うものなのだろうか? だとしたらいったいどのような取り調べによるものなのだろうか? 戦前の特高警察の拷問ならともかく、現代の誘導尋問さえ許されない制限の中での取り調べで、身に覚えのない罪を自白するに至る状況とは、いったいどのようなものなのだろう?

 この事件で菅谷氏は、DNA鑑定の判定により平成3年12月1日に任意同行。その日の午後10時過ぎには犯行を自供している。その間、1日も経っていない。連日の取り調べの疲労から心神喪失状態になり自白という話もよく聞くが、それとは違う。たった1日にも満たない短い時間で身に覚えのない罪の自供に追い込まれているのである。そんなことって、あり得るのだろうか? 取り調べを受けた経験のない私には、想像もつかない。

 取り調べ全過程の録画・録音(可視化)についての議論もある。その導入については賛否両論のようだ。可視化導入に消極的な理由は私にはわからないが、今回のような冤罪事件を思うと、これから始まる裁判員制度での私たち素人裁判員が自白の信頼性を判断するためにも、前向きに考えていかなければならないのではないだろうか。


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「申し訳ない」栃木県警が初謝罪 菅家さん釈放で
 足利事件で菅家利和さんが釈放されたことを受け、栃木県警の石川正一郎本部長は11日、「誠に遺憾で申し訳ない。ご本人への謝罪については適時適切に対応したい」とのコメントを発表した。県警が菅家さんの逮捕、服役で謝罪したのは初めて。警察庁の吉村博人長官も同日の定例記者会見で石川県警本部長のコメントを読み上げ、「遺憾であり、二度とこのようなことがないようにしていきたい」と述べた。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090611-00000019-maip-soci
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090611-00000828-yom-soci
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by sakanoueno-kumo | 2009-06-12 01:17 | 時事問題 | Trackback | Comments(6)  

母親が母親でなくなった悲劇

母親、同居男ら3人逮捕 小4女児不明、死体遺棄容疑

こんなことを発言すると、世の善良な女性からお叱りを受けるかもしれないが、しかし、バツイチシングルマザーと内縁の夫というパターンでこの様な悲劇が何度繰り返されたことだろうか?
男が出来ると、母親よりも女であることを選ぶ。そしてその男次第では悪魔にも豹変する。
女性に対してそんな偏見を持ってしまう。
この母親も、最初から悪魔だったわけではないだろう。
娘を愛おしく思っていた普通の母親だった頃もあったに違いない。
だから娘を引き取ったのだろう。
しかし悲劇は起きてしまった。
男が出来たときから、娘が邪魔な存在になっていったと想像するに難しくない。

世の離婚夫婦は、まだまだほとんどの場合が母親が親権を得ることが多い(今回の場合、別れた夫側にも姉妹がいたようだが)。
それは、子供が選んだ場合や、「子供は母親が育てるのが最良」という古い固定観念もあるだろうが、母子家庭に比べて父子家庭に対する環境援助や優遇が少ないことも要因にあげられるだろう。
私の身近にも父子家庭の親子がいるが、公立の保育所に入る審査も母子家庭に比べて非常に厳しかったと聞く。
行政から得られる経済的援助も極めて少ない。
そして職場や社会の父子家庭に対する理解も、まだまだ遅れているのが現状である。

父親が引き取ったらこの様な悲劇が起こらないとは限らない。
子供を母親に押し付けたまま子育てに干渉しない無責任な父親も、まだまだ世の中にはたくさんいるだろう。
しかし、昨今繰り返される残虐な事件を見るにつけ、親権のあり方について考えさせられる。
「親としての資格」があるのはどちらか?
冷静な選択の出来る社会を作っていかなければならない。

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母親、同居男ら3人逮捕 小4女児不明、死体遺棄容疑
 大阪市西淀川区千舟の市立佃西小4年松本聖香さん(9)が行方不明になっている事件で、大阪府警捜査1課は23日、死体遺棄容疑でいずれも無職の母親松本美奈(34)、同居の小林康浩(38)、知人の杉本充弘(41)の3容疑者を逮捕、西淀川署に捜査本部を設置した。捜査本部によると、小林容疑者は「奈良に遺体を埋めた」と供述。府警は同日夜、奈良市北東部の山中を捜索、深さ約70センチの地中から聖香さんとみられる子どもの遺体を発見した。着衣はなかった。公開捜査から約2週間で事件は急展開した。
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by sakanoueno-kumo | 2009-04-24 11:13 | 時事問題 | Trackback | Comments(6)  

「残虐な殺人」とは・・・?

<秋田連続児童殺害>高検が上告断念 畠山被告、無期確定へ

「場当たり的で、計画的犯行とは見られない」
「著しく残虐とは言えない」

言ってる意味がさっぱりわからない。

それでは残虐な殺人とはどのような事例を指すのか?!
事件の「残虐性」は、東京江東区のOL殺人の星島容疑者のときも争点になっていた。
「なぶり殺し」は残虐で、「ひと思い殺す」行為は非残虐なのか?!
「計画的犯行」は残虐で、「衝動的犯行」は罪が軽いのか?!

被害者側の気持ちにならなくとも、客観的に考えても理解に苦しむ。

一番重視しなければならないのは「動機」ではないのか!
被害者に対する「恨み」などの動機であれば、場合によっては情状酌量の余地もあるだろう。
しかし、自分の欲望を満たすためだけの動機や、今回の様な自らの犯行の目をそらすための自分勝手な動機の犯行こそ「残虐」ではないのか?!
何の罪もない、直接自分に関わりのない人間を、欲望や自己保身のために死に至らしめる行為。
これを「残虐」と言わずして、何を「残虐」とするのか?!

死刑という刑罰の賛否は別として、殺人事件における裁判の凡例や事例に基づく判決は、どうにも理解に苦しむことが多い。
もちろん、被害者の立場になって考えれば全て極刑になってしまうであろうから、そこは客観的に考えなければならないだろうとは思うが。
もうすぐ始まる裁判員制度では、そのあたりが問われるのだろう。


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以下、記事本文引用
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<秋田連続児童殺害>高検が上告断念 畠山被告、無期確定へ 
仙台高検秋田支部は8日、秋田県藤里町の連続児童殺害事件で殺人と死体遺棄罪に問われた畠山鈴香被告(36)に対して仙台高裁秋田支部が言い渡した1審の無期懲役を支持する判決について、上告を断念すると発表した。畠山被告は判決前の取材に上告しない考えを明らかにしており、無期判決が確定する見通しとなった。
 上告期限の8日、秋田市で会見した仙台高検の高畠久尚刑事部長は「従来の死刑適用の傾向を検討したが、それに反しているとまでは言えないと判断した」と断念の理由を説明した。7日に豪憲君の遺族を訪れ、説明したという。
 3月25日の控訴審判決によると、畠山被告は06年4月、長女彩香ちゃん(当時9歳)を橋から落として殺害。同5月には近所に住む米山豪憲君(同7歳)の首を絞めて殺害し、草むらに遺棄した。
 検察側は無期懲役とした1審判決を量刑不当として控訴し、改めて死刑を求めていた。
 控訴審は1審同様、2人への殺意を認定。豪憲君殺害の動機を「彩香ちゃん事件での嫌疑をそらすため」とするなど、1審に比べて検察側の主張を多く取り入れた。その一方で「場当たり的で、計画的犯行とは見られない」とし、最高裁で死刑相当とされた他の事件に比べて「著しく残虐とは言えない」と判断して死刑を回避した。
 一方、畠山被告は判決前の3月11日の取材に対し、判決内容にかかわらず「自分から上告することはない」と話している。
 豪憲君の父勝弘さん(42)は高裁判決後、「2人の子供を殺害しておきながら命を保障され、更生の機会を与えられ、いずれ社会復帰できる判決。このような世の中でいいのでしょうか」とのコメントを発表した。

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by sakanoueno-kumo | 2009-04-08 15:23 | 時事問題 | Trackback(1) | Comments(3)  

裁判員制度に向けて

高裁は2児殺害の母に執行猶予 裁判長「同情禁じ得ない」
来年から始まる裁判員制度。
この種の事件はその対象になるのでしょうね。
私としては、被告に同情はするものの、
執行猶予付きの判決はいかがなものかと思います。
意見は真っ二つに分かれるでしょうね。
こんな場所では好き勝手なコメントを発言できますが、
実際、パニック障害や自閉症に対する専門的な知識があるわけではない人の一般市民が、
自分の主観でこのような事件を裁けるものではないように思います。
本当にうまくいくのでしょうか・・・。


以下、記事本文引用
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高裁は2児殺害の母に執行猶予 裁判長「同情禁じ得ない」
 広島県福山市で育児の悩みから自閉症の長男ら幼児2人を絞殺したとして殺人罪に問われた泉ひろみ被告(36)の控訴審判決で、広島高裁は25日、1審判決(懲役6年)を破棄、懲役3年、執行猶予5年を言い渡した。楢崎康英裁判長は、自らパニック障害を抱えながら熱心に育てていた被告が「将来への不安などから生きる気力を失い、子どもを殺すしかないと決意」と指摘。「経緯に同情を禁じ得ず、1審判決は重すぎる」と述べた。
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by sakanoueno-kumo | 2008-11-25 17:35 | 時事問題 | Trackback | Comments(2)  

「テロ?」それとも「天誅?」

<元次官宅襲撃>一夜明け厚労省厳戒

まずは、山口氏ご夫妻のご冥福をお祈りすると共に、吉原氏の奥様の一日も早いご回復を願っています。

昨日より報道されている「テロ」という言葉に違和感を感じる。
厚労省(旧厚生省)の数々の不始末に対する世間の感情からいうと、不謹慎かもしれないが、「天誅」という言葉になるかもしれない。
もちろんこの犯罪を肯定するつもりは全くないし、ましてや奥様まで被害に遭われていることは許しがたいことだが・・・。

ウィキペディアから引用
●テロリズム
一般に恐怖心を引き起こすことにより、特定の政治的目的を達成しようとする組織的暴力行為、またはその手段。暴力と恐怖を活用することで大衆世論を支配する手段。
●天誅
天罰の名目をもって人を殺めること。元は天に代わって誅伐を下すという略語。

以下、記事本文引用
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<元次官宅襲撃>一夜明け厚労省厳戒 
元厚生事務次官宅での連続襲撃事件を受け、歴代次官の自宅周辺で警察による厳重な警戒が始まった。「撮影はお断り」。19日朝、取材に応じた元次官は顔が公開されることを恐れて声を荒らげた。「連続テロ」を警戒する東京・霞が関の厚生労働省でも入館者の手荷物検査が始まり、ものものしさが漂った。

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宅配業者装う同じ手口 山口元次官宅玄関に印鑑
 元厚生次官ら連続殺傷事件で、殺害されたさいたま市の山口剛彦さん夫妻宅の玄関に、山口さん名義の印鑑が落ちていたことが19日、埼玉県警の調べで判明。犯人は宅配業者などを装って玄関を開けさせた可能性があり、東京都中野区の元次官の妻吉原靖子さんが刺された事件と同じ手口だったとみられる。埼玉県警と警視庁は同一犯による連続テロの可能性が高まったとみている。
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by sakanoueno-kumo | 2008-11-19 14:45 | 時事問題 | Trackback | Comments(4)