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清原和博容疑者の逮捕に見る、「弱い犬ほどよく吠える」の論。

清原和博氏が覚醒剤所持で昨夜、逮捕されましたね。

今日は各マスメディア共にその話題でもちきりのようですが、まあ、清原氏の薬物疑惑の報道は、これまでもたびたび囁かれていましたから、特に驚いたということはありません。

やっぱりな・・・というのが、大方の感想なんじゃないでしょうか?

バカなことをしたものです。


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そもそもわたしは、現役時代から清原選手のことが好きではありませんでした。

正確にいえば、ジャイアンツに入団後の清原選手といったほうがいいかもしれません。

「番長」などとあだ名されて崇められていましたが、なぜ、あのような素行の選手が、ああももてはやされるのかが理解できませんでした。

スキンヘッドピアスは、まあ個人の嗜好ですからとやかく言いませんが、必要以上に相手投手を威嚇する行為は、見ていて気分のいいものではありませんでした。

闘志をむき出しにすることと、恫喝とは違いますからねぇ。

厳しいインコース攻め強打者の証

往年の松井秀樹選手もイチロー選手も、清原選手以上に厳しい攻めを受けていましたが、相手投手を威嚇するようなことはしません。

ていうか、する必要がないんですよ。

松井選手もイチロー選手も、特に威嚇なんてしなくても、その存在自体が相手投手にとっては脅威ですから。

清原選手は、ああするしか自分を大きく見せられなかったということでしょうね。

「弱い犬ほどよく吠える」といいますが、まさに清原選手はその典型でしょう。

威嚇も、刺青も、強面の容姿も、そしてクスリも、すべて心の弱い人間のすることだとわたしは思います。

清原氏は、結局、弱い男だったということですね。

ここまでボロカスに貶しましたが、正直、残念という思いも大きいんですよ。

というのも、ほぼ同世代のわたしにとっては、高校野球時代の清原選手は、間違いなくスーパースターでした。

甲子園でのエピソードをあげればキリがないほどですが、やはり、いちばん印象に残っているのは、5度目の出場を果たした3年生夏の最後の決勝、対宇部商業戦。

準決勝までに宇部商の主砲・藤井進選手が大会新記録となる4本塁打を記録していましたが、それまで3本塁打だった清原選手は決勝戦で2本を放ち、あっさりと藤井選手の記録を抜いて大会5本塁打の新記録を達成。

PL学園全国制覇を果たしました。

5本目の本塁打は、宇部商のセンター守る藤井選手の頭上を通過してバックスクリーン左の中段に。

「甲子園は清原のためにあるのか!!」

あの、植草貞夫アナウンサーの名実況が生まれたシーンです。

今回のことは、そんな輝かしい過去の栄光も汚してしまう行為であり、「残念」としかいいようがありません。

いまから思えば、2年前に週刊誌で薬物疑惑を報道されたときに、なぜ立ち直らなかったのか。

有名人の薬物容疑というのは、誤認逮捕が許されないため、一般人以上に入念な捜査をしたうえで、確信がなければ動かないと聞きます。

あの時点で強い意志を持ってクスリ絶ちをしていれば、疑惑は疑惑のまま消えていっていたかもしれないのにねぇ。

わたしは、わたしの知る限りでは、プロ野球史のなかで最も強かったのはV9時代の巨人で、その次に強かったのが、80年代後半から90年代のV5西武だと思っています。

V9巨人からは、長嶋茂雄氏、王貞治氏、森祇晶氏、広岡達朗氏、土井正三氏、高田繁氏、堀内恒夫氏など、10人以上がのちに監督になっていますが、V5西武からも、石毛宏典氏、伊東勤氏、秋山幸二氏、渡辺久信氏、工藤公康氏、田辺徳雄氏など、多くの監督が出ていますね。

でも、このなかに清原氏の名前が連なることは、もうないでしょうね(こんな事件を起こさなくとも、監督としての資質に欠けていたともいえますが)。

名球界からも除名されるんじゃないでしょうか? 

(かつての江夏豊氏も、除名されましたしね。)

実に哀れです。



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by sakanoueno-kumo | 2016-02-03 15:55 | プロ野球 | Comments(4)  

松井秀喜氏のワンデー・コントラクトでの引退式典に感銘。

昨年12月に引退を表明し、今年5月に東京ドームで引退セレモニーをした元メジャーリーガーの松井秀喜氏が、先日、今度はヤンキースタジアムでの引退セレモニーを行いましたね。
なんでも、2009年まで7年間在籍したニューヨーク・ヤンキース1日限りのマイナー契約を結んでの式典だったとか。
これを「ワンデー・コントラクト」というそうで、メジャーリーグではときどき行われるはからいだそうですが、スター選手が終身在籍することが多いヤンキースでは、2007年のジェフ・ネルソン投手以来2人目のことだそうです。
日本人としては、引退セレモニーを行うこと自体、松井氏が初めて。
ヤンキースもなかなかなことをしてくれますね。

なかには、松井氏とワンデー・コントラクトを結んでまで式典をするなら、他にも松井氏以上の実績をあげた元ヤンキースの選手はたくさんいる・・・と批判する人もいるようですが、それをアメリカ人が言うならまだしも、日本人がそれを言うのは無粋というものですね。
引退セレモニーは引退していく選手だけのものではなく、ファンのためのものでもあるのです。
ファンから愛された選手のみに許される特権ともいえるでしょうか。
松井選手は、それだけニューヨークのファンから愛されていたことの証で、それを同じ日本人として称えるのではなく、数字や記録だけを見て難癖つける人たちは、本当の野球ファンとは言いがたいと私は思いますけどね。

それにしても、このワンデー・コントラクトというシステムは実にいいですね。
日本のプロ野球球団も見習ってみてはどうでしょうか?
昔は、チームの顔のようなスター選手が球団を渡り歩くことは少なかったので、その選手が長きにわたって活躍したスタジアムとユニフォームで式典を行うことがほとんどでしたが、FA制度が導入されて以降は日本プロ野球の傾向も変わってきて、むしろ、ビッグネームのほうが、複数のチームのユニフォームを着るようになりましたよね。
その賛否は別にしても、ドラフト1位入団のビッグネームが、生え抜きのまま終身同じ球団で引退を向かえるという例は少なくなりました。
それも、最後に身をおいたチームではたいした活躍もせず、注目されずにユニフォームを脱いでいく例も少なくありませんし、たいした活躍をしていない球団で引退セレモニーを行なっても、なんかシックリ来ませんよね。

近年でいえば、清原和博氏などがその例で、最後は大阪ドームでのセレモニーで引退しましたが、最後の2年間だけ在籍したオリックスでは、ほとんど活躍らしい活躍はしておらず、オリックスのユニフォーム姿自体、馴染まないままの引退だったように思います。
清原選手といえば、やっぱ、ジャイアンツライオンズですよね。
そんな選手と、この度の松井氏のようにワンデー・コントラクトを結んで古巣での幕引きを演出すれば、その選手はもちろん、ファンも大喜びだと思いますけどね。
私は阪神ファンですが、新庄剛志選手の縦縞のユニフォーム姿を最後にもう一度見たかったものです。
そんな例はたくさんありますよね。
ぜひとも、日本のプロ野球界にも真似てほしいシステムです。

とにもかくにも、松井秀喜氏は日本人の誇りですね。
巷では、ジャイアンツの次期監督として名前が上がっているようですが(どこまで事実かは知りませんが)、それも去ることながら、将来、ヤンキースのピンストライプのユニフォームを着て指揮をとる・・・なんてことにならないかな~・・・と、過大な期待を注ぎたくなっちゃいます。
また、無粋な方々に批判されそうですが・・・。
なにはともあれ、松井秀喜氏の今後の更なる活躍を期待します。


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by sakanoueno-kumo | 2013-08-02 17:45 | プロ野球 | Comments(0)  

伊良部秀輝投手の訃報に思う、暗い記憶に残る選手。

 プロ野球のロッテ、阪神、米大リーグのヤンキースなどで活躍した伊良部秀輝さんが27日、 自宅のあるカリフォルニア州ロサンゼルス近郊で亡くなったそうです。報道では、自宅で首をつった状態で見つかったと伝えられており、、おそらく自殺とみていいのでしょう。 驚きました・・・。

 伊良部投手といえば、日本プロ野球史上最速の投手は誰か・・・といった議論の際には必ず名前があがる剛速球投手。1993年に記録した158km/hの自己最速の球速記録は、2010年にヤクルトスワローズの由規投手が161km/hを記録するまで、日本人プロ野球最速記録でした。ロッテ在籍時代には最多勝最多奪三振のタイトルも獲得し、西武ライオンズの清原和博選手との対戦は「平成の名勝負」ともうたわれました。ヤンキース移籍初年度は13勝を挙げてチームの世界一に貢献し、日本人選手として初のチャンピオンリングを獲得。まさに、日本プロ野球史を代表する剛腕投手のひとりです。

  

 しかし、そんな輝かしい実績を“明”とすれば、伊良部投手には常に“暗”のイメージが付きまとう人物でもありました。球団フロントとの確執などから突如、FA権のないままメジャー移籍を直訴し、パドレスを巻き込んだ三角トレードの末、ヤンキースに移籍。いってみれば、立つ鳥あとを濁しまくっての移籍でした。念願叶って入団したヤンキースでは、観客から大ブーイングを受けた際にスタンドへ向けてツバを吐くなどの徹底したヒールぶりで、米メディアからは「太ったヒキガエル」と酷評され、日本人ファンからは「日本プロ野球の恥さらし」と呆れられました。他にも、興奮剤を使用したドーピングの疑いや全身にほどこしたといわれる刺青の話題など、野球での実績よりも“負”の面の印象のほうが強いといった観は否めません。

 2003年に阪神ターガースに入団し、6年ぶりに日本球界に復帰。13勝をあげ、阪神の18年ぶりのリーグ優勝に大きく貢献しました。私たち阪神ファンは当時、伊良部投手より1歳年上で同時期に阪神に来た金本知憲選手、下柳剛投手とともに、優勝請負人と評して喝采を送りました。全盛期ほどの球速はなかったものの、若い頃の伊良部投手には見られなかったクレバーなピッチングを見せてくれましたね。しかし、残念ながら翌年以降は振るわず2005年に引退。その後、アメリカ独立リーグ四国アイランドリーグに入団したという話題もありましたが、それよりも大きく聞こえてくるのは、事業の失敗や酒場での暴力事件の報道、飲酒運転で逮捕されたという報道など、やはり“負”の面の話題ばかり。金本選手や下柳投手が今も阪神で活躍していることを思えば、「伊良部はいったい何やってんねん!」といった怒声が、阪神ファンの間で起こったのも無理もないでしょう。

 そんな“悪童”ともいえる彼の生き方は、彼の“暗い生い立ち”からくるものもあったでしょう。彼は父親が沖縄駐留のアメリカ人で、しかも幼少期に父親から捨てられるという経験をしており、ヤンキースでの数々の奇行は、アメリカに住む父親に向けてのパフォーマンスだったと当時語っていました。そんな幼少期の経験が、世の中に背を向けた彼の喧嘩腰のスタイルを作っていたのかもしれません。他人に対して、強い不信感を常に持って生きていたのかもしれませんね。しかし、似たような境遇でいえば、同じく沖縄県出身で元・阪神タイガースの仲田幸司投手も同じで、彼の場合はそんな理由で小学校を留年したため虐めにあうなど、もっと暗い幼少期を過ごしたといいます。しかし、仲田投手はそんな自身の境遇に腐ることなく、プロ野球入団後は持ち前の明るさでチームメイトから親しまれ、阪神ファンからも愛されました。伊良部投手の生い立ちには同情はできるものの、だからといって、その後の生き方を理解できるものではありません。今から思えば、伊良部投手の数々の奇行、愚行は、“心の弱さ”からくるものだったのでしょうね。

 その“心の弱さ”からか、42歳という若さで自らこの世を去った伊良部秀輝さん。よく、「記録より記憶に残る選手になれ!」などといわれますが、ある意味、記憶に残る選手ではあったと思います。ただ、このような最後の暗い記憶の残り方は、彼としても本意ではなかったでしょうね。

 謹んで、ご冥福をお祈りします。



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by sakanoueno-kumo | 2011-07-29 20:25 | プロ野球 | Comments(6)  

悪役だった少年桑田真澄

桑田“25年越しの夢”早大大学院受験…1月最終試験

23年前、巨人との密約が囁かれ、世間からの批難を一身に浴びた17歳の桑田真澄氏。
ドラフトで涙を流した清原和博選手に同情が集まり、桑田選手はルーキーにして悪役の汚名を着せられました。
彼らと同世代の私も当時は子供で、世論に同調して桑田を毛嫌いしたものです。
ある程度時が経ってわかったのは、悪いのは桑田ではなくジャイアンツ球団関係者を含む、周りの大人たちだったってこと。
17歳の少年が、周りの大人たちから「こうすれば巨人に単独指名で入れるよ。」と耳打ちされれば、ほとんどの人間は言われたとおりにするでしょう。
野球は高校生離れしていても心は高校生、まだ子供なんだから・・・。
17歳にしてダーティーなイメージを着けられ、嘘つき呼ばわりされた桑田少年は、当時どんな心中だったのでしょう。
大人たちが自分たちの利益のために子供に嘘を吐かせた。
彼はただ、巨人に入りたかった。
それだけだったろうに・・・。

この度、早大大学院を41歳にして受験されるとか。
23年前の嘘を嘘でなくすために・・・・とは、私の考えすぎでしょうか?
同世代のおじさんとしては、頑張って欲しいですね。

以下、記事本文引用
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桑田“25年越しの夢”早大大学院受験…1月最終試験

 前パイレーツ投手で野球評論家の桑田真澄氏(40)が早大大学院スポーツ科学研究科の「受験資格審査」を突破、来年1月に最終試験を受験することが17日、分かった。一部スポーツ紙が報じた。合格すれば、高校時代に早大進学の可能性があった桑田氏の「もう一つの夢」が25年越しで実現することになる。
 桑田氏は今年3月に現役を引退、野球解説者として第2の人生をスタートさせた。一方で、「現役の頃から、引退後は勉強したいとずっと思っていた」とし、早大進学も選択肢に入っていた。
 受験するのは早大大学院スポーツ科学研究科「トップスポーツマネジメント専攻コース」の社会人入試。修士課程の1年制で、スポーツビジネスやマネジメントなどを学ぶ。夏から論文提出、面接などを行い、すでに11月に入学試験審査を終了。来年1月24日の最終試験に臨むという。
 桑田氏にとって早大進学は、小学校時代から作文で書いてきた「将来の夢」の一つ。1985年のドラフト会議では早大進学を表明しながら、巨人から1位指名を受け、受験はせずに巨人に入団した。昨年は39歳にしてメジャーデビューも果たした。球界に恩返ししたいという桑田氏が、さらに多方面に視野を広げる。
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by sakanoueno-kumo | 2008-12-18 15:54 | プロ野球 | Comments(0)