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東日本大震災から3年、風を返して土を返して。

明日で東日本大震災の発生から3年が経ちますね。

もう3年というべきなのか、まだ3年というべきなのか、被災地から遠くはなれた地域に住む私には、正直、実感できません。

阪神・淡路大震災のときの3年といえば、とりあえずは復興の目処が立ち始め、被災地内でもそろそろ震災のことばかり振り返っていられないといった空気が見え始めていた頃だったと思うのですが、東北の現状は、まだまだ復興はおろか、復旧もままならない状態のようで・・・。

その意味では、まだ3年・・・というのが正しい表現なのかもしれませんね。

e0158128_21574605.jpg震災記念日の明日は、各地で追悼行事復興イベントが開催されるようですが、わたしも昨日、神戸文化ホールで行われていたPLAY FROM KOBE 3.11復興支援コンサート2014に行ってきました。

兵庫県合唱連盟主催のこのチャリティ・コンサートは、震災の翌年から行われているそうで、今年で第3回となるそうです。

復興支援のチャリティイベントに行ったというと、何か立派なことしたように聞こえますが、実は、単に我が娘が合唱部として出演しているのを観に行っただけなんですけどね。

まあ、理由はどうあれ、チャリティイベントに参加したことは事実で、今年は少しは被災地支援の役に立てたかな・・・と(めずらしく募金もしましたよ。だって、可愛い女子高生にお願いされたら、オジサンとしては冷たく無視できないですよね)。

で、せっかくだから、娘の出番だけじゃなく、最初から最後まで鑑賞してきました。

ロックやポップスのコンサートなら何度も足を運んだことがありますが、合唱曲のみのコンサートなんて、こんな機会でなけりゃ聴くことがないですからね。

4時間の長いステージでしたが、なかなか聴きごたえがありましたね(途中、少しばかり睡魔に勝てませんでしたが・・・笑)。

なかでもとくに印象に残った歌で、『風を返して土を返して』という曲がありました。

この歌は、この日出演されていた福島県の詩人・和合亮一さんという方が作詞した歌で、その内容は、福島第1原発事故後の福島を歌ったものです。

風と土を合わせると「風土」となります。

「風土」とは、その地域の地形気候地質はもちろん、文化宗教、そこに暮らす人々の気質精神なども含めた、深い意味が込められた言葉ですよね。

「風土」というのは、その地域の歴史ともいえます。

3年前の事故以来、福島では「風」「土」も、危険なものになってしまいました。

つまりは、「風土」を失った、「風土」を奪われたわけですよね。

わたしは、あの原発事故以来、日本は国土の一部を失ったと思っていましたが、それだけじゃなく、歴史の一部を失っていたんですね。

実に深く考えさせられました。

震災から19年経った現在の神戸は、ほぼ復興事業は終了しています。

津波被害の甚大だった宮城や岩手も、やがてはそこに新しい町が築かれ、新しい風土が形成されていくでしょう。

でも、福島は・・・一部の風土を失ったまま、3年前から何ひとつ変わってないんですよね。

過日行われた東京都知事選に勝利して以降、ますます原発推進の方向に舵を切った感が否めない政府与党ですが、よくよく考えてほしいものですね。

これ以上、国土風土を失わないよう・・・。



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by sakanoueno-kumo | 2014-03-10 22:14 | 日常 | Trackback | Comments(0)  

レバ刺しは危険で大飯原発は安全という日本の指導者たち。

6月いっぱいでレバ刺しが禁止になっちゃいましたね。
皆さんは最後に食されたでしょうか?
私も先週食べに行こうと思っていたのですが、予定していた日に急用ができてキャンセルとなり、そうこうしているうちに行きそびれてしまいました(涙)。
特にレバ刺しが好物だったわけでもないのですが、食えなくなると聞くと名残惜しくなるもので・・・。
先月は日本中に私のような俄レバ刺しファンがたくさんいたようで、6月の焼肉業界はちょっとしたレバ刺し特需があったようですが、おそらくおびただしい数の生レバが日本全国に出まわっていたものの、死亡事故の報道はなかったようです(ちょっとした食中毒はあったみたいですが)。
まあ、そんなもんだと思いますけどね(ふぐ料理にあたるのと同じような確率なんじゃないかと)。
昨年4月に発生した焼肉チェーン店の集団食中毒をきっかけに規制が厳格化してしまいましたが、そもそもあの事件はあの店の衛生管理が杜撰だったことが原因で、ちゃんと管理していれば、そんな簡単に死亡事故が発生するものでもないと思うのですが(実際に今まで普通に売られてきたわけですから)。
でも、厚生労働省によれば、確率はどうあれ「生で安全に食べるための有効な対策が見いだせていない」というのが禁止の理由だそうですから、残念ではありますが、やむを得ない決定なんでしょうね。
ただ、その理由から考えるに、将来的にもし安全に食べるための有効な対策が見いだせたとしたならば、またレバ刺し文化が復活する可能性はあるということですよね?
その日を楽しみに待ちたいと思います。

さて、そのレバ刺し禁止が始まった7月1日、関西電力大飯原発再稼働しました。
福島原発事故の原因究明もできておらず、政府自らが「暫定的な安全基準」と認める中での再稼働です。
しかも、電力需給が逼迫する夏季限定ではなく、秋以降も継続的に運転させるとのこと。
再稼働決定の理由について、野田佳彦総理は「国民の生活を守るため」と言っていましたが、そもそも安全基準が“暫定的”である現状で、どうして国民の生活を守ることが出来るのでしょう?
私の日本語解釈が間違っていなければ、「暫定的=見直しが必要」ということですよね?
つまり、レバ刺しと同じく、「安全に運転する有効な対策が見いだせていない」現状じゃないんですか?
にもかかわらず、レバ刺しは危険で大飯原発は安全だと判断する根拠がどこにあるのでしょう?
昨年4月の集団食中毒を受けて安全基準を見直し販売禁止にいたったレバ刺しと、昨年3月の福島原発事故を受けての安全基準の見直しもままならないまま再稼働した大飯原発。
これ、どちらも同じ政府が決めたことですからね。
釈然としないものがあります。

私は原発に詳しくはありませんし、闇雲に「原発反対」を訴えているわけではありません。
むしろ、場合によっては原発継続もやむを得ないと思っているくちです。
「核開発技術を失ってはならない」という意図も、理解できなくもないです。
ですがそれは、あくまで安全の確保が成された場合に限ってです。
それも、原子力ムラの人たちが立てた手前味噌な安全基準ではなく、あらゆる角度(天災・経年劣化・ヒューマンエラー・テロなど)から客観的に見た安全基準です。
たぶんそれは、1年や2年でできることではないのでしょう。
でも、そうしてこそ初めて原発継続か否かの土俵に立てるわけで、あれだけの事故を起こしながら安全基準を見直すことなく再稼働するのは、免停期間中に無免許で運転するようなものです。
レバ刺しは、規制などなくとも死にたくなければ食わなきゃいいわけで、危険とわかって食べる人はある意味自己責任といえますが、原発は自分の意志で避けることはできません。
だから、たとえ何億分の1の確率であっても、危険があってはならないのです(実際、大飯原発の直下に断層があるともいわれていますし、日本中にある原発の中でも、危険度の高い原発とも聞きます)。

再稼働を決めた野田政権、ひいては民主党政権はもうすぐ終わりを迎えるでしょう。
もし、この先再稼働した原発に最悪な事故が発生したとしても、そのとき彼らは責任を負う立場にいません。
こんな場当たり的な決断をしておいて、無責任な話ですね。
この政権が残した最大の功績、最大の英断は、レバ刺し禁止の決定となりそうです。


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by sakanoueno-kumo | 2012-07-04 16:57 | 時事問題 | Trackback | Comments(7)  

心に残る名曲 No.8 『僕と彼女と週末に』 浜田省吾

 福島原発事故から4ヵ月が過ぎました。あいかわらず出口の見えない政府と東電の無為無策の事故対応や、次々に暴かれていくごまかしの事実に憤りを覚える毎日です。この4ヵ月で、原発のおそるべき正体が完全に満天下に暴きだされました。その安全神話が崩れたばかりか、原発は“低コスト”という謳い文句も大嘘だったかもしれず、経済の発展のためには原発は不可欠といった認識さえ、作り話だったかもしれないという、どこまでが本当で、どこからが嘘なのか、何を信じていいのかもわからない事態となってしまいました。どうやら私たちは、長い間、騙されてきたのかもしれません。

 そんな今、ぜひ多くの方に聴いてほしい歌があります。浜田省吾さんが1982年に発表したアルバム『PROMISED LAND』の中の収録曲、『僕と彼女と週末に』です。



 実に9分を超える壮大な曲で、単なるアルバムの収録曲と言ってしまうには存在が大きすぎる、深いメッセージの込められた歌です。広島出身の浜省は、父親が被爆者ということもあって、戦争平和を歌った楽曲が数多くありますが、その中でもこの『僕と彼女と週末に』は、よくある“LOVE&PEAC”をテーマにした楽曲とは少し違い、もっと地球規模の警告とでも言うべきテーマを謳っています。この曲を初めて聴いた当時、高校生だった私は、この歌詞のテーマを漠然と“公害問題”のように捉えていましたが、今になって聴いてみると、まぎれもなく“原発”“核実験”を示唆しているんですね。

 この歌の2番の歌詞の中に、こんな一節があります。

 恐れを知らぬ自惚れた人は
 宇宙の力を悪魔に変えた


 この4ヵ月で、私たちははっきりと理解したはずです。原子力、核エネルギーは、人間の手に負えない「悪魔」であることを。踏み込んではいけない「神の領域」であったことを。その昔、人間は自然の力を恐れ、自然を“神”として崇めてきました。しかし、近代になり、人間は自然を作りかえる知恵を身につけ、自然への尊敬の念がゆらぎました。車が走り、飛行機が飛び、月に降り立ち・・・そうした科学の発展と共に、人間は自然をも司っているという思い上がりの考えが頭をもたげ、自然を恐れなくなっていきまた。そしてついには、核分裂という神の領域に足を踏み入れた・・・。そう、「恐れを知らぬ自惚れた人は、宇宙の力を悪魔に変えた」のです。

 この歌詞の前に浜省は、こんなことも歌っています。

 昨日の絵の具で破れたキャンバスに
 明日を描く愚かな人
 売れるものならどんなものでも売る
 それを支える欲望


 世界で原発が最も多く建設されたのが1970年代後半から80年代にかけて。1982年に浜省がこの楽曲をリリースしたのは、父親が被爆者である彼にとって至極当然のことだったのかもしれません。この曲をテーマにした当時の彼のコンサートで、スクリーンいっぱいに映し出された地球の映像をバックに、この歌を熱唱していた浜省の歌声が、今改めて思い出されます。原発反対派の人も推進派の人もよくわからない人も、約9分間だけ時間を作っていただいて、ぜひこの歌を聴いてみてください。


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by sakanoueno-kumo | 2011-07-13 15:12 | 音楽 | Trackback | Comments(8)  

東日本大震災発生から1ヵ月、今、思うこと。

東日本大震災から1ヵ月が過ぎた。
震災による現時点の死者、行方不明者は2万7000人を超え、今も15万人以上の方たちが避難生活を余儀なくされている。
津波の被害を受けた被災地の映像は目を覆うばかりで、1ヵ月経った今も手付かずの状態。
行方不明者の捜索も難航している状況が伺え、いまだ瓦礫の下に眠る方たちのことを思えば、胸が苦しくなる。
身元確認された遺体も、棺も写真も墓標もなく“土葬”される映像を見ていると、ただ心を痛めるしかなく、語る言葉が見つからない。
被災地支援の動きは活発になり始めてはいるものの、今なお大きな余震が頻繁に続いており、被災地の不安な生活は、一向に変わっていない。
福島原発事故も依然として予断を許さない状況が続いており、今日、経済産業省原子力安全・保安院が、チェルノブイリ原発事故と並ぶ国際原子力事故評価尺度(INES)で最も深刻なレベル7と暫定評価したらしい。
原発に関しては、とにかく出口が見えない。

本当に、悪夢のような1ヵ月だった。

この1ヶ月、自分に何ができるか自問自答の毎日だった。
西日本に住む私にとっては、現状、間接的な震災の影響が多少はあるものの、特に生活が変わるような事態には至っていない。
東日本の方々のことを思えば、普通に暮らしていることに後ろめたさを感じたりもする。
ならば、被災地のために何かをしているかといえば、何もしていない。
東北の惨状を横目で見ながら、自分自身の目の前にある仕事で精一杯の毎日である。
そうすることが、間接的に被災地のためになる・・・という意見もある。
直接被害を受けてない地域の私たちは、今までどおりに生活して経済を回すことが、結局は被災地のためになるのだ・・・と。
それは私もそう思う・・・が、それだけでいいのか?・・・という思いもある。
普通に仕事をしているだけで復興に向かえるような、そんな生やさしいものじゃないだろう?この度の震災は・・・と思えるのだ。
ならば何をすればいいのか・・・その答えを私は持たない。

16年前の「阪神・淡路大震災」から見事に復興を遂げた、私の住む街、神戸
しかし、それは外見上の話で、低迷する市民の就業率や神戸を拠点とする企業の衰退の現状を見ると、震災の爪あとは今以て消えてはいない。
明らかに、16年前の震災以降、神戸は元気をなくした。
今回の震災は、16年前のそれの比ではない。
被災地の範囲の広さはもちろん、原発事故による風評被害による諸外国の輸入規制が経済に与える打撃は計り知れず、2年後、3年後には、日本全国が元気をなくしてしまっている姿が素人でも容易に想像できるような、とてつもない国難である。
10年後の日本が、はたして日本でいられるのだろうか・・・とさえ思う。
考えれば考えるほど、本当の悪夢はこれからではないのか・・・と思ってしまうのだ。

そんな悲観的なことをいうな!・・・と、お叱りを受けるかもしれない。
世間では、「がんばろう!日本」をスローガンに、復興に向けて前向きに動き出したところだ。
本来なら、被災地ではない地域に住む私たちは、復興に向けて元気がでるような発言をすべきなのだろうが、震災から1ヵ月という節目で、今の正直な思いを少しだけ綴らせてもらったことを、お許し願いたい。

とにかく、震災は起きてしまった。
これは悪夢でもなんでもなく、現実なのだ。
ならばその現実を直視し、なんとかしなければならない。
出口の見えない迷路のような道のりかもしれないが、必ず復興する、させなければならない。
そのために自分に何ができるか、何をしなければならないか、これからも自問自答し続けていくしかない。
私の子供たちが大人になったときに、日本が日本であるために・・・。


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by sakanoueno-kumo | 2011-04-12 21:52 | 時事問題 | Trackback(1) | Comments(7)  

東日本大震災発生から1週間、今、思うこと。

発生から1週間が過ぎようとしている、東日本大震災
死者・行方不明者は1万6千人を超え、40万人近くの人避難所生活を余儀なくされている。被災地では、自衛隊や消防、警察の方々が、汗と泥にまみれて懸命に被災者のための仕事をしているというのに、私にできることといえば、言うのも恥ずかしいほどの額の義援金を送るくらい。
食料は満足に行き届かず、冷たい体育館の床の上で生活している避難所の方々の映像をみていると、普通に仕事をして、普通に食事をとり、あったかい布団で寝ている自分に、後ろめたさを感じる。
しかし、同情はできても、痛みを共有することはできない。
現地で懸命に捜索、支援活動をしているプロの方々の力に頼るしかない。

福島原発の放射能漏れの件でいえば、知識のない私にとって、専門家の説明で「心配ない」と聞けばそうかと思うし、連日トップニュースで報じられる状況を見ていると、「本当に心配ないのか?」という思いになる。
ただ、どう案じたところで、私に何ができるわけでもなし、専門家の言葉を信じ、命を張って処置に当たっているプロの技術者の方々にお任せするしかない。
私たちにできることといえば、そんな方々に感謝することだけ。
にもかかわらず、一向に終わりが見えない状況を非難する声が後を絶たず、中には、この機に乗じて「原発反対論」を持ち出す声さえある。
今はそんなことを言うときではない。
そんな話は、この緊急事態の解決を見た後の話だ。

さすがにここに来て疲労感が隠せない、政府首脳たち。
おそらくこの1週間、不眠不休で事にあたってきたことだろう。
ただそれも当然、事態は過去、例を見ない緊急事態なのだから。
そうは言っても彼らも人間、疲れが溜まれば判断力も鈍る。
思うように事が運ばず、苛立ちを隠せない様子も伺える。
そんな総理や官房長官の言葉尻だけをつかまえて、ここぞとばかりに揚げ足取りの批判をする反民主党政権の人たち。
中には、昨年の「事業仕分け」の話題まで持ち出して、緊急対策費を仕分けたツケだと責め立てる。
私は別に民主党擁護派でもないし、むしろ、現政権には正直、辟易しているくらいだが、しかし、今この状況で尚も政権批判を繰り返すこの種の声には、いい加減吐き気がする。
今はそんなことを言うときではない。
どうあれ、今はこの人たちに舵取りをしてもらわねばならないのだ。

巷では、政府が「買いだめ自制」を呼びかけているにもかかわらず、食料やガソリンの買い占め行為をやめようとしない、自分のことしか考えない人が後を絶たないらしい。
昨日のニュースでは、義援金を装った詐欺も出始めているとか。
被災地で暴動を起こすこともなく、整然と並んで物資を受け取っている被災者の方々の姿を見ていると、どちらが被災者なのかわからなくなる。
被災者は、家を失い、家族を失っても尚、お互い助けあって生きている。
16年前、阪神・淡路大震災の被災地の渦中にいた私は、そのことを知っている。
しかし、被災地の外にいる人たちの姿は、今回初めて目の当たりにした。
正直、恥ずかしいという言葉につきる。
被災者の方々のほうが、はるかに秩序のもとに生きているということを知った。

とにかく、悪夢のような1週間が過ぎた。
総理の言葉を借りれば、「戦後最大の危機的状況」
そんな中、今、私にいえる言葉は、
被災地で懸命に捜索作業を続ける自衛隊、警察、消防の皆さん。
命を張って福島原発の処置に当たっている、技術者の皆さん。
不眠不休で指揮に当たっている政府首脳および、各省庁の皆さん。
どうか
日本を
よろしくお願いします。



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下記、記事本文引用
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被災1週間、被害の全容不明=市民生活崩壊、原発事故も影響―東日本大震災
 東日本大震災は18日午後、発生から丸1週間を迎える。大津波に見舞われた東北の太平洋沿岸部の被害は甚大で、死者・行方不明者は1万6000人を超えた。震災被害は日を追うごとに増え、全容は依然分かっていない。燃料などの物資不足は解消されず、被災地の市民生活や経済活動に重大な影響が出ている。さらに、福島第1原発事故が周辺地域に深刻な影響を与えている。
 地震は11日午後2時46分、三陸沖を震源に発生した。規模を示すマグニチュード(M)は9.0で日本国内観測史上最大。高さ10メートルを超す津波により、多数の家屋や漁船、車両が押し流され、岩手、宮城、福島の太平洋沿岸部は壊滅的な被害を受けた。
 警察庁のまとめによると、18日午前11時時点で、死者・行方不明者は1万6665人となった。死者は宮城が3860人、岩手が1907人、福島が583人など、12都道県で計6406人。行方不明者は岩手が4253人、福島が3844人、宮城が2157人で、6県の計10259人。警察や自衛隊などによる捜索活動は難航している。
 避難者は同庁の17日午後11時時点のまとめで、宮城が約18万3000人、福島が約13万2000人、岩手が約4万8000人など、秋田以外の東北5県と栃木、茨城、新潟の8県で約38万3000人に上る。避難所で亡くなる人や、宮城や原発事故があった福島から、東北の日本海側や関東に避難する人が相次いでいる。 
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110318-00000020-jij-soci
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110318-00000603-san-soci
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by sakanoueno-kumo | 2011-03-18 14:09 | 時事問題 | Trackback(2) | Comments(2)