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太平記を歩く。 その51 「元弘帝御着船所」 鳥取県西伯郡大山町

前稿で紹介した御来屋漁港の「後醍醐天皇御腰掛の岩」から路地を一筋南に下ると、民家の玄関先に「元弘帝御着船所」と書かれた看板と、古い石碑があります。

元弘帝とは、後醍醐天皇(第96代天皇・南朝初代天皇)のこと。


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その伝承によると、後醍醐天皇が隠岐の島から逃れて名和の湊に上陸したとき、この地の領民だった戸屋助右衛門が自分の家に天皇を迎え、鶏の塒(ねぐら)に偽装してしばらく匿ったといいます。

後年、その功を賞して鳥取藩が安政5年(1858年)に家の前にこの碑を建てたそうです。


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後醍醐天皇を匿った戸屋家は、天皇から「塒」という苗字を与えられたと伝わり、石碑には、そのことが記されています。


「戸屋は古へ塒と称す 相伝ふ 帝の賜ふ所なりと」


当時は「塒」「とや」と読んでいたそうですが、明治時代に「ねぐら」

と名乗るようになったのだとか。

なんでも、笑福亭鶴瓶さんの『鶴瓶の家族に乾杯』に塒助右衛門の子孫の方が出演されて、その由来を話しておられたそうです。(わたしは観てませんが)

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いまもお住いなので家全体や表札の撮影は遠慮しましたが、石碑の後ろの家が塒さんのお宅です。

立派なお宅でした。



「太平記を歩く。」シリーズの、他の稿はこちらから。

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太平記を歩く。


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by sakanoueno-kumo | 2017-05-12 23:33 | 太平記を歩く | Trackback | Comments(0)  

『ほこ×たて』のヤラセ問題と『笑っていいとも!』の終了発表に見る、テレビ番組のマンネリズム。

フジテレビの人気バラエティ番組『ほこ×たて』“ヤラセ演出”問題が話題になっていますね。
どうやら制作サイドもこの事実を認めたようで、同番組の放送を当面自粛するそうです。
信憑性が命といってもいい番組内容ですから、かつての『発掘!あるある大辞典』がそうだったように、こうなってしまえば打ち切りもやむを得ないでしょうね。
面白い企画の番組だっただけに残念です。

といっても、私も以前は楽しみに観ていましたが、ここ最近は飽きてしまってて、同番組にチャンネルを合わせることが少なくなっていました。
どれもすでに観たようなものばかりになってきて、マンネリズムが避けられない観がありましたからね。
ていうか、頻繁に観ていたときから、企画は斬新で面白いけど、そのうちネタが尽きるだろうと思ってましたよ。
矛盾対決のアイデアを絞りだすのもたいへんだったでしょうし、企画した矛盾がいつもいつも白熱した対決になるとも限りません。
いつも同じような対決では視聴者に飽きられるでしょうし、どちらかが一方的に強いようでは企画として成立しないわけで、結果、斬新で白熱する勝負を捏造する・・・。
容易に想像できた末路ですよね。
まさしく『あるある大辞典』のときと同じです。

この種のドキュメンタリー教養娯楽が混在するバラエティ番組は、やがてネタが尽きるのは明白なことで、毎週放送を何年も続けるというのは無理があるのでしょうね。
日本テレビの『行列のできる法律相談所』は10年以上続いているそうですが、あの番組なんかも、放送開始当初は、法律をベースに複数の弁護士が見解の違いを戦わせるという斬新な企画が面白かったのですが、最近では法律問題などほとんどやらず、単なるトーク番組になっちゃってますよね。
たぶん、どんなネタをやってもデジャブになっちゃうんでしょう。
フジテレビの『ほんまでっかテレビ』なんかも、明石家さんまさんがMCでなければマンネリになっちゃってたかもしれません。
結局は、MCの技量次第ということでしょうか。
でも、いずれの番組も、企画は実に優れていると思いますし、とくに『ほこ×たて』に限っていえば、さんまさんのようなビッグなタレントさんをまったく使わず、まさしく企画の面白さだけで支持されていた番組だったと思うので、この度のようなかたちで打ち切りになるのはたいへん残念なことです。
面白い企画だからこそ、たとえ高い視聴率を得ていたとしても、マンネリ化を避けるために、一定の充電期間を作ってネタを貯めてからまた再開する、といった方法はとれないんでしょうかね。
人気番組だからこそ難しいんでしょうね。

話はかわって、『笑っていいとも』が来春に終わることも今週明らかになりましたね。
私の仕事場にはテレビがありませんので、同番組はほとんど観たことがないのですが、ときどき祝日などに観るともなしに観ていても、とくに気を引く内容や企画があるわけでもなく、タモリさんを中心にタレントさんたちがただ遊んでるだけの他愛もない番組ですよね。
でも、そんなダラダラとした中身のない番組が、マンネリといわれながらもなんと32年も続いてたんですね。
一方で、斬新な企画で中身の濃い番組は、わずか数年でマンネリズムに勝てず打ち切りになる。
お昼の番組と夜のゴールデンタイムの番組の違いがあるにしても、なんか釈然としないものがあります。
これこそ、まさしく“矛盾”ですよね。

ちなみに、『いいとも』打ち切りの発表は、笑福亭鶴瓶さんが生放送中に突然現れて、タモリさんに「いいともが終わるという噂を聞いたけど本当か?」と詰め寄り、それにタモリさんが答えるように同番組の終了を発表していましたが、あれだって、いってみれば“ヤラセ演出”ですよね?
この“ヤラセ”の場合は、とくに誰かに迷惑をかけたえわけでも不愉快にさせたわけでもありませんが、つまるところ、テレビ番組なんて所詮は嘘だらけの世界なんですよね。
そこんとこを、観る側もちゃんとわかっておくべきでしょう。
『ほんまでっかテレビ』の最後にこんなメッセージが流れますよね。

「この番組に登場する情報・見解は あくまでも一説であり、その真偽を確定するものではありません。『ホンマでっか!?』という姿勢でお楽しみ頂けると幸いです」

これ、同番組に限らずで、テレビ番組すべてをこのスタンスで観るべきなんでしょうね。


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by sakanoueno-kumo | 2013-10-25 16:15 | 芸能 | Trackback | Comments(0)  

やしきたかじんさんに見る、“東京嫌い”を痛快に思う関西人。

今週、歌手でタレントのやしきたかじんさんが初期の食道がんであることが判明、治療のためにしばらく芸能活動を休止するという発表がありましたね。
やしきたかじんさんといえば、言わずと知れた関西芸能界のドン的存在で、テレビの高視聴率番組を複数かかえる“浪速の視聴率男”の全番組降板にテレビ局は混乱しているようです。
関西以外の地域に住む方々にどれほど知名度があるかはわかりませんが、私たち関西人にとっては、昨年の島田紳助さんの突然の引退に匹敵するほどの衝撃・・・といえば、たかじんさんが関西でどれほどの格のタレントさんであるかがおわかりいただけるかと思います。
ここ2日ほど、関西発のテレビやラジオではこの話題でもちきりですが、東京発のワイドショーなどではほとんど取り上げられていなかったようですね。
どこの地方にもご当地タレントさんというのはいるでしょうが、たかじんさんほど極端な例は珍しいのではないでしょうか。

その理由は、たかじんさんの極端な“東京嫌い”によるものだというのは、関西では周知のところですね。
かつては、引退した上岡龍太郎さんも同じ理由で東京行きを嫌っていましたし、若き日の笑福亭鶴瓶さんも、東京の芸能界は性に合わないといって頑なに関西を動かなかった時期がありましたが、いずれものちに東京進出を果たし、それぞれに確固たる地位を築かれました。
たかじんさんも20年ほど前に一度東京進出したこともあったのですが、その際、東京キー局の番組が利権しがらみのために制約が多いことや、すぐ掌を返す体質や極端に横柄な態度が気に入らず、自分のやり方を否定するプロデューサーやディレクターを殴ったりしたそうで、半年ほどで関西に帰ってきました。
まあ、そもそも彼の東京に対する偏った先入観から、「何かあったらいつでも喧嘩してやる」といった攻撃的な気構えが招いた結果だったように思えますが、それ以後、たかじんさんの“東京嫌い”はさらに筋金入りとなり、今では関西発の彼の番組が東京で放送されることすら拒否する始末で・・・。
実際、彼の現在の人気番組『たかじんのそこまで言って委員会』は日本テレビからゴールデンタイムでの全国ネット化を熱望されたそうで、制作元の大阪読売テレビもこれを望んでいたそうですが、肝心のたかじんさんが「関東には絶対流させない」「関東で放送するくらいならこの番組を辞めさせてもらう」と頑なに拒否し、圧力をかけ、結果、日本テレビ側にネットを断念させたそうです。
東京と大阪ではタレントさんのギャランティーの額が一桁違うなんて話も聞きますし、関西以外の方にしてみれば、何故そこまで頑ななのか理解に苦しむかもしれませんが、関西人はこのたかじんさんのこだわりに呆れることはあっても冷笑する人はほとんどなく、むしろ、そんな彼の言動を痛快に感じる空気さえあります。
それはちょうど、阪神ファンが阪神の勝利よりも巨人の敗戦に快感を覚えるのと同じで・・・。
この空気感は、関西人にしかわからないでしょうね。

関西人(この場合、主に大阪人を指すと思いますが)の東京に対する敵対心は、いつ頃から始まったのでしょう。
古くは、徳川家豊臣家の確執がそのまま江戸対大坂の敵対心を生み、それが400年後の現在にも残っていると分析する声もありますし、実際、当時の大坂の人たちにしてみれば、豊臣家の滅亡によって関西の経済は一気に冷え込んだでしょうから、新政権の徳川幕府をスンナリ受け入れられない空気はあったでしょう。
さらに京都の人たちにとっては、都人としてのプライドもあったでしょうしね。
しかし、平成の現代では東京が日本の中心であることは動かし難い事実で、大阪人が東京を嫌うのはコンプレックス以外の何ものでもないようにも思えます(実際、阪神ファンはアンチ巨人ですが、その逆はあまり聞きませんもんね)。

江戸時代、大坂には藩主がおらず、代官のみが居る幕府の直轄地でした。
一説には、江戸時代中期の大坂の人口は、町人14万人に対して侍900人ほどしかいなかったといわれ、その比率から考えれば、街を侍が歩いている光景など殆どなかったに等しいといっても過言ではないでしょう。
一方江戸は、参勤交代で常に地方から来た侍たちでごった返していました。
つまり、大坂は庶民のまち、江戸は侍(エリート)のまちだったわけです。
「東京は理屈のまち、大阪は情のまち」などとよく言われますが、こうして両町の歴史的成立過程をみても、頷けるような気がします。
大坂のような庶民のまちでは理屈はあまり通用せず、コネがモノを言う。
エリートが集まる江戸のような町では、自然と体面世間体が重視される。
そうして形成されてきた両者の価値観が、21世紀になったとはいえ、そう簡単に理解し合えるとは思えませんね。
ただ、こっち(大阪)があっち(東京)を敵視しているほど、あっちはこっちを意識していないというところに、既に勝負はついている気はしないでもないですけどね。

ちなみに、やしきたかじんという人を知らない関東方面にお住まいの方に簡単に紹介すると、本業は歌手でありながら、若い頃からその話術は一流の芸人さんたちも一目置くレベルで、今では“関西最後の大物司会者”といわれるほどの人物です。
私の高校時代(30年近く前)にはラジオの深夜放送『MBSヤングタウン』でメインパーソナリティを務め、あの明石家さんまさんがそのサブパーソナリティだった頃もあったほどで(当時さんまさんはすでにブラックデビルなどで人気を博していた頃です)、当時のさんまさんのギャグの中には、たかじんさんのネタを盗んだものもたくさんあったほどです。
笑福亭鶴瓶さんとはお互いに食えない時代からの親友で、東京に進出して間もない頃の鶴瓶さんはたかじんさんを自身の“最後の砦”だと言っていました(自身が芸能界でいよいよ沈みかけたときには、たかじんと一緒に仕事をしたいという意味)。
その他、桂三枝さん、上岡龍太郎さん、島田紳助さんと、超一流の芸人さんたちが揃って一目置く存在で、単なる地方タレントのレベルではないということがわかっていただけるでしょうか。
まあ、素人の私が必死になって説明することではないんですねどね(笑)。
つまり、東京に“行けない”のではなく“行かない”んだということが言いたいわけで・・・。

ちなみに、そんなやしきたかじんさんの歌手としての最大のヒット曲が『東京』というタイトルの楽曲だというのが、なんとも滑稽な話ですね(笑)。



ご快復を心よりお祈りいたします。
ま、早期発見だそうですから、大丈夫でしょう!


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http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120202-00000091-spnannex-ent

by sakanoueno-kumo | 2012-02-03 17:45 | 芸能 | Trackback | Comments(31)