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プロ野球開幕延期問題に激昂する。

迷走を続けていたプロ野球セ・リーグ開幕問題ですが、早々と長期延長を決定していたパ・リーグに合わせた4月12日開幕と4月中のナイター自粛で決着をみたようです。
世論や選手会の強い反発や、文部科学省からの2度にわたるナイター自粛要請に、もはや折れざるを得なかった・・・というのがセ・リーグの本音でしょう。
セ・リーグというより、巨人=ナベツネさんといったほうが正しいでしょうか?
いつまでこの爺さんに振り回されているんでしょうね・・・プロ野球界は。

今回の騒動で、またファンのプロ野球離れが増すことでしょう。
今日まで当ブログではずっと発言を控えてきましたが、結論が出たということで、一プロ野球ファンとして今日は言いたいことをいわせてもらいます。
そもそも、この結論に達さざるを得ないことは、火を見るより明らかだったじゃないですか。
セ・リーグは“バカ揃い”ですか?
「私は野球に誇りを持っている。野球をやることは不謹慎だとは思わない。」といった内容のことを、迷走中のコミッショナーが発言してましたね。
誰も野球が不謹慎だとは言ってないじゃないですか!
“今はちょっと待て”と言ってるだけでしょうが!
コミッショナーがそんな的はずれなこと言ってるから、野球好きの人間がみんな“野球バカ”なんて言葉で白眼視されるんですよ。
「批判は甘んじて受ける。」なんてこともコミッショナーが言ってましたが、あんたが批判を受けるべきなのは国民からじゃなくて、各球団のオーナーたちからでしょうが!
それぞれの思惑でものを言う各球団経営者に対して、正論を以て一刀両断するのがコミッショナーの仕事であって、球団オーナーの顔色伺いしかできないコミッショナーなんて、職責を放棄しているとしか思えません。
何が「野球に誇りを持っている」ですか・・・誇りを持つなら、コミッショナーという職務に誇りを持ってください。

そして、もうひとりのプロ野球界の癌、ナベツネさんこと渡邉恒雄氏。
「計画停電地域外ならやってもいい。」なんて言ってましたが、東日本すべてが“節電”を余儀なくされている状況下で、仮にも読売新聞主筆という立場の人間が、こんな発言をしていいんですか?
同新聞社の末端で働く記者さんたちは、この発言をどう思ってるのでしょう?
自分たちが書いてる“節電”の記事を否定している発言ですよ!
社員一同、声を大にして抗議すべきなんじゃないですか?

これでまた、ジャイアンツの人気低迷に拍車をかけるでしょうね。
もともとアンチ巨人の私にとってはどうでもいいことですが、そもそも、巨人の人気が下降した要因のひとつに、東北楽天北海道日ハムが出来たことによって、それまで圧倒的に巨人ファンが多かった同地方の野球ファンたちが巨人離れをしていった、という理由もあったはずです。
ジャイアンツの経営陣にしてみれば、パ・リーグのチームが何処に行こうが、巨人の人気に影響はないといった“おごり”があったのでしょう。
今回もナベツネさんは、「パ・リーグが開幕延期をするのならやらせておけばいい」なんて暴言を吐いたそうですが、いつまで巨人中心の頭の構造でいるんでしょうね。
今回の騒動で、また東北のファンを失いましたよ!
ナベツネ爺さんのやってることは、国民感情を逆撫でするばかりか、あんたの可愛い読売ジャイアンツを失墜させる行為だということがわからないんですかね。
だいたいナベツネさん、あんた一度は球団経営を退いてたんじゃないんですか?
いつ戻ってきたんですか?
もういい加減ジャイアンツも、ナベツネ離れしたらどうですか?
日本プロ野球界にとってナベツネさんは、もはや“老獪”を通り越して“老害”でしかありません。

今回の騒動について、読売新聞報知新聞は、ほとんど報じてなかったようですね。
テレビを観ても、ほとんどの局が世論に同調していたのに対し、日テレだけは中立的な発言を繰り返していたようです。
ああいうのを見ると、マスコミというものが、いかに鵜呑みに出来ないものか、ということがわかりますね。
本来、報道は国民の側を向いていなければならないもののはずなんですが、実はまったく違う方向を向いて報じているというのが、よくわかります。
まあ、そんなことは今回の騒動に限らず誰もがわかっていることでしょうが、この非常事態の今は、被災者被災地の方を向いた報道をしなければならないときじゃないんですか?

一昨日よりセンバツ高校野球大会が始まりました。
こちらについても開催するか否かの議論がギリギリまで交わされていたようですが、私は高校野球に関しては開催できて良かったと思います。
本当は、そのことについても述べたかったのですが、プロ野球の話をしているうちに激昂してしまい、既にかなりの行数を費やしてしまったので、その話はまたの機会にします。

結局、4月12日開幕という、治まるところに落ち着いたプロ野球開幕延期問題
どのみち延期は避けられなかったことを思えば、当初からセ・パ両リーグが足並み揃えて決断していれば、何の問題もなかったばかりか、むしろ英断に賞賛の声さえあがったかもしれません。
時、既に遅し。
プロ野球界は、今回の騒動で失墜したイメージを、どう挽回するのでしょうか。


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by sakanoueno-kumo | 2011-03-25 22:33 | プロ野球 | Comments(5)  

ユーティリティープレイヤーという名のスペシャリスト。

 4月2日の練習中にくも膜下出血で倒れ意識不明の危険な状態が続いていた、プロ野球読売ジャイアンツの内野守備走塁コーチ・木村拓也氏が、7日早朝、入院先の広島大病院で亡くなられた。享年37歳。若い人の訃報というのはいつ聞いても辛いものだが、とりわけプロ野球ファンにとってこの度の急逝の知らせは、実に口惜しく言葉がない。今年からコーチとして新たなスタートだった木村拓也氏。おそらくは有能な指導者に成り得たであろうことを思えば、残念という一言に尽きる。

 現役時代の木村拓也選手といえば、言わずと知れたユーティリティープレイヤー。投手以外のポジションは全て着いたことがあるという、数少ない経験の持ち主だ。記憶に新しいのは、昨秋のペナント中、延長12回、ベンチ入りの全ての捕手が出尽くし、十数年ぶりにマスクをかぶった姿。もともと日本ハムに入団した際は捕手だったが、昔とった杵柄とはいえ、捕手というポジションは簡単に出来るものではない。究極の局面で、彼のような存在がいるチームの監督は、どれほど心強く思えることだろう。

 しかしながら、日本ではこのユーティリティープレーヤーというのは、思いのほか評価が低い。ユーティリティープレーヤーとされる人は、スペシャリストになれなかった人という観が強いからだ。何でも卒なくこなすけれど、何かを極めてもいない・・・とされる。だからスペシャリストに比べて大きく年棒も低い。言ってみれば、「ユーティリティープレーヤー=器用貧乏」というイメージがある。しかし実際にはこのユーティリティープレイヤーが複数いるチームは強い。プロである以上、スペシャリストの集合体ではあるわけだが、チーム事情や思わぬアクシデントで本来のフォーメーションで戦えない事態は往々にして起こる。そんなとき、いわゆるスーパーサブの役割を果たしてくれる。そういう存在がひとりでも多くいるチームは、土壇場で右往左往することはないわけで、当然強い。しかしサブメンバーなら誰でも出来るというものでもない。レギュラー選手に違わぬ力を持っていてこその、ユーティリティープレイヤーなのだ。したがって当然希少価値がある。本来もっと高い評価をされてもいいのではないだろうか。

 ユーティリティープレーヤーだった木村拓也氏は、自身の経験を生かし、きっと素晴らしい指導者になれただろう。プロ野球界にとっては、とても大きな損失だ。

 今はただ、心からご冥福をお祈りいたします。


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下記、記事本文引用
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巨人・木村拓也コーチが死去 37歳、くも膜下出血
 プロ野球巨人の木村拓也内野守備走塁コーチが7日午前3時22分、くも膜下出血のため広島市の広島大病院で死去した。37歳だった。葬儀・告別式は10日に広島市で。木村さんは2日に広島市南区のマツダスタジアムで行われた広島―巨人1回戦の試合前に練習でノックを打っている際、ふらつきながら突然倒れた。搬送された病院でくも膜下出血と診断され、意識不明の状態が続いていた。
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by sakanoueno-kumo | 2010-04-07 17:27 | プロ野球 | Comments(4)  

小林繁氏の訃報に思う。

 小林繁氏の突然の訃報にただただ驚いている。享年57歳。野球ファンとしては残念でならない。現役時代の最後も、その年13勝をあげながらも31歳という若さで突然の引退を発表して世間を驚かせた。人生の最後もまた、あまりにも早すぎる引退である。

 小林繁氏といえば、沢村賞2回、最優秀投手2回、最多勝利投手1回と、短い現役生活だったとはいえ輝かしい実績を残しているのだが、そのどの功績よりも世間の知るところは、やはりあの球史に残る「空白の一日」における悲劇の人物ということに尽きるだろう。国会にまで取り沙汰されたこの事件は、世間に小林=被害者江川=悪玉のイメージを定着させた。当時子供だった私も例外ではなく、小林投手を応援し、江川投手を忌み嫌ったものだった。しかし、大人になった今にして思えば、江川投手もまた被害者だったのだと思い至る。悪いのはあの事件を仕組んだジャイアンツのお偉方であり、もっと言えば、その「空白の一日」を生む結果となったドラフト制度自体の問題とも言える。若き江川氏は、ただ純粋に憧れだったジャイアンツに入りたかっただけで、その入れ知恵をしたのは周りの大人たち。しかしすべての絵を彼が描いたかのようなバッシングのされかただった。当時、ワガママを言うことを「エガワる」という言葉まで流行したことを思い出せば、若干23歳で社会人1年生に過ぎない江川卓氏にとっては、世の中は皆敵に思えたことだろう。

 この事件によって小林投手の株は一気に上がった。世間は悲劇のヒーローとして彼に同情した。当時から熱烈な阪神ファンだった私にとってジャイアンツ時代の小林投手は、甘いマスクと爽やかスマイルのビジュアル系ヤサ男というイメージだったのだが、この事件で阪神にきてもそのことには終始口を閉ざし、ただ黙々と結果を残す彼に秘めたる男の闘士を感じた。外見とは裏腹に、男らしさを感じたものだった。しかし、悲劇のヒーロー扱いされた当の本人の心中は、果たしてどのようなものだったのだろう。彼はこの事件に関しては以後も口を閉ざしたままで、誰も知るところではない。

 2007年になって、小林繁氏と江川卓氏がCMで共演したそうである。それまで30年近く、口をきいたことがなかったらしい。江川氏が事件について謝罪した際、「もう風化してるよ。」と答えたという。多少神秘的にいえば、亡くなる前に二人の雪解けの席を神が設定したようにも思える。

 話は変わるが、小林投手といえばその独特の投球フォームで知られている。あの明石家さんまさんもデビュー当時、小林投手の形態模写で名を成した。今では少なくなった下手投げで、帽子を深くかぶり、ウイニングショットのあとは必ずその帽子が宙を舞う。帽子が飛ばないときは調子が悪いとき。一説には、わざと大きめのサイズの帽子をかぶって飛ばすことで、自分の投げる球に威力があるように見せていたという話を聞いたことがあるが、本当かどうかはわからない。当時は私もよく真似をしたものだった。昔は小林投手をはじめ、個性的なフォームの投手や打者が多かった。子どもたちは憧れの選手の真似をすることで、野球を好きになったものである。現在では、皆理にかなった美しいフォームの選手ばかりで、真似をされる個性的な選手が少ない。残念だが小林投手のような選手はもう生まれないかもしれない。

 ともかく、小林繁氏のご冥福を心からお祈り致します。


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下記、記事本文引用
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小林繁氏が死去 江川事件で阪神移籍
 1978年11月、巨人が浪人中の江川卓投手と野球協約を無視して入団契約を交わし、プロ野球界を揺るがす騒動に発展した「江川事件」で、交換要員として阪神に移籍した現日本ハムの小林繁投手コーチが17日、心不全のため死去した。57歳。鳥取県出身。小林氏は鳥取・由良育英高から全大丸を経て72年に巨人入り。76、77年にはともに18勝(8敗)を挙げて長嶋茂雄監督のリーグ連覇に貢献した。
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by sakanoueno-kumo | 2010-01-18 14:42 | プロ野球 | Comments(6)  

悪役だった少年桑田真澄

桑田“25年越しの夢”早大大学院受験…1月最終試験

23年前、巨人との密約が囁かれ、世間からの批難を一身に浴びた17歳の桑田真澄氏。
ドラフトで涙を流した清原和博選手に同情が集まり、桑田選手はルーキーにして悪役の汚名を着せられました。
彼らと同世代の私も当時は子供で、世論に同調して桑田を毛嫌いしたものです。
ある程度時が経ってわかったのは、悪いのは桑田ではなくジャイアンツ球団関係者を含む、周りの大人たちだったってこと。
17歳の少年が、周りの大人たちから「こうすれば巨人に単独指名で入れるよ。」と耳打ちされれば、ほとんどの人間は言われたとおりにするでしょう。
野球は高校生離れしていても心は高校生、まだ子供なんだから・・・。
17歳にしてダーティーなイメージを着けられ、嘘つき呼ばわりされた桑田少年は、当時どんな心中だったのでしょう。
大人たちが自分たちの利益のために子供に嘘を吐かせた。
彼はただ、巨人に入りたかった。
それだけだったろうに・・・。

この度、早大大学院を41歳にして受験されるとか。
23年前の嘘を嘘でなくすために・・・・とは、私の考えすぎでしょうか?
同世代のおじさんとしては、頑張って欲しいですね。

以下、記事本文引用
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桑田“25年越しの夢”早大大学院受験…1月最終試験

 前パイレーツ投手で野球評論家の桑田真澄氏(40)が早大大学院スポーツ科学研究科の「受験資格審査」を突破、来年1月に最終試験を受験することが17日、分かった。一部スポーツ紙が報じた。合格すれば、高校時代に早大進学の可能性があった桑田氏の「もう一つの夢」が25年越しで実現することになる。
 桑田氏は今年3月に現役を引退、野球解説者として第2の人生をスタートさせた。一方で、「現役の頃から、引退後は勉強したいとずっと思っていた」とし、早大進学も選択肢に入っていた。
 受験するのは早大大学院スポーツ科学研究科「トップスポーツマネジメント専攻コース」の社会人入試。修士課程の1年制で、スポーツビジネスやマネジメントなどを学ぶ。夏から論文提出、面接などを行い、すでに11月に入学試験審査を終了。来年1月24日の最終試験に臨むという。
 桑田氏にとって早大進学は、小学校時代から作文で書いてきた「将来の夢」の一つ。1985年のドラフト会議では早大進学を表明しながら、巨人から1位指名を受け、受験はせずに巨人に入団した。昨年は39歳にしてメジャーデビューも果たした。球界に恩返ししたいという桑田氏が、さらに多方面に視野を広げる。
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by sakanoueno-kumo | 2008-12-18 15:54 | プロ野球 | Comments(0)