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太平記を歩く。 その85 「瓦林城跡」 兵庫県西宮市

兵庫県西宮市にある日野神社を訪れました。

ここは、かつて瓦林城があったとされる場所です。


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白旗城で新田義貞の進軍を阻止した赤松則村(円心)でしたが、赤松軍は播磨だけでなく、摂津にも防衛線を張っていました。

そのなかの拠点のひとつが、ここ瓦林城だったとされます。

湊川の戦い時には、円心の家臣・貴志五郎四郎義氏がこの城を守っていました。


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「貴志義氏軍忠申書」という史料によると、湊川の戦いでは、北の香下寺城丹生山城から押し寄せてきた南朝軍と戦ったとあるそうです。


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その後、しばらく瓦林城という名は古文書から消えますが、やがて16世紀に越水城が出来ると、以後、瓦林城はその支城となります。


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現在は石碑のみが建ち、遺構は見られません。


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拝殿横にそびえ立つ楠の巨木です。

推定樹齢650年だそうで、あるいは、680年前の往時を知っているかもしれません。


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敷地内は「日野神社の森」として、県の天然記念物に指定、保護されています。



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by sakanoueno-kumo | 2017-07-13 10:56 | 太平記を歩く | Trackback | Comments(0)  

太平記を歩く。 その84 「鏑射山城跡」 神戸市北区

舞台を東に移して、神戸市北区にある獨鈷山鏑射寺を訪れました。

ここ獨鈷山鏑射寺とその裏山に、かつて鏑射山城があったとされています。


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赤松則村(円心)の家臣・貴志庄の貴志五郎四郎義氏は、建武3年(1336年)3月26日に円心の子・赤松範資に属して湊川の戦いでは南朝軍と戦い、やがてここ鏑射山城に籠城。

翌月2日よりこの地で合戦したといいます。

この戦火により鏑射寺の建物はすべて焼け落ちたそうです。


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現在の獨鈷山鏑射寺の建造物は、すべて近年に建て替えられたもので、当時を偲ぶものはなにも残されていません。


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この三重塔も、昭和48年(1973年)に建てられたそうです。


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こちらの本堂も、見るからに新しそうですもんね。


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標高327メートルの裏山の山頂に向かう山道です。

途中まで登ってみましたが、草深くかなり険しそう。

ここを訪れたのは初夏の7月2日で、マムシが怖かったので、登山は諦めました。


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鏑射寺の戦いで南朝方の攻めに後退した義氏は、13日には摂津西宮の瓦林城に移りました。



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by sakanoueno-kumo | 2017-07-12 00:25 | 太平記を歩く | Trackback | Comments(0)