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打撃の神様、川上哲治氏のご逝去を悼む。〜昭和は遠くなりにけり〜

元読売巨人軍の川上哲治氏が亡くなられたそうです。
川上氏といえば、日本プロ野球の草創期を支えた大選手で、「打撃の神様」との異名を取った天才打者だったそうですが、昭和42年生まれのわたしにとっては、そんな氏の現役時代を知るはずもなく、前人未到のV9を成し遂げた昭和の名将といった認識でしかありません。
そのV9時代ですら、最後の年が小学校1年生のときですから、指揮官としての氏の姿もかろうじて知っている程度で、いうなれば、伝説の人物のような存在です。

選手時代を調べてみると、日本初の2000本安打日本初の逆転満塁サヨナラ本塁打など、まさに打撃の神様という異名に相応しい成績を残していますが、その中でもとくに驚かされたのは、昭和26年(1951年)に.377という高打率で首位打者を取ったとき、シーズン424打席、374打数で三振がわずか6個だけだったという驚異的な記録です。
この年の空振りはわずか7回だったそうで、783球連続空振りなしという記録も打ち立てたそうです。
「ボールが止まって見えた」という有名な名言は、この年のシーズン前の打撃練習で言った言葉だそうですが、決して大げさな表現ではなかったのでしょうね。

指揮官としての功績は、ここであらためて語る必要もないでしょうが、あれだけの結果を残していたにもかかわらず、批判的な声が多かったのもよく知られるところです。
初回からバントを多用した手堅い野球に、巨人ファンですら「川上野球は面白くない」というバッシングが多く、なかには「川上哲治がプロ野球をつまらなくした」と酷評する専門家もいたそうです。
まあ、当時の巨人ファンは勝つことに飽きていたのかもしれませんが、そんな川上野球のなかにあったからこそ、長嶋茂雄選手の明るさが余計に際立っていたのかもしれませんね。
川上氏と長嶋氏は不仲だったという説もありますが、本当でしょうか?
あと、川上氏へのバッシングの遠因は湯口事件にもあると思いますが、何よりも、氏はマスコミが嫌いだったそうです。
マスコミを大事にした長嶋さんとは対極にありますね。
あるいは長嶋さんは、そんな川上氏を反面教師にしていたのかもしれません。

王貞治氏に打者転向を強く薦めたのも、コーチ1年目の川上氏だったそうですね。
もし、川上氏の助言がなければ、世界の王は誕生しなかったかもしれません。
そう考えれば、のちのON時代はコーチ時代から下地が作られていたんですね。

川上氏が監督を勇退したのが昭和49年(1974年)。
氏は享年93歳だったそうですから、あのときまだ54歳、今の原辰徳監督より若かったんですね。
めちゃめちゃ大御所の貫禄でしたけどね。
ということは、『侍ジャイアンツ』に出てくる川上監督は今の栗山英樹監督くらいで、『巨人の星』に出てくる氏は、今のわたしと同じ歳くらい?
なんか、不思議な気分です(笑)。
ということは、星一徹も現在93歳ですね(笑)。

またひとり、昭和を彩った英雄がこの世を去りました。
昭和は遠くなりにけり・・・です。

日本プロ野球は今、日本シリーズの真っただ中。
アンチ巨人のわたしは、いうまでもなく楽天を応援しているのですが、川上氏の訃報を受けた巨人が、弔い合戦とばかりに奮起して逆転Vという、出来すぎのドラマのシナリオが見えてきたような気がします。
もし、巨人が日本一になれば40年ぶりの連覇で、V9時代の川上巨人軍以来のことだそうですから。

謹んで、ご冥福をお祈りします。


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by sakanoueno-kumo | 2013-10-30 22:36 | プロ野球 | Trackback(1) | Comments(0)  

長嶋茂雄氏と松井秀喜氏の国民栄誉賞W受賞に思う。

長嶋茂雄氏と松井秀喜氏への国民栄誉賞の表彰式は観られましたか?
私は、たまたま休日ということもあって、ゆっくりテレビ中継を視聴させてもらいました。
同賞の表彰式が官邸以外の場所で行われるのは、このたびが初めてだそうですが、LIVE中継されるというのも初めてのことだったんじゃないでしょうか?
松井氏の引退セレモニーも兼ねた舞台だったから実現したことでしょうが、これを企画した方に感謝したいですね。
いいものを観せていただきました。

国民栄誉賞の授与は、長嶋・松井両氏で22、23人目だそうで、プロ野球選手では、1977年の王貞治氏と1987年の衣笠祥雄氏に次いで3人目、4人目となります。
これまで、「なぜ長嶋氏に授与しないんだ」といった声はずっと叫ばれてきましたが、ようやくの受賞といったところでしょう。
今年2月に受賞した大相撲の元横綱大鵬(故・納谷幸喜氏)のとき、「なぜ生前に授与しなかったのか!」といった批判の声が多くあがっていましたから、それも後押しになったかもしれませんね。

一方の松井氏への授与に関してですが、こちらは賛否両論の声があったようで、両氏のW受賞の報道があって以降、いろんな意見を耳にしました。
松井氏への授与に否定的な方々の意見としては、
「まだ早い」「長嶋と同格扱いなんておこがましい」などなど。
でもね・・・私はそうは思わないですけどね。
「まだ早い」という意見についていえば、王貞治氏が受賞したのは37歳で、38歳で現役引退した松井氏が受賞してもなんら不思議ではありませんし、「長嶋と同格扱い」について否定的な意見についていえば、通算安打数、本塁打数、打点数と、どれをとっても松井氏の方が長嶋氏を上回っており、記録の上では決して劣っていません。
というと、長嶋氏の偉大さは記録では語れない・・・という反論になると思うんですが、でもそれって主観的な話になりますから、それを言い出せば、キリがないんですね。
私は、長嶋氏がもらえるなら松井氏ももらっていいと思うし、松井氏がダメなら長嶋氏にも授与すべきではないと思います。

そもそも国民栄誉賞とは、通算本塁打の世界記録を樹立した王貞治氏を称えるために出来た賞で、その後の衣笠祥雄や横綱・千代の富士関などの受賞から見ても、前人未到の何かを成し遂げた人に対して授与していた賞だったはずです。
つまり、渥美清氏が受賞して石原裕次郎氏が受賞していないこと、長谷川町子氏が受賞して手塚治虫氏が受賞していないことなどのように、“記憶”だけではなく“記録”を残していることが重要な条件だったはずなんですね。
だから、王さんが受賞して長嶋さんが受賞していないことも、ある意味うなずけたんです。

ところが今回、その長嶋さんへの授与が決定した・・・私はむしろ、そのほうが違和感を覚えました。
だって、ただでさえ選考基準の曖昧さを指摘されてきたこの賞が、さらに曖昧になったような・・・。
広く国民に夢と希望を与えた・・・というならば、手塚治虫氏だってもらっていいですよね。
国民栄誉賞は、あの長嶋さんですらもらえない賞だったからこそ、権威のある賞だったように思います。

せっかくのめでたい話に水を差すようなことを述べましたが、私は決して二人の受賞に否定的なわけではありません。
ただ、長嶋氏の受賞は納得できるが松井氏は疑問・・・といった的外れな意見に対して一言述べたまでです。
昭和のヒーロー平成のスターを比べること自体、ナンセンスですよね。
国民栄誉賞を受賞すると、国が認める国民的英雄となるわけで、残された人生をその地位に相応しい生き方をせねばならず、その意味では、長嶋氏の何倍も人生が残っているであろう松井氏の方が、受賞者としての重圧ははるかに大きいでしょうね。
長嶋氏においてはこれからもお元気で、そして松井氏には更なる活躍を期待したいところです。

国民栄誉については以前も拙稿で述べていますので、よければ一読ください。
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なでしこジャパンの国民栄誉賞授与に思う。


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by sakanoueno-kumo | 2013-05-06 02:41 | プロ野球 | Trackback | Comments(0)  

松井秀喜選手の引退に思う、日本人が誇れる日本人の姿。

松井秀喜選手が現役引退を表明しましたね。
まあ、ここ2~3年の状況からみてそう遠くないとは思っていましたが、それでも正式に引退表明の言葉を聞くと、一抹の寂しさは拭いきれません。
松井選手といえば日本が誇るスラッガーであることはもちろん、その真摯で謙虚な人柄も含め、チームの枠を超えて誰からも愛された選手だったと思います。
私は熱烈な阪神ファンでアンチ巨人ですが、松井選手が日本にいた頃、「巨人は負けて松井だけ頑張れ!」と思っていたものです。
奇しくも松井選手の恩師である長嶋茂雄氏も、かつてはチームの枠を超えて誰からも愛された選手でしたよね。
スターとしての要素というのは、もちろん実力と実績があった上で、最後は人間的魅力なんでしょうね。
アンチイチローはよく耳にしますが、アンチ松井はあまり聞いたことがありません。
そんな松井選手のメジャーリーグでの活躍は、日本人が誇れる日本人の活躍だったといっても過言ではないと思います。

もちろん、松井選手の人気は人柄だけではなく、残した功績の大きさは言うまでもありません。
メジャーリーグに挑戦した日本人野手で、シーズン100試合以上出場を5年以上記録したのは、イチロー選手と松井選手だけ。
米通算175本塁打は、言うまでもなく日本人歴代最多です。
昭和の野球界ONに支えられた時代なら、平成の野球界は間違いなく松井選手とイチロー選手によって支えられたといっていいでしょう。
その一角が今シーズン限りでユニフォームを脱ぐ・・・。
ひとつの時代が終わろうとしていることを実感させられます。

米球団との契約が進まない松井選手に対して、複数の日本球団からオファーがあったようですが、彼の選択肢に日本球界復帰の道はなかったようです。
おそらく松井選手なら、きっとそうだろうと思っていました。
それでこそ一流だと私は思います。
これは私が予てから思っている個人的な意見ですが、メジャーに挑戦するのは個々の勝手だけど、ダメだったからと言って安易に帰ってくるな!・・・と言いたい。
日本プロ野球は米野球のマイナーリーグではありません。
誰とはいいませんが、ちょっと日本で活躍したからといって安直にメジャー志向になって、引き止める球団を背にメジャーに渡ったものの、たいした結果を残すことなく帰国し、その選手を日本球団が高値をつけて獲得するという現状に、一プロ野球ファンとして大いに不快感を持ちます。
あっち(米国)で通用しなかった選手はこっち(日本)でも通用してほしくない。
落ち武者が腕をふるえるほど、日本のプロ野球のレベルは低くないと思いたいですね。
簡単に帰国する選手もそれを高値で獲得する日本球団も、どちらも日本プロ野球をバカにしているとしか思えないのですが、いかがでしょうか。
来季から我が愛する阪神タイガースにも、そんな選手がひとり入ります。
ハッキリ言って、あまり応援する気にはなれません。

松井選手は日本球界復帰のオファーを断った理由について、「巨人の4番打者ということに対して非常に誇りと責任を持ってプレーしてきた」と前置きした上で、「ファンの方は『10年前の姿を見たい』と期待してくれると思うが、その姿に戻れる自信は強くは持てなかった」と語っていましたね。
この言葉からも、メジャーで10年間それなりの実績を残しながらも、松井選手は決して日本プロ野球を低く見ていない、日本プロ野球に敬意を払っていることがわかります。
こういうところが松井秀喜の松井秀喜たる所以ですね。
まさしく野球選手としても人間としても、一流の中の一流だと思います。
今、メジャーリーグに所属する日本人選手たち、あるいは今後メジャーに渡ろうと考えている選手たちも、松井選手の言葉をよく噛み締めてほしいものです。

何はともあれ、20年間の現役生活、本当にお疲れさまでした。
いつの日かまた、指導者・指揮官としてグラウンドに戻ってきてくれることを楽しみにしています。


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by sakanoueno-kumo | 2012-12-30 02:53 | プロ野球 | Trackback | Comments(2)  

第94回全国高校野球兵庫大会開会式なう!

062.gifケータイからの投稿です。
e0158128_1131261.jpgただいま兵庫県は明石球場に来ています。
今日は夏の甲子園予選の開会式、わが愚息の高校野球最後の夏が始まります。
昨夜の豪雨でグラウンド状態が心配されましたが、さすがは甲子園並みに水捌けの良い明石球場ですね。
まだ空は曇っていますが、無事開会式を開催することができてホッとしています。
兵庫県は参加校が163校という全国でも屈指の激戦区ですが、今日の開会式に参加しているのは71校
どういう選考方法なのかは知りませんが、すべてのチームが参加とはいかないのですね(わが愚息の高校も、開会式に出場するのは数年ぶりのことだそうです)。
上空を飛ぶ主催の朝日新聞社のヘリコプターから、始球式のボールが落下してきまさした。
地区予選の開会式とは思えない派手な演出です。

ここ明石球場(昨年より命名権取得に伴い「明石トーカロ球場」となっている)は、兵庫県立明石公園内にある野球場で、プロ野球のオープン戦も行われるほどの立派なグラウンドです。
その昔は読売ジャイアンツの春季キャンプ地で、あの長嶋茂雄選手が入団した当時はここでキャンプが行われていたという歴史ある球場です。
球場のある明石公園は、明石城跡を整備した歴史公園。
明石城は元和4年(1618年)に小笠原忠真によって築城され・・・いかんいかん、またいつもの悪い癖が出てしまいました(笑)。
歴史の話はまた次の機会に・・・とにかく最後の夏を悔いのないように精一杯プレーしてほしいものです。


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by sakanoueno-kumo | 2012-07-07 11:31 | 高校野球 | Trackback | Comments(0)  

野村克也の名言 その1

 東北楽天イーグルスの2009年が終わった。4年間指揮をとった野村克也氏の楽天監督姿も見収め。今後の去就が注目されるところだが、何といっても御歳74歳。ご自身はまだまだ現役モードだが、このまま他の球団からのオファーがなければ、長きに渡ってプロ野球界を盛り上げてくれた野村克也氏のユニホーム姿も見収めになる。

 クライマックスシリーズ第2ステージで日ハムが楽天を下し日本シリーズ進出を決めたこの日の試合後、両チーム入り混じって野村監督の胴上げが行われたそうである。少し前までは「憎まれっ子世にはばかる。」の代名詞のような生き方だったノムさん。しかしいつの頃からかファンにもマスコミにも親しまれるキャラに変貌を遂げ、野村塾の門下生を数多く球界に輩出し、多くの人たちから惜しまれる終焉となった。
 かつては三冠王になっても陽の当らない自分を卑下し、
「長嶋、王が太陽に向かって咲くひまわりなら、俺はひっそり野に咲く月見草」
と言っていたこともあった氏だが、なんのなんの晩年のあなたは花畑一背の高いひまわりでした。歳をとればとるほど輝きが増す人・・・こんな幸せな人生はそうはないんじゃありませんか?

 野村克也といえば、野球選手並びに監督としての輝かしい実績も然ることながら、数々の名言・珍言・失言・暴言で私たちファンを楽しませてくれた。近年のノムさんは、それを皆が期待していることを楽しんでいるかのように思えた。でもそれはボキャブラリーが豊富でなければ出来ないこと。無類の読書家だというノムさんには、野村IDと言われた緻密なデータ野球とは別に、野村哲学といった精神論があり、そこから生まれた数々の名言は一般企業の社員研修などにも用いられるそうである。
 
 そのもっとも代表的な名言。有名な野村ノートに記されている言葉である。

   考えが変われば意識が変わる。
   意識が変われば行動が変わる。
   行動が変われば習慣が変わる。
   習慣が変われば人格が変わる。
   人格が変われば運命が変わる。
   運命が変われば人生が変わる。


 もとはヒンズー教にある言葉をノムさんなりに解釈した信条だそうである。プロ野球選手は皆、野球のエリートたちであり、自分なりのポリシーがあり、ともすれば自分の考え方に固執してしまいがちなものかもしれない。しかし新しい自分を見出そうと思えば、まずは考え方から変えねばならない。意識が変われば取り組みが変わり、やがてプレーも変わる。この信条で野村監督は多くの沈みかけていた選手を蘇らせた。これは何も野球に限ったことではない。頑張っているつもりなんだけどなかなか結果に結び付かない。自分の力に限界を感じている。目標はあってもプロセスがわからない。そんな人は、一度この言葉を噛みしめてみてはどうだろうか・・・。

 ノムさんの名言はまだまだあるが、長文になってしまったのでまた次の機会に。
何はともあれ、野村監督、お疲れさまでした。長い間楽しませていただきありがとうございました。

野村克也の名言 その2
野村克也の名言 その3


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by sakanoueno-kumo | 2009-10-25 00:34 | プロ野球 | Trackback | Comments(0)