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いつもあこがれ・・・掛布雅之氏が阪神タイガースの来季二軍監督に就任。

来季からの阪神タイガース監督に金本知憲氏が就任し、スポーツ紙などではその組閣についていろんな憶測がとんでいますが、そのなかで、掛布雅之氏に二軍監督の就任を要請したと報道されていますね。
それも、金本新監督のたっての希望だそうで、ほぼ決まりだとか。
いや~、驚きました。

掛布氏といえば、言わずと知れた3代目(あるいは4代目)ミスタータイガース
現在48歳のわたしたち世代にとっては、子どもの頃、あこがれの選手でした。
遊びの野球ではサードが一番人気でしたし、下駄箱の31番はいつも取り合いでした。
大人になったいまでも、ロッカーなどを使用するときとか、31番が空いているといると使いたくなりますし、現在、わたしのマイカーはマンション駐車場の31番で、これ、結構自慢です(笑)。
子どもの頃の強い思いというのは、いくつになっても消えないものですね。

そんなわたしですから、掛布氏がいつかタテジマのユニホームに袖をとおす日を待ち望んでいたのですが、今回の報道を聞いて、正直、なんとも複雑な心境です。
二軍か~!・・・と。

ミスタータイガースの称号を持ちながら、これまでタテジマのユニホームを着ることがなかった背景には、いろんな憶測が飛び交っていましたよね。
有名な話としては、故・久万俊二郎オーナーとの確執とか、ジャイアンツ系の日テレとの契約がどうのとか・・・。
ただ、掛布氏自身は、それらの憶測を肯定も否定もしていませんので、どこまでが本当でどこからがデマなのか、実際のところはよくわかりません。

その後もいろいろありましたが、いまとなっては、セ・リーグ全球団の監督さんが40歳代になろうとしているなか、いまさら60歳の掛布氏に逆戻りするようなことはないだろうなぁと、諦めていました。
ところが、このたび二軍監督に就任するという報道にビックリ。
だったら、一軍やらせてよ!・・・みたいな。
いや、べつに金本監督がダメと言ってるわけじゃないですよ。
ただ、岡田彰布氏も真弓明信氏も一軍の監督やったわけでしょ?
なのに掛布氏が二軍監督って、なんか釈然としないんですよね。

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写真は、掛布氏が現役を引退した28年前に発売された写真集です。
この写真集、当時、掛布氏が経営していた豊中市のスポーツ用品店でしか売ってなくて、わざわざ買いに行ったものです。
いまでも、こうして後生大事に本棚に飾っています。
タイトルの「いつもあこがれ」は、当時、掛布氏がサイン色紙に必ず書いていた言葉です。

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なにはともあれ、掛布氏自身が引き受けたわけですから、わたしがとやかく言うことではありませんね。
とにかく、掛布氏のタテジマ姿が見られるわけですから、嬉しいことですよね。
掛布氏の引退以来、ミスタータイガースの称号は誰にも与えられていません。
ぜひ、その後継者を育ててほしいものです。
来季を楽しみにしましょう。


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by sakanoueno-kumo | 2015-10-21 22:01 | プロ野球 | Comments(0)  

阪神タイガースGM・中村勝広氏の急逝を悼む。

現・阪神タイガースのGM・中村勝広氏が亡くなられたそうですね。
タイガースの遠征に同行中のホテルでの急死だったとか。
驚きました。

中村勝広氏といえば、歴代のタイガースの監督のなかで最も長く指揮を執った監督として知られており、その後もオリックスの監督やGMなど、ずっとプロ野球界に関わって来られたインテリ派というイメージですが、わたし個人的な思い出は、タイガースの切り込み隊長としての先頭打者ホームランが印象的です。
わがまち神戸には、ほぼ毎日、阪神戦を試合開始から終了まで中継してくれるサンテレビというありがたいテレビ局があるのですが、わたしが子供の頃、友だちと遊んで夕方家に帰ってきてテレビをつけると、すでに中村勝広選手がホームランを打ってダイヤモンドを走っている、といったシチュエーションが何度もあったと記憶しています。
子どもの頃の記憶だから、強く印象に残っているのかなぁと思って今調べてみると、やはり、昭和50年(1975年)に、シーズン初回先頭打者本塁打6という当時の球団記録を樹立していたようですね。
タイガースの先頭打者ホームランといえば、真弓明信選手、今岡誠選手、鳥谷敬選手などを思い浮かべる方が多いと思いますが、わたしは、強く印象に残っているのは中村選手でした。

1番・中村勝広
2番・藤田平
3番 ブリーデン
4番 田淵幸一
5番 ラインバック
6番 掛布雅之


その頃の懐かしいラインナップです。

監督としての中村勝広氏でいえば、低迷期の90年台に唯一優勝争いを演じた平成4年(1992年)が印象的ですね。
あの年は甲子園球場のラッキーゾーンが取り払われた年で、それまでの打撃中心のチームから守備力重視の戦術に転換し、亀山努選手、新庄剛志選手などの若手を発掘しました。
ストッパーの田村勤投手の活躍もあって優勝争いの輪に入り、9月上旬に7連勝で一気に首位に踊りでたのですが、中村監督がV宣言をした途端に失速しはじめ、シーズン最期の最期で野村克也氏の率いるヤクルトスワローズに競り負けました。
たしか、最後は優勝したヤクルトから最下位の中日まで、たいしたゲーム差はなかったと記憶しています。
なんとなく、今年に似てますよね。

それから、同じ年に、当時のタイガースの中心選手だった岡田彰布選手に代打・亀山努を送った采配も記憶に残っています。
この年、岡田選手は極度の不振に陥っていたのですが、ビッグネームの選手を下ろすという行為は、どんな監督さんでもなかなか出来ることではありません(当時は、いま以上にベテランの功労者に甘い時代でしたから)。
ところが、中村監督は冷徹に岡田選手の打順を7番にまで下げ、さらにチャンスで代打に若手の亀山選手を送った。
この采配は当時、物議をかもしましたが、わたしは拍手しましたねどね。
まあ、岡田選手が早稲田大学の後輩という関係もあったでしょうが。

その岡田選手も、のちに監督になったとき、ベテラン金本知憲選手の扱いに苦心していた感じでしたよね。
そういえば、早稲田大学の主将→阪神タイガース→監督という流れは、中村氏も岡田氏も一緒ですね。
ということは、将来、鳥谷敬選手も監督就任も決まったようなものですね。

あと、中村氏の監督時代で忘れてはいけないのが、ドラフトで松井秀喜選手の抽選をはずした監督ということですね(笑)。
まあ、こればっかりはどうしようもないことなんですが、あのとき阪神ファンは一斉にブーイングをしたことでしょう。
長嶋茂雄氏とのオーラの差かな・・・と(亡くなられた方を誂うようなことを言って申し訳ありませんが)。

聞けば、まだ66歳だったそうですね。
まだまだ阪神のために、ひいてはプロ野球会のために活躍していただきたかった方です。
たいへん残念でなりません。
心より、ご冥福をお祈りします。


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by sakanoueno-kumo | 2015-09-24 21:11 | プロ野球 | Comments(0)  

阪神タイガースの9年ぶり日本シリーズ出場に見る、後味の悪い幕切れ。

今年のプロ野球日本シリーズは、福岡ソフトバンクホークスの勝利で幕を閉じましたね。
片やクライマックスシリーズファイナルステージを無傷の4連勝で勝ちあがり、9年ぶりの日本シリーズ出場を果たした阪神タイガースでしたが、29年ぶりの日本一には手が届きませんでした。
まあ、言ってもセ・リーグの2位ですからね。
わたしは子供の頃からずっと熱烈な阪神ファンですが、これまで当ブログでも何度か述べていますように(参照:千葉ロッテマリーンズの下剋上日本一に思う、日本シリーズの価値。)、クライマックスシリーズ制度に反対意見の立場でしたから、このたびの日本シリーズに関しても、タイガースを応援する気にはなれませんでした。
だって、何度も言いますが、セ・リーグの2位ですからね。
2位のチームが「日本一」になるのはおかしいでしょう!
来年で球団設立80周年を迎える阪神タイガースですが、長い歴史の中で日本一に輝いたのは、あのバース、掛布、岡田、真弓の1985年ただ一度だけ(寂しい限りですが)。
もし、今年の日本シリーズに勝っていれば、あの85年に並ぶわけでしょ!
あり得ない!あり得ない!あり得ない!
だって、しつこいですが、2位ですから!!!

クライマックスシーズに勝ったあとの和田豊監督のインタビューのなかで、「セ・リーグの覇者はあくまでジャイアンツですから、我々はセ・リーグの代表として日本シリーズに臨みます」という旨の発言をして胴上げもしませんでしたが、この言葉から察するに、勝った和田監督自身も、きっとなんとなく居心地が良くないというか、釈然としない思いがあったんじゃないでしょうか。
かつてリーグ2位からの下克上日本一を果たした元中日ドラゴンズ監督・落合博満氏も、「ルールだから仕方なく指揮しているが、もともとCS制度には反対」との意見を当時述べていましたし、他にも球界に反対意見を持つ人がたくさんおられます。
やはり、どう考えてもおかしいですよ、この制度。
これを続けていく限り、いずれは3位同志の日本シリーズというのもあり得るでしょうし、もっとヒドイときは、勝率5割に満たないチーム同士の日本シリーズ・・・なんてことも考えられるわけです。
そろそろやめにしませんか?

で、今年の日本シリーズについてですが、結果はパ・リーグの覇者が日本一に輝き、矛盾が生じずに「めでたしめでたし」だったんですが、何ですか?あの終わり方は・・・。
せっかくの秋山幸二監督の花道が台無しです。
私は、選手を名指しで個人攻撃するのはあまり好きではありませんが、この度に関していえば、西岡剛選手のプレーは許しがたい愚行、大いに責められて然るべきだと思います。
あれは誰が見たってわかる故意反則ですからね。
西岡選手は翌日、自身のフェイスブックで、あのプレーについて故意だったことを認め、その理由について、「打った瞬間ダブルプレーを確信したため、可能性にかけたギリギリのプレーだった」と釈明していましたが、それを読んで思わず「馬鹿か!お前!」と言ってしまいました。
高校野球の最後のバッターが、1%の可能性にかけて1塁ベースにヘッドスライディングするのとは、まったく意味が違います。
同じ土俵で語るな!と言いたいですね。
プロですから、いつもフェアプレーが基本だとは言いませんし、ときには反則ギリギリの鬩ぎ合いが必要な場合もあるでしょうが、あの場面のあの反則は、そんなレベルの高い頭脳プレーではなく、ただただ姑息なだけで、素人が見てもわかる稚拙な反則です。
その結果、福岡ソフトバンクホークスの優勝の瞬間を大いにシラケさせ、挙句は抗議に出た和田豊監督が退場処分になり(監督としては抗議しないわけにはいかないわけで、和田監督も被害者ですよね)、あんな後味の悪い日本一決定の瞬間は前代未聞です。
日本シリーズの歴史に大きな汚点を残した西岡剛選手の今回の愚行に対して、何らかの処分、処罰を望みます。

とにかく、いろんな意味でスッキリしない日本シリーズでした。
わが愛する阪神タイガースには、80周年を迎える来年、今度はスッキリとリーグ制覇を成し遂げて、30年ぶりの日本一を目指してほしいものです。


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by sakanoueno-kumo | 2014-11-01 18:43 | プロ野球 | Comments(2)  

鉄人・金本知憲選手が引退。~今日しか来られないファンのために~

阪神タイガースの鉄人・金本知憲選手が引退しましたね。
残念ながら仕事が忙しかったため、引退試合の中継をリアルタイムで観ることはできませんでしたが、私は阪神電車で通勤しており、残業を終えて帰宅の途につくため電車に乗り込むと、背番号「6」のタテジマのユニフォームやハッピを着た甲子園球場帰りの大勢の阪神ファンたちと乗り合わせ、それを見て思い出しました。
あぁそっか、そういえば今日が引退試合だったんだ・・・と
で、23時過ぎに帰宅してからすべてのチャンネルのスポーツニュースをハシゴし、さらに深夜に放送していた金本選手引退記念特番を観て、こんな時間になっちゃいました(ただいま深夜2時半)。

スタメン4番レフトで出場した引退試合は、4打数1安打1盗塁
残念ながら期待されたホームランや長嶋茂雄氏の記録にあと1と迫っていた打点は叶いませんでしたが、トリプルスリーを達成した広島カープ時代を彷彿させる抜群のスタートの盗塁や、ホームタッチアウトにはなったものの2塁からの全力疾走した姿は、常に全力プレーにこだわっていた金本選手らしい引退試合だったといえるのではないでしょうか。

そして引退セレモニー。
平易な言葉で、肩肘をはらずに、カッコつけずに、いかにも金本選手らしい挨拶でしたね。
「野球の神様、ありがとう!」
古い野球ファンなら周知のことですが、金本選手は入団当初から将来を嘱望されたエリート選手ではありませんでしたし、レギュラーに定着する道のりも決して速くはありませんでした。
彼がこれほどまでの実績を残す選手に成長するとは、当初はほとんどの人が思ってなかったでしょうし、金本選手本人も思ってなかったんじゃないでしょうか。
その意味での、「野球の神様、ありがとう!」だったのでしょうね。
金本選手の実直で真摯な人柄が満ちた言葉だったと思います。

金本選手の通算成績は2578試合に出場し、歴代7位となる2539安打歴代8位となる1521打点、それにホームランは歴代10位となる476本でした。
1492試合連続フルイニング出場の世界記録は今さら語るまでもないでしょうし、自身が引退発表会見のときに最も誇りに思うと語っていた1002試合連続無併殺という日本記録も、おそらくそう簡単に破られることはないでしょう。
まぎれもなく日本プロ野球史に燦然と輝く大打者となった金本選手ですが、彼の魅力はそういった数字の記録よりも、野球に対するひたむきさストイックな姿勢にあると思いますし、そこが後輩選手たちからリスペクトされるところですよね。
144試合のうち1試合たりとも手を抜かない・・・。
なぜそこまで金本選手が全力プレーにこだわるのか・・・最後に、彼の著書『覚悟のすすめ』の中から引用します。

「一年のうち今日しか来られないファンもいる。僕はそういう人のためにフルイニング出場を続けるんです。」

金本選手、あなたはまぎれもなくプロ中のプロでした。
21年間、お疲れさまでした。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121009-00000007-spnavi-base


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by sakanoueno-kumo | 2012-10-10 03:09 | プロ野球 | Comments(2)  

金本知憲選手の通算2500安打達成に思う、横綱の引き際。

昨日、阪神タイガースの金本知憲選手が史上7人目の通算2500安打を達成しました。
44歳2カ月での到達は、1991年に43歳5カ月で達成した門田博光(当時福岡ダイエーホークス)を超える史上最年長記録だそうで、大卒選手としては初めての快挙だそうです。
今月3日には札幌ドームで史上9人目の1500打点も達成しており、23日には通算474本目の本塁打を放ち、阪神OBの田淵幸一氏と並んで歴代10位と、不惑を過ぎてなお衰えを知らない鉄人ぶりには脱帽するしかありません。
2500安打以上を記録した歴代選手を列挙すると、

日本プロ野球歴代安打数
1位 張本 勲 3085安打 2752試合
2位 野村克也 2901安打 3017試合
3位 王 貞治 2786安打 2831試合
4位 門田博光 2566安打 2571試合
5位 衣笠祥雄 2543安打 2677試合
5位 福本 豊 2543安打 2401試合
7位 金本知憲 2500安打 2517試合(2012年6月28日現在)
※参考記録(日米通算安打数)
イチロー 3706安打 2700試合(2011年度シーズン終了時)
松井秀喜 2629安打 2470試合(2011年度シーズン終了時)

となります。
このまま大きなケガがなければ、今シーズン中に5位まで上がるでしょうし、調子が良ければ4位の門田氏にも届くかもしれませんね。
海の向こうで活躍するイチロー選手と松井秀喜選手を度外視すれば、その上は張本勲氏、野村克也氏、王貞治氏といったアンタッチャブルな大選手だけとなります。
張本、野村、王の次ですからねぇ・・・スゴイことですよ。
金本選手は素晴らしい選手だとは思いますが、正直言ってこれほどの記録を打ち立てる選手になろうとは思いませんでした。
失礼ながら、たぶん本人も思ってなかったんじゃないでしょうか。
だって、広島入団時にはそれほど期待された選手じゃなかったですし、事実、安定した成績を残すようになったのは、20代後半になってからですよね。
入団3〜4年目までは、左投手のときは代打を出されるようなレベルの選手でしたから。
使い古された言い方をすれば、金本選手は「努力の人」で、「鍛錬」によってここまできた選手だと思います。
彼のその強靭な精神力を支えているのはいったい何なんでしょうね。

私は、一昨年まで続けていた連続フルイニング出場の世界記録が途切れたとき、これで金本選手の張り詰めていた緊張の糸が切れ、気力も失せていくんじゃないかと思っていました。
彼のアンチエイジングの源は、記録更新にこそあったんじゃないかと・・・。
ところが、記録が途絶えたあとも、全盛期のそれには及ばないにしても、打撃面においてはそれなりに結果を出し続けています。
昨日の試合後のインタビューで金本選手は、「記録は足し算だから、長くやっていればいつか到達する。2500という数字より、その中で何本が勝ちに貢献できたかが大事。」と述べたとか。
つまり、俺は記録のためにやってるんじゃない、勝つためにやってるんだ!!・・・と。
いかにも優等生が言いそうな教科書どおりの答弁にも聞こえますが、一昨年に世界記録が途絶えたあとも気持ちが切れなかったこと思えば、タテマエではなく本当の気持ちかもしれませんね。
さすがは多くの後輩たちからリスペクトされるアニキ金本。
村上春樹風に言えば、「やれやれ、たいしたもんだよ、金本さん」・・・です(笑)。

ただ、少々辛口なことを言わせてもらえば、「どれだけ勝ちに貢献できたかが大事」という彼の考えに立脚すれば、ディフェンス面ではほとんど勝ちに貢献できておらず、むしろ、金本選手がレフトを守っていたために負けたゲームも少なくありません。
一昨年に痛めた右肩の棘上筋は断裂したままだと聞きますし、守備範囲も若い外野手のそれとは比較にならないほど狭く、広い甲子園の外野手としては致命的ともいえます。
「勝ちに貢献」というのは、なにも攻撃面だけじゃないんじゃないでしょうか?
そんな金本選手を引きずり下ろすような選手が出てこないから・・・といってしまえばそれまでですが、上述したように、張本、野村、王の次に名前が上がるような大選手の肩を叩くことができる人はなかなかいません。
昨今、ボロボロになるまで現役を続けることの美学、といった風潮が主流となっている感がありますが、二流選手の場合はそれもありだと思いますが、頂点を極めた超一流選手は、自らの決断で引き際を決める必要があるんじゃないでしょうか。
かつて王貞治氏は、「本塁打が打てなくなった」といって引退しましたが、最後のシーズンも30本打ってましたからね。
横綱は横綱としての相撲が取れなくなったら土俵をあとにします。
金本選手はまぎれもなく横綱だと思うんですけどね。


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by sakanoueno-kumo | 2012-06-29 18:06 | プロ野球 | Comments(2)  

金本知憲選手の連続試合出場ストップに思う。

 先日、阪神タイガース金本知憲選手の連続試合出場が、1766試合で止まりましたね。この記録は、元・広島東洋カープ衣笠祥雄氏が持つ2215試合に次ぐ歴代2位の記録です。まあ、衣笠氏の記録を塗り替えるには、まだあと3年強ありましたから、現在43歳の金本選手には普通に考えて無理がある話で、どのみちどこかでピリオドが打たれ、歴代2位となるのは誰しもがわかっていたことでした。ただ、その終わり方があまりにもあっけない幕切れでした。敵地での中日戦で今季初めて先発を外れ、8回2死一塁から代打で出場。しかし、一塁走者の俊介選手が盗塁失敗。打席を完了せず、直後の守備に就かなかったことで、足掛け14年に渡って続けてきた大記録に終止符が打たれた、というわけです。“ルールの盲点”をつかれる思わぬ形になり、球界やファンの間で波紋が広がっているようです。

 この終わり方について、私は最高の着地点だったんじゃないかと思っています。正直いって、金本選手の連続出場に無理があることは、ファンの間では周知のところでした。そのことは、ご本人が一番わかっていたことだと思います。しかし、積み重ねてきた数字があまりにも偉大すぎて、監督を含め周囲が必要以上に気を使っているという状況だったと想像します。昨年4月、連続フルイニング出場の世界記録1492試合でピリオドを打ったのは、右肩痛に苦しんでいた金本選手自らの決断によるものでした(参照:金本知憲選手の決断)。あの時点で連続出場記録にも終止符を打つべきだったと私は思うのですが、その後も真弓明信監督は金本選手を代打で使い続けました。真弓監督にしてみれば、それは人情だったのでしょうが、しかしその後の金本選手も、決して使い続けるべき状態には見えませんでした。金本選手も、無理に記録を伸ばすことは本意ではなく、「無理して出すのはやめてください。あまり気にしないでください。」と常にいっていたそうです。しかし、真弓監督にしてみれば、その引導を渡す決断は、なかなか出来なかったのでしょう。金本選手にしても、真弓監督の気持ちを無碍に出来ないという思いもあったんじゃないでしょうか。

 そんな状況の中での今回の終止符。誰の決断でもなく、野球のルールによって終止符が打たれたわけです。金本選手にしてみれば、広陵高校の後輩である俊介選手の果敢なプレー(セオリーでいうと、あそこでの盗塁はいただけませんが)によってもたらされた結果ですから、ある意味、本望なんじゃないでしょうか。こんな終わり方は誰にも想像がつきませんでしたが、金本選手も正直ホッとしているところがあるかもしれません。一番ホッとしているのは、真弓監督かもしれませんが・・・。

 この1766試合連続出場という数字は偉大だと思いますが、正直いって、ここ数年は無理に記録を伸ばした観は否めませんね。金本選手の記録を否定するわけではありませんが、続けることに意味があるとは私は思いません。常に100%の力を出せる状態での連続出場であれば価値があると思いますが、続けることによってパフォーマンスが落ちるなら、続けるべきではないと私は思います。“皆勤賞”を高く評価し、少々体調が悪くても無理して働くことを美徳とするのは日本人の国民性ですが、それは所詮、一流半以下の場合だと思います。本当の一流なら、休まず働いて80%しか力が出せないよりも、適度に休息をとって100%の力を発揮するほうが、結果的に会社のため、チームのためになるのではないでしょうか。一流選手は、そうすることが許される立場なわけですから。

 プロ野球は興業でもありますから、エンターテイメントという観点で見れば、人気選手は出場し続けることに価値があるともいえるかもしれません。球場に足を運んで、ひいきの選手が休んでいたらファンはガッカリするでしょう。その意味では、プロ意識が強いといえるかもしれませんが、しかし、ファンにとってはひいきの選手の“活躍”を見たいわけで、活躍できない状態にあるのなら、出るべきではないと思います。好きな歌手のコンサートに行って、風邪ひいて声が出ない状態だったら、「金返せ!」と言いたくなりますよね。プロのエンターティナーである以上、最高のパフォーマンスが出来るよう体調管理すべきで、それに失敗したときは、人前に出るべきではないと私は思います。

 金本選手は、自身の著書『覚悟のすすめ』の中で、「自分が連続出場を続けてきたのは、自分が主力選手ではなかったからだ。」と述べています。自分は広島時代、レギュラーに定着した選手ではなかったから、少々体調が悪くとも与えられたチャンスを逃したくはなかった・・・休んだら、次は使ってもらえないかもしれない・・・その思いで出続けていたら、いつの間にか記録となっていた・・・と。それは正直な言葉だと思います。スポーツのみならず、どんな世界でもそうですが、認めてもらうまでは、少々無理してでも与えられたチャンスにしがみつかなければ、一流にはなり得ません。その意味では、当初の連続出場は“必要な無理”だったのでしょう。しかし、後半の金本選手は誰しもが認める超一流選手。であれば、満身創痍の状態で尚も無理をする必要はなかったのでは・・・と思わざるを得ません。いつの頃からか、記録のための連続出場になっていたのではないでしょうか。

 てなことを言ってきましたが、金本選手の野球に対する取り組みや考え方は素晴らしいと思っています。その真摯な姿勢が、この連続出場の数字になったともいえるでしょう。ただ、後半はその数字が彼を縛っていたようにも思えました。今回、記録が途絶えたことで、その呪縛から解き放たれて、また違った金本選手が見られるような気がします。43歳とはいえまだまだ阪神にとっては金本選手は必要。これからは適度な休息をとりながら、ここ一番のところで100%のパフォーマンスを見せてほしいと思います。そして出来れば後輩たちに、こういってほしい。
 「俺の記録を目標にするな。一流になったら、休める選手になれ。」・・・と。


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by sakanoueno-kumo | 2011-04-20 21:41 | プロ野球 | Comments(0)  

阪神タイガース歴代ナンバーワン捕手・矢野燿大選手引退。

 阪神タイガース・矢野燿大選手の引退セレモニーが、甲子園球場で行われました。リーグ優勝に一路の望みを残しているタイガースにとって、今日はどうしても負けられない試合。矢野選手の出番を作るには、早いイニングで勝ちを決めて、余裕のある状況を作らなければなりませんでした。3対1とタイガースの2点リードで迎えた9回表、決してセーフティリードとはいえないものの、おそらく2アウトランナー無しの形を作れば、最後の1人の場面で矢野捕手のマスクという絵は描けてたと思います。が、残念ながら、そうはならなかったばかりか、痛恨の逆転3ランを浴びるという、最悪のシナリオとなってしまいました。打たれたのは守護神・藤川球児投手で、勝ちゲームの最終回のマウンドに彼が立つのは当然の策なわけで、それで負けたのだから誰も責めることは出来ないわけですが、本塁打を打たれる前の2つの四球が、もし、矢野捕手を出場させるために打たれたくないという力みから来たものだったとすれば、それは本末転倒のような気もします。引退試合である矢野捕手の出場はファンの期待するところでしたが、優勝争いをしているタイガースにとっては何より勝利が最優先であるべきだったわけですから・・・。結局、矢野捕手の引退試合を勝利で飾ることが出来なかったばかりか、タイガースのマジックは消滅、逆にドラゴンズにマジック1が点灯するという、なんとも後味の悪い試合となってしまいました。

 矢野燿大選手は、1990年のドラフトで中日ドラゴンズから2位指名を受け入団したものの、当時のドラゴンズには中村武志選手という絶対的な正捕手がいて、控え捕手でしかありませんでした。一時は打撃を買われ外野手に転向したこともあったようです。1997年のオフ、トレードでタイガースに移籍。そこから彼のプロ野球人生が始まったといっても過言ではないかもしれません。移籍後2年目には、野村克也監督との出会いがあり、のちに「いまの僕があるのは、野村監督の教えがあったから。」と彼自身が語っているように、そこで捕手としての頭脳を徹底的に磨かれ、今世紀に入ってからはセ・リーグを代表する捕手となりました。ベストナイン3回、ゴールデングラブ賞2回、オールスター出場7回、日本シリーズ敢闘賞1回と、その記録を見ても、まぎれもなく、阪神タイガースの歴代ナンバーワン捕手といっていいのではないでしょうか。

 試合後のセレモニーで矢野選手は、「ファンのみなさんに感謝、感謝、感謝です。」と涙を浮かべて語っていました。9月初めの引退発表の記者会見で、「まさかこの年まで野球ができるとは・・・何年でクビになるのかな、というところからスタートして、タイガースでこんないい思いができるとは思いませんでした。」と語っていた彼にとって、この感謝の言葉は本当に心から出た言葉なのでしょうね。今シーズン、城島健司捕手の獲得が決まったとき、今日のこの姿はなんとなく想像できてしまいました。ケガが引退の理由ですが、ケガがなくともこの日は来たかもしれませんね。実力勝負の世界ですから・・・。しかし、田淵幸一捕手が退団して以来、20年以上定まらなかったタイガースの正捕手の座に何年もすわり、2度のリーグ優勝という強いタイガースの復活を牽引したのはまぎれもない事実で、私たちタイガースファンにとっても感謝の気持ちでいっぱいです。「皆さんの前に戻ってこられるように勉強してきたい。いつの日か、この甲子園で会いましょう。」と語っていましたが、その言葉どおり、指導者として、または監督として、縦じまのユニホーム姿を見せてほしいものです。

 矢野燿大選手、本当にお疲れ様でした。


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by sakanoueno-kumo | 2010-09-30 23:43 | プロ野球 | Comments(4)  

福岡ソフトバンクホークスの奇跡の優勝と、競り弱い阪神タイガース。

 プロ野球パ・リーグのペナントレースは、福岡ソフトバンクホークスの奇跡の逆転優勝で幕を閉じました。残り6試合で3.5ゲーム差という絶望的な状況からの逆転優勝は、まさにミラクルといっていいでしょうね。逆にひっくり返された埼玉西武ライオンズは、球史に残る痛恨の2位ですね。まさに勝負は下駄を履くまでわからない・・・西武の選手たちは下駄を見失っていたのかもしれません。勝負事というのは、必ずしもリードしているほうが有利だとは限らないんですね。追う側が勢いにのれば、逆に追われる側は必要以上に気力・体力を消耗するもので・・・。結果、持てる力を発揮することができなかったということはよくあることです。

 さて、セ・リーグに目を移してみると、これまた不思議な現象が起きています。我が愛する阪神タイガースマジック8が点灯しているわけですが、戦況はソフトバンク以上に厳しい状況。マジックが点灯するということは、他のチームの自力優勝が消えたということですから、この場合、タイガースだけが自力優勝の可能性を残しているということで、優勝に一番近いチームのはずなんですが、現状そうではありません。首位の中日ドラゴンズは残りヤクルト戦1試合。その1試合を中日が勝利すれば、タイガースは残り9試合で8勝しなければならず、つまり自力で8つマジックを減らさなければならないという、極めて厳しい自力優勝の可能性です。これはマジックとはいえませんね。まあ、2位のチームにマジックが点灯するというのは珍しいことではありませんが、そのほとんどの場合、マジック2とか3ぐらいの数字で、今年のような例は珍しいと思います。このままドラゴンズが優勝すれば、セ・パ両リーグ共、マジック点灯チームが優勝を逃すという、これまた珍しいシーズンとなりそうです。

 可能性は極めて低いですが、ホークスのミラクル優勝を目の当たりにした今、タイガースもぜひ奇跡にあやかってほしいものですが、競り弱いんですよね・・・タイガースというチームは・・・。私が物心ついてからのタイガースは、1985年、2003年、2005年の3度の優勝しかありませんが、いずれもぶっちぎりの逃げ切り優勝なんですよね。その間、混戦の優勝争いに加わったことも何度かありましたが、競り合いになると、土壇場で浮足立っちゃうんですよね。その例でもっとも有名なのは、1973年、読売ジャイアンツ9連覇達成の年です。タイガースに待望のマジック1が点灯して迎えたシーズン129試合目の中日戦。この試合に勝つか引き分けるかでジャイアンツの9連覇の夢は断たれ、タイガースの9年ぶりの優勝が決まるはずでした。観測としてドラゴンズはジャイアンツよりタイガースに優勝して欲しいはずで(報知新聞と中日スポーツはライバル関係であるため)、もうタイガースの優勝は決まったようなものだと誰しも考えました。ところが優勝へのプレッシャーにコチコチになった阪神が「打たせてやろう」というドラゴンズ星野仙一投手の球に凡打を繰り返し、タイガース江夏豊投手もまた調子が上がらず失点を許し、勝てるはずの試合を落としてしまいます。そんな状態で迎えた甲子園でのジャイアンツとの最終戦は、あまりにも無残な結果に終わり、手中にしていたはずのペナントを逃すこととなりました。

 似たような年がもうひとつ。中村勝弘監督率いる1992年。2年連続最下位という不名誉なチーム状況で迎えたこの年、新庄剛、亀山努といった若返りに成功したタイガースは快進撃をみせ、野村克也監督率いるヤクルトスワローズと一騎打ちの優勝争いをしていました。ところがマジックが点灯すると途端に失速し始め、残り15試合を4勝11敗。結果、シーズン132試合中131試合目で優勝を逃します。この年の129試合目も73年と同じく名古屋球場のドラゴンズ戦。ドラゴンズの星野監督は、このときタイガースに勝たせてやろうと、二戦級の投手から順番にマウンドに立たせるものの、やはりコチコチになったタイガース打線は凡打を繰り返し完封負け。その後甲子園に戻ってのスワローズとの直接対決では、マウンドに送り込まれるタイガースの投手が皆、緊張してストライクが入らないという散々な内容でした。結果はいうまでもありません。

 最近では2006年、首位を走る中日ドラゴンズを、10ゲーム以上離れていたところから猛追したものの、0.5ゲーム差まで詰め寄ったところで直接対決で叩かれ2位。2008年には逆にシーズン序盤から首位を独走していたものの、シーズン終盤に一時は13ゲーム差をつけていたジャイアンツに逆転され優勝を逃すなど、とにかく競り合いに弱いのが阪神タイガースのチームカラーなんですよね。これって関西の地域色でもあるのでしょうか(苦笑)。冒頭で、「勢いにのる」という言葉を使いましたが、タイガースというチームは、ほんと、勢いに乗るのが下手なチームです。

 とはいうものの、可能性がある以上応援します。実際ホークスが奇跡を見せてくれてますからね。セ・パ両リーグとも逆転優勝チーム同士で、ミラクルな日本シリーズが見たいものです。・・・・・あっ、優勝しても日本シリーズが決まるわけじゃないんだ・・・忘れてました(笑)。


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e0158128_2355234.jpg9月28日 23:45追記
本文とは全く関係ありませんが、さっき当ブログにログインしたら、
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by sakanoueno-kumo | 2010-09-28 01:32 | プロ野球 | Comments(6)  

金本知憲選手の決断。

 阪神タイガース・金本知憲選手が更新していた連続試合フルイニング出場の世界記録が、昨日18日、1492試合で止まった。1500試合が目前だっただけに、記録ストップを惜しむ声が後を絶たないが、予てから「記録のためには出ない。」と語っていた金本選手としては、逆に今の状態であと8試合出場することが耐えられなかったのだろう。賢明な決断だ。

 今回のスタメン落ちは自らの申告だったらしい。正直言って、それが一番良い着地点だっただろうと私も思う。少しでも野球がわかっている人なら、金本選手の守備の衰えはもうずいぶん前からわかっていたこと。スタメン4番はともかく、試合後半の守備交代はハッキリ言って何年も前から必要だった。2度の阪神リーグ優勝の功労者であり、球界最高年棒の大選手であり、世界記録更新中の彼に、誰がその引導を渡すのか・・・というのは、阪神ファンなら誰もが注目していたところ。監督といえども苦渋の決断を強いられたであろうこの問題は、金本選手自身が身を引くというのが最も望ましいかたちだった。スタメンを外れる決意を示した金本選手に、真弓監督は最後まで考え直すよう説得したそうだが、それは武士の情けで、実はその言葉を待っていたのではないだろうか。

 このように言うと、まるで金本選手の記録更新がチームのマイナスになっていたように聞こえるが、決してそうではなく、チーム内で金本選手を引きずり下ろすような選手が現れなかったという方が正しい。守備のリスクは差し引いても、4番金本という存在に頼らなければならない実情がチーム内にあった。本来は、若手選手の台頭によって自然にベテラン選手が押し出されるかたちが一番望ましいわけで、金本選手自身もそのかたちを望んでいるような発言が度々聞かれた。自身の衰えを感じながら、それでもまだ若い選手には負けていないという自負心との狭間でずいぶんと悩んだことだろう。「これ以上出てもチームに迷惑をかけてしまう。とくに投手にね。勝つための手段として、決めました。」と語った金本選手。決断した後、実はホッとしたのではないだろうか。

 足かけ12年の大記録。近年は2度の左膝手術を乗り越え、満身創痍の身体で騙し騙しここまできたが、今年開幕前に右肩を痛め、これが致命傷となった。今シーズンの阪神のゲームで走者2塁からレフト前ヒットを打たれた際、相手チームの3塁コーチは全て腕を回した。バックホームが出来ない。これはもはやプロ野球の姿ではなかった。昨日の対横浜戦。葛城選手がレフトの守備についた。金本選手以外の選手が阪神のレフトを守るのは実に8年ぶりのこと。同じ走者2塁でのレフト前ヒットの場面で、今シーズン初めて相手チームの3塁コーチが走者を止めた。これが本来のプロ野球の姿であると感じたと同時に、何とも言えない切なさを感じた。

 金本選手は代打で出場し、フルイニングの記録は途絶えたものの連続試合出場の記録は1638試合と更新中。でも、それももういいのではないだろうか。もし、まだ気持ちが切れていないのであれば、ここで一旦全てをリセットして、身体を休めて改めて臨んで欲しい。全てをリセットした後、また以前のような活躍を見せてくれることによって、記録のために出続けてきたわけではないという自身の言葉を証明して欲しい。それが例え4番じゃなくても、代打であっても・・・。


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by sakanoueno-kumo | 2010-04-19 18:32 | プロ野球 | Comments(0)  

レッドスター赤星憲広選手 引退表明

 阪神タイガースの赤星憲広選手が引退を発表した。阪神ファンにとってはとても残念な発表だ。関西では号外が配られている。他の地域の人たちが聞けば、「赤星ごときで号外?」なんて思うかもしれないが、FA獲得選手が多いタイガースの中で、数少ない生え抜き選手として非常に高い人気の選手なのである。残念でならない。

 赤星選手は、野村克也監督時代の2001年にドラフト4位で入団。ちょうど新庄剛志選手がFAでメジャー移籍をした年で、入団会見の際、「新庄さんの穴を少しでも埋められるよう頑張ります」と言うつもりが、緊張のため「新庄さんの穴は僕が埋めます!」と豪語し、翌日のスポーツ新聞で騒がれたというエピソードは、あまりにも有名な話。しかし、蓋を開ければその言葉どおり・・・いや、言葉以上の活躍をした。「新庄が出ていってくれたおかげで、赤星が育って良かったやん!」などと言う阪神ファンも少なくない。(新庄ファンの方、ゴメンナサイ。)

 主な成績は、1276安打、381盗塁、盗塁王5回(5年連続はセ・リーグ記録)、ベストナイン2回、ゴールデングラブ賞6回。特に盗塁にいたっては、2003年から2005年に3年連続60盗塁という、福本豊選手以来の快挙を成し遂げている。福本選手や高橋慶彦選手が活躍していた昭和の頃は、盗塁王と言えば、60から70盗塁が当たり前だったが、彼ら以降、投手のクイックモーションの技術の進歩などもあってか、平成に入ってからは盗塁王でも30盗塁という寂しい数字が続いていた。赤星選手の登場は、久々に高いレベルの盗塁王を期待させてくれるものだった。打率も3割を超えたシーズンが5回。170cmと小柄ながら、まさに走・攻・守の三拍子揃った名選手だった。

 私は週末、少年野球の指導者をしているが、小学生の子どもたちに「好きな選手は誰?」と聞けば、必ず赤星選手の名前は上位にあがる。(神戸なので阪神ファンがほとんどなもんで) 甲子園球場でも「53」の背番号のユニホームを着た子どもは多い。子どもに人気がある・・・ということは、野球選手として最も素晴らしいことで、最も必要な要素なのではないかと、私は常々思っている。「赤星選手のような野球選手になりたい!」と、子どもたちに思ってもらうことは、のちの野球界全体の発展につながることで、今、現役の選手たちも、子どもの頃、誰かに憧れて野球を始め、今につながっているはずである。赤星選手は野球選手として最も必要な要素を持っていただけに、33歳での引退は球界としても大損失だと思う。

 近年は首の痛みと闘っていた。彼の首は手術をすれば、選手生命はおろか人間生命を失う危険性もある場所だと聞いたことがある。苦渋の決断だっただろうけど生命には変えられない。ゆっくりと体を休めて、そしていつの日か指導者としてグランドに帰ってきてくれることを期待しています。


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下記、記事本文引用
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阪神の赤星が現役引退 盗塁王5度の俊足外野手
プロ野球阪神の赤星憲広外野手(33)が現役引退することが9日、分かった。首の痛みが引かないことなどが原因とみられる。赤星は愛知・大府高から亜大―JR東日本を経て01年ドラフト4位で入団。走攻守三拍子がそろった外野手として1年目からレギュラーに定着し、39盗塁で盗塁王に輝き、新人王に選ばれた。その後05年まで5年連続で盗塁王となった。打率3割は5度マークしている。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091209-00000060-mai-base
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by sakanoueno-kumo | 2009-12-09 18:45 | プロ野球 | Comments(0)