坂の上の雲 第1部まとめ
まず最初にもっとも胸を打たれたのは、渡辺謙さんのナレーションだ。その内容は、すべて原作の文章を断片的に使ってつなぎ合わせたものである。まるで原作を朗読しているかのような作り方で、渡辺謙さんの語るいわゆる独特の「司馬節」が、重たすぎず、軽すぎず、とても小気味よく耳に入ってくる。このナレーションが作品を一層いいものにしているように私は思う。
主人公3人の役者さんも素晴らしい。兄・秋山好古は、長身で手足が長く目が大きくほりが深く、西洋人に間違えられることもしばしばだったとか。阿部寛さんほどのハマリ役はいないんじゃないだろうか。弟・秋山真之は、精悍な顔つきの美男子で、兄ほどの武骨者ではなく、聡明だがどこか少年っぽさが残る人物といった原作のイメージ。本木雅弘さんが見事に演じている。そして何といっても素晴らしいのは香川照之さん演じるところの正岡子規。子供のまま大人になったような純粋で無邪気なこの文学者を、まるで亡霊が憑いたかの如く演じている。正岡子規と会ったことがあるはずもないのだが、子規という人物はきっとこんな男だったのではと思ってしまう。この物語の中盤で子規はその生涯を終えることになる。戦争という重たい主題の物語で、子規は物語を緩和するとても重要な存在で、彼の死後、原作でもその「緩」の部分を失い戦記もののようになってしまうのだが、ドラマでのそのあたりが課題となってくるだろう。
子規の妹・律や、好古の妻・多美など女性の登場人物は、原作ではあまり重要な存在ではない。司馬氏はこの作品を書くにあったて、「フィクションを禁じて書くことにした。」と語っている。それが事実だと確認出来ないことは描いていないと言っており、ゆえに、色恋沙汰など艶っぽい話は原作にはほとんどない。律と真之のエピソードなどはすべてドラマのオリジナルである。男ばかりのドラマというのも味気ないもので、これぐらいのフィクションは許容範囲といったところだろう。
司馬氏の小説には「余談」が多く、その余談がとても面白い。氏の没後、「以下、無用のことながら」という余談を集めた本まで出版されたほどである。しかしその余談は、物語の本筋とはそれるものが多く、ドラマでは省かれている。これも仕方がないところだろう。戦争シーンや戦争までの政治の動きなどは、小説では鳥瞰スタイルで描かれているため、非常に説明的で、セリフなどは極めて少ない。しかし、そのままではナレーションだらけになってしまうため、誰かにそれをセリフとして言わさねばならず、脚本家は苦労したことだろうと思う。
第1部では、日清戦争までが描かれたが、戦争までの史観は、必ずしも原作どおりではなかった。明治を是とし昭和を愚とするいわゆる「司馬史観」だが、その賛否は別として、司馬氏は明治に起こったこのふたつの戦争を否定はしていないのだが、その辺のニュアンスは、ドラマでは少し違っていた。子規が従軍記者として現地で見た醜い軍人の姿などは原作にはない。司馬氏は明治の軍人と昭和の軍人とは明らかに違うものとしている。氏は同作品の映像化を「ミリタリズム(軍国主義)を鼓吹しているように誤解される。」として拒み続けていたということだが、歴史を現代の価値観で裁くほどナンセンスなことはなく、物語である以上、そのままの史観で描いてほしいものである。
第5話の最後のナレーションの中の一節。
「やがて日本は日露戦争という途方もない大仕事に、無我夢中で首を突っ込んでいく。その対決にかろうじて勝った。その勝った収穫を、後世の日本人は食い散らかしたことになる。」
この言葉は、司馬遼太郎氏がこの物語を通してもっとも言いたかったことではないだろうか。
ともかくも、第2部まではあと11カ月待たねばならない。この5週間、毎週日曜日が来るのが待ち遠しくてならなかった私にとって、11カ月間もの長い間待たされることはまさに拷問の極みである。
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by sakanoueno-kumo | 2009-12-31 02:32 | 坂の上の雲 | Trackback | Comments(5)
来年もよろしくお願いいたします。
私も、まったく、同感です。
同じ事を思っていました。
香川照之さんの正岡子規はやはり、他の出演者のそれよりも群を抜いてますね。
演技力という点では、今の日本の俳優陣の中では同世代で彼より勝っている人はいないのではないでしょうか。
従軍記者の場面は、私もやはり、今の日本ではこういう場面を入れないとなかなか、放送できないんだろうなと思いましたよ。
でも、ある程度は仕方ないのかなとも思います。
司馬さんは戦中戦後を経験した人で、さらに、主に健筆を振るわれた時代は東西冷戦期なのですから、兵器の小型軽量化が進み、アメリカ型の「力には力を」のやりかたが明らかに行き詰まっている21世紀の現代にそのまま当てはめるのは無理があるでしょう。
・・・などということよりも、私的には、筑前福岡藩出身の明石元次郎の登場が待たれてなりません。
渡辺謙のナレーションで、「ここに、時代が、まるでその人物を送り込んだかのように、一人の男がおもむろに登場する・・・」とか言って(笑)。
おっしゃるとおり、こちらを大河ドラマとして1年間でやってほしかった気分ですが、これほど製作費がかかっているであろう作品ですから、予算も3年にわけなければ出来なかったのでは・・・と思っている次第です。
来年は「龍馬伝」ですが、この「坂の上の雲」を見た後では、おそらくお金のかかりかたも違うだろうし、チンケに見えてしまいやしないか心配です。
よいお年をお迎えください。
