龍馬伝 第6話 「松陰はどこだ?」
小説「竜馬がゆく」の著者である司馬遼太郎氏は、時代の転換期には「思想家」「行動家」「実務家」という3つのタイプの人間が現れると、同じ幕末の時代を描いた小説「花神」の中で語っている。革命前期には、松陰のような「思想家」が火を着け、中期には龍馬や桂小五郎、高杉晋作といった「行動派」が激発し、最後に大久保利通や伊藤博文といった実務家が形にする。ゆえに、幕末を描くどんな物語でも、松陰を描かなければ始まらない。革命という爆弾の導火線の役割を果たしたのが、この吉田松陰という人物だった。
安政元年(1854年)再び浦賀に来航したペリー艦隊に密航を企てた松陰。鎖国である日本にとって密航は重罪で、死罪にも相当する。松陰を師と敬う桂小五郎とともに密航を止めにいった龍馬だったが、そこで松陰の固い決意と熱い志にふれる。
「密航が見つかれば先生は死罪です。もしアメリカに渡れたとしても、二度と日本に帰って来られません。」
「それがなんじゃ。そりゃ失敗するかもしれん。黒船に行き着く前に捕らえられるかもしれんし、アメリカ人に乗船を拒まれるかもしれん。それでええんちゃ。なんもせんでおることより、その方が何千倍も何万倍も値打ちがある。僕は死など怖うない。そねぇなことより行きたいっちゅう気持ちの方がはるかに強いんじゃ。」
志のためなら命をも惜しまない。怖いなどという心は言い訳に過ぎないと松陰は言う。
「僕には言い訳など何もない。どんな運命が待っちょろうと後悔せん。僕が今やるべきことは、黒船に乗り込んでアメリカに行くことじゃ。」
本当にこの言葉どおりに生きた吉田松陰。後年、死を目の前にしてもなお、この情熱的で潔い生き方は変わらなかった。
剣の道に疑問を感じ、自分も密航に連れて行って欲しいとすがった龍馬を松陰は一蹴する。
「君は何者じゃ。何のためにこの天の下におる。君がやるべきことは何なんじゃ。考えるな。己の心を見ろ。そこにはもう答えがあるはずじゃ。」
松陰に諭されて目覚める龍馬。悩みというのは考えからくるもの。考えれば考えるほどわからなく難しいものである。己の心を見る。自分の気持ちに正直になるということ。考えて行動するのではなく、感じて行動しろという意味。深い言葉だと思う。
自分が今成すべきことに気付いた龍馬は、再び千葉道場の敷居をまたぐ。
「わしは剣を道具じゃと考えてしもうたがです。己は何者か、己が進むべき道は何処ながか、それは己を極限まで追い詰め、無の境地に達してこそ見えてくるがです。そのためにわしは剣術をやりよったがです。」
黒船の前では剣は役に立たないと言った龍馬だったが、再び剣の意味を知ったようである。
「ひとつだけ聞かせてくれ坂本。剣で黒船に立ち向かえるのか?」
「黒船に通用するかせんかは、剣ではなく、この坂本龍馬ゆう人間の問題です。」
坂本龍馬という剣士が、ひとまわり大きくなった瞬間だった。
1年余りの修業期間を終えた龍馬は、土佐に帰国しなければならない。次にこの千葉道場を訪れるのは、このときから2年後のことである。
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by sakanoueno-kumo | 2010-02-08 00:48 | 龍馬伝 | Trackback(10) | Comments(4)
予告で「松陰はどこだ?」のタイトルを見たとき、
”松陰と龍馬が会ってどうなるんだろう?だから、松陰を探し回っている間に密航失敗のニュースでも聞くのかな?”
なんて思っていたら違いました。
きっちり会って、話をしてましたね。だからドラマっておもしろいです。(^^)
吉田松陰と坂本龍馬は、人間のタイプはまったく違う二人ですが、考えるよりまず行動するという生き方は似ていますよね。五感で生きているというか・・・だから後世の私たちにも魅力的に思えるのでしょうね。
「思想家」「行動家」「実務家」に分けてみるとまた面白いですね。
大変参考になります。
吉田松陰は、火のついたような方に仕上がっていましたね。
もの静かな方とかってに思っていました。
龍馬の剣術修行・土佐を出るのがぴたっとこの時である必要があったのですね。
龍馬伝を見るようになって、テンションが上がり、静かにしてと言われるこの頃です。
はじめまして。コメント&TBありがとうございます。
松陰という人は、長州系志士たちの精神的指導者で堅物の賢人のように思われがちですが、わたしは少年のような心を持った人物ではなかったかと思っています。
それも呆れるぐらい純粋な心の持ち主ではなかったかと。
黒船に乗り込もうなんて考えにおよぶこと自体、大人の発想じゃないですよね。
生瀬さん演じるところの激情家・松陰は、私のイメージどおりでした。















