人気ブログランキング |

龍馬伝 第27話「龍馬の大芝居」

 神戸海軍操練所の閉鎖に伴い、元治元年(1864年)10月22日、勝海舟は江戸へ召還される。最悪の場合、切腹かとまで心配されたが、罪一等を免じて海軍奉行の御役御免で落ち着いた。とはいえ2000石の石高から100表の身分への降格だから大変な転落。この後約2年の間、海舟は蟄居生活を余儀なくなれる。さぞかし情けない思いであっただろう。そして情けないといえば、行き場を失った坂本龍馬率いる脱藩浪人たちの落胆は、それ以上に大きなものだっただろう。脱藩後の龍馬にとって最も大きな挫折の時期である。

 海舟は大坂を去る前に、西郷隆盛に龍馬たちの保護をくれぐれも頼んだと伝えられている。この年の10月、薩摩藩家老・小松帯刀が国許を報じた書簡がある。
 「神戸勝方へ罷居候土州人、黒船借用いたし、航海の企これあり。坂元龍馬と申す人、関東へ罷り下り借用の都合いたし候処、能く談判も相付候よし。・・・<中略>・・・右辺浪人体の者を以て、航海の手先に召使ひ候へば、よろしかるべしと、西郷抔滞京中談判もいたし置き候間、大坂御屋敷へ内々御潜め置き申し候。」
 小松は操練所の浪人たちは薩摩が保護するが、「手先に召使ひ」という目的が記されており、小説などに描かれるような友情が見栄えたものではなさそうで、どうやら薩摩は龍馬たちの船乗りとしての腕を利用しようという、かなり上から目線のようだ。この書簡でわかるように、龍馬は船を手に入れようと江戸へ行ったようで、しかし目的は果たせず、大坂に帰り薩摩藩の保護のもと同藩邸に潜伏した。その後、龍馬の消息は5ヵ月近く、即ち元治元年(1864年)11月初旬から元治2年(慶応元年)(1865年)4月5日までわからない。4月5日に京にいたことは土佐勤王党出身の土方楠左衛門の日記に記されている。この5ヵ月間の龍馬の行動は、長崎に行ったという説や、薩摩藩邸で潜伏し続けていたという説など諸所いろいろだが、どれも想像の域を出ない。そんな5ヵ月の間を描いたのが今話のストーリーだ。

 武市半平太岡田以蔵を助けるために土佐に帰郷したという今話。当然ながら、そんなエピソードは存在せず、ドラマオリジナルのフィクションであることは言うまでもない。おそらくは、「そんな史実はない!」と、多くのブロガーさんたちの批判の声が大きいだろうと想像するが、ただ、上記でも述べたようにこの時期の龍馬の行動を証明するものは何ひとつなく、長崎へ行かそうが薩摩藩邸で時を過ごさせようがそれもフィクションに変わりはなく、言わば作家の腕の見せどころだと言ってもいい。だから、「史実と違う」などという無粋な批判はしない。が、どうしても言いたいことがある。それは龍馬が土佐に帰郷した理由だ。

 龍馬と半平太の間に深い友情関係があったことは否定しない。半平太投獄の事実は、龍馬にとっても心を痛める出来事ではあっただろう。しかし、だからといって龍馬は、いやこの時代の志士たちは皆、己の志を中断してまで友を助けに行ったりしない。彼らは皆、死を覚悟して生きている。己の志のためならば、友であっても親兄弟であっても顧みたりしない。ドラマ中、近藤長次郎が妻子との幸せな暮らしよりも己の志す道を選ぶと言っていたが、龍馬も半平太も同じで、何よりも優先すべきは己の成すべき志。「志士は溝壑にあるを忘れず、勇士はその元を喪うを忘れず」。己の命は天にあり、国事において命を失うは志士の誉れ、私心によって命を失うは志士にあるまじきだったはずだ。脱藩の身である自身の身の危険を晒してまで、友を救いに行くような行為は、志士として愚かしいこと。おそらく龍馬は、半平太の身を案じながらも、これも天命と割り切るしかなかったはずだ。

 ドラマである以上、フィクションはあってもいい。しかし、その時代の価値観はある程度考えて欲しいと私は思う。平成の現代の価値観でいえば、友情を重んじる美談かもしれない。しかし、それはこの時代の志士像とは異なる。私はこれまでこのブログにおいて、批判はしてこなかった。史実といわれる逸話と比べて揚げ足を取るような感想は好まないからだ。しかし、今話はどうしても見逃せなかった。毎週読んで下さっている方の思いに添えなかったとしたら、お詫び申し上げます。
 

ブログ村ランキングに参加しています。
下記、応援クリック頂けると嬉しく思います。
   ↓↓↓


by sakanoueno-kumo | 2010-07-05 03:02 | 龍馬伝 | Trackback(7) | Comments(10)  

トラックバックURL : https://signboard.exblog.jp/tb/12905016
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
Tracked from よかったねノート 感謝の.. at 2010-07-05 07:54
タイトル : 龍馬伝「龍馬の大芝居」 吠えるヒーロー
今年も半年暮らし文月となりまして、 大河ドラマ「龍馬伝」においても土佐からの文が龍馬を動かします。 冨美殿は板の間で寝て旦那様に思いを寄せておられる、幾く度の夜を耐え忍んでか。 物語は懐かしい顔ぶれを並べ、岩崎弥太郎からのよっぽどの手紙が、 龍馬を土佐へ連れ戻... more
Tracked from ショコラの日記帳 at 2010-07-05 09:27
タイトル : 【龍馬伝】第27回と視聴率「龍馬の大芝居」
【第27回の視聴率は7/5(月)に追加予定】いくら縁切状を書いても、身内が東洋殺しの犯人となったら、残された家族は酷い目に遭うんじゃないでしょうか?自分が東洋を殺したと...... more
Tracked from 山南飛龍の徒然日記 at 2010-07-05 19:58
タイトル : 【大河ドラマ】龍馬伝第27回:龍馬の大芝居
次回はいよいよ第2部の終わりです(`・ω・´)【今回の流れ】・海軍操練所が閉鎖され、行き場を失う龍馬達 仲間の身を案じ、龍馬はひとり寺田屋へ出向き薩摩の情報を集める しかし、...... more
Tracked from 早乙女乱子とSPIRIT.. at 2010-07-06 01:09
タイトル : おいおい・・・。 〜龍馬の大芝居〜
神戸海軍操練所が解散となり、坂本龍馬は武市半平太と岡田以蔵を助けるため土佐に・・。 っておいおい、脱藩浪人の身の上で、しかも後藤象二郎に「東洋を殺したのはわし」と言って・・・。 どんだけいい人なんぎ..... more
Tracked from 本とTVとDVDの感想日記 at 2010-07-07 16:07
タイトル : 龍馬伝27話(龍馬の大芝居)の感想
 龍馬伝27話を見ました。とうとう、海軍操錬所が廃止され、龍馬たち脱藩浪士たちの行き場がなくなってしまいましたね。  一方、岩崎からの手紙で、龍馬は、土佐へ帰り、武市達を救うために、後藤象二郎に東柚..... more
Tracked from しっとう?岩田亜矢那 at 2010-07-11 15:29
タイトル : 大河ドラマ 龍馬伝 第27回 「龍馬の大芝居」
珍しく酒以外の物を飲んでいる 山内容堂、 茶室で深山宗林から 「世の中には育ちが良い上に図抜けて賢いという方がおられるものであります。  羨ましくもあり、痛ましくもあり。」 「そういう方は周りが見え過ぎる。 先の先まで見えてしま...... more
Tracked from こちら、きっどさん行政書.. at 2010-07-11 15:29
タイトル : 大河ドラマ 龍馬伝 第27回 「龍馬の大芝居」
珍しく酒以外の物を飲んでいる 山内容堂、 茶室で深山宗林から 「世の中には育ちが良い上に図抜けて賢いという方がおられるものであります。  羨ましくもあり、痛ましくもあり。」 「そういう方は周りが見え過ぎる。 先の先まで見えてしまう。 己の為せる限りまで悟... more
Commented by attakaya at 2010-07-06 04:38 x
この龍馬伝これでいいと思います。
これが龍馬伝の中の坂本龍馬でいいと思います。
武市さんと以蔵の死が契機となって龍馬は、これから龍になって行くのだと思います。いつの時代も、これからも生きる者にとって、最大のテーマは愛と死です。死を美化する事はどうも好きではありません。
史実を知りたければ本を読めばいい事です。
Commented by sakanoueno-kumo at 2010-07-06 18:16
< attakayaさん。
貴重なコメントありがとうございます。
私は史実云々を申し上げているわけではありませんし、この時代の人間像を描くことが「死を美化する」こととも思いません。
ただ、命を軽んじる風はあったと思います。
その風が、のちの大東亜戦争の過ちに発展する・・・という話になるとそこは否定しませんが、だからといって無理やり現代の価値観に当てはめなければならないような、最近の歴史ドラマ作りの傾向に違和感を感じます。

あと、龍馬伝に限らず最近の大河ドラマを見ると、主人公が必要以上に「優しく、良い人」でありすぎる向きがありますよね。
偉人の偉人たるべき「あくの強さ」は描かれず、偉人たるもの「尊敬に値する人物」でなければならないような人物像で、かえってそれが、その人物の偉人としての魅力を下げているように思います。
その論でいえば、信長でも家康でも、主人公になれば皆、「心優しい良い人」に描かなければなりません。
違うと思いませんか・・・?
Commented by sakanoueno-kumo at 2010-07-06 18:18
< attakayaさん。
続きです。
龍馬の遺した言葉に、「義理など夢にも思うことなかれ、身をしばらるるものなり」というものがあります。
本当にその言葉どおりに生きたかどうかはわかりませんが、自身への戒めとして心に持っていた考え方ではあったと思います。
私心を捨て、ある意味「薄情」でなければ、のちの薩長同盟などといった大業は成しえないと思います。
半平太と龍馬の友情物語は、龍馬が助けに行かなくとも見る側には十分伝わりますし、むしろ、友の死を横目で見ながらも己の志を貫く姿のほうが、進むべき道は違えど互いを認め合う関係だった、半平太と龍馬の熱い友情が視聴者に伝わるのではないでしょうか。
Commented by heitaroh at 2010-07-07 13:22
薩摩は、この他にも薩長同盟締結への動きの中で西郷が島津久光へ宛てて、「坂本と中岡という土佐の浪人を使って工作している」などというような手紙も送っているという話も聞きますから、それほど仲良し関係ではなかったのでしょうね。

私は貴兄様もご承知の通り、人間のやることは惑いと錯誤の連続であるというふうに思っておりますから、その意味では

>偉人の偉人たるべき「あくの強さ」は描かれず、偉人たるもの「尊敬に値する人物」でなければならないような人物像で、かえってそれが、その人物の偉人としての魅力を下げている

という部分にはまったくもって同感ですが、逆に、その論に立脚したならば、

>彼らは皆、死を覚悟して生きている。己の志のためならば、友であっても親兄弟であっても顧みたりしない。

というのは、自己の史観から抜け出せていないといえるのではないでしょうか。
坂本や武市がどうだったのかはわかりませんが、やはり、事に臨んでは、迷いや私情に流されることなどがなかったとはいえないように思います。
(無論、あそこまで流されるのは論外ですが(笑)。)
Commented by sakanoueno-kumo at 2010-07-07 21:02
< heitarohさん。
そうですね。
少々断定的な見解になっていたと反省しています。
おっしゃるように、私情に流されることがあったとしてもおかしくないですね。
上記コメントの方が言われている、死を美化する気は毛頭ありませんが、志士たちの精神を美化しすぎていたとは思います。
ただ、この時代「没我奉仕」といった考えは、志士たちの共通した自戒の精神だったとは思うんですね。
そう出来ていたかは別として、そうありたいとは思っていたのではと・・・。
ドラマでも、そうした姿をもっと描いて欲しいと思うんです。
史実といわれる出来事も大事ですが、それよりも、その時代に生きた人々のものの考え方や価値観といったものを、もっと忠実に描いて欲しいと思うんですね。
そこが歴史物の一番面白いところで、また、現代の私たちを知ることにもつながるのかなと・・・。
Commented by sakanoueno-kumo at 2010-07-07 21:15
< heitarohさん。
ちなみに、このブログ本文を起稿した時間を見てもらってもわかるように、この日私は呑み会でして、深夜に帰宅後酔った状態で録画を見て、本文を書いたときもまだ酔っていました。
酒のせいにするわけではありませんが、酔っていたこともあって少々断定的且つ感情的な文章になってしまったようです(苦笑)。
翌日読んでみれば、酔っぱらいの戯言でした(苦笑)。

教訓。
酒を飲んだ日は、ブログでの発言は控えよう!
Commented by attakaya at 2010-07-07 23:46 x
sakanoueno-kumo さん
ご返事を戴き恐縮です。
なんか軽い気持ちで書いたのですが、今、読み返しますと本心でありますが、場違いのコメントだった様な気がします。不遜な書き方になっておりましたらお許し下さい。

視聴者の感想はそれぞれと思いますが、今話の龍馬伝では、時代性とは関係なく人間の持っている本質+龍馬さんの勇気と剛胆さ、優しさを描きたかったのではと私は理解しています。3部で龍馬さんが変って行く伏線そして架け橋の様な気がします。歴史が好きで詳しい方と私の龍馬伝を見る視点は違うでしょう。私は、だいたい感性と自分の思想で見てしまいます。思想的に同調出来ないこともありますが、この龍馬伝には万人を共感させるたくさんのメタファーが散りばめられています。それを見るのが楽しいですね。

追記:今回のコメント欄は読んで楽しかったです。
龍馬伝の手引きとしていつも有り難く拝見し勉強させて戴いております。私もコメントした日、飲んでました。初めてのコメントでした。






Commented by sakanoueno-kumo at 2010-07-08 11:39
< attakayaさん。
ご丁寧なコメント痛み入ります。
私も少々熱くなっていたようで、考え改めているところです。
ご存知のとおり坂本龍馬という人は、歴史上の偉人の中でもとりわけ人気の高い人物で、それ故見る側に確固たる人物像があり過ぎる人です。
物語の制作側の方々は、今までにない新・龍馬像を創りたいという意図はわからないでもないんですが、それは難しいと思うんですよ、龍馬という人は・・・。
自由で濶達な定番の龍馬像があまりにも出来すぎていて、だから人気が高く、そこを変えると大概失敗しちゃいます。
新・龍馬像は求めていないんですね、見る側は・・・。
ここ数話、視聴率が落ちてきていると聞きますが、そういった部分が影響しているのかもしれません。

批判めいたことを述べましたが、私は毎週楽しみに見ています。
岩崎弥太郎の視点という物語の進め方も面白いですし、映像も素晴らしい。
ただ、ちょっと物言いしたくなった今話でした。
Commented at 2010-07-08 18:18
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by sakanoueno-kumo at 2010-07-08 20:42
< 非公開コメントさん。
ありがとうございます。

<< 土佐の独眼竜・清岡道之助と、野... ワールドカップ南アフリカ大会 ... >>